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カナン・サガ1~月の雫~  作者: 藤田 暁己
第1話 テス――闇月の夜
6/33

1-6

 


 駆けつけたテス州の警官に捕えられたディーン・グラティアスとレイ・セジェウィクの二人は、タリア市の警察へ連行された。

 アラム・ハディルの屋敷に不法侵入し、騒ぎを起こした二人は、深夜にまで及ぶ厳しい取り調べを受けた。アッバス殺害の容疑のかかるディーンへの応対は、述べるまでもない。

 剣、その他の持ち物は、すべて没収された。

 妖魔の存在と犯行を確実に証言できる呪術師ヨギが死亡したため、二人の立場は、圧倒的に不利であった。


 ヨギは勿論、レイが殺したのではない。レイが立ち去った後、何者かの手によって八つ裂きにされたのだ。

 それが誰の仕業か、レイにはおぼろげながら分かるような気がした。

 誇り高い妖魔が、自分を操っていた人間に復讐をしたのであろう。


 ハディルの屋敷の隠し部屋から大量の痲薬が発見されたとはいえ、彼の罪状がすべて明白となるのは、数日後のことである。

 二人はとりあえず容疑を保留されたまま、屈辱的にも留置所行きを命ぜられた。

 正当性を語り、警官と揉めるレイを引きずって、ディーンは意外にもあっさりと留置所へ向かう。

 レイは、黴臭かびくさい留置所の鉄格子を、悔しまぎれに殴った。その傍らで、ディーンは埃を払って床に座り、くつろいでいる。


「おまえ、不当な待遇だと思わないのか?」

「そう? この場合、仕方ないって気もするけど」

「それはそうだが……」

「役人なんて、あんなもんだよ。気にすんなって」


 ディーンは、先程の戦いでからまった長い髪を指でとかしながら、のんびりと言った。

 くせのある黒い髪は、見事な光沢を放って腰まで達している。いくつかの髪の房を硝子玉(ビーズ)や小さな鈴で止めたり、飾り紐と共に細い三つ編みにしたりして飾ってあった。

 邪魔にならないように、ディーンは腕輪で髪をまとめて前へ流す。


「随分と長い髪だな」

「まあね。結構昔から伸ばしてるから」


 確かに、女性にしても長いほうであろう。

 だが、それにしても派手に飾り立てる女性的な面と、引き締まった精悍な体躯の男性的な面が、不思議なくらい調和している。

 レイは、ふと、この場にいる原因となった経緯を思い出した。


「――あのままテスを出ていれば、容疑は殺人だけで済んでいたかもしれないな」


 責任を感じるレイに、ディーンは気にする風もなく、肩をすくめた。


「俺は、あんたに言われたからハディルの屋敷に殴り込みをかけたわけじゃない。それに、今となっちゃあ、そんなことどうだっていいことだろ? とりあえず、無事にここから出られることを祈ろうぜ」

「……ああ、そうだな」

「んじゃ、眠いから俺寝るわ。お休み」


 ふわ、と大きな欠伸をひとつして、ディーンは汚い床に横になった。すぐに熟睡に入る彼を眺め、レイはその無神経さに呆れる。

 だが疲労が緊張に勝ったのか、灰色の壁にもたれて座るレイにも、眠気が襲ってきた。

そのとき荒々しい足音をたて、数名の警官がやってきた。大声に二人を起こすと鍵を開け、


「出ろ。移動する」

「どういうことだ?」

「黙って従え!」


 居丈高いたけだかに怒鳴り、警官は二人に手錠をかけると、戸外へ連れ出す。

 外では、州警察とはまた別の集団が、二人を待ち構えていた。

 ものものしい見張りの下、二人は馬車に乗せられ、夜の街を進んだ。レイは勿論、ディーンにもどこに向かっているのか見当すらつかない。


 一行は、石造りの巨大な建物の前で止まった。

 篝火に照らされて夜の闇にそそり立つその建物は、いささか他の建造物と雰囲気を異にする。裏口から中に入った二人は、豪奢な内装に、そこが普通の邸宅などではないと気付かされた。

 見張りに両脇を固められ、レイとディーンはそれぞれ別の所へ連れて行かれる。


「おい、取り調べはもう終わったはずだぞ。なんで別々にする?」

「……」

「なんとか言ったらどうだ。だいたい、おまえら何者なんだよ?」


 ディーンの文句に、右脇の男がちらりと睨む。この男を含め、二人をここまで連れてきた者と同様に建物の人間もすべて、近在の住人ではなかった。明らかに、他国の人間の混成である。


「上からの命令だ。悪く思うなよ、坊主」


 前を行く壮年の男が振り返り、にこりともせずに言った。

 何を言っても無駄だと悟ったディーンは、低い声で悪態をつく。


子供(ガキ)扱いすんじゃねーっての、クソ野郎」


 他方、レイは同じように見張りをつけられ、建物の奥の一室に通された。

 六芒星(ヘクサグラム)が描かれた統一世界(カナン)の旗を掲げたその部屋は、執務室のように思われる。

 見張りの男たちは、無言でレイの手錠を外すと、出入り口近くの壁に整列した。

 やがて、一人の男が、部下を従えて現われた。

 一斉に男たちが、軍人張りに最敬礼をして迎える。

 彼らの上官らしい男は、滑るように部屋を歩み、外套(マント)を翻してレイの前に立った。


「!」


 男の顔を見たレイは、驚愕のあまり声を失った。

 飾り玉で留めた左びんの一房を残し、ゆったりと束ねた漆黒の髪に雪花石膏(アラバスター)の美貌。湖水のごとく底知れぬ、緑玉の双眸。

 統一世界で起こる事件・事故の一切を手懸ける彼が、自ら指揮をすることは滅多にない。

 本来ならば、帝都にあってその総指揮を執ってしかるべき存在であった。

 男は、まだ若い顔に微笑を浮かべ、にこやかに挨拶した。


「――初めまして。中央捜査局特別司令官ノア・ライムスです」


   *


「なぜ、おまえがここにいる?」


 ノアと名乗った司令官が部下を退室させた後、二人きりとなった部屋で、レイは驚きを隠さずに問いかけた。

 その問いに答えず、ノアはレイに椅子を勧めた。


「まずは、おくつろぎ下さい」


 自らも、机の奥の椅子に腰を下ろす。ノアは、しばらく無言で埃にまみれたレイを見つめていたが、やがてにっこりと笑いかけた。


「どうやら御体も御無事なようで、安心いたしました。長い間の御健闘、さぞやお疲れでございましょう」


 その言葉の内容も態度も、中央捜査局特別司令官としてのものではない。昨夜よりレイの身に起こった異変をすべて承知している彼の様子に、レイは深い安堵の息を洩らした。

 おそらく後事を頼んだイリヤが役割をきちんと果たし、聖母の指示が動いたのに違いない。それにしても、地元の事件を利用してノアを送り込むとは、なんとも大胆な連絡の仕様である。


「これで、一安心だな」


 レイは、ここへきてようやく緊張の色を解いた。

 その態度は、薄汚れた身形みなりにもかかわらず、ある種の気品を感じさせる。


「では、私の役目もこれまでというわけか。誰が任を継ぐのだ? まさか、おまえではあるまいが……」

「実は、そのことでお話がございます」


 瞬時に、和らいでいたレイの瞳に、冷たさが宿った。


「話? どうせ上の決定事項なのだろう。わざわざ私の耳に入れる必要はない」

「また、そのようなおっしゃりようを……。あの方は貴方の御父上なのですよ」

「私に父はいない。産まれた時からな」


 素気も無く、レイは言う。ノアは、少し哀しげに息をついた。


「それで、話とは?」

「はい。実は、今回の聖宝の探索および奪回は、レイファシェール様に一任するよう申し付かりました。無論、我々も助力は惜しむものではありませんが、表立った行動をなさるのはレイファシェール様御一人。探索にまつわる一切の判断も、貴方にお任せするとのことです」

「何……」


 レイは耳を疑った。

 魔術師と妖魔から玉兎石ぎょくとせきを取り戻すという大作業は、その性質からいって、法術に秀でた法術師や聖騎士の役目となるのが常套である。

 帝都の最高機密というべき聖宝の盗難は、広く知らしめることのできない事件である。しかし、だからといって法術師や聖騎士を出動させることのできない理由にはなるまい。

 さらに奪回の期限が一月ひとつきと聞き、レイは戸惑いを隠せない。


「なぜ、私が……?」

「聖母の御意向です」


 レイはますます驚いて、


「私のような未熟者ではなく、もっと適当な人物がいるはずだ。聖母はなぜ、私にお命じになられたのだ?」

「私にも、聖母の御心は計りかねます。ですが御承知の通り、玉兎石は常人に扱える代物ではありません。この事件を知らされているのは、聖母とレイファシェール様の他に陛下、ルークシェスト様に私……それに聖騎士を含めた数名のみ。その中で玉兎石を扱え、かつ自由に動いても目立たぬ人物となれば、レイファシェール様が最も御適任であることは確かです」

「法力も持たぬ私に、玉兎石が扱いきれるというのか……?」

「レイファシェール様ならば、必ずや成し遂げられるでしょう。――この役目に気が進まないようでしたら、御辞退なさっても構わないのですよ?」


 レイは、統一世界(カナン)を統べる皇帝でさえ耳を傾ける聖母の言葉に逆らう気など毛頭なかった。息を吐き、わずかに首を横に振る。


「――いや。聖母が私に御命じになられたのならば、従おう。きっと何か理由があって、私に一任されたに違いないだろうからな」

「では、承諾したと聖母にお伝えしてよろしいのですね?」

「ああ、頼む」


 レイは頷いた。その二回りほども年下の若者へ、帝都の使者は丁重に頼んだ。


「それでは、お疲れのところを申し訳ありませんが、見聞きなさった出来事を細大洩さいだいもらさずお聞かせ願えませんか?」


 束の間逡巡し、レイはゆっくりと経緯を語り始める。

 ノアは終始口を挟むことなく、一昨日の夜から先刻の事件までの話を考え深げに聞いていた。


「……助けてくれた男には、私の一存で事情を話してしまった。勿論、差し障りのない部分だけだが、何分私がここへ来たところを見られているので、油断はできん」

「これまでの経緯から推してみて、彼が敵であるとは考えにくいでしょう」

「こんな話で役に立っただろうか?」

「ええ。ほとんど手がかりのない状況でしたから、充分得るものがありました」


 それを聞いて、レイはほっとした表情になる。だが不安の色は消しようもなく、


「妖魔を連れ去った男は、一体何者なのだろうな。最初に会った魔術師とは、また別人のように思えるのだが……」

「今の時点では何とも言いかねますね。もう少し情報があればよいのですが……」


 苦笑するノアの視線から逃れるように、レイはうつむいた。


「私が法力を持っていれば――」

「レイファシェール様」


 甘い低声が、レイの言葉をさえぎった。


「御自分を卑下なさる必要はありません。貴方は、御自分に与えられた役目を果たすだけの力を持っておいでです。それで、充分です」


 そのやさしげな響きが伝わったのかどうか、レイは寂しげに微笑んだ。


「遠くまで足を運ばせたな、ノア。帝都の方は、おまえがいなくて大丈夫なのか?」


 父の右腕として帝都で辣腕を揮う男は、口元に薄く笑みを刷き、あっさりと言ってのける。


「一応代理を立てておきましたが、何分急なことでしたので、多少の混乱はむを得ません。後はルークシェスト様にお任せしました。あの方もいい勉強になるでしょう」


 彼の立場の重要性をよく知るレイは、返す言葉を失った。

 ノアは、人の上に立つ者の威厳を漂わせ、机上の手を組み直した。


「ルークシェスト様も御出でを希望されていらっしゃいましたが、御遠慮願いました。私と違って、あの方は顔が知られすぎておりますのでね」


 レイは、帝都人(アイテリアル)らしからぬ激しい気性の青年を想い、束の間表情を緩ませた。テスの州警察に唯一取られなかった護り石を、そっと撫でる。


「それにしても、ルークシェスト様を御引止めして正解でした。まさかあの方も、レイファシェール様が暗黒街で一、二を争う権力者の屋敷に侵入して州警察に捕まったなどとは、夢にもお思いになられないでしょうからね」


 ノアの当てこすりに、レイは苦笑した。ふと、共犯者となった男のことを思い出し、


「ノア。ディーンは……もう一人の男はどうしたのだ?」

「ああ、彼ですか――」


 言い差してノアは、さも可笑おかしげな表情となる。


「彼の嫌疑は晴れています。ですが州警察の手前、すぐに解放するというわけにも参りませんから、しばらく不自由な思いをして頂かなくてはなりません。こちらとしても多少の恨みがあることですし……」


 意味深長な言葉の裏を測りかねて、レイは首を傾げた。


「どういうことだ?」


 ノアは何でもないというように首を振り、そうしてレイを休息のための部屋へ促した。


   *


 州警察の留置所から連れて来られたディーンは、場所が変わっただけの似たような小部屋の中で一夜を過ごした。

 どんな状況下でも熟睡できる彼は、拘留などさして苦にはならない。

 こちらへ近付いてくる数人の気配に、ディーンは目を覚ました。


「起きろ。今から取り調べを行なう」


 正体不明の男たちは、非常に流暢な統一言語(アリンガム)を話した。土埃(カーキ)色の制服についている六芒星(ヘクサグラム)と鷲の紋章から、帝都に関係していることは間違いない。だが、彼らが何者か、ディーンには見当もつかなかった。

 再び手錠をはめ、四方を男たちに囲まれて、ディーンは別室へ連れて行かれる。


「――なあ、俺の荷物は無事か? ハディルの屋敷へ行く前に、近くの茂みへ隠したっきりなんだよな。あれ、取って来てくれた?」

「ああ。テス州警察からすべて受け取った」

「よかった。……あ。俺の剣は丁寧に扱ってくれてるだろうな。あんたたちの鈍刀(なまくらがたな)と違って、あれは上等な品なんだぞ?」

「確かに、いい剣ではあるな。さぞ切れ味もよいだろうよ」


 若い一人の皮肉に、ディーンは鼻で笑って応えた。


「ばーか。まだ俺の仕業だと思ってるのか。アッバスたちを殺したのは、妖魔だってば」

「我々は妖魔の存在など確認しておらん。信用できんな」

「まったく……!」


 ディーンは天井を仰いで嘆息した。

 海岸から血のついたディーンの上着を発見し、彼を犯人と信じる彼らとは、昨夜からこの一事で押し問答を繰り返しているのだ。

 妖魔など昔語りでしか知らぬ者がほとんどの世の中では、仕方ないとも言える。しかし、可能性を考慮しようともしない役人気質は、呆れるほど頑固だった。

 またも取り調べのための個室に通されるものと思っていたディーンは、絨毯の敷かれた長い廊下をぐるぐると歩き回った挙句、富貴な雰囲気の漂う一室に辿り着いた。


 さして広くないその部屋で、ディーンは、彼らの長たる人物に引き合わされる。

 三十代半ばに見えるその男は、左鬢の一房を残し、長い黒髪を後ろで束ねている。役人らしい固い服装を、女性的なやわらかい美貌が緩和していた。

 男は、中央捜査局の特別司令官で、ノア・ライムスと名乗った。

 中央捜査局とは、各国の警察局とは別に、統一世界(カナン)全体を警護する非常に機動性の高い帝都の警察機関である。

 ディーンは、いくらテスが帝都の直轄地とはいえ、この事件に中央捜査局が関わっていることに不審を覚えた。


「気を楽にして下さい。これは、あなたにも事情を知る機会を与えるために設けた、話し合いの場です」


 執務用の大机の向こうから、ノアは手錠を外すよう部下に命じると、ディーンに椅子を勧める。

 ディーンはその申し出を断り、立ったままぶっきらぼうに尋ねた。


「一体どういうことだ。俺の容疑は晴れたってことか? それにしては敵視されてるみたいだけどな」

「この事件は極秘事項で、一部の者しか知らないことなのです。順を追って説明しましょう。その前に、まずあなたの所持品をお返しします」


 ノアの背後にひっそりと控えていた男が、押収されたディーンの持ち物を机上に並べた。

 一礼して下がる男の顔を見て、ディーンは目を瞠る。


「あんた……!」


 アッバスたちが殺された夜、 [紅華亭ルビアンサス]で一緒に酒を飲んでいた煙草売りの男は、少し笑い、黙って壁ぎわに戻った。質素な身形も、今は捜査員の制服に変わっている。

 訳が分からない様子のディーンに、ノアは微笑を向け、調書を手に取った。


「本名セレスディーン・グラティアス。カルディアロス王国ラサ市出身。十七才男性。――間違いはありませんね?」

「ああ」


 ノアは、旅行符りょこうふを所持していないディーンに、さらに身元についていくつかの確認を取り、調書を置いた。


「では、事情を説明しましょう。この男カリームは、お察しの通り捜査員の一人で、三年にわたりある事件を手懸けていました。それは、テス州の自治管理局の人間が、こともあろうにある豪商と結託して新種の痲薬を密輸、密売していたというものです」


 意外な話の展開に、ディーンは呆気に取られた。


「自治管理局とも州警察とも別個の調査を重ね、我々は、あと一歩で彼らを検挙できるところまで迫っていました。ですが、一月前思いがけないことが起こりました。痲薬の密輸に気付いたある者たちが、金欲しさに彼らを脅迫してきたのです」


 それを知って、内と外から調査を重ねてきた捜査員たちは焦った。

 下手にその脅迫者、つまりアッバスたちが騒ぎ立てれば、ハディル一味を一網打尽にしようという作戦が全部無駄になってしまう。

 だが、そこでまた問題が持ち上がった。再度行なわれた脅迫を邪魔に思ったハディルが、呪術師の捕らえた妖魔を使って、アッバスたちを片付けようとしたのである。

 その頃、アッバスについて探りを入れていたカリームと、ディーンは出会ったのだ。

 そうこうしているうちにアッバスは殺され、その事件は、否が応でも公になってしまった。

 そこで捜査局は、すぐさまハディルたちを捕らえることに決めたのである。

 が、しかし。またしても邪魔が入った。ディーンとレイである。


「まさか正体を明かすわけにも参りませんから、困りましたわ。テス州警察は駆けつけて来ますし、呪術師の老婆には死なれてしまいますし……」


 カリームと共にノアの脇に控える女性が笑った。

 彼女――シェーラは、三年もの間ハディルの情婦として内情を探り、捜査を行なってきたのである。

 ノアが語を引き継いだ。


「あれだけの騒ぎになりながら、アラム・ハディルや主要な部下たちを捕らえ、証拠を押収できたのは非常な幸運と言わなければなりません。それは、あなたにとっても同様です。無実を立証されたばかりか、犯罪が捜査の協力という形に収まったわけですから」


 一通りの事情が飲み込めたディーンは、きわめて御都合主義的な結論を導き出す。


「――ま、悪い奴は捕まったことだし、大団円っつーことだな」


 カリームが苦笑する。

 能天気に喜ぶディーンに、ノアが笑顔で釘を刺した。


「ですが、あなたにはまだいくつかの余罪が残っています。一昨夜の殺人に関する情報を提供しなかったばかりか、関係者を隠そうとしましたね。それに、三日前の暴行事件。相手は亡くなっているとはいえ、証人は大勢いますよ。それから、旅行符も持たないで他国へ入ると不法入国の罪に問われます。ここは自治州ですから本来旅行符を必要としませんが、カルディアロスからテスへ来るには、どうしても他国の領土を不法に侵さなければなりませんからね」


 ディーンの表情が固まった。


「何が言いたいんだ?」


 答えず、ノアは部下たちを退室させると、立ち上がった。

 ディーンの大刀を手にとって、すらりと抜き払う。昨夜の戦いでついた血は、きれいに拭われていた。刃紋も美しい反り身の刀身を眺め、ノアは素直に感心を口にする。


「ヤマトのつるぎ――見事な品ですね。手入れもしっかりされている」


 慣れた手つきでさやに納め、ディーンに返した。


「ハディルの屋敷で男たちを倒したあなたの腕は、実にすばらしいものでした。誰一人命を奪わず、手足の腱を断って戦闘不能にする――。かなり実戦経験があるようですが、剣士の資格は取得していないのですか?」


 剣士は誰でもなれるというものではない。年一度の試験に合格した者にのみ与えられる称号で、かなりの難関である。加えてそれには階級があり、低いほうから月位(げつい)日位(にちい)(てん)()の順となる。最高位の天位に至っては、現在統一世界(カナン)中の剣士の内、両手に収まるほどしか存在しない。

 従って、剣士の称号は単なる名誉だけでなく、仕事に就く上でも非常に大きな評価の対象となっていた。


「そんな面倒くせえものはいらねぇよ。俺は称号なんかに縛られるのは、ごめんだ」

「惜しいですね。いい腕を持っていると思うのですが」

「それよりも……あんた、俺に何を持ちかける気だ?」


 ノアは、ディーンの厳しい視線をものともせず、老練な笑顔で申し出た。


「私と、取引しませんか?」

「は?」

「私の申し出を受け入れて頂ければ、先程申し上げたあなたの罪状を全て取り消しましょう」


 ディーンが複雑な面持ちで腕を組んだ。


「内容次第で話に乗ってもいい。ただし、後で忘れた、なんてのはなしだぞ」


 彼は、明らかに身分が上のノアに対し、対等の立場を崩そうともしない。


「それはお約束します」

「で、何なんだ?」

「二日前、西国である非常に重要な宝物が盗まれました。それをある方と一緒に、一月以内に取り戻して頂きたいのです」


 ディーンは、あからさまに顰め面をした。納得したように頷く。


「なるほど、あんたはレイの身内か。――ごめんだね。相手は妖魔と、正体不明の術師だぜ。早死するのが落ちだ。誰か法術師でもついてくるっていうんなら話は別だけど」

「残念ながら、レイファシェール様御一人です」

「なお御免ごめんだ。あんたたち帝都人(アイテリアル)ってやつは、どうしてこう無茶苦茶なことを要求するんだよ」

「私は一応カルディアロスの出身なのですが……。報酬は、前金で二十万アルム。無事任務を終了すれば、さらに二十万アルムをお支払いします。悪い話ではありませんよ」

「断ったら?」

「レイファシェール様は御一人で旅に出られ、あなたは無事宝が戻るまで、厳重な監視下に置かれることになります。ああ……でも、死人に口なし、とも言いますね」

「――それって、脅してるのか?」

「いいえ。ただ、あなたに悔いのない選択をして頂きたいだけです」


 ディーンは苦々しげに、食えない美貌の主を睨む。


「前金で五十万だ」


 ノアが、極上の笑みを浮かべた。


「賢明な判断です。必ずや、あとで最良の選択であったと思うようになるでしょう」

「そうであることを願うよ」


 肩をすくめ、ディーンは皮肉に答えた。重い黒髪を後ろへはねのけ、


「ただし、こちらからも多少の条件を付けさせてもらう」

「いいでしょう。可能な範囲内であれば、できるだけ御要望に沿いましょう。何が望みです?」


 ディーンは、顎に手を当ててしばらく考え、にやりと笑ってノアを見た。


「とりあえず――風呂と着替えだな。汗臭くってたまんねーや」


 ノアが破顔した。鈴を鳴らし、先程ディーンを連行してきた捜査員を呼ぶと、彼を客人として丁重にもてなすよう、申し渡す。

 連れて来た時と百八十度違う対応に、若い捜査員の口が、あんぐりと開いた。


「は。彼を、ですか……?」

「ま、よろしく頼むぜ。おっさん」


 唖然とする捜査員を尻目に、少年は、陽気に黒髪をひるがえして部屋を出て行った。




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