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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

運命と絆の物語

とある悪のファタリタ

作者: 青空


 それは星も月も見えない静かで暗い夜だった。

 その日王城では、国王夫妻主催の舞踏会が開かれていた。シャンデリアの光が反射する絢爛豪華なホールには招かれた紳士淑女が集い、それぞれダンスや社交、食事を楽しんでいる。

 そのホールの片隅。ワルツの三拍子が漏れ聞こえてくるバルコニーにて。

 真新しいスーツやドレスに身を包んだ3人の男女が密かに集まっていた。

「いいこと?テオは潜んでる敵の殲滅、ベルは囮りになって思い切り暴れてちょうだい」

 赤い艶やかなドレスの女性レティーシア、通称レティが目の前のふたりの男たちを見上げる。赤い宝石のような瞳は艶っぽくきらめき、挑むように微笑む。

「おれは隠密か。いいぜ、やってやろうじゃねえか。おれたちの大事な子を狙ったんだ、きっちりシメてやらねえとな」

 テオと呼ばれた男、テオドールは榛色の目を細めて、不敵にニヤリと笑う。

 そしてもうひとりの男、ベル改めベルナルドは不思議そうに銀の目を瞬かせた。

「レティは?」

「私には私しかできない仕事があるのよ」

 レティーシアは歌うように告げると、指をくるりと回した。

 彼らはこの陽の国で、義賊アークエンジェルと呼ばれている者たちだ。腐った王侯貴族たちを相手取り、弱き者を救う民たちのヒーロー。そして権力者たちにとっては目の上のタンコブのような存在である。

 そんな3人はこの日、陽の国王に狙われている己の大切な家族を守るために、この舞踏会に乗り込んでいた。

 陽の国の国王は、凡庸な王だ。打ち出す政策は可もなく不可もなく。先王の時代に築き上げた富と栄華を維持し、無難に国を治めている。

 しかし陽の王は凡庸なだけではなかった。胸の内で燃える愛国心と国への忠誠が、陽の国の民の一員である3人の家族に牙を剥こうとしていたのだ。

 ベルナルドがレティーシアの言葉にこくりと頷く。

「わかった。よし、作戦開始だ!」

「おう!」

「ええ!」

 3人は拳をぶつけ合い、己の戦場へと足を踏み入れた。

「とは言ってもなぁ。ここにいるみんなを巻き込むわけにはいかないし…」

 ベルナルドは周りを見回して、小さくため息をついた。

 今回の作戦の要はレティーシアであり、俺とテオは陽動兼牽制役だ。レティーシアがとある仕掛けを破壊してしまえば俺たちの勝ち。全員捕まってしまえば俺たちの負け。やることはいつもと変わらない。

 けれど、舞踏会に参加した人たちを怖がらせてまで暴れることはできない。参加者のほとんどは陽の王の企みとはまったく無関係なのだから。

 どうしようかな?ぐるりとあたりを見回す。

 音楽を奏でる演奏者たちに、軽やかなステップを踏む男女。楽しげにおしゃべりする貴婦人たち。みんなこの舞踏会を楽しんでいるんだ。

 ……そうだ!みんなが舞踏会を楽しんでいるなら、もっと楽しくすればいいんだ!これなら誰も傷つかなくて済むし、人を引きつけておくこともできる。

「よーし!いくぞ!」

 俺の一番得意な魔法、大地の魔法で色とりどりの小さな石を作り出す。その石を組み合わせて、くっつけて。

「すごい!石でできたドラゴンだ!」

 近くにいた小さな男の子が声を上げる。にっと笑ってみせて、創り上げたそれを羽ばたかせる。子犬ほどの大きさの石のドラゴンは、シャンデリアの光を乱反射させながら空中を駆け上がる。

 男の子の声に振り返った人たちが驚きの声を上げた。

「今日は特別な魔法を見せるぜ!」

 舞台俳優みたいに思い切り笑ってみせ、きらびやかな石でできた花を咲かせる。感嘆の声が漏れる中、次々と創り出した石が故郷の森を再現していく。マシロの森を知る人たちが咲いた花を見て懐かしそうに笑う。

 いつしかたくさんの人が集まり、大盛況になったところで。

 スーツの中に仕込んでいた通信機が震えた。

 レティの成功の報告だろうか。高揚した気分で耳を澄ましたが。

『テオ、ベル!失敗したわ。あんたたちは早く逃げて…!』

「……え?」

 聞こえてきたのは、想像していたものとは正反対の悲鳴だった。驚き、自分の耳を疑った直後。

 ブツリと耳障りな音を立てて通信が切れた。

「……!レティ⁉︎」

 思わず叫んだその時。国王が坐す玉座とは正反対のバルコニーから、ドンッと爆発音が響いた。集まっていたお客さんたちが悲鳴を上げる。

「…!なんだ⁈」

 咄嗟に振り返る。爆発によって巻き起こされた白い粉塵が光を受けてぼんやりと輝く。吹き付ける熱風に攫われて流れていく靄の中から。

 ひとりの男が悠々と歩いてくる。陽の国の騎士の証であるマントを靡かせ、鋭い目は厳格な光を宿して前だけを見据えている。その腕の中には、赤黒いドレスを纏った女性を抱いていた。

 女性の長い髪と手足が力なく揺れる。小柄で華奢な女性だ。男が一歩一歩踏み出すたびに、赤黒いドレスの裾からポタポタと赤い液体が零れ落ちる。

 彼女の血の気の失せた横顔を見た瞬間。世界から色が抜け落ちた。

 だってそいつは、俺たちの……!

 サアッと血の気が引く。ついさっきまでいたずらっぽく微笑んでいたはずの彼女の赤い瞳が、今は固く閉じられ開く気配はない。俺のお嫁さんとお揃いの髪飾りを付けていた髪もバッサリと斬られ、冷たい夜風にゆらゆらと揺れていた。

「レティ!」

 考えるより先に、体が動いた。邪魔な障害物を飛び越えて、仲間へと手を伸ばす。

 しかし。

「ベル、止まれ!」

 どこからかテオドールの悲鳴混じりの怒号を聞いた。ぶわり、足元で魔力が動く。

「…あ」

 目を見開いた刹那。ドンッと肩を強く押された。

 ぐらり、視界が回る。スローモーションのように流れる世界で。

 俺を庇うように騎士の前に立ち塞がり、ほっとしたように笑った親友を見た。

『無事でよかった』

 あいつの唇がそう言って笑う。

『あとは頼んだぜ、親友!』

 榛色の瞳がどこまでも優しく、力強く微笑んだ。

 …直後。あいつの姿が剣の雨にかき消えた。代わりに鉄臭く赤い液体が飛び散り、床を濡らした。

「テオ……ッ!」

 手を伸ばす。しかし俺の手が親友に届くことはなく。テオドールは針の筵の中へと姿を消した。

 すべての音が遠のき、世界から色が消える。だというのにあいつの流した赤だけは生々しく目に焼き付く。

「嘘、だろ…?」

 ふらり。もはや原型すら留めていない親友のもとへと、一歩近寄る。誰かの悲鳴も、会場に轟く怒号も、どこか遠く聞こえた。

 剣の山の向こう、レティの亡骸を抱えた騎士が唖然と親友の変わり果てた姿を見つめている。

「……なぜ」

 騎士の小さな掠れた声が、やけに大きく聞こえた。

 あんたがやったんじゃないのか。憎しみに似た怒りが胸に黒々と染みをつくる。

「……許さない」

 ずっと懐に隠し持っていた短剣を抜く。

 仲間たちが殺されたのに、黙ってなんかいられるか。絶対敵を討ってやる…!

 騎士に剣の鋒を向けた、その時。ゴウッと金色の混じる赤い炎が巻き上がり、剣の山ごと親友を包み込んだ。

「……!これって…!」

 見覚えのある魔法の炎に目を見開く。ハッと騎士の腕の中を見遣る。

 突然燃え上がった炎の渦に身をのけぞらせる騎士の腕の中。口元から血を垂らし、どこもかもを血で染めながら、それでも瞳に強い光を宿した仲間が俺を睨みつけていた。

 まっすぐな赤い瞳が俺を射抜く。

「…逃げなさい!ベルナルド!」

 最後まで誇りを失わない凛とした声が、会場に響き渡る。

「私たちの大切なもの、あんたに託すわ……!」

 彼女が言い切り、不敵に微笑んだ瞬間。

 背後から閃光が走り抜ける。ドンッ、地響きのような爆発音が会場中を揺らした。

 振り返る。玉座が燃えていた。

 ……まさか。彼女へと恐る恐る視線を向ける。

『どれだけすごい魔法使いになっても、誰かを傷つける魔法だけは使いたくないわ。だって私は、ーーの末裔だもの』

 そう言って笑った幼い日の、彼女の強い光が宿る瞳と、無邪気な笑顔を思い出す。

 殺さずの誓いを誇りにしていた彼女は今、ただ敵を倒すためだけの魔法を放ち、哀しそうに目を閉じた。

「なっ、陛下……!くそっ!おい、目を覚ませ。おい……!」

 騎士の焦った声が混乱した会場に虚しく響く。しかしレティが騎士の呼びかけに応えることはなく。力なく揺れたレティの指が、足が、身体が、サラリと砂になって崩れ始める。

『……頼んだわよ』

 彼女はそれだけを言い残して。金の砂になって消えてしまった。爆風が彼女だった金色の砂を巻き上げて夜空へと消えていく。

 ……行かなきゃ。

 ぐっと足に力をこめる。

 親友ふたりに託されたものを、俺だけでも守らなくちゃ。

 もしもの時のために持っていた脱出用の魔法道具を握る。舞踏会場は阿鼻叫喚で、もうあのきらびやかで楽しい空間は見る影もない。

 血と埃が舞う半壊のホールの向こう。爆発したはずの玉座で。

 美しい錫杖を携えた緑の瞳の賢者に守られ、こちらを見つめる青年王と目があった。レティとはまた違った色味の赤い瞳を眇め睥睨する王と、唇を引き結び、ただ静かに俺たちを見つめる賢者。

 最大の敵を思い切り睨みつけ、魔法道具を発動させた。

 ぐにゃり、視界が歪んでいく。徐々に白んでいく景色の中。夫婦揃って天に昇った親友たちに祈りを捧げた。

 テオドール、レティーシア。ごめんな。ふたりの大事なもの、…ふたりの愛する子ども、ガーネットは俺が守る。だからどうか、見守っててくれ。

 視界が一瞬、白く染まり。そして夜の闇に落ちる。

「…ここは、マシロの外れか」

 後ろを振り返ると、俺たちの家族が待っているはずの家が見えた。しかし夜の闇に沈んだ一軒家は静かで、ガーネットや息子の笑い声も、自分のお嫁さんの話し声も聞こえない。明かりの消えた一軒家が、冴え冴えとした月の光に照らされている。

「…ヴィータ?」

 玄関の扉をそっと開く。いつも笑い声が聞こえてくる明るい玄関は、不自然なほどに静まり返っていた。

「ガーネット?アルジェント…?」

 子どもたちの名前を呼ぶ。しかし返ってくる声はなく。

 何かあった…なんてこと、ないよな?

 じわじわと湧き上がる不安を気合いで押し殺し、居間へと続く扉を開く。

 ーーそして。

 目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 なぎ倒された家具に、割れたランプ。無数の切り傷が刻まれた壁と引き裂かれたぬいぐるみ。

 ひどい有様の部屋の真ん中で。お気に入りのケープを赤く染めたお嫁さんが倒れ伏していた。

 サアッと血の気が引く。

「ヴィータ!」

 駆け寄り、愛するお嫁さんの小さな体を抱き上げる。温かいはずのヴィータの体が、まるで指先から熱を奪うようにひんやりと冷たい。

「ヴィータ…?」

 まさか。嫌な予感が頭をよぎる。

 まさか俺たちが出かけている間に、ヴィータたちが襲われた…?

 ヴィータを抱く腕が震える。そんなことあるはずがない。そう思おうとしても、ボロボロの部屋が、倒れて動かないお嫁さんが、確信に近い最悪の予想を叩きつけてくる。

 …子どもたちは。ガーネットとアルジェントはどこに行ったんだ?

 きっとどこかに隠れているはずだ。あの子たちが、そう簡単に連れ去られるわけがない。

 子どもたちが隠れそうな場所へと視線を向けた、その時。

「…ベルナルド、さん?」

 微かな弱々しい声が耳に届いた。

「…!ヴィータ⁉︎」

「よかった…。無事、だったんですね」

 信じてました、と。ヴィータが不器用に微笑む。俺を安心させようと必死に笑う彼女に、胸が苦しくなる。

「大丈夫か⁉︎すぐに治してやるからな!」

 ヴィータの小さな熱の戻らない手をぎゅっと握る。けれど彼女は緩く首を振ると、俺をまっすぐ見上げた。優しげな目元に、息子が生まれてからよく見るようになった強い光が宿る。

「私、のこと、よりも。子どもたちを、助けてください…!」

 息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。ヒューヒューと笛を鳴らすような呼吸音が夜のしじまに細く響く。

「ガーネットちゃんは、陽、に……。アルジェントは………」

 徐々に彼女の声が消えていく。瞳の強い光も消え失せて、瞼がゆっくりと下される。

「…!ヴィータ⁉︎」

 彼女が目を閉じる寸前。

「お願い、ベルナルドさん」

 …助けて。

 それだけを言い残して。ヴィータは静かに息を引き取った。

 静寂が夜を支配する。冷たい月の光が窓から差し込み、大事なひとの熱すらも奪っていく。

 この瞬間。

 俺はずっと隣で戦ってきた仲間たちを。

 誰よりも信頼していた親友を。

 一緒に笑い合った悪友を。

 誰よりも愛するひとを。

 そして、必ず守ると決めて、仲間にも約束したはずの子どもたちを。

 すべて国に奪われたことに気付いた。

 冷たくなっていくヴィータの亡骸を固く抱きしめる。

 すべてを奪われた今。胸を占めるのは、深い絶望だけだ。

 レティがピンチの時に、俺は何をしていた?

 テオはなんで自ら剣の雨の中に飛び込むことになった?

 どうして何もしていないはずのヴィータが殺され、子どもたちは連れ去られた?

 みんなみんな、俺が甘かったせいだ。余計なことに気を取られていたせいで。仲間を守れるほど強くなかったせいで。大切な仲間を失ってしまった。

 ならば。もう自分の甘さや弱さにサヨナラしよう。

 優しさも、思いやりも、甘さも。弱みになるものは全部切り捨てて、最強を目指そう。

 ヴィータを抱きかかえて立ち上がる。もっと強くなって、仲間たちに託された大事な可愛い我が子たちを取り戻すのだ。そのためなら手段も選ばない。

「…待っててくれ、アルジェント。ガーネット。俺が必ず迎えにいく」

 冷たく輝く月に誓い。“私“は仲間や家族たちとの、温もりと優しさが詰まった幸せな家を後にした。


 もう私は振り返らない。例え人の道を外れたとしても、二度と奪われない強さを手に入れるのみだ。


◆◇◆◇◆◇◆


 ーーーあれから5年。

 俺は今、守ると決めた子どもの1人と対峙していた。

 散々陽の国に苦しめられてきた少女は、それでも前を向いて斬らずの剣を握りしめる。魂を具現化したというその剣も、この子が得意とする生命を与える魔法も。そこに親友たちの信念の面影が見えた。

 “俺”の大事な守るべきもの。正義感を燃やす勇敢な赤い瞳を受け継ぎ、自分だけの強さを手に入れた、かつての親友たちの愛娘へ。

 力を求めて悪を極めた“私”から、最強への野望と最上級の愛情を込めて。

 私を睨みつけるまっすぐな眼差しの少女に向けて、挑戦的に笑いかけた。

「私の組織へ来い、ガーネット」

 あいつらの代わりに、お前が幸せになれる日までずっとそばにいてやろう。

 ひとりぼっちの寂しさに泣かぬように。

 二度と酷い目に遭わぬように。

 お前があの頃のように、笑顔でいられるように。

 あいつらから託された約束の返事を今。

「……『俺の翼の下で、守ってやろう』」

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