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翌朝、まだ陽も昇りきらぬうちに、三人は起きはじめた。
獅子の姿の九曜は、軽く伸びをして、魔力体力ともに万全であることを確かめた。
勝つ自信はあるが、敵の本拠地に乗り込むのだから、油断は禁物だ。
《……はぁ。今朝になって都合よく結界が弛むなんて、おいでなさいって言われてるようなもんじゃないか》
小さくぼやく。
二人の連れには言っていないが、一帯を覆う幾層にも重なった結界の内、白骨砂海への侵入を阻む強靭な結界のひとつに、今朝はちょうど数名が入り込める程度の穴が開いていた。
――やっぱ、罠だよなぁ。
封印のためではない、目晦ましや守護のための結界は甘く、九曜ほどの妖魔であれば内部でも多少の魔力を行使することができるものの、やはり大きな魔力を使う空間移動などは不可能だった。その傾向は、魔術師の城に近付くにつれ、強まっていくに違いない。
となればやはり、この戦いの勝敗を分けるのは、二人の人間の力に他ならなかった。
九曜は、ちらり、と荷造りをする彼らを見た。
朝はエニを湯で溶かしたものを小椀に軽く一杯と、砂糖入りの紅茶で済ませている。
あれから、おかげで緊張のほぐれたレイはぐっすりと眠れたらしく、顔色も良く落ち着いていた。
対して一晩中まんじりともしなかったディーンは、表情が沈み、口数も少なかった。
――原因は睡眠不足じゃないようだけど……。
二人を見比べ、九曜はため息をつく。
決死の告白以来、レイを怒らせてしまったディーンは、朝になっても口をきいてもらえていない。その理由に気付いていないのだから改善のしようがないわけだが、九曜は少しディーンに同情した。彼は彼なりに悩んでいたのを見ていたからである。
――それにしても、こんなときになぁ。
気まずい空気の漂う中、ディーンは黙々と、革の腕輪に棒手裏剣を仕込み直している。
少し離れたところからその様子を見ていたレイは、何を思ったか護り石を首から外すと、突然、物も言わず彼に投げつけた。
空中で掴み、手の中の首飾りを見たディーンは、困惑した顔になった。
「なんだよ」
「お守りだ。持っていろ」
「……いいのか?」
兄から贈られたという護り石を、レイがどれほど大切にしているかを知っているディーンは、驚いた。
「私には神剣がある。それは、おまえに貸してやる」
レイは、あくまでも素っ気ない。
ぶっきらぼうな仲直りに、ディーンはかすかに笑い、護り石を首に回した。細い鎖に苦戦する彼を、レイが手伝う。
「ありがとな」
言って、振り向いたディーンの胸倉を、レイはいきなり両手で掴み上げた。
真剣な顔で、低く脅す。
「いいか。それは貸すんだからな。後で絶対に返せよ!」
「盗みゃしねーって」
おどけたディーンは、間近で見つめる蒼い瞳が、深刻な光を宿していることに気がついた。
「この戦いが終わった後、おまえ自身の手で、必ず私に返すんだぞ。分かったな!」
「分かった。分かったよ、レイファス。約束する」
ディーンは身を屈めると、ほぼ同じ身長の連れの耳元に、悪戯っぽく囁いた。
「ただし、偽物とすり替わっていた場合の苦情は受け付けないから、そのつもりで」
「……馬鹿者!」
レイが、ディーンの胸を殴りつける。だが力は強くなく、その眼は笑っていた。
ようやく笑顔が戻った二人の横で、うん、と伸びをした獅子が立ち上がる。
青白い鬣を一振りして、獅子は言った。
《じゃあ、そろそろ行こうか》
遠くエデンの大地から、ひとすじの陽光がきらめく。
レイとディーンは頷き、そうして、最後の戦いの場へと赴いたのだった。
*
薔薇色の明け空を翔る獅子は、まっすぐに南を目指した。
足元に広がる白骨砂海は、文字通り、白い砂の大地であった。
だが、それは今まで見てきたどの砂漠とも、違っていた。
無。
色も、音も何一つない世界。
在るのはただ、どこまでもひたすら積み重なる、灰のごとく細かな砂粒のみ――。
大地を吹く瘴気を含んだ風が、一切の生命を拒絶しているのだ。
一歩足を踏み入れたら、底なしの海へと溺れていく。ここはまさに死の世界だった。
九曜の魔力に護られながら、レイとディーンは白骨砂海を渡った。
太陽が天頂に届いた頃、白い大地に終焉を告げるように、横に長く走る一条の亀裂が現われる。死霊の谷だ。
その瞬間、亀裂の方から一陣の生臭い風が吹きつけてきた。と思うと、風に乗っておびただしい数の不気味な綿雲のようなものが、こちらへ向かってくる。
「妖魅!」
「〝亡霊衆〟か!」
レイとディーンが口々に叫ぶ。
不定形の霊気の固まりには人とも獣ともつかぬ顔が浮かび上がり、身も凍る声を上げて一行に襲いかかった。
苛立たしげに唸った獅子は、虹色の眼を輝かせ、
《捕まって! このまま突っ切るよ》
さらに強く翼を羽ばたかせた。
亡霊衆はその勢いに弾き飛ばされながら、ふわふわと漂って、再び彼らを追う。
その間にも、新たな亡霊衆が谷から次々と現われ、渦となって周囲を取り巻いた。
九曜は速度を上げて亡霊の渦を振り切ると、ぽっかりと口を開けた、大地の深淵に飛び込んだ。
「……っ!」
胸が悪くなるような、澱んだ空気が吹き上げた。
感応者のレイが、蒼白になる。九曜の魔力に護られていなければ、その邪悪な意志に精神を呑み込まれてしまうに違いない。
谷は、小さな街がまるまるひとつ納まるほど広く、どこまでも暗く、深かった。
谷を作る岩盤は血のように赤黒く、その上を半透明の〝闇喰い〟がゲル状の体をゆっくりと這わせている。谷間では巨大な蚊とんぼに似た〝吸血蚊〟や虫とも蝙蝠ともつかぬ生き物が、鈍い羽音を立てて飛び回った。
台地には赤子ほどの蛆虫が何かを咀嚼して群れ、〝食屍鬼〟たちが一つ目をぎらつかせて彷徨う。
地獄絵図さながらの光景に、さすがの九曜も不快を隠せない。
ゆっくりと下降する一行は、谷底に、まるで天然の岩山のごとく聳え立つ一基の城を見出した。
「鬼巖城――」
レイが呟く。
ディーンの両眼が細められ、鋭い光を帯びた。
九曜は一声咆えると、城へ向かって一気に駆け下りた。妖魅を蹴散らし、城の近くの丘陵に翼を広げて降り立つ。
突然の妖魔の登場に、毛むくじゃらの蜘蛛とでも呼べる〝多足〟どもが、かさかさと逃げ惑った。一匹が逃げ遅れ、獅子の後足の下で哀れに潰れる。
九曜は足を振って死骸を払いのけ、城に目を向けたまま、背中の二人の人間に尋ねた。
《どうする? このまま城の中に乗り込む?》
レイはかぶりをふった。
「いや。このまますんなり突入を許してくれる相手とは思えん。きっと何か仕掛けがしてあるはずだ。三人別々に動いたほうがいいだろう」
「そうだな」
同意して、ディーンが獅子の背から飛び降りる。
しゃん…と装身具が、軽やかな音を立てた。
赤い頭布に黒の上下、胸には青い護り石。反り身の大刀を腰に帯び、棒手裏剣を仕込んだ革の腕輪を巻く。
気の剣法の遣い手にして、死の右腕をもつ少年。
その傍らには、氷山のごとき蒼白の獅子が立つ。
強靭な爪牙、虹色の瞳。角をもたずとも絶対の魔力を誇る、最強の妖魔。
そして――。
燦然と輝く白銀の髪、蒼の双眸。腰に提げるのは、神剣〝輝破矢〟。
しなやかな女性の身体を男装に隠す、若き剣士。
視線を交わす六つの瞳が、静かな闘志に燃える。
「いよいよだな」
ディーンの囁きに、レイは無言で頷いた。
目前には、岩山のごとき鬼巖城が、威圧するように立ちはだかっている。
外界からのかつてない侵入を嗅ぎつけ、黒雲をなして妖魅たちが周囲に群がってきた。
レイは、すらりと輝破矢を抜き払った。
澱んだ谷に、神聖な力が光となって輝く。
その光に悲鳴をあげ、妖魅たちがわずかに後退をした。
レイが、告げる。
「では――まいる!!」
一声を皮切りに、三名の侵入者は、攻撃を開始した。
それは、さながら闇夜を切り裂く一条の雷であった。
破壊力の大きい九曜が先陣を切り、続いてレイ、ディーンがしんがりとなって、後方からの攻撃を抑えた。
倒しても倒しても現われる妖魅を、しかし確実に屠っていく侵入者たちに、妖魅たちも次第に逃げ出しはじめる。
中でも、ほとんど攻撃力を持たない多足は、十本の脚を懸命に動かして岩陰へ隠れた。そのうちの一匹が、何を思ったか岩穴を伝い、城の内部へと入っていく。
壁を這いのぼり、薄暗い天井から、ぷらんと糸を垂らして下りる。
室内にいた人物が、驚きもせず、その毛むくじゃらの体を手のひらで受け止めた。
「キチ……キチキチ」
小さな鋏に似た口を動かし、多足が、かすかな音を立てた。
背の高い人影は頷くと、おのれの小指の先を噛み切り、したたる血を床へ巻く。多足は床に跳ね下り、餌であるその血を舐めた。
人影は部屋を出ると、回廊を抜け、一際明るい広間へと足を踏み入れた。
「どうした、ライガ」
玉座に座る、ユダ・ネ=イ・ザンが尋ねる。
雷呀はひざまずいて、
《先程、人間二名と妖魔一名が谷に侵入した模様です。じきに城門に辿り着くかと……》
「ようやく来たか……」
報告を聞き、ユダはにんまりと笑った。
「城門の警護はサキであったな」
《はい。砂姫ならば、必ず討ち取るかと存じます》
「……ふ。手強いのはあの妖魔だが、二人の子供さえ始末してしまえば、何の問題もなかろう。神剣を持っているのは少々厄介だが、充分に行使できるほどの能力があるとも思えんしな」
独り言のようにユダは言い、ふと眉を曇らせた。
「だが……そう、黒髪の方には気を付けた方がよいかもしれぬ。多少なりともサミに手傷を負わせ、あまつさえ角を落とした奴だ。油断はするな」
《はい》
頷いて、雷呀は主人の言葉に違和感を覚えた。
――多少……?
確か、少年妖魔・砂巳を死に至らしめた原因は、左胸を抉る深い傷だったはず。それは、多少と呼べるほどの軽傷ではなかったはずだ。
事実、いくつかの裂傷と左肩から胸にかけて太刀傷はあったが、それらは決して致命傷ではなかった。
では、砂巳の命を奪ったあの傷は、一体どこで受けたというのか。
疑問を口にした妖魔の青年に、ユダは冷ややかな笑いを洩らした。
「何を今さら申すのだ。あやつらごときに砂巳を殺せるはずもなかろう」
《では――》
問い直そうとして雷呀は、玉座に座る男の冷酷な眼差しに、すべてを悟った。
《まさか……!!》
怒りより先に、奈落に叩きつけられるほどの深い絶望感が、胸底を覆う。
雷呀は、周りの空気を急激に奪われてでもいるかのように、大きくあえいだ。
《ならば砂巳は……砂姫は、何のために……》
立ち尽くす彼の目の前に、巨大な影が差す。
いつのまにか玉座から下りてきた男が、凄絶な笑みを湛えた。
褐色の手が伸びる。
《!!》
雷呀の無事な左眼が驚愕に見開かれ、ゆっくりと光を消した。
肉を断つ音と共に、青年の胸から男の腕が引き抜かれた。血飛沫を上げ、青年の身体が床に崩れ折れる。
表情ひとつ変えぬ男の右手に掴まれているのは、まだ鼓動を止めぬ雷呀の心臓であった。
ユダは、頬に飛んだ返り血を舌先で舐めると、かすかに微笑んで、血だまりをつくる骸を見下ろした。
*
三名の侵入者は、息の合った連携攻撃で、数多の妖魅たちを薙ぎ倒して進んだ。
ディーンが一匹ずつ食屍鬼の巨大な頭を刎ねとばしていく傍らで、神剣の力を知ったレイは、舞うがごとくに輝破矢をひらめかせ、飛び回る亡霊衆や吸血蚊と戦った。
刃が届かずとも、聖なる光の波動に、数十の妖魅たちが塵となって消し飛ぶ。
横目でそれを見たディーンが、感嘆の口笛を吹いた。
鬼巖城の城門にもう手が届くところまで近付いた、そのとき。
突如地面を割り破り、目の前を立ちぐ、巨大な柱が現われた。
光沢のある長い体が、頑強な岩盤を砕いて、砂礫もろとも妖魅を宙へ巻き上げる。
《この城門は通さぬ!》
少女の声で告げるそれは、人ではなかった。
なめらかな丸い鱗、三日月の瞳を宿す黄金の双眼。白い二本の毒牙の間から、ちらちらと覗く青い舌。
レイとディーンはすぐに、これに酷似した存在を思い出した。
砂巳――アル・リマール砂漠で二人を襲った、蛇形の少年妖魔である。
しかし、その体躯は鮮やかな赤ではなく、角も二本ではなかった。
驚く二人に、赤い妖魔は、燃えさかるほどの激しい殺意を向けた。
《我が弟の恨み……今ここで晴らしてくれる!!》
叫ぶや、地面に沈む。次の瞬間、左後方から大地が割れはじめ、まっすぐに二人に向かって奔った。
平衡を失って逃げ場のない二人に、再び現われた毒蛇の牙が襲いかかる――と。
毒牙の間を擦り抜けて、羽音も高く、九曜が彼らを背に攫った。
宙に立つ白い獅子を、真紅の蛇が睨めつける。
《貴様、なぜ同胞の邪魔をする?!》
《おまえなんかと同列にしないでもらいたいね。退きな。でないと後悔するよ?》
《ほざくな。結界内で魔力も使えぬ貴様に、何ができる!》
またも大地に消える妖魔に、九曜は、小さくため息をついた。
《やれやれ。僕が何でこの格好でいられるか、考えもしないかなぁ。魔力だけに頼る間抜けは、これだから進歩がないんだよ》
妖魔同士の戦いに、妖魅たちは逃げ、遠くで取り巻くように群れていた。
束の間の静寂。
獅子の背中で固唾を呑んでいたレイとディーンは、赤い岩盤の一画に、ぴしりと亀裂が生じるのを見た。
刹那、岩と共に跳ね上がった鋭い尾が、風を切って彼らに迫る。
降下して攻撃を避けた九曜のその真下から、突き上げるように巨大な蛇の頭が出現した。
「!」
レイとディーンが息を呑む。
風圧に押されるように、獅子の体がふうわりと流れる。九曜は、砂姫の鼻先を横切りざま、蛇の頭を軽く蹴った。
キ……ン、と高い金属音が響く。
《キャアアアアッ!!》
蛇形の妖魔が、恐ろしい悲鳴を上げた。
九曜は地面に下りると、二人を降ろし、翼を体内に収納した。
一瞬遅れて、彼らの足元へ、空から降ってきた二つの影が突き刺さる。
「角……」
なかば茫然と、レイが呟いた。ディーンも呆れ顔で感嘆を洩らす。
「マジで、おまえとまともに戦わなくてよかったぜ」
《今頃気が付くなんて、遅すぎじゃない?》
獅子は皮肉気に言った。
苦笑する人間たちの前に、ふらりと、蛇形の妖魔が姿を変えて現われた。
真紅の髪を頭頂で束ねた、十四、五歳の少女。
年齢と性別の違いはあれど、その顔はまさしく、妖魔の少年・砂巳と瓜二つであった。
疑問を感じていたレイが尋ねる。
「先程弟の敵と言っていたが、それは二十日ほど前アル・リマール砂漠で我々を襲った、あの金色の妖魔のことか?」
《……そうだ》
「そうか。では……あの妖魔は死んでしまったのだな。気の毒なことをした」
その言葉に、角を落とされてよろめきながらも、砂姫は声を振り立てて反発した。
《気の毒だと? よく言うな、汚い人間め! 角を切り落としただけでは飽き足らず、砂巳の……弟の心臓まで抉り取ったくせに、何をぬけぬけと口走るのだっ!!》
二人の人間は、顔を見合わせた。ディーンが弁解するように、片手を挙げる。
「ちょ、ちょっと待てよ。確かに角は落としたし、多少の手傷は負わせたが、急所は外したし、このお節介野郎が手当てしたんだぜ? 出血が多くて死んだっていうんならこっちも恨まれて納得がいくが、心臓を抉り取るなんて、そんな馬鹿なことするわけねえだろうが!」
《黙れっ! 人間は嘘をつく。おまえの言うことなど、信用できるものか!!』
砂姫は、有無を言わさぬ口調で決めつけた。
戸惑う人間たちの背後で、傍観していた獅子が、のんびりと口を挟んだ。
《それが、嘘じゃないんだなあ。人間はすぐ嘘をつく。だから簡単に見破られるんだよ。ま、二百年や三百年しか生きてない奴には、分かんないだろうけど》
砂姫の顔色が変わった。
妖魔は嘘が付けない。
その妖魔である九曜が、人間の言葉に嘘はないと言った以上、それは事実だ。
蒼白となる砂姫を、九曜は冷静に諭した。
《復讐なんてやめるんだね。主人の命令に従って死んだんなら、本望でしょ》
《殺された者の魂は、殺した相手が死ぬまで安らぐことはない。たとえ誰であろうと、必ずこの手で殺してやる》
《残されたほうの気を晴らすだけの悪循環だと思うけど? まあ、僕だったら、そいつがレイたちのすぐ後で会ったと思われる人物を疑うね。襲撃失敗を報告した相手――とか》
この発言には、人間たちも驚いた。
「馬鹿な。仲間を殺したというのか?!」
《契約を結んだ主人である人間にとって、下僕の妖魔は所詮、使い捨ての道具。襲撃に失敗し、そのうえ角を失くして魔力の使えなくなった下僕を生かしておくと思う?》
冷静な言葉は、真実の重みを湛えていた。
それは二人の人間には勿論、妖魔・砂姫にとって重すぎる真実であった。
褐色の顔から血の気が引き、灰のような色になる。
《嘘だ――》
強ばった表情で呟く砂姫に、九曜は苦笑する。
《妖魔にそれはないでしょう? いずれにせよ、レイとディーンに復讐するのは間違いだってことが分かったでしょ。きっと弟も望んでないと思うよ?》
穏やかに諭し、レイとディーンを促して、城門へ向かう。
だが、砂姫の頬には、身も凍るような悪鬼の形相が浮かんだ。
《やはりそれが目的か――。すべては城門をくぐるための、偽りの言葉だなっ!!》
叫ぶや、砂姫は両手を広げ、集めた魔力の玉を九曜目がけて投げ放った。
空中に飛んで躱した九曜は、光の玉の集中砲火を浴びる。
角を失ってもここまで魔力を使える少女の執念に感心しつつ、反撃の機会を窺っていた九曜は、地上を見て蒼褪めた。
《やめろっ!》
九曜を充分に遠ざけた砂姫が、大地を蹴り、レイとディーンに飛びかかる。
――だめだ、間に合わない……っ!!
九曜は思わず目を閉じた。
瞬間。
きらきらと光る靄が、人と妖魔との間を阻むように現われた。
魔力の光を片手に留めたまま、砂姫は、中空で絶句する。
虹色にきらめく靄は、両手を広げて立つ、ひとりの少年のように見えた。
長い巻き毛、よく似た幼い面差し。
《砂巳……?》
愕然と呟く砂姫に、少年は、哀しげに微笑みかけた。
その微笑みこそが、すべてを物語っていた。
靄が消える。
砂姫は、人間たちの手前に降り立った。
だが、もう攻撃を加えることはなかった。代わりに右手の中の光球を消し、背中を向ける。
《――通るがいい》
「いいのか……?」
《砂巳がおまえたちを庇った以上、殺すわけにはいかん》
黄金の瞳が、翳る。
《それに、ここを通ったところで、おまえたちが死ぬのは目に見えている》
「主人に逆らって大丈夫なのか?」
《おまえたちに心配される筋合いはない》
封印からの解放と魔王の復活を条件に、砂姫たちはユダと契約を結んだ。
しかし、今となっては――。
虚ろにたたずむ砂姫の側を、レイとディーンは黙って走り抜けた。
後を追う蒼白の妖魔に、ふと、砂姫が声をかける。
《なぜ――》
九曜は足を止めた。
《なぜ、おまえほどの妖魔が彼らに仕える?》
《仕えているわけじゃない》
氷の妖魔は、かすかに笑う。
《僕自身の――自由意志さ》
答えると獅子は、しなやかな巨体をひるがえした。
美しい毛並みに埋もれた、金色の首飾りがきらりと光る。
妖魔の少女をひとり残し、三人は城門を潜った。




