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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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万条家の夏休み 3

〜2037年8月4日

「・・・と言う事件があったのよ」

「それは確かにどうしたら良いか分からないね」


「実際に自分で産んだ子だったら・・・動揺する事無く、もっとちゃんとした対応が出来たのかしら?」

「どうだろ? 肝が据わり過ぎて・・・もっとぞんざいな扱いしちゃってたかもよ」


 ここは茨城県鉾田市、鉾田にある万条菖蒲とその双子の妹達が住むマンション「カステル穗曾谷」の屋上。ちょうど万条家が借りている部屋の上だから、ドンドンと激しく歩いても誰も文句は言わない。


 時間はPM8時と言う所だろうか? 空はまだ完全に暗くなってはない感じ。生身の目でも、十分に足下まで見えてる"筈"。


"筈"と言うのは、義眼になってから特に低照度環境下での視界が、生身の人と違っていると意識しての事だ。私の感覚は、葉子ちゃんのとは違う。一緒が良いな。でも違う。悔しいけれど、かなり違う。違いを認めないと、もっと悔しいことになるから認めてる。努力してる。


 この違いを失念しちゃうと、暗い所で葉子ちゃんを転ばせちゃうかも知れない。顔でも傷付けちゃたら大変だ。だから、出来る限りの注意をしている。


 こういうの、飛行機の操縦と同じで、直感ではなく「計器による判断」の方が頼れる。去年がそれで風邪ひかせちゃったから、それからずっと貫いてる信念。それでも、たまに間違っちゃうんだけど。


「なをちゃん」こと私と「ねーねー」こと万条菖蒲は、昨日、万条家を襲った大事件の顛末について話し合っていた。


 マヤちゃんとアイちゃんが、私と葉子ちゃんに見せるために、二人の秘密の小箱に一匹のセミを仕舞ってあったのだ。何でも前日に苦労して捕まえた個体だったらしい。きっと自分達の手柄を自慢したかったのだろう。それは良く分かる。


 しかし、不幸にも仕舞われている間にセミが死んでしまった。それを見て、取り返しの付かない事をしてしまったと後悔した双子ちゃんは、全知全能と信じていた「ねーねー」に取り返しを付けてくれとお願いした。


 そんなことになるとは、露とも思っていなかったのだろう。まず、仕舞っているんじゃなくて、自由を拘束していると言う客観的な見方が出来ていなかったのだ。そのあたりは察して余り有る。


 驚くことに、マヤちゃんとアイちゃんは、本気で「ねーねー」が死んだセミを生き返らせる事が出来ると信じていたらしい。何と言う強い信頼関係。あの子達にとって、姉と言う存在が世界の中心である程に大きかったと言う事の証明だ(私も葉子ちゃんにそんな風に思われたいわー)。


 しかしながら、"(よみがえ)り"が「ねーねー」にも出来ない難事だと伝えられて、困って泣いてしまったのだそうだ。


 私はその話を聞いて、後ろの方は、多分、「ねーねー」と「マヤちゃんとアイちゃん」の認識にはちょっとしたズレがある気がする。でも、確証はないので、悩んでしまう。伝えるべきかどうか。こう言う時、葉子ちゃんならどうするだろうか?


 ただし、こうは思う。その一匹のセミの犠牲によって、マヤちゃんとアイちゃんは「生きている物は仕舞えない(収納できない)」と言う事を学ぶことが出来たと思う。それに「小さな生き物でも、一度命を奪ってしまうと取り返しが付かない」と言うことも。それって、多分、精神の発育にとっても重要なことなのだ。


(どんな大人だって、幼い頃に知らずに、今では誰にも言えない二・三の非道を尽くした経験がある筈だ。大抵の良心的な大人だって、"しでかしてしまった後"にそれに気付いた。その"後味の悪い経験"を避けるために、結局は世界への環境負荷の少ない生き方を徐々に身に付けて来たに違いない(別に慈悲深くあろうと考えていた訳じゃ無い)。だから、セミを殺してしまった二人だけが特別と言う事は絶対にない。他の子達も似たような体験をするのだ。←だからと言って、経験から学ぶのが必然とは言っていない)


 だから、生き物の自由を故意に奪って、長期的に箱の中に閉じこめるとか、もうしなくなったと思う。


 と言いつつ、今日のマヤちゃんとアイちゃんへの土産は、百里基地のみんなからもらった「カブトムシの雌雄が一対」だった。そこで、どうしたものかと今後の対応方針についてお話していたのだ。


 取り敢えず、マヤちゃんとアイちゃんが言いだしたら、翌朝に裏の神社の境内の森で解放する。何も言わなくても3日くらい部屋の中で飼ったら、元気が無くなる前にやっぱり裏の神社の境内の森で解放する、と言う事になった。


 カブトムシは"百里基地の夜"には珍しくない昆虫(キャスト)らしい。照明施設や外灯の下を見ると、大抵落ちているんだとか。今晩、ちっちゃい二人の所に遊びに行くと話していたら、基地のみんなが予め捕まえておいてくれた。「チビちゃんへのお土産に」って。頼んでおけば、また捕まえておいてくれるだろうし。この件は、逃がしても取り返しは付く。個体差は覆せないけれどそれは大した問題じゃ無い。


 そう言えば、デートの相手が女の子だって伝えてなかったな。カブトムシは日本でも多分、男の子向けのアイテムだ(生き物に対してアイテムは失礼か。ごめん)。それでも、二人は喜んでくれた。虫系、ぜんぜん大丈夫みたい。


 ねーねーの方は、昆虫の成虫は大丈夫だけれど、幼虫とかは勘弁だそうだ。


「子供ってのは難しいわね。今まで一緒に生きて来たけど、昨日が一番やばかった」

「今まで育てて来て、じゃないの?」


「子供は勝手に育つのよ。親や姉がいなくても。ちょっとした手助けはしたけれど、本質的にあの子達はきちんと自力で生きてきたわ」

「さすが。育児経験ありの女子高生は違うわね」


「貴女までそんな事言わないのっ!」


 屋上の端の壁に寄りかかって座っていると、アイちゃんの方が駆け寄って来た(今ではちゃんと見分けが出来るって言ったっけ?)。


「どうしたのー?」

「ロウソクきえた。あたらしいの」


 私達がお話をしている間、マヤちゃんとアイちゃんは「はーねちゃん」こと森葉子と一緒に線香花火に勤しんでいた。どうやら、着火するロウソクが燃え尽きてしまった様なのだ。


「はいはい。ちょっとまってね」


 万条菖蒲は、お仏壇用のロウソクをポケットから取り出して、バケツの横で線香花火耐久レース中の葉子ちゃんの所まで歩いて行く(子供にロウソクは渡さない)。私はアイちゃんの手を繋いで短い距離を付いて行く。


「そのロウソク、ママとバーバの」


 仏壇用のだと咎めているの?


「さっきのロウソクの方がピンクでかわいい」


 違った。線香花火とセットになっていた付属ロウソクが、まるでケーキに付いて来るヤツみたいに可愛かったから、それをもう一度使いたいと言っていたのだ。


「これしかないの。それにママとバーバにも花火見せてあげたいでしょ?」


「わかったー」


 見事に言いくるめられる双子達。さすがは準母親女子高生。相手の手の内は何通りも先読みしてる。


「それにしても線香花火ってのは綺麗ね」

「すごく地味だけどね」


「日本のワビサビってこういうの言うの?」

「どうなんだろ?」


 線香花火の火花は、小さな火球の周りで飛ぶように生じる。何も無いところに表れては消える。それはまるでさざ波のように生じては消える。まるで水平線の真上でゆらゆらしている蜃気楼の様にまた表れては消える。その繰り返しだ。そして、最後には何の前触れも無く火花を飛ばさなくなる。それで終わりだ。


 線香花火の核を眺めていると、火花の表れる位置に規則性がある。普通に考えたら右回りとか左回りで円周運動風味で発現位置を変えそうなものだけれど、単に何拍子かの脈的に、過去に表れた時と同じに位置に、まるでイルミネーションの様に火花を飛ばしては消える。


 手で持つ柄の部分を揺らすと火球が落ちてしまって、その瞬間に花火は終わる。また、どんなに火球が落ちない様に揺らさずに踏ん張っていても、強めの風が一回吹くだけ火球は落ちてやっぱり花火は終わる。何とも(はかな)いものだ。


 火花が弾けて飛ぶ。飛んで消える。消えてもまた飛ぶ。でも、地味だから良く見てないと線香花火がそこで咲き誇っていることにも気づけない。


 それでいて大きな打ち上げ花火と違って、ぱっと表れて消えるなんて言うあっけなさが無い。地味だけど、存在感を訴えかける物がある。私は凄く好きだな。


「ねえ、ナヲちゃんもやってみない?」


 葉子ちゃんが線香花火を持って来てくれた。これで終わりらしい。子供達にも回っている事を確認してから、それを受け取った。


「一緒にやろうか?」

「そうだね。夏の想い出だ」


 二人で同時に線香花火に火を点けた。仏壇用のロウソクの火で着火させた。二人でどちらが長く花火を()たせられるか競争した。


 その様子を見て、マヤちゃんとアイちゃんがねーねーに尋ねたそうだ。


「はーねちゃんとなをちゃんも双子なの?」

「どうしてかしら?」


「だってわたしたちみたいに仲がいい」「いつもいっしょにいるし」


 それに対して万条菖蒲はこう答えたそうだ。


「貴女達は身体が双子。貴女達は生まれながらの双子。あの二人は魂が双子。出会ってから双子に変わったのよ」


 マヤちゃんとアイちゃんには、まだその意味は理解出来なかったらしい(そりゃ当然だ)。しかし、私達も自分達と同じ双子であると聞かされて、大喜びしたそうだ。


 正直、私があの子達の仲間なんて嬉しい。


 そこで、ふと心配事が持ち上がって来た。心の奥底からむくむくと。


 私と、ここにいる私以外の全員は目から見える世界が違う。私は暗くても足下が見えるし、小道を歩いていて顔の高さにある枝を意識では気が付かなくても、第二小脳が視覚情報から距離を自動測定して、近付くとそれを生体脳を通さずに、つまり無意識を装って回避してくれている。生身にそう言う便利さはない。そういう事故率は、擬体と生身ではかなり異なる。


 これ、こう言う擬体と生身の間にあるたくさんの違いが、時間を掛けて積もり積もると、いつかどうしようもない価値観と価値観の間に溝を掘ってしまうのではないだろうか? そして、双子ちゃん達や万条さんが感じたセミに対する憐憫の情、同質の物を感じられなくなったり、擬体で表現出来なくなってしまうんじゃないだろうか?


 所変われば価値観も変わる。身体変われば感受性も変わる。受け取り方は、受取手の環境にかなり左右される。


 もしかしたら、こういう事を忘れると、人は人から離れていくのかも知れない。現状では感情もまた、計器で推し量って、自己評価の結果を修正して最終的に認識(判断)した方が良さそうだ。悔やむべきは、感情をデジタル化して数値で取り扱う我々の技術がまだ未熟なこと。


 違う。生身であっても、人が人で居る事はきっと努力でなりたっている。人が人を感じたり、感じさせる事。それが人を人の輪に落とし込む技術なんだ。


 だったら、私は大丈夫。だって・・・。


「どうしたナヲちゃん?」

「何でも無い」


 そう、私を気に掛けて、無理矢理に人の輪の中に陥れてくれて、レスリングのホールド技ヨロシク逃がさない人がいるから。


「何時ものように、"何でも無い"だよ」

「それは何かあるって事じゃん」


「ううん。たった、今、何でもなくなったのさ」

「何それ」


 そう、私は大丈夫。まだ、()()ね。


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