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盲目の美女

作者: 真宮克

 事故なんて起きるべきものではない。足を骨折をして私はそう感じた。

 松葉杖は使いにくいし、ギプスは重い。何よりとてつもなく歩きにくいのだ。近くに買い物に行こうにも少し歩いては休んでを繰り返し、往復だけで一時間もかかってしまう。怪我が原因で寝たきりになる人の気持ちがよく分かる怪我をしたものだ。


 特に嫌だったのは月に一回、病院に通わなくてはいけない事だった。総合病院は自宅から遠い上に、私が生来の怠け者で、病院に毎月通うということが出来なかったからだ。

 去年の夏に部活で怪我をした時も、週に一度の通院を勝手に二週間から三週間に一回で通って医者に怒られたくらいだ。



 今日は母に怒鳴られて病院に行くことにしたが、怪我人の私を置いて母は仕事に行ってしまい、一人で歩いていかなくては行けなくなった。

 仕方なく一時間かけて総合病院に向かい、受付を済ませて待合室で二時間待った。


 散々待たされたというのに医者の診察は粗雑で、レントゲンを撮ってまた待っていろと指示を受ける始末。私は内心腹を立てながら地下のレントゲン室まで足を引きずって歩いた。


 エレベーターを使おうとしたが、総合病院のくせに一つしかあらず、車椅子の男性が乗り込んだため、私が使うことは出来なかった。エレベーターがまた来るのを待つのも馬鹿らしく、私は渋々階段を使うことにした。


 松葉杖で階段を降りるのは恐ろしいことだ。

 まともに使える足が片足しかないし、松葉杖に体重を預けると微かに震えて落ちるのではないかとヒヤヒヤする。

 一段一段慎重に降りていくと、途中で女性の背中を見つけた。


 女性は足で階段を叩き、足元を確認しながら一段ずつ降りていく。どうやら目が見えないようで、手すりの場所を探しながらフラフラと歩いていた。

 それがあまりにも危なっかしく思い、私は急いで女性の元まで降りると、女性に声をかけた。


「あの、肩を貸しましょうか」

「あら、それは悪いわ」


 女性は遠慮したが、歩くその姿はやはり危なっかしいもので、私は無理やり女性に肩を貸し、階段を降りる手伝いをした。

「一段降りますよ。あと三段降りたら踊り場ですよ」

「ご丁寧にどうも。あなた優しいのね」

「いえ······」

 思春期に単なる褒め言葉とはいえ、女性にそう言われると少し恥ずかしい。女性の目が見えないのが救いだったが、私の顔は火が出るほど真っ赤になった。


 ふと、女性は眉間にシワを寄せた。

「あら? もしかして足が悪いの?」

 どうやら松葉杖の音と私のぎこちない歩き方で何となく察したらしい。女性は私からぱっと手を離した。

「いやいや、ただの骨折ですよ」

「あら私ったら! 怪我をしている人にこんなことをさせるなんて!」

「いやいや、お気になさらず。目が見えない人を放っては置けませんから」

「本当にごめんなさいね」


 踊り場に着き、数歩ほど歩いてまた階段を下る。降りる間、大した会話もないのが少し気まずく、私は女性に話を振った。


「地下まで降りるとは、お姉さんも何かの検査ですか?」

「いいえ、私は霊安室に行きたいの」


 聞かなければよかった。

 私はぎゅっと口を結び、後悔で胸を刺した。

「すみません。変なことをお聞きして」

「いいのよ。あなたは検査? レントゲンかしら?」

「はい」


 女性はくすりと笑い、「いいなぁ」と呟いた。

「ただの骨折なら、どれほど良かったかしら。いいえ、全身複雑骨折だったとしても、生きていたら······」

 私はその独り言にうっかり興味を持ってしまった。

 聞いてはいけないと感じながらも、私は話の風呂敷を広げた。


「あの、どなたか亡くなられたのですか?」

「······彼とデートしてたのよ。私が海を見たいって言ったから、彼は連れてってくれたの。私、実は海に行ったことがなかったから、楽しみだったのよ。だから、車の窓から海が見えた時、嬉しくなっちゃって。彼を少しよそ見させちゃったのよ。それが原因で事故にあってね」

「それは、お気の毒です」

「体が外に投げ出された時、私後悔したのよ。『ねぇ、見てちょうだい』『海が見えるわ。とっても綺麗ね』なんて、言わなければって」


 女性はさめざめと泣いて止まらなくなってしまった。

 私は聞いてしまったことに胸を痛めながら、彼女にお悔やみを申し上げた。階段を降りきると、彼女と別れて私はレントゲン室に向かった。


 ***


 翌日、私が起きると居間には誰もおらず、母のメモ書きとラップをかけられた小皿が机に置かれていた。冷えたおかずを食べながら何気なくテレビをつけると、ニュースが流れていた。映ってはいけないものが映ったのか、一部にモザイクがかかっていた。


 私はそのニュースを見て、全身の血が抜ける感じがした。冷や汗が止まらなくなるほどに恐ろしくなって、テレビをつけたままその場から逃げ出し、部屋に閉じこもった。そして昨日女性が言ったことと、女性の目が見えなかった理由を知ってしまった。



『昨日午前十時頃、○○県○○市の峠にて車の衝突事故がありました。助手席に座っていた女性が窓から投げ出され死亡、運転していた男性が軽傷ということです──』



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― 新着の感想 ―
[良い点] 事故で目を損傷したのでしょうかね? 海と言っていたので、海に落ちて魚に目をやられたかと思いましたが違いましたね。 彼氏の遺体に会いに行ったと思いきやの落とし方が絶妙ですね。
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