2037年7月23日、AM9:15、福島県大沼郡会津美里町、天叢雲会病院・本院の屋上
福島県大沼郡会津美里町、突貫工事マシマシで再建された天叢雲会病院・本院の屋上。そこから東側を眺めると、福島中通りと福島会津地方の間に横たわる山脈や、猪苗代湖を覆い隠す背あぶり山などが見える。空と大地の境となる輪郭部分の様子には震災前後の違いは生じていない(ただし、地震でへし折られた風力発電機群はまだ放置されたままだ)。
かつで学校で習った"国破れて山河あり"という、人類社会における歴史的真理をしっかりとを体現出来でいる(当然、それが繰り返しである事も含めて)。大震災で焦土と化した会津盆地であったが、その枠組みだけは、時の流れや移り変わりが一瞬の瞬きの間に始まって終わる些事であるかの様に、まったく揺らぎを見せない。
しかし、震災後に変わった風景も探せばあった。会津盆地を縦断する一級河川阿賀川の西岸、つまり病院から見ると手前に、川の流れに沿って長方形に土をえぐった後が見渡せた。それは未来の会津国際空港と航空自衛軍会津駐屯地だ。官民左右に別れた作りは茨城国際空港を参考している(ただし空港ターミナルは中部に、軍施設は北部に配置している)。
4,000m級と言う巨大な滑走路を有し、将来に起こる可能性のある厄災に備えた"国防"の要として計画された。非常時には大型輸送機や大型旅客機の同時離発着に対応し、滑走路が破損すると言う最悪のケースであっても2〜3分割して目視運用出来る可能性を備えている。
つまり、その実は、災害対策専用の施設ではないと言う事だ。
現状では、延長国会に置ける補正予算として支出が決まった「会津復興予算」の直接投資は、この会津国際空港のみだ。それ以外は今のところ地元金融機関と都市銀行への貸し付けや、生活インフラ再構築工事へと回されている。
それは会津は自己再建と言う茨の道を選んだからである。これは、復興後に、会津が域外資本の経済的植民地となっていると言う、良くある中央政府をバックにした大資本による地方市場の整理・整頓を明確な形で拒否した証拠だった。
「知ってるかい? 阿賀野川水系は日本第10位の長さを誇っているそうだよ」
「そら、郷土に授業で習いましたからね。下流部付近で計測すると河川水流量は日本最大って、先生が頻りに怒鳴ってましたよ」
医学博士・朝間と擬体外科工学博士・津田沼は、天叢雲会病院・本院の屋上にいた。
「あ、お湯沸いた」
津田沼は風除けで覆われていた岩谷・ジュニアガスバーナーの上からピーピーなるアウトドア用の軽量薬罐を退けてガスの元栓を閉じた。チタン材が虹色に変色していて美しかった。
「医療機器ネットワーク優先だからって、給湯室の配管とか完全に後回しにするってのもどうしたもんですかねえ」
津田沼は自分のカップ麵にお湯を注いでから、注意深く薬罐を朝間に渡した。朝間も赤いきつねにお湯を注ぐ。薬罐の容量が少ないため、食後に飲むコーヒーを入れる水量は残されていなかった。
「仕方ないさ。日本中に散った患者、特に子供達をさっさと戻してやらないといけないんだ。ガス系の閉鎖確認あとでゆっくりやれば良いのさ」
「まあ、こういう風に外で飯食うってのも悪くはないんですけど」
「雨さえ降ってなければ。そして、盆地特有の熱気が本領を発揮するまでの僅かな時間の間の戯れであれば、かな」
「なるほどなるほど」
天叢雲会病院・本院の屋上は決して静かな場所ではなかった。盆地を囲む山々に凄まじい工事音が児玉している。音量があまりにすごいので、重機の使用は午前9時〜午後5時と厳格の定められているくらいだ(規制時間突入後には内装工事などに切り替えられる1日24時間の作業体制が採られている)。
これだけ音が交錯し、温度差の違う大気層が風の流れによって掻き乱されると、進化した採音機具を使用しても盗聴は難しい。むしろ、光学機器で口元を盗み見て読心術を試みた方が有効そうだ。
夏の会津では、それも無駄な試みだった。盆地特有の熱気が引き起こす大気の揺らぎのせいで、地上付近では50m先の高精度画像を採取する事もままならなかった(さらにレンズの膨張効果による画質低下が拍車を掛けた)。
どう考えても、屋内より屋上の方が防諜面では有利な点が多かった。
津田沼は温くなったドクターペッパーのペットボトルの蓋を回して開けた。
「さて、聞かせてもらいましょうか、先生」
朝間は同じく温くなった缶コーヒーを飲み始めた。
「朝霧和紗の「雛形」の話だ」
「!」
津田沼は温くなったドクターペッパーの開封をミスした。強力な炭酸成分が蓋とボトルの隙間から漏れ出した。しかし、彼はそれに気が付かない。どうやら、それほどに衝撃的なネタだったらしい。
「発見されたんですか?」
「ああ」
「どこにで?」
「二カ所、ほぼ同時だ」
「二カ所?」
「ああ、二つの"X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体"から」
「朝霧和紗達の遺体と・・・ナヲミちゃんの擬体から?」
「ああ。別に暗号化されていた訳でも無い。あまりに膨大なマトリクスが並んでいたので解析に時間がかっただけだ」
「じゃあ・・・」
「うん。最初はナヲミの擬体を仮想現実的にコピーした我々と、直後に現場で遺体を確保した百里基地だけだった。しかし、百里基地の手には余ったために松本基地と技研に解析協力を仰いで成果を共有するに至ったと言う流れだ」
「内容に食い違いとか、バージョンにズレはあったんですか?」
朝間も意外そうにそれを否定した。
「無いんだ。ある日を境にアップデートが終了している。完成したと判断したのか・・・それとも」
「それとも?」
「手に余って、それ以上前に進める事を諦めた、かな」
津田沼は合点に至らなかった。
「暗号化してない物を、どうして死ぬまで隠していたんです?」
「実は隠してなかった。隠す必要がなかったんだ」
朝間は悔しそうに眉間に皺を寄せて、複雑な想いを一気に吐き出した。
"朝霧和紗の「雛形」"とは、生身の維持限界が想定以上に短い事を察した朝霧和紗本人が、自らの姿勢データを、擬体化施術を受ける前日まで常時記録させた巨大情報蓄積ファイル、またはそれらのデータを活用した姿勢制御用ドライバーと言われている。そして、記録と同時に姿勢制御の様子を多視点から撮影した動画を100人以上の男女に観賞させながら、視覚や聴覚の反応情報をホルモン分泌や体温変化を通じて、客観的な評価を長期間に渡って収集し、その結果を参照しながら制御形態のDominant Selection(順位付け)されているとも噂されていた。
彼女は、実際にそれらデータを元に、自分ではなく、一般人が美しいを考える客観的な理想だけを抽出して、市販用の擬体用姿勢制御OSとそのデフォルト設定を完成させた。この事実がそれら噂の根拠となっていなのだろう。実際、"朝霧和紗の「雛形」"の存在を確認した人間がいなかったので、多くの人々がそれに大きな夢を見た、というのが都市伝説構築の条件を満たしたのだろう。
同時に、自らが神楽を奉納して見せ、日本舞踊を舞って見せ、客観的な評価の収集に躍起になっていた。どうしたら生身を失う前に、サイボーグ化された後で、自分が生身時代に獲得していた美しい身のこなしを再現できるかを模索していたのだろう。
その御陰で、朝霧和紗ボディは初めてのプレス・コンフェレンスで公開した初期型ボディに宿ったの段階で、既に人工人間の運命的なエラー「不気味の谷」を克服出来ていた。その優雅な素振りで世界中の賢い愚か者達の脳裏を好印象で焼き付かせてしまった。
結果は、彼らは、口で攻撃しながら、決定的な破壊工作を行えないプロフェッショナル市民へと昇華させるに至った。客観的に見ても、彼女は印象誘導術に依って、かつて無いほどに高効率な行動抑制力を示していた。
しかし、ある日を境に、朝霧和紗は自らの姿勢データを元にした朝霧和紗ボディの開発を凍結した。同時に、一般人の姿勢データを常時記録を開始した。女性ボディを基本に開発されていた事から、まず最初はもっとも「無意味に人を魅了する」とさせる事では定評のある、女子高生や女子中学生のボランティアを無制限に募集した。もちろん、それだけに留まらず、評価システムを確立するために、年齢・性別・国籍・思想的に無制限で、文字通りあらゆる層の人々を集めて「実験」を繰り返した。
あまりに貪欲にデータを収集したせいもあって、製品化された頃の朝霧和紗ボディは、少女の再現性は「実物」を超えるとさえ言われ始めていた。世界中に散らばる大きなお友達は、姿態・姿勢の制御研究に直結した商業的成果に歓喜した。
朝霧和紗ボディは、少女形(F形)の高い評価の御陰で世界的に普及した。それのおかげで、男性形(M形)の開発費を捻出する事に成功し、すぐにユニセックス・ボディでない、両性ボディの供給が開始された。
しかし、業界で初期からサイボーグ開発に携わる人々は時々、ある疑問を思い出した。朝霧和紗本人は折角、記録したデータファイルの活用を止めてしまったのだろうか? と。その想いが世間に共有される様になると、それは"朝霧和紗の「雛形」"と言う都市伝説を示す合い言葉が自然発生した。
インターネットのまとめサイトの代表的な噂では、もし、それを手に入れる事が出来れば、生身を超えるサイボーグになれる、とか。もちろん、どの様に生身を超えるのか? 生身を超える事の定義は? などは何一つ示されていない。
もし、今でも本人が生きていたら、その噂を聞いて大笑いするか、ネタを弄ってさらに「YHWHと交信出来る様になる」くらいまで誘導して、カソード系キリスト教団体のさらなる怒りを買ったかも知れない。
それでも、一般雛形の開発だけでも手一杯な擬体メーカーは、ビジネス的な成功に振り回されて"朝霧和紗の「雛形」"の事は忘れたふりをしていた。
しかし、つい先日、朝霧和紗本人の死亡発表で驚かされた世界は、それを再び求め始めた。そこで世界中のハッカーや困った人達が、"朝霧和紗の「雛形」"を探し始めた。ある日突然に、世界同時検索が自然発生し始めた。その様を見て、ある共産主義者が「世界同時革命はこうやれば成功したのか」と悔しがったとか、しなかったとか。
それでも、フェイク物以外はまったく検索にヒットしなかった。誰もが諦めたり、大気圏外のサーバーにまで手を伸ばし始めるなど、探求者の行動は両極化しつつあった。
津田沼はそれを踏まえて、何故隠す必要がなかったのかを尋ねた。
「"朝霧和紗の「雛形」"は二カ所にあった。そして、それを利用可能な擬体と擬体保持者の組み合わせは、朝霧和紗と朝間ナヲミの今も昔も二人だけ」
「何故? 今も昔も?」
「"朝霧和紗の「雛形」"用擬体制御に対応するには特殊な「設定」を許容する第二小脳が不可欠だった」
「?」
朝間は飲み干したコーヒーの缶を握りつぶした。
「ナヲミの脳に組み込まれた第二小脳、実はあれは朝霧和紗本人から譲り受けた物を移植してある事は話したと思う。アバター対応の第二小脳に換装した時にパージされた、アバター構築用の試作チップを組み込んであるんだ」
「ええ」
「"朝霧和紗の「雛形」"用擬体制御に不可欠な要素はなんだったと思う?」
「そりゃ超高速な演算を可能にする高性能チップ、または高速処理可能ソフトによるエンジンの構築」
「私もそう推測していた。しかし、それは見当違いだった」
「へ?」
「朝霧和紗の第二小脳は、その処理性能は一般型とスペック的にはほぼ同じだ」
「だったら・・・」
「ああ。"朝霧和紗の「雛形」"は、実はWebページのカタログに並んでいる第二小脳でも、実装は不可能ではなかった。根本的な違いは設定値の上限と下限をガードするリミッターの有無だけだった」
「だったら・・・なんで開発を封印したんです?」
「身長と体重の設定を10倍に設定しないと、朝霧和紗の神楽の姿勢制御を再現出来なかったからだ。それほどに精密な誘導が必要だった。生き物はすごいね」
「現実と操作の設定の差がそれだけあると、それで接触事故起こしたら大惨事じゃないですか? しかも10倍なんて言うそんな大出力、ハード面でも追いつかないでしょう? おかしいですよ」
「正確に言うと、擬体を通常の10倍の精密さで操作する必要があったんだ」
「そんなに高速な動作の指定・修正に対応できるフレームレートを持つ擬体なんて無いでしょう?」
「そう、未だに存在していない」
「だったら、無意味な動作の指定・修正指示じゃないですか?」
「無いけれども、無ければ仮想現実的にモデルを作れば良い」
「シミュレートするんですか?」
「そう。そこはそうやって上手に辻褄合わせされているんだよ。多岐に渡る設定値が巧妙に弄られていた。例えば、大気密度、重力加速度。環境把握・対応用の方程式だよ。代入値が地球の10倍に設定されていた。そして、それらの出力や反作用は逆に1/10に変換されているのがミソだ」
「はあ?」
「重力加速度で言えば98.0665m^2に設定されている。つまり、生前の朝霧和紗本人と仮想人格我々と違う世界の中で生きていた。そしてナヲミは生きていると言う事だ」
朝間は力尽きて屋上の床に座り込んだ。
「朝霧和紗とナヲミのやたらに正確な義肢操作の秘密はそこにあったんだ。10倍精密に望む動作をシミュレートして、動作指示を出す。生じるだろう反作用に対しても予め10倍精密に待ち構えて、実際に発生した反作用と予測の差を計算して一次動作を修正し、さらに二次動作を修正結果を踏まえて指示する。これのおかげで、身体の重心のブレが理論上は1/10に抑えられる。実測値では1/6くらいかな? だから、動作と動作の間であっても姿勢維持に"芯"がある様に見えた、と言うのが彼女の美しさの秘密の一つだったと言う訳さ」
「未来予測ですか」
「そう。今でもCPUに採用されている処理アーキテクチャーで、性能最適化技法って技術がある。Speculative Execution」ってヤツだ。余剰計算資源をフルにつぎ込んで利用可能な並行性を向上させる、つまり処理力の戦略的浪費で逆に効率を上げると言う発想だ。朝霧和紗本人が知っていたかどうかは判らない。しかし、条件分岐命令に常に備えているために、反作用が予想の範囲内収まっていると言う条件を満たしさえすれば、実に効果的に現実への対処が出来る。一見したら生身の様に臨機応変な対応を無意識で出来ている、と誤解させされると言う訳だ」
「姿勢制御や身のこなしが美しく見える演出をして、世界と自身を欺いていたに過ぎないと。再現は出来ても、創造は難しいんですね?」
「それが朝霧和紗本人の泣き所だったんだよ。"美しく見えても、本当に美しい訳では無い"。しかし、それ以外に再現手段が見つからない。本当の意味で臨機応変に対応する手段がどうしても見つからない。臍を噛む想いで、"朝霧和紗の「雛形」"の実用を先送りした。正確にはヒステリーで投げ捨てた、と言うのが私の想像さ」
「あの鬼才が現実の壁にひれ伏して、挫折を味わったと・・・」
「そこにナヲミが現れた。あの女にはそれこそ僥倖だったろう。だから、あそこまでナヲミに拘ったんだ」
「辛いですね。生身だった頃の自分を再現するために嘘を付くしかなかっただなんて」
「彼女は、自室に決して大きな鏡を持ち込ませなかったと言う噂はきっと本当だったんだな」
「ナヲミちゃんが完成させるにしても、それは大分先の事になる。実際に寿命は持たなかった。自分がその成果を受け取れないんじゃ、そんな努力は無駄になるとは判らなかったんですかね?」
「そこが凡人と違う、と言いたい所だが・・・違うかな? すでに執着が妄執の域に達していたんだ。だから、"朝霧和紗の「雛形」"をSpeculative Executionによる未来予測と10倍精密な動作シミュレートを用いずに、現実と平行した思考を以て直接的に制御出来るドライバーの開発を、何年後にでも、またはナヲミの次世代であっても、確実に完成させてくれると確信出来さえすれば、それで満足だったんだ」
「我々の様な技術者に対して、何も期待はしていないんですか?」
「あの女は知ってるよ。我々の様な者達は天才が開通させた獣道を幹線へと発展させるインフラ構築土方だって事をね」
津田沼は床の上にごろんと転がった。空を眺めながら、脱力感に苛まれた心と体を休める事にした。
「ナヲミちゃんの身長は165cm、体重は55kg」
「ああ。設定に変換された後の感覚的には16.5m、体重は0.55t。あの娘は日常生活の中でガンダムと同程度の巨人として生活していたんだ」
「最初からですか? ベッドから立ち上がるのも難しい。バランスが取れずに姿勢を維持できそうにない」
「擬体施術直後は地球人だった事は間違いない。しかし、退院直前に制御技術を突き詰めていた時に宇宙人になると言う選択を閃いてしまったんだと思う。そして、定期メインテナンスの前に、一時的に元に戻す工作をしていたんだろう。変な事している事が知られたら私に怒られると思ったのかも知れない」
「ナヲミちゃんが閃いた原因。そこに朝霧和紗本人による誘導や干渉はないと?」
「たぶん無い。しかし、ナヲミの選択に気付いた時に狂喜しただろう事は想像出来る」
「そうですね。他人が、世界で只一人自分と同じ結論に辿り着いたと知れば、そりゃ承認欲が満額で満たされるでしょうし」
「さらに、ナヲミがすぐにそれに適応してしまったのには愕然とした事だろう。きっと今では何の意識もせずに10倍大きな身体を操作している。おそらく、朝霧和紗本人よりそっちの方での才能や適性は上なんだ。彼女がナヲミを後継者に望んだ最大の理由はそれだろう」
「確かに。つまり、ナヲミちゃんなら、自分が諦めた自分の"朝霧和紗の「雛形」"を取り入れた姿勢制御を、一般人にも活用出来る所まで敷居を引き下げられると見込んだんですね」
「多分ね。それを自分が世界に存在したという証にしたかった、と言う気持ちもあったかも知れないなぁ」
「しかし、それじゃあ、わざわざ隠す必要もなかった訳ですね」
「むしろ、"使えるならどんどん使ってくれ。ただし出来るのならば"と言う所だろう。一般公開しなかったのは、それによって起こる大事故が不可避と考えて、擬体普及の為に敢えて自制した結果なんじゃないかな」
「ナヲミちゃんは自分に実装された"朝霧和紗の「雛形」"に気付いて利用してるんですか?」
「まだだな。しかし、何となくあの娘が探求する問の答えとして、無自覚にアクセスしている。ただし、その手に入れた答えの絡繰りを理解出来なくて、悩みながら悶々とした日々を過ごしている、と言う所かな?」
「教えてあげないんですか?」
「どうして? それを授けた人間がずっと観察に徹していた、と言うのに?」
「軍の方はどうすんです?」
「"朝霧和紗の「雛形」"に対応する試作擬体の開発を開始するそうだ。技研と松本基地が主導権を争っているけれど、それに百里基地が乗っかるそうだ」
「いや、ナヲミちゃんへの干渉は?」
「そのための"X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体"だ。小美玉から姿をくらました朝霧和紗本人が茂木で発見された時、ナヲミ用に送られて来た"X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体"に宿っていたんだ。だから、あの遺体とさらに先代の擬体の比較解析の方が作業の優先順位はべらぼうに高い。しかも、本人が居ないんだから、物として好きなように弄くり回せる」
「えげつない話ですね」
「だよな。でも、朝霧和紗達はおそらくはそこまで考慮して、意図的に"X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体"宿った。ナヲミへの干渉を最小限に食い止めるための誘導策だ。彼女には、本当に土下座して感謝を表したいくらいだ」
「その本人、もういないんですけどね」
「おそらく、今は朝霧和紗達が想定した通りに世界が動いている。しかし、いつまでそれが続くか?」
「そりゃそうです。素材問題さえ技術的にクリアー出来れば、マジモンのガンダム開発の道筋が立っちゃったんですからね」
「さらにヤバい事に、今のところ、それを制御出来る事がある程度証明されているのは、世界でナヲミたった一人って事だよ。重力加速度98.0665m^2がこなせるなら、仮に木星の重力圏でも、素材と駆動系さえ確保できれば、自由に活動出来るって事になる」
「木星の標準重力、24.79m^2ですか。もっとも、チタン脳核ユニットの中の生体脳が耐えられそうにないですけど。30cmジャンプして着地しただけで、部分的につぶれちゃか、崩れちゃうでしょう。自重を支えるのにタンパク質の固体強度と表面張力だけしか期待できないと言うのは如何なものかと」
「それはSolid Stateなシリコン・メモリーの様な製造物で代替するとか、安全地帯から無線操縦という手段を考慮しても良いかも知れない」
「まさに、サイバーパンクですね」
「で、本題なんだけれど。例のナヲミ専用の"猫耳形集音器"は完成した? サイバーパンク的なヤツ」
「もちろん、後は本人に接続して調整するだけです」
「他にもそう言うの作れる? 出来れば非武装、防御専用で。予算は天井なし。資金は今、百合子さんが捻出中。大部、現金化出来たよ」
「ミリタリースペックで?」
「そう。地球の裏側まで見える魔法の鏡とか、思い付く限りのアイデアを試してみて欲しい。資金は無限だけれど、開発時間は限られている、というお願い。津田沼さん以外こんなの頼める人いないんだよ」
「了解です。ナヲミちゃんのためならお任せあれ」
「ところで、カップ麵忘れてないか?」
「先生の赤いきつねも」
二人は冷えて伸びきってしまったインスタント麵を、それぞれ手に取って食べ始めた。
「ところで先生」
「なんだい?」
「僕たち、インスタント麵とか、いつも食べてばっかしじゃないですか?」
「それは仕方ない」
朝間は、津田沼をたしなめるように答えた。
「ナヲミが擬体だから、本編の方で食事シーンに制限が多過ぎるんだよ。旅行に行って葉子ちゃんと二人で郷土料理に舌鼓を打つ、なんてシーンは無茶だろ?」
「そんなもんですかねえ?」
「そのためにも、擬体用の完全代替消化器官の開発を加速させる必要があるのさ」
「なるほどーーー」




