2037年7月29日、PM8:15(EDT)、合衆国、ワシントンDCのバー"Stuen"
愛する家族の待つスイートホーム一刻も早く帰りたい、通勤時間を一分一秒でも短縮したいと願ってやまない。例え、全てを犠牲にしてでも・・・という切実な思いを「本末転倒」と評してはいけない。
彼らは真面目なのだ。本気で何かをしようとしている人々を揶揄してはいけない。だいたい、そんな人達の比率の高い社会こそ、健全な社会なのだ。何故なら、そう言う人々は、暇になってもあまり悪い事を思い付かず、小さな不満を日替わりで持ちつつ、それでも全体的に人生に満足している。だから、しっかりと働いて、たくさん無駄遣いもする。
ここは、そんな経済を回してくれるいわゆる善良な男女が去った後のワシントンDC。そのせいか、そこは周辺に位置する接続地域に比べて、明らかに、少しだけだが、人類が持つ一面である"闇"の色が濃くなっていた。
それは善男善女たちの視線が無くなった事で、都市部の調和的で、道徳的で、トドメに融和的な雰囲気に遠慮して身を潜めていた野獣達が、自然体で闊歩し始めたせいかも知れない。自らの気配を意図的に埋没させる時間は終わったと、リラックスして背伸びをする。
そんな社会的異分子達は、きっと街中の至る所で悪事の相談を始めているに違いない。それは、昨夜の続きかも知れないし、たった今始まった話題なのかも知れない。
それで、彼らは自らの事を「野獣たち」であると認識出来ていた。出来ていたから、昼間は獣で無い振りを出来ているのだ。
もっとも、野獣たちが管理する悪事は、善男善女たちが時より引き起こす惨事と比べれば、記憶に残る程度のちょっとした被害しかもたらさない、と言う不思議な特徴があった。何故か、善男善女が引き起こした惨事の後では、記録を残せるほどの社会基盤は消滅するまで徹底的に破壊されてしまう。取りあえず、過去の例ではそうだった。もっとも、未来までは同様になるのかは知らないが。
実際、歴史の教科書で紹介される惨事のほとんどは、善男善女たち引き起こしたものである。だって、粛正的指導とシベリア開発がライフ・ワークだったヨセフ・スターリン同志だってただの「子供の好きな優しいおじいさん」だったと、日本のクオリティー・ペーパーは、その死を悼む記事で為人を紹介していたし。
20世紀後半、カンボジアやどこかの大陸国家で、大革命の途中で大量の自国民が政府主導で虐殺されたが、それらの記録はあまりにも少ない。興味深い事に、それらを指導し始動したリーダー達は自国民を愛して止まない善人でもあった。しかし、結果としての悪事の度合いは悪人が決して超えなかった彼岸にまで達した。
それはきっと、「天使で無ければ本当の悪魔にはなれない」という人間性が抱える矛盾にこそ原因があるのではないだろうか? 野獣は計画的に悪事を行うので、目標値や損切りの設定値の策定に抜かりが無い。野獣にとって悪事とは手段に過ぎず、決して目的ではない。何よりも繰り返し悪の限りを尽くすには自らの行いとストイックに抑制して、効率原理主義を活動理念である事を一瞬たりとも忘れない様にしているのだ。
一方、善男善女にとって悪事に手を染める事とは、100%想定外であり、避けるに避けられなかった結果である。不注意で、計画の破綻に気付かずにそのまま突き進んだ結果、自らの責任で招いた大惨事である。善男善女に共通する特徴の一つは、大らかさにある。友人や恋人の起こした失敗に対しても、責任を追及することはない。それは、プライベートではとても素晴らしい素養である。
しかし、その素養は、社会規模の計画や革命の責任者として、果たして相応しいだろうか? 善男善女による善意で始められた活動の目的達成の計画性は、協調性ばかりが重要視されて、支払い対価を考慮した効率性にはあまり無頓着だ。
それは、きっと、彼らが愛して止まないのは「良い事をしている自分」であって「良い結果を残す事」では断じてないからだろう。
大らかさは美点とされる。しかし、大らかな政策の末に気軽に、大らかに虐殺を始めるのは美点と言えるだろうか? それを評価すべきは、大らかな政策者や無責任な後世の識者では絶対にない。相応しいのは、虐殺されて三途の川の向こうへ送られた人々だけだ。
もし、彼らがそれを美点として感謝しているというのなら、その時事初めて当事者達は多さらかを美点として、誇りに思うべきだ。
もっと、確かめる手段がないので、これは永遠に謎のままだ。
ーーーイッペンシンデミル?
それらの話は、野獣とっては明白な真理であり、絶対に回避すべき野獣仲間の片隅にも置いておけない危険なほどに愚かな非効率性だ。
何故、野獣はその様に考えるノだろうか? 正しい悪人とは、高確率で資本主義者だ。だから、儲からない事はしない。意味の無い悪事はしない。
ーーー悪事を重ね過ぎて、悪事を持ちかける対象を滅してしまっては、商売上がったりだろう。ばっかじゃねーのー?
きっとそう言って憚らないだろう。
一方、善男善女にとっては、その失敗がどうして起こったのか、永遠の謎である(または善男善女を自主する野獣によるサボタージュや妨害に原因を疑う)。客観的に見てどれほどに指導者の明白な判断ミスの結果であったとしても、自らまたは自ら行った政策に非があるとは思い付かないのだから仕方ない。
可哀想なのは、善男善女の覇道を妨げる原因と認定された人々だ。一度、認定されてしまうと、革命初期から経験を分かち合ってきた仲間であったとしても果敢に粛正されてしまう運命が待っている(何と言う徹底した平等主義!)。そして、最後は誰も居なくなる訳だが。ソースは、サロット・サルとその一味を語るカンボジア革命史書の数々。彼は死の直前に「アレは失敗だった。今度はもっと上手くやる。責任は自分だけにあるのではない」と宣った。すげえ。DIO様的に痺れさせてくれるw
これこそ善と悪の間で永遠に繰り広げられる、相互不理解の一例でもある。野獣に言わせれば、世も末である。まさに、365日24時間常時「世紀末状態」である。本当の野獣は「ひゃっはー」はしない。もっとスマートに、社会の根幹から誰にも気が付かれずに「富」を引き抜いて行くのだ。あたかも、達磨落としゲームの達人であるかの様に、鮮やかに。すこーん、と。
生き物に限らず、世界は上位互換の法則で動いている。つまり上は下を容易に理解し、下は上を単純に誤解している事は別に珍しい事ではないと証明している。のかも知れない。
日が完全に暮れてからのワシントンDCは、そういう種類の人間達こそが支配的な人種だった。夜になって、やっと大人達の時間が始まったと言う訳である。
ストリートのコインパーキングは、日本の都市部で運転するには明らかに不向きな、ロング・ツーリングに最適化された"合衆国らしい大型乗用車"で埋め尽くされている。それらは、日本人の感覚ではあまりに巨大で、ハンドルの切れの悪い車たち。日本の自動車評論家であれば、日本車に対して「ダル」と評し、外車に対しては「どっしりしている」と評するハンドリング特性を与えられていた。
しかし、「ダル」または「どっしりしている」ハンドリングこそが、インターステイツという全土に張り巡らされた無料高速道路網で支えられる、合衆国式交通インフラを利用する上では最適解だった。また、妙な事に、それらの大型乗用車は約五割が日本ブランドの製品が占めていた(ただし、北米大陸で製造された左ハンドル車ばかりだったが)。
合衆国の夜道は危険だ。不用意にちょっと一人歩きするだけで、どこからともなくホールド・アップの掛け声が飛んでくる。またはケバい化粧をしたSPRING販売員やジーパンを腰まで下げて履く薬屋さんが営業をかけて来る。それも次から次へと。それらが世界最大の経済強国のリアルで平均的なナイトライフだ。
しかし、このストリートでは何故か、危険など意に介さずに行き交う人々の姿があった。そんなの"オレに知ってる合衆国"らしくないと言われても例外と言うものは何事にも存在する。
そんな不自然極まりない合衆国の日常風景に無難に溶け込む、長い歴史を感じさせるバーの中で、二人の男が止まり木に腰を掛けて、仕事の話に花を咲かせていた。
ーーー日本の航空自衛軍が統合型誘導爆弾のシステムの確立に成功したらしいぞ。
別にそんな物珍しい兵器じゃないだろう?
マホガニーの意匠を無断で摸倣した様に見える木製のカウンター・テーブル。その奥で丹念にグラスを磨くマスターは、客の会話の内容にはまったく興味がなさそうだった。そのバーで今、忙しそうなのはウエイターとウエイトレスだけだった。客達が食事を終えた皿を大急ぎで引き上げて、テーブルに余剰スペースを作る努力に余念がなかった。
それは、食事の時間が終わり、これから始まるアルコールの時間に備えるためだろう。チップの実入りも、客にアルコールが入った後の方が断然に良い。
21世紀最初の20年間、合衆国社会では、しっかりとした食事とアルコールの両方と取り扱う飲食店に対する規制が激しく、俗に言われる非進歩的なレストランは、事実上、開店不可能な州が多かった(観賞目的の性的サービス店でのアルコール取り扱いに付いても同様である)。
しかし、最近ではそれを不便とする消費者達からの強い要請によって、少なくともワシントンDCやNY州では状況が改善されていた。もっとも他の州では違ったりもした。ご禁制とされているマリワナが解禁されているCA州では、相変わらずそう言うハイブリッドなサービスを受けるには、ネバダ州方面の街外れにある反社会的飲食店、通称「Speak Easy」の扉を開ける必要があり続けた。まったく、不可解な事象である。
男性客の一人が、自由になった合衆国社会を満喫するために、遠慮無くジン・ソーダを注文した。だが、カウンター内にいたマスターが怪訝な顔をする。別に彼はアルコールを嫌悪している訳では無かった。だた、「男たるものウイスキーかバーボンでも飲みやがれ」と抗議を籠めた視線を送っただけだった。男は、合衆国式の自由精神に同意して、何も言わずに、一度だけ頷いた。
マスターは当然だと言う態度で、すぐに、スコッチ・ウイスキーを寄越してきた。グラスを一瞥するだけで、微妙に量が多い事が判った。
「お客様が大西洋を渡って来られた様に見受けられましたので」
「ありがとう。次はピートの聞いたラガヴーリンを頼む」
そして、そっと50ドル札と100ドル札をテーブルの上に置いた。その中の一枚はチップだった。
「承知しました」
マスターはすぐに奥で皿を洗っていた、やや英語の不自由な青年を店外へ使いにやった。電話で注文だけして、酒屋までLagavulinを引き取りに行かせたのだ。
「16年物を用意させていただきます」
カウンターに戻って来たマスターは、傷が多いが、良く磨かれているために美しく輝いているカウンターのテーブルの上に、スモーク・チーズとビーフ・ジャーキーのつまみを置いた。
それを確認すると、男達は再び仕事の話を始めた。
ーーーでな・・・技術的な基本コンセプトが一新されたんだ。
どういう事だ?
ーーーサイボーグの視点観測さえあれば、超精密誘導可能なんだ。
視点測距は自由落下式だった時代から爆弾誘導の基本なんじゃないか?
ーーー初心に返ったと言うわけさ。
待て待て。レーザー誘導方式、GPS誘導方式、SALH誘導方式、画像内容解析アシストAI誘導方式のマルチ・アシスト機能は使わないのか?
大西洋を渡って来たらしい男がスコッチ・ウイスキーを舐める。もう一人の、カウボーイ・ハットが似合いそうな筋肉質だがそれでも細身な男は、飲み終わったバーボンのお代わりを注文した。
ーーーまず、使わなくても精密誘導可能だ。そして、それらのアシスト機能は統合調整エンジンによって整理されて、最終的にサイボーグの脳が判断を下す。意味が分かるだろう?
神託エンジンがコアから排除した"人脳"をわざわざシステムの頂点に置いたと言うのか?
ーーーそうだ。やつら、神託エンジンに人の感性が介入できる、本物の統合調整エンジンを実用化しやがったんだ。
そんな負荷に耐えられる"人脳"が存在するのか?
ーーーまず、統合調整エンジンの負荷はまだ高い。しかし、それを御せる"人脳"が発見されたんだ。
松本基地のアイダとか言うガキか? またはその他の実験体か?
突然、女連れの若い男がカウンター席に座った。潔く注文をしてスマートな所を女に見せ様とする。だが、彼はマスターに「良い女を口説く来ならこんな席でシリアルに決めるんじゃなくて、テーブル席の方でじっくりとやってくんな」と告げられて面食らった。
「上手く行ったなら、またここに戻って来い。そしたら、あちらの紳士が仕入れて入れた本物のピートが薫る酒で祝福してやるってよ。今さっき、良い物が手に入ったのさ」そう良いながら、大西洋を渡ってきたらしい男を指す。男は飲みかけのグラスを上げて見せた。
女連れの若い男は、若者には珍しく年寄りのアドバイスに素直に従う事にして、少し離れたターブル席へ女性をエスコートして行った。どうやら、一見の客に、マスターは二人の会話の邪魔をさせたくなかった様だ。その配慮に気付いた男は、グラスの下に4つに折り畳んだ20ドル札を敷いて、ラガヴーリンをサーブして貰う事にした。
ーーーあれは見込み違いだった様だ。別口だよ。ただし、緊密に関わってはいる。「大洗海上花火大会」の会場で、我々に奴らが見せ付けたRF-15DJによるフレアー発射・デモンストレーションの時も目視観測ネットワークの中にいた様だ。
ほお。しかし、サイボーグの母とか言う"朝霧和紗"とかいう人脳は死んだんだろう?
ーーーその後継者が、朝霧和紗の投げ出した統合調整エンジン開発を一段進めたらしい。
あの、元合衆国民と言うサイボーグか? 「Firefox」の件はこちらにも報告は届いているが。
ーーースパイショットに依ればその様だ。コール・サイン、彼奴らの間ではTACネームか・・・。それは「フシミ00」と判明した。もっとも、相手はサイボーグ。中身にアレが入っているかなんて脳核を叩き割っても判別出来る訳じゃないので、推測するしかないんだが。
現在は、オペレーターとして使い物なるのはその少女一人だけなのか?
ーーーその様だ。しかし、情報衛星のフルダイブ機能と同じで、道筋さえ付ければ後は日本が得意なit-Dogkataを大量投入する人海戦術で2〜3年で誰でも使えるレベルにブラッシュアップ出来る筈だ。
我々の神託エンジンだって、限られたエース級のShrine maidenをチームで投入しなければ情報伝達速度のバラツキが激しい。やつらはそれをたった一つの"人脳"で出来るのか。
ーーー太平洋戦争以前からの奴らの好みだろう。
?
男達はそれぞれが最後のスモーク・チーズとビーフ・ジャーキーを分かち合った。するとすかさずミックス・ナッツと三日月形のライス・クラッカーのつまみの皿が出された。ライス・クラッカーは一つ食べるだけで、突然に口の中に辛みが広がり、特に印象的だった。マスターは、それが日本では定番のつまみの一品だと教えてくれた。
その辛みが広がった口に冷たいバーボンを注ぎ込むと、とたんに辛みが退いた。ただし、琥珀色の雫が喉を通過してしあうと、またすぐに辛みが戻って来る。これは、飲酒のペースが加速しそうだ、と一抹の不安を覚えずにいられなかった。彼は自動運転を嫌って、そう言うオプションを廃した新車を先月に購入したばかりだったからだ。
ーーーたった一人のエースで大量の敵を迎え撃つ。柔よく剛を制する。しかし、それは消耗戦になると自らの首を絞める結果になる。まあ、資源の乏しい組織の陥りやすい袋小路だ。
日本のShrine maiden一人排除出来ればシステムを無効化出来ると言う事か?
ーーーそうだ。しかも、我々の保有する神託エンジンを大量に投入すれば、奴らの統合調整エンジンを黙らせる事は容易い。
戦艦一隻には重巡洋艦数隻で包囲して殲滅すると言う戦略か?
ーーーそう。戦いは数だよ。
Shrine maidenの米日対決か。
ーーーああ、やつらには別の呼び名があるらしい。
巫女ではないと?
ーーーProphetと言うらしい。
YHWHとダイレクトリンクしてるって意味か?
ーーーやつらの国の神、八百万の神々の中の一柱らしい。
ほお。誘導精度も神並みなのか?
ーーー半数必中界(CEP)は1mと出た。もしかしたらもっとスゴイかも知れない。
精度は神託エンジンと同程度か?
ーーーただし、誘導弾を複数ガイド出来る。おそらくCEPを広げればさらに誘導段数は増やせる。
絨毯爆撃をレーザー光照射並の精度で行えるのか。
ーーーそう。小型の攻撃機で消耗を恐れながら攻撃を繰り返す必要はない。敵に向けて高速侵攻して、破壊対象が攻撃に気付かない中に一気に大量の誘導弾をばらまければ、あとは的確な誘導で戦術目標は消滅する。攻撃機の被害が出る最大の原因は反復するからだ。日本人が大好きな"一撃必殺"。このシステムが普及すればF-111みたいなコンセプトの戦闘機が見直されるかも知れない。
しかし、その日本方式では目視する地上観測員の安全はどうやって確保するんだ? Banzai attackか? それともHarakiriか?
ーーー1海里くらい離れていても機能する事が確認されている。僚機のコックピットからの視認でも、僚機のGPS、高度、速度などが正確であれば機能することが視認されている。
1.2マイルか。今後それはまだ伸びるのか?
ーーーおそらく。それはサイボーグの義眼と画像処理エンジン、さらに"人脳"の経験が蓄積されれば、有効距離はさらに伸びそうだな。どうやら、プローブによる観測でもサポート出来るみたいだしな。
なるほど。僚機がサイボーグを"搭載"するだけで、イギリス空軍が誘導弾用のレーザー照射支援機として運用したブラックバーン・バッカニア(湾岸戦争の頃)にアップグレードさせられる訳か。しかし、統合調整エンジンとの通信はどうやって確保するんだ?
ーーーやつらの統合調整エンジン、AYUMIと言うらしいが・・・試作品はかなり小型でしかも低電力で動くスーパーコンピューターらしい。それの端末であれば、将来的に、攻撃機の拡張ウェポン・ベイに搭載出来そうだ。最悪、EA-18の電子戦ポッドの様に翼や胴体の下に括り付ければ良い。
飛行機までサイボーグ・ボディにする気か。気が狂っているとしか思えない。そんな物にダイブしたら、良きキリスト者にはとても耐えられない経験となるだろう。
ーーー仏教徒はそんなもんだろう。努力の果てに人が神になれる教義だ。
仏教にShrine maidenと言う概念はあるのか?
ーーーこんどタライ・ラマ15世にでもうかがってみろ。
どっちのだよ? パッキングのか? インドのか?
ーーーさあね。
そこで男達の上着に入れっぱなしだった、携帯電話の呼び出しを告げるバイブレーターが同時に唸りを上げ始めた。ほぼ同時に着信元を確認する。
「くそっ」
その声もほぼ同時に漏れて来た。大西洋を越えてきたらしい男は、クレジットカードでなく100ドル札二枚をマスターに渡して、お釣りも受け取らずに早々に店を出て行った。
なお、マスターはそれから5分後に一通の電話を受けた。
それは「成否に拘わらず、あのカップルにラガヴーリンを経験させてやってくれ」と言う内容の話だった。




