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カナン・サガ1~月の雫~  作者: 藤田 暁己
第3話 テーベ――星の誓い
15/33

3-1

 


 冴えた夜空に零れ落ちんばかりの星々を従えて、待宵まつよいの月が浮かぶ。

 月は、消えたことが嘘のような確かさで、まばゆく輝いていた。

 聖宝盗難から十一日目。

 レイファシェール・セジェウィクとセレスディーン・グラティアスの二人は、ようやく南の大国アルビオンの一都市テーベに辿り着いた。


 テーベは、二人が今まで旅をしてきた中でも、最大の交易都市である。

 途中、隊商の亡霊と行動を共にした二人は、予想以上にテーベに近付いていることを知った。

しかし、最後まで彼らが死者だと気付かなかったディーンが翌朝になって発熱したために、到着は夕刻に入ってからとなった。

 すでに入都の検閲は終了しており、二人は目前で門を閉ざされる。

 仕方なく、レイとディーンは砂漠に忽然とうち建てられた城砦の前で、一晩を明かすことになった。天幕を張り、見張りを立てることもなく、二人は眠りながら朝を待つ。


 街に着いたという安心感もあってか、深い眠りの底を漂っていたディーンは、ふと、何度となく呼びかける声に目を覚ました。

 寝呆け眼で辺りを見回すが、口の悪い連れは、隣で熟睡している。

 ディーンは、不思議に思って夜具から這い出、そこで動きを止めた。

 大円に見開いた紫の眼をしばたき、手でこすってもう一度よく見る。

 彼の視線の先では、月光を映して銀色に光る砂の大地の上に、わずかに浮かぶようにして、一人の少年が立っていた。


 短い巻き毛をふわふわと散らし、くっきりとした大きな瞳。

 あどけない顔立ちは、無垢なまでに愛らしい。

 十才足らずの少年は、だが全身を青白い燐光に包み、その姿を非現実的なものにしていた。

 古めかしい貫頭衣(チュニック)を着た体を透かして、かすかに向こうの城壁が見える。

 この世のものと思われぬその少年は、あんぐりと口を開けるディーンに、寂しげに微笑みかけた。


《――やっと……やっと声を聞いてくれる人に会えた――》


 そよ風のように囁く声は、直接耳に届くものではなかった。

 頭に飛び込んでくる音声に我に返ったディーンは、少年から眼を離さぬまま、隣で眠るレイの体を揺さぶる。


「おい! レイファス、起きろよ。起きろってば!」


 だが美貌の連れは、ぴくりともしなかった。

 ディーンの国籍不明の浅黒い顔に、引きつった笑いが浮かんだ。


「……おいおい。また幽霊なんてのは、ごめんだぜ」


 先夜の出来事を思い出し、ディーンの背中を、ぞくりとしたものが走り抜ける。

 ふ、と少年の大きな瞳が細まった。


《お願い……助けて。僕をここから……助けて――》


 意外な言葉に、ディーンは再び声を失った。


《僕を助けて……お願い――》


 詳しいことは何も語らず、少年は、その一事だけを繰り返し訴える。

 その哀しげな様子に、いつしかディーンは、恐怖を忘れた。

 まるでその場に釘付けにされたように、色のない少年の姿と声とに、惹き込まれる。

 やがて、だんだんと少年の姿がおぼろになってきた。

 それでも、はかない透明な影となってもなお、少年はディーンに訴え続ける。


《……お願い……助けて――……》


 深闇に滲むように、少年の姿は虚空にかき消えた。

 青白い燐光が、ひとひら舞って、夜に溶ける。

 少年の哀しい顔と声は、しばらくの間、ディーンの脳裏から離れることはなかった。


   *   *   *


 テーベは、アルビオン王国の西の玄関口であり、首都パルミラについで大きな都市である。

 中心の市街は特に、自治州に匹敵する賑わいを見せていた。

 ムーア大陸の西方、ティシス海を隔てたエファイオス王国から渡ってくる者も多く、様々な肌の色が混じり合う。多種多様な人種で溢れかえる街は、どこか慌ただしく張り詰めた空気が漂っていた。


 その中を、一人の少女が歩いていた。

 まだ十才ほどの少女は、着丈が足りないのか、薄い綿の服からつんつんに伸びた手足を踏ん張り、何やら大きな籠を大事そうに抱えて、懸命に背の高い人波に逆らっている。周りは皆せわしいのか、少女に関心を払う者はなかった。

 花柄の頭巾の下で、幼い顔が負けまいと唇を結んでいる。


 だが、幼い足では大人に敵うわけもなく、少女は大きな足の間でもみくちゃにされると、反対から来た男にたやすく突き飛ばされた。人混みから弾き出され、小さな体は、道端の露店の台に前のめりにぶつかった。

 それでも少女は籠を手放そうとせず、ふらふらと、またも人混みに戻っていく。

その時、少女の襟首を突然、大きな手が掴んだ。


「――ちょっと待ちな! おまえ、今ここに置いてあった金を盗んだだろう!」


 たった今少女がぶつかった露店の亭主が、すごい形相で睨んでいた。少女の身が竦む。

 大柄な亭主は、片手に少女を掴んだまま、乱暴に抱えていた荷物を探った。数枚の青銅貨を見つけ、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「まったく、油断も隙もあったもんじゃない。このコソ泥め!」

「……ちがうわ。それ、あたしのお金よ!」

「コソ泥のうえに嘘つきときたか。おまえみたいなガキが、なんでこんな金を持っているんだ!」

「あたし泥棒じゃない! お使いに来ただけだもん――きゃあっ」


 半べそをかいて反論する少女を、亭主が引っ張り上げた。籠が落ち、肉や野菜が派手に散らばる。

 いつのまにか騒ぎを聞きつけた人の群れが、垣根を作っていた。

 服を掴み上げられた少女は、空中で手足を振り回して暴れる。人々の注目を浴びた亭主は、ことさら強い口調で、


「まったく、なんて悪ガキだ。金を盗んだと正直に謝れっ!」

「盗んでなんかないもんっ!」

「この――!」


 殴ろうと亭主が拳を振り上げた瞬間。手の中から、ひょいと少女の姿が消えた。


「なに!?」


 辺りを見回した亭主は、斜め後ろで、当の少女を抱えて立つ旅人を見つける。

 外套をすっぽりと被ったその旅人は、声もなく笑い、


「大の大人が子供に手を上げちゃあいけねぇぜ」


 艶やかな低声で言った。

 きれいに剃りあげた亭主の黒い頭に、血管が浮かぶ。


「あんたには関係のないこった。その子をこっちへよこしてもらおう!」


 少女は、怯えた様子で旅人にしがみついた。


「この子は盗んでないと言っているじゃねぇか」

「信じられるもんかね。第一、この金はなんだ!」


 旅人の腕から、少女が怒鳴り返す。


「お使いのお釣りだわ!」

「お……。じゃあ、一体誰が……!?」


 たじろいだ亭主が呟くように言った時。

 人混みの中から、ぎゃあっという悲鳴と共に、一人の男が弾き出された。

 別の旅人が、日雇い風のその男を後ろ手に捻り上げ、


「この男だ」


 短く言って、亭主の足元に突き飛ばした。はずみで、男の懐から赤金色の硬貨が零れ落ちる。

 血相を変えた亭主が、憤怒の形相で男の前に立った。


「てめえが盗んだのかっ!!」

「ひいっ」


 男が、金を残したまま逃げ出す。

 それへ、少女を抱えた旅人が、手近にあった木枝をひょいと投げつけた。

 枝に足を絡ませて、男がつんのめる。同時に、もう一人の旅人がその首筋を手刀で強打し、掏摸すりは昏倒した。

 周囲からわっと歓声が上がる。

 倒れた掏摸の男を、周りにいた見物客数人が取り押さえた。

 亭主の大きな身体がみるみるしぼむ。


「いやあ、すまねぇ。おかげで金を盗られなくて済んだよ」

「礼には及ばねぇよ」


 旅人が、少女を降ろして言った。


「それよりも、この子に謝ってやってくれ」


 少女は、周りの人たちに手伝ってもらいながら、散らばった荷物を拾い集めている。

 亭主は巨体を丸め、少女の前にしゃがんだ。硬貨と一緒に店先の焼き菓子を手に持たせ、


「ごめんよ。疑ったりして悪かったな」

「ううん。もう、いいの」


 少女は、涙の乾いた頬を照れくさそうに拭った。

 騒ぎが収まったと知り、野次馬たちが垣根を崩して去っていく。

 その流れに逆らうようにして、薄紅色の肩掛け(ショール)を被った一人の若い女がやってきた。


「ルネ……!」

「お姉ちゃん!」


 籠を抱え、少女は笑顔で女の元へ走る。


「一人で行ってしまったから探したのよ。今の騒ぎは何だったの?」


 姉らしい女は、少女と露店の亭主から大まかな事情を聞き、去りかける二人の旅人を呼び止めた。


「あの……!」


 同じように外套を被った二人は、体付きも近く、どちらがどうなのか迷う。

 唯一、剣を帯びているためか片方は右が、もう片方は左側の外套がふくらんでいるのが違った。


「あの……妹を助けて頂いたそうで、ありがとうございました」


 女の感謝の言葉に、右に帯刀する旅人がわずかに笑った。


「そんな大げさなもんじゃない。気にしないでくれ」


 連れをうながし、立ち去ろうとする。

 女が慌てて追いかけた。


「でも、それではわたしたちの気が済みません。お急ぎの旅ですか?」

「いや。今朝テーベに着いて、その辺をぶらぶらしていたところだ」

「では、ぜひわたしたちの家に寄って下さい。近くですし、たいしたおもてなしはできませんが、夕食くらいならご馳走できますわ」


 女の勧めに、二人は顔を見合わせた。左に剣を持つ方が頷き、もう一人が言う。


「じゃあ、厚意に甘えて寄らせてもらおうかな」

「どうぞ、喜んで」


 女は、ほっとした様子で二人を差し招いた。少女の手から籠を取ると、その肩に手を置いて、


「この子はルネ・シッダ。わたしは姉のフィオナといいます」


 よく似た黒い瞳を和ませた。

 右に剣を持つ旅人が、外套の頭巾(フード)をずらして顔を覗かせた。

 よく日に焼けた褐色の顔が微笑む。


「ディーン・グラティアスだ」


 その隣の人物も頭巾(フード)を外し、


「レイ・セジェウィクだ」

と名乗った。


   *


 テーベは古い都市である。古代より豊かな地下水脈に恵まれ、農業を中心とした産業都市として、また交易の場としても繁栄を続けてきた。

 同時に、歴史が長いだけに、諸々の災害をも経験していた。

 中でも最もテーベに打撃を与えたのは、今から千五百年ほど前の大津波である。


 その頃のテーベは最盛期で、アルビオン王国に併呑される以前の王政が布かれている時代であった。

 ティシス海沖で起きた地震が引き金となって生じた津波は、天を衝く巨大な水の壁となり、一瞬にしてテーベの都を呑み込んだ。しかし人々は、神の啓示を受けた少年の導きによって、街が沈む前に南西のソハト山に登り、危難を逃れたのである。

 当時の様子は、聖者イドリースの伝説として、今なお人々の間に伝え残されていた。

 その後テーベはソハト山のふもとに新たな都を構え、現在に至っている。民衆を救った少年は、今では街の守護聖人として篤い信仰の対象となっていた。

 それから一千年以上、テーベは大きな災害に見舞われることはなかった。


 だが、つい一年前、突然不幸は訪れた。妖魔の襲来である。

 たった一匹の妖魔のために、わずか三日間で街は半壊滅状態となり、死者は数万人にものぼったという。しかし、聖者イドリースの加護か、偶然通りかかった魔術師によって妖魔は封印され、街は平和を取り戻した。

 現在のテーベに、その惨状を偲ばせるものは、ほとんど残されていない。


 かつての王城を背景に、聖イドリース像の立つサン・マルシェ広場を抜け、華やかな市街の外れにシッダ姉妹の家はあった。

 小作農だというシッダ家は、泥煉瓦を積み上げた、茅葺きの平屋である。

 砂漠の気候を微妙に調節できる造りの家は、質素だがやさしい雰囲気だった。

 帰宅した姉妹を、ほっそりした中年の女が出迎えた。

 あたたかな笑顔が、後ろに続く二人の旅人を見て消える。

 女はルネを膝に抱え、姉のフィオナに囁いた。


「誰だい、この人たちは?」

「大丈夫よ、母さん。この人たちはテスから来た旅の人で、街でルネを助けて下さったの。夕飯を一緒にって誘ったんだけど、いいかしら?」

「な……!」


 やつれた様子の母親は、顔色を変えた。


「何を言ってるんだい、こんな時に!」

「お願いよ、母さん」

「おまえ、家が今どんな時だか分かっているのかい?!」

「こんな時だからこそ、よ。せめて最期に善いことをしましょうよ。ね?」

「フィオナ、おまえ……」


 思わず娘の肩を掴んだ母は、服の裾を引っ張る下の娘に、我に返った。


「ねえ、母さん。お兄ちゃんたちを早くお家に入れてあげようよ」

「あ……ああ。そうだね」


 女は気を取り直したように、二人の旅人へ頭を下げる。


「どうも家の子がお世話になったそうで……」


 にこやかに、母親のティーシャだと名乗った。


「狭い家ですけど、どうぞ入ってください」

「すみません」


 家に入った二人の旅人は、外套を脱いだ。

 思っていたよりも若い。どこか異国の雰囲気のする赤い頭布(シェーシ)の旅人が、人好きのする笑顔を見せた。


「突然お邪魔してすいません。ご迷惑だったでしょうか」

「いいえ、気にしないでくださいな。荷物が大変だね。――フィオナ、上の部屋へ案内しておあげ」


 買ってきた食糧を受け取りながら、ティーシャが言う。

 フィオナは肩掛けを外し、小さな燭台を一つとって、二人を家の奥へ連れて行った。


「こっちよ」


 小さな梯子を登ったそこは、傍目からは分からない小部屋となっており、雑穀などを貯蔵したり、農機具をしまう物置として使われているようだった。

 手前半分ほどは片付けられ、寝台(ベッド)と机が置かれて寝泊りできるようになっている。


「昔わたしが使っていた部屋よ。今は下で寝ているから、好きに使うといいわ」

「ありがとう」

「すぐに夕飯ができるわ。それまでゆっくりして」


 二人を残し、フィオナは床に直接架けた梯子を降りていく。

 屋根裏部屋は、茅葺きの隙間から日の光が洩れているものの、明かりがなければ不便を感じるほどの暗さだった。

 ディーンはレイに燭台を渡すと、梯子を引き上げ、床の扉を閉じた。もわ、と(ほこり)が舞う。


「うへえ。こいつはすげえな」

「まさに物置、という感じだな」


 それでも屋根のある空間というものは違う。

 ディーンは、埃の積もった床に背負っていた荷物を置くと、買ったばかりの赤い頭布(シェーシ)をむしり取り、絡まった長い黒髪をはねのけた。


「うー、疲れたー」


 ディーンはごろりと、きしむ寝台(ベッド)に寝転がる。

 同じく頭布(シェシ)を取ったレイが、苦笑した。


「城門からここまでが、そんなに疲れたのか?」

「俺、かよわいから」


 やれやれ、といったようにレイは肩をすくめる。


「――それで、どうするつもりだ?」


 ディーンは、寝転んだまま頬杖をついて、


「俺はいいとして、問題はおまえだ」

「私?」

「そうだ。帝都貴族(アイテリアル)だってことを気付かせるんじゃないぞ。自治州と違って、地方じゃ帝都に反感を持つ人も多い。下手に警戒させないほうがいい」

「分かった。では、どう名乗る? 帝都の依頼で探索しているとは言えまい」

「どうみても俺たちは不自然だからな。人を探してるとか……適当にでっち上げるか。おまえはあんまりしゃべるなよ。口調でバレる。〝俺〟とか〝僕〟とか言えないのか?」

「僕? どうもなじめんが……」

「バーカ。そんなこと言ってる場合かよ。今だけだ。我慢しろ」


 レイは、どこか重い表情で頷き、寝台の片隅に腰かけた。ディーンは伸びをして、


「それにしても平和な街だぜ。今回も外れ、だな」

「平和な街か……。私にはどこか哀しげに見えるが――」

「考えすぎだよ。おまえは早くお宝を取り戻したいから、そう見えるだけだって」


 ディーンは明るく言ってのけた。しかし、そう口にしながらも、昨夜の幻影が頭をよぎる。

 あれから一睡もできなかった彼は、レイにはそのことは一言も洩らしてはいなかった。

 レイは、彼とはまた別の想いに囚われている様子で、それに気付かない。

 その時、床の扉を叩く音が聞こえた。ディーンが覗くと、下からフィオナが見上げている。


「ごめんなさい。お邪魔だったかしら」


 混血らしい珈琲色の肌をしたフィオナは、ゆるく波打つ黒髪を背へ下ろし、大きな黒い瞳が眼を惹く、なかなかの美人だ。レイやディーンと同じくらいの年に見える。

 フィオナは手を伸ばして、水を張ったたらいをディーンに渡した。


「体を拭きたいだろうと思って」

「そいつは助かる」

「他に必要なものがあったら、遠慮なく言ってちょうだい。……じゃ、体を拭いたら降りてきて。もうじき夕飯よ」


 そう言うと、フィオナは笑顔で去っていった。

 ディーンは髪を束ねると、レイと共に、盥の水で顔を洗った。水資源の豊富なテーベならではのことか、水は冷たく清らかだった。

 ディーンは手拭タオルで顔と首筋を拭きながらレイに尋ねる。


「明日からどうすんだ? もう一泊してしっかり休みを取ったって、罰は当たらないと思うぜ」

「そのことだが……」


 レイは手拭タオルを手に持ったまま、少しためらって切り出した。


「ここが目指す魔術師の居所であるにしろないにしろ、おまえの役目はおおよそ済んだと思う。テーベは大きな街だ。どこへでも好きなところへ行けるだろう。礼金の方は、私からノアに話して、帝都の管轄内ならどこでも受け取れるように手配しておく」


 突然の話の内容に、ディーンは一瞬理解ができない。

 沈黙と共に、じんわりとその意味するものが頭へ届き、彼の頬に乾いた笑いが浮かぶ。


「それって……もしかして、俺はここでお払い箱ってことか?」

「おまえには何度も助けられたし、感謝している。だが、これから先は私一人で片付けるべき問題だ」

「冗談キツいぜ。おまえ一人で魔術師や妖魔と戦おうってのかよ」

「そうだ。これでも剣士だ。易々とやられはせん」


 冴え冴えとした美貌には、氷像のように感情の欠片も浮かんでいない。

 ディーンの顔から、いつもの余裕が消えた。


「おい、本気か?」

「本気だ。砂漠の旅にも慣れたし、案内はもう必要ない」


 あくまでも落ち着き払ったレイの言葉に、ディーンの怒りが爆発する。


「ここまで――あと一歩ってところまで来て、もう案内は必要ないだと?! ふざけんじゃねえ!! 一体今までは、何だっていうんだっ!!」


 ばんっと、手拭タオルを床に叩きつける。

 レイは、ただ黙ってそれを見ていた。

 ディーンは髪をかき上げ、昏い笑みを浮かべた。


「そうかよ……分かった。――金なんていらねぇ。てめえの連れなんざ、こっちから願い下げしてやる!」


 紫の瞳が、鋼のごとく光る。乱暴に上着を羽織り、


「てめえとはこれで縁切りだ! いいな!!」


 そう言い切ると、足音も荒く階下へ降りていった。

 残されたレイの蒼い瞳に、言いようのない翳が落ちる。重いため息をひとつついて、レイは手拭タオルを拾いあげた。




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