2037年7月15日、PM12:20、百里基地の駐車場
ここは再び百里基地の駐車場。
ペックは、愛用中のキャブレター実装自動二輪車の整備に、今日も抜かりが無い。目の前のそいつは、RF-15DJ程では無いけれど、それでも前世紀の遺物と言って差し支えない車種だ。正直、相応の興味と知識が両立していなければ、「実用性」の維持は不可能だったに違いない。
そんな泥沼状態のコンディション維持作業を物ともせず、建物の日陰で、オートバイをサイドスタンド掛けで止めて、ダンクを外して、エアクリボックスも外して、左ハンドル回りも分解している。
ここまでバラさないと、メイン・ハーネスの端に当たるカプラーへとアクセス出来ないからだ。この車種は、すぐそこに見えていると言うのに、プラグ交換もエアクリボックスを外して、さらにラジエターを動かさないとならない。いったい誰が設計したのだ? (トラス・フレームだってのに)
ちょっとそこで正座してゆっくりと説明して欲しい。と言っても、関係者は全員鬼籍に入っているかも知れない。外観のデザイナーの消息を最後に確認出来たのは、2005年。何故かタイのバンコクだった。というか、なんで移住したの?
そんな不都合を物ともせず、ペックがテスターの針をカプラーに突っ込んだりして、通電先と元を確認している。その様子を冷やかすために、相棒のパインが影に向かって近付いて来た。
「で、どうなのよ」
「2020年代初期のF-4「ファントムII」みたいな感じだ」
「具体的に?」
「交換部品もねえってのにイロイロとやれ過ぎだ」
ポータブル・バッテリーの電極とカプラーに入れる端子をワニ・クリップで繋いで、スイッチをいろいろ弄る。パチっと嫌な音がした。ヒューズが飛んだのだ。
「クソ。結局、アースに戻ってるって訳か」
「何よ」
「パッシング入れたらショートした。ヒューズ死んだ」
「ライト周りのか?」
「ああ。でもコレで分かった。黄色の線取ってくれ。ああ、50cmに切って、片方にギボシのメス締めてくれ」
「はいよ」
「さんきゅー」
ペックは黄色コードを、トラス・フレームやハンドルのステムの隙間を上手にリードして、ヘッドライト手前まで誘導した。そして、三極のヘッドライト端子の黄色コードに新たに引いた黄色コードを加締めた。最後に、ハンドルスイッチから伸びている白いコードのギボシのオスと繋げる。新しいヒューズをボックスに差し込む。パッシング・スイッチを押す。
すると、ヒューズは何の音も発しない。その一方で、パッシングスイッチを押す度にハイビームが光った。ペックがニヤリとおっさん臭く微笑んだ。
「おっけー。これで決まり。あとは"組み作業"だけだ」
「で、今日は何のトラブルよ」
「方向指示器、左だけ点滅しねえ。接触不良だ」
方向指示器を左右に入れる。オートバイの前後のライトが指示通りに点滅する。ハザードスイッチを入れる。こちらは前後4つのライトが一斉に点滅する。
ペックは、方向指示器が完全に直ったことをパインに見せ付けた。メーカーが既に純正部品を供給してくれないので、何とか入手出来た、他車種用のスイッチを無理矢理に改造して取り付けたのだ。
かつて、ユダヤ人的なアイコンを満載した「マッコイ」なるキャラが、砂漠の基地で口にした名言、「取り口さえ合えばどんなものでも付く」的な事。それは液体や気体の供給ならば、配管の原則とそれらに適応される一般的な力学さえ理解してれば、だいたい合ってる(熟練の研究者でも見落とししたり、まだ発見させてない現象とかあるので、プルーフ付きの純正品だって稀に謎のトラブルは起こるし)。電気の出入りの場合は、配線図が読めて、配線図の間違いが無い限りは、ほぼ合ってる(不良品が引き起こすトラブルは別腹)。
「そこって、前も直してたじゃん」
「あの時は接点の金属端子をひっくり返してロスタイムを稼いだだけだ。左の方が減りが進んでたからな」
「で?」
「もう一度ひっくり返しても駄目だ」
「で?」
「左ハンドルスイッチ・アッセンで交換した」
「部品、オクに出たの? 新造金型の射出成形? 3Dプリンターか?」
ペックは、真面目な顔で首を左右に振る。
「オクにはねえ。どこの馬の骨とも分からない部品に命預けられねえ。だから比較的新しい他車種用の純正中古部品を改造した。誰も入札しない出品"45B83969-01"なら何とか・・・なると天啓を得た」
「で、やってんのか」
「ああ」
「で、どうよ」
「青いヒューズを合わせて4回飛ばした」
「何で?」
「たった今理解した所だ。オレのバイクは1997年度出荷。"45B83969-01"は2012年頃の仕様だ」
「ん?」
「元々着いてた左ハンドルスイッチは、まだヘッドライトのオン/オフがあった時代の物だったんだよ」
「お前のバイク、ヘッドライトのオフ出来ねえじゃん」
「2000年頃じゃね? 道路交通法改正でヘッドライトは常時オンになった。スイッチは消えた。しかし、古い配線をそのまま使ってたからスイッチは消えても構造はそのままだった」
「ほお」
「ライトスイッチが元々着いてた方は三極。"45B83969-01"は二極だったんだ」
「なんだそりゃ」
「緑線のロービームはスイッチなしの常時通電。黄色線のハイビームはスイッチ有りの通電。で、黄色/白線はハイビームのバイパスに使うんだが・・・カプラーが元々着いてたのは9極で、"45B83969-01"は10極なんだ」
「待て待て。黄色/白線は黄色線に戻してやれば良いんだろ?」
「それがな。"45B83969-01"は何か、中の配線が進歩的で・・・規格が違うんだ。二極前提のデザインのせいか黄色/白線をカプラーに戻せねえ。どれがどれだか分からん」
「どうすんのよ?」
「しょうがねえ。ライトソケットまで新設した配線伸ばして、そこで合流させる」
「DIYの醍醐味だな」
「緑線のロービームもカプラーから取れねえ。だから、赤/黄の電気供給線にくっつけた。茶線のホーン(?)もな」
「方向指示器の方は?」
「こっちは問題ない。カプラーで素直に連結出来た」
無ければ有り物ででっち上げるしか無い。ペックは頭の中で配線を想像する。いっそ、ロービーム用の配線をカプラー通さずにメイン・ハーネス側でバイパスして、カプラーの穴一つ開放して、メイン・ハーネス側のハイビーム分岐させてカプラーに第二ハイビーム接点増設して、そこにパッシング用の線を突っ込めば良いじゃないかと考えた。
しかし、どうやら、ペックとしては、メインハーネスに傷を付けることは我慢ならないらしいと気付いた。
「なんでメインハーネス弄んないの?」
「ある日、メーカーが改心して純正部品を供給開始したら困るだろ」
「・・・(マヂでそう考えてるのかよw)」
パインは、ペックの珍重する謎の美学には共感しなかったが、そういうのも有りと認めた。これは、人間の改造でも同じだ。保存優先順位と言うものがある。
先天的生体部位>後天的有機代替臓器>機械化代替部位。
とにかく、生身には出来るだけ触らずに、天然のままにしておくという不文律がある。日本では、遺伝子治療や遺伝子操作による治療は最後に採られる手段だ。機械化代替部位との置き換えは、将来的に後天的有機代替臓器が実用化された時に、またはクローン技術で先天的生体部位と寸分くらいしか差の無い代替部位が実用化されたた時に、簡単に置き換え可能な状態を維持出来る。
再び生身(正確には有機物で構成された代替身体)に戻る事が出来るかも知れないのだ。朝間ナヲミもひそかにそれを期待していた。
しかし、遺伝子治療や遺伝子操作してしまうと、現状では元の状態に戻す技術が確立されていない。だから、美容整形で一度メスと入れると死ぬまでメスとの付き合いが終わらなくなる様に、遺伝子治療や遺伝子操作してしまうと、死ぬまで遺伝子の弄りを止められなくなる。
また、遺伝子治療や遺伝子操作した生体部位は、擬体などの後天的有機代替臓器や機械化代替部位との相性が保証外となる。それはそうだ。良く解らない物同士を繋げる事になるのだ。九割はマイナー・トラブルを抱える事になる。そして、稀に想定外の高効率を発揮する事がある(しかし、代償も突然に、劇症なのが出てきたりするから怖い)。
おそらく、ペックの不思議な価値観は、とても日本人的な「選択の幅を狭めたくない」と言う性向を示しているのだろう。そして、松本の鴨田三佐が話していた"朝間ナヲミ"は、遺伝子的には生粋のコーカソイドでありながら、どう言うわけか日本的な価値観に縛られている事に、パインは気付いた。
遺伝子操作さえ受け入れれば、そこまで機械化代替身体の性能アップに拘らなくても、生身っぽい五感を取り戻せたと、錯覚する事は可能である。しかし、それを受け入れてしまうと、技術が進歩して規格が次世代へとアップグレードを繰り返す度に、切り捨てられる可能性が高いと言われている。
Macだって、SCSI>FireWire>Thunderboltと高速通信用接続端子の仕様を、繰り返し置いてきぼりにすることで進歩して来た。代替身体の世界でも、遺伝子操作はオプション扱いで、次世代への互換性に関しては実質的には保証外だ。
だから、日本の意志決定機関が気を払うほどに代替機械化身体への適応能力が高いサイボーグ女子高生は、遺伝子操作無しのオーソドックスな生体脳を維持し続ける事で、将来の技術革新に備えているのだろう。シンギュラリティとは言えないが、代替身体が生身に見劣りしないスペックを実装する未来は、そう遠くない未来に来るかも知れないのだし。
なるほど、それだけの事か。ふんふん。一人で勝手に相鎚を打つパイン。謎思考であってもそれを支えている異なる思考メカニズムさえ知る事が出来れば、仮に共感は無理でも、キチンと理解して共存して、部屋の隅に居るくらいの自由は許してやろうと言う気になれる。
謎思考、それとそれがもたらす謎価値観を嫌悪せずに、生暖かい目で見守れる寛容性の根源は、異なる思考メカニズムを考察する事に気づけているかどうか、という事なのかも知れない。
それは神から押し付けられた脳みその性能には左右されない。人類の脳みそは、凡人も天才も差違は誤差程度だ。そう言う社会性を高める「知恵」を知っているか、どうかに尽きる。つまり、どんな愚者でも明日には賢者の仲間入りをする可能性を秘めているのだ。
そしてその知恵に気付けた、「脳みその性能がナーヴァス」な奴らが、「理解して共存」の先にある「共感」への道を切り開けば良い。それだけの話なのだ。
「で、何とかなったのか?」
「多分」
「多分?」
「しばらく乗ってみないと分かんねえな」
「お前も好きだな」
「RF-15DJと同じで、最後まで使ってやらねえとな」
「そんな事だから何時になっても新型機に乗れねえんだ」
「乗れねえんじゃねえ。乗らないんだ」
「何で?」
「フライバイワイヤ。ああ言うのは良くない。便利だけど良くない。昔、バイクでも燃料噴射に旧式なキャブレター方式派と新型のインジェクション方式派に支持が別れてたそうだ」
キャブレター方式派とインジェクション方式派が啀み合う必要はない。実際、2005年末の京都議定書発効以後でキャブレター搭載車両が全滅の始まった後も、争いも無かった。寧ろ、キャブレターはその以前に全滅した2サイクル・エンジン搭載車両と同じ様に、「それはそれで乙な物」へと昇華した。
「で、お前は旧式なキャブレター方式派って訳か」
「そうだ。インジェクション方式派は、バイクにも魄が宿るって事を知らねえ」
パインは、ペックが示した軽い不寛容を笑い飛ばした。
「そんなもんか?」
「だいたい、お前は自分の目でミッションを熟せないF-35に、武士の魄が宿ると思えるか?」
「ずいぶんと私的な表現だな。慣れない事はするなよ」
「いや、これはマジな話だ。お前だって操縦桿を握るんだから分かるだろ」
パインも、ペックの劣らないほどに軽い不寛容を示した。何の躊躇いも無く。
「まあな。F-2の頃から、F-15系じゃ低空でダッシュされたら最初は追いつけねえ。原型は似たような時期に初飛行したってのにな。周りはどんどん便利になるのに、F-15系だけは大規模延命処置してしばらく使った後は・・・さっさと・・・」
「制空戦闘機だったってのに、全機を偵察機に改修しやがったか?」
「時代の流れって奴だな(分かってるよ)」
パインとしては、それが仕方の無い事と分かっているが、それでも承服し難い何かがあった。ペックも同様だった。
「だいたい・・・オレはな、飛行機は最低副座と決めている」
「何で?」
「単座じゃ、お前が乗れねえ」
「・・・おい、熱でもあんのか?」
「ねえよ。だいたい、空で一人なんて最悪だろ。北大西洋をスピリットオブセントルイス号で横断するリンドバーグの気分なんか生涯味わいたくねえ」
「まあ、そうだな。単座のやつら、忙しそうだしな」
「ああ、レーダー見て、海図見て、自機の位置把握して、電波ジャミング確認して、通信して、気象データ照合して、燃料見て、機体機能確認して・・・」
「マジで外眺める暇ねえ。あれじゃ、さっさと帰投して一分でも早く着陸したいって気分にもなる」
「ロマンのねえ時代になったな」
「ああ。本当に」
空が冒険の世界で無くなったのはいつ頃だったのだろう。ペックとパインが子供だった頃から、空はすでに商業の世界であり、航路はガチガチに固定されていた。機体の性能を示すチャンスもあったもんじゃない。上昇能力を測ろうとしたら、すぐに航路逸脱として咎められる。
リンドバーグの時代なら、自己責任でなら、気ままに宙返りだって出来た。もちろん、それは当時の技術では曲芸の範疇だったが。それでも、していけないことに分類されている訳では無かった。そこにこそ自由はあった。それは、自由というセンスは本来は命懸けと言うことを暗示している。安全の保証された自由など、それは「テーマパークのアトラクション」で代用可能な遊びだ。
「しかしよ、F-15系だって何時までも飛んでる訳にはいかねえよな。多分、オレ達の引退の前に機種転換の打診来ると思うぜ」
「その時は、オレは降りる気だ。あの青いイーグルがオレの最後に命をかける機体になる。そんな気がしてならねえんだ」
「随分と不穏当な発言だな?」
「そうかも知れない。しかし、そんな気がしてならねえんだ。寧ろ、その為にオレ達は居る。そんな気がしてならねえんだ」
「怖えな。お前のそういう感は当たるから」
「そうならない事を祈ってるぜ」
そして、近い将来、この二人は、人生で最初で最後の本物の自由を体験する事となる。




