表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
90/490

2037年7月4日(土)、PM1:30、千葉県松戸市金ケ作、仏教寺院「祖光院」

 とても梅雨の合間とは思えないほどに青く澄み切った青空が、私達の頭上に広がっている。雲一つ無い空から降り注いでくる強い日差しが、乙女の肌に遠慮無く突き刺さって来る。その熱気と紫外線は私達の素肌の表面を焦がし、全身から水分を絞り尽くす。だから、ひっきりなしに水分補給をしたくなるのは仕方ない。


 私とナヲちゃんは、千葉県松戸の仏教寺院「祖光院」を後にして、不思議にS字状に線形がのたうち回っているので有名な新京成(しんけいせー)とか言う鉄道の盤平駅に向かって歩いているところだ。


 祖光院は、森というか林の中に建っていたのでそれほど暑く感じられなかった。頭上が広葉樹らしい広がる枝葉で覆われていて、足下にある地面は直射日光に曝されていない。そのせいか、十分に涼しく、さらに潤いが保たれていた気がする。


 祖光院とは、お寺と言う施設としてよりも、彼岸花の群集地目当てで観光客が集まる撮影地としての方が有名らしい。と、ググル先生から昨日教わった。どのサイトを見てもその様に書かれているので、都市圏ではかなり有名なんだろう。


 実際、検索でヒットした祖光院で撮られた彼岸花の写真は素敵だった。しかし、今は夏。彼岸花が咲くのは、夏を乗り切った先にある秋である。つまり、観光をするには相当にフライングしていると言う事だ。そのせいか、境内(けいだい)では人影が少ない。


 その、祖光院のお坊さんから、ビニール袋に包まれた彼岸花の球根を土壌ごと貰ったのだ。


 朝霧和紗さんは、公の身分は神道(しんとうまたはかんながらのみち)に帰依する身だったらしいので、お寺とはあまりご縁はない筈。神仏習合(しんぶつしゅうごう)ってあるよね。神仏分離(しんぶつぶんり)とか廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)はちとアレ過ぎる。


 お坊さんの話に依れば、生前の彼女は、仏閣ではなく、ここで咲き誇る彼岸花をこよなく愛し、見頃のシーズンになると決まってここを訪れていたそうだ。そう言う(えにし)でお寺と繋がると言うのも面白い。そして、それを拒まない宗教人の懐の深さも興味深い。


 なお、朝霧和紗さんの嗜好に関する話は、公な記録にはまったくと言って良いほど残されていない。調べてみて驚いた。意図してか意図せずか、彼女の純粋な意見を表している様に見える語録は、ネットのデータベースを検索してもまったくヒットしないのだ。ただ「朝霧和紗は○○○を考慮している」「朝霧和紗は○○○を想定している」「朝霧和紗は○○○への配慮を求めている」など、メッセージの発信塔としての活動記録が次から次へと出てくるだけなのだ。主語は朝霧和紗でも、実は違うって話。この場合、朝霧和紗は英語の「It(それ)」に相当する代名詞に過ぎないのだ。


 どうして今までそれに気付かなかったんだろう。それに、どうして誰もその事を指摘しないんだろう。


 もし、彼女に直接に出会った事の無い人が「彼女はフェイクな存在で、実はAIで制御された仮想現実的アイドルだった」などと権威ある情報ソースから嘘を発信されたら、素直に「そうですか」と自己認識を書き換えて(上書きして)しまうくらいに、存在感が希薄なのだ。


 実は知っていたようで、何も知らなかった。そう言う認識誘導技術の研究も進んでいるのかも知れない。もちろん、私達の知らないところで。何か許せない。


 だって、あれほどの知名度を誇りながら、誰一人彼女の(ひと)(なり)を知らない。それほど悲しい事はないじゃないか。この状況が不自然かどうかなんて、憤りの前には二の次の問題だ。


 実は、今日会って来たお坊さんも、毎年、秋になると自分が繰り返し持てなして来た人間が、あの朝霧和紗(・・・・)さんだったとは、例の死亡のニュースに接した後であろう筈なのに、気が付いていなかった。ただ、2036年の秋に、朝霧和紗(かずさゆき)さんから預かった荷物の中に、何故か、ナヲちゃんでなく私の携帯電話の電話番号のメモがあったので、連絡してくれたらしい(あの人は、どうして私の番号を知ってたんだろ(゜∇゜|||))。


 ただし、荷物の内容物は朝間ナヲミ宛てと書かれていた。それは風呂敷に包まれた小さな木箱で、中身はとても古い勾玉(まがだま)のペンダントと、ひしゃげた金属のイヤリングだった。ペンダントの方は使えそうだったが、イヤリングの方はどうやって加えられたか想像も出来ないダメージを負っていた。手に取ってみると、あり得ないくらいに重い。貴金属の一種なのだろう。これではイヤリングとして使ったら、耳が伸びて長くなってしまいそうだ。


 お坊さんから突然に掛かって来た電話の口で、森葉子(わたし)が、朝霧和紗さんが祖光院でも使用していたらしい偽名「和紗結希(かずさゆき)」なる人物を自らの縁者と承認して、さらにその人物が既に病死している事を告げた。すると、たいそう驚いて、同時に残念がられていた。そして、あの人からの預かり物があるので、その所有権の引き継ぎをなるべく早く願いたい、と告げられた。


 そんな事情で急ぎ、来観し、古い勾玉(まがだま)のペンダントと、ひしゃげた金属のイヤリングの確認をした次第だ。


 お寺としては、それらの遺品を、このまま祖光院で預かり続けても良いと言ってくれた。それを聞いて、私達もそれを支持した。だって、それら遺品の全てが朝霧和紗さんの化身の様な気がしたから。だったら、彼女が好きだった彼岸花に囲まれたこの寺院に置いておいて貰った方が。私達が手元に置いておく以上の供養になるのではないかと思ったからだ。


 話が付いてから、お坊さんが手提げ袋を一つ持ってきてくれた。

「これをどこかにある彼女の菩提の横に植えてあげてください。きっと魂が安らぐと思うんです」


 中身は先に書いた通り、彼岸花の球根と土壌だ。それは良い考えだと思って、私は両手で受け取った。ナヲちゃんはと言うと、さっきから落ち着きが無い。祖光院の敷地の中では、あちらこちらで、朝霧和紗さんっぽい気配がここには満ちている。きっと、それに気が付いているんだろう。


 お寺から15分歩くと、常盤平駅に到着した。このまま新京成に乗ればJRの松戸駅に付く。北へ上れば学校へ帰る石岡駅の方へ、南に下ればたった一駅で金町駅へ着く。金町駅は朝霧和紗さんの本当のお墓のある埼玉県の三郷市南部の最寄りの駅だ。


「このまま、お墓参り行って良い?」

「うん」


「彼岸花を植えてあげよう。秋になったら綺麗に咲くよ」

「そうだね」


 ナヲちゃんはそこで突然に考え込み始めた。


「どうしたの?」

「うん・・・どうしてか解らないけど・・・」


 ナヲちゃんは困ったように青空を眺めた。


「どこかで、この花に囲まれた・・・違うな・・・この花で一面に覆われたどこかで、泣いている朝霧和紗さんと言う光景が・・・突然に、なんかフラッシュバックみたいに意識の一番表層に出て来たんだ。そんな光景、見た事無いのに。合衆国(ステイツ)では写真にある、葉っぱの無い不思議な花は見た事ない。擬体に宿ってからもそう言う記憶のタグはまったく付いてないのに・・・」

「どこかの朝霧和紗さんポスターとか、PVで見たんじゃない」


 ナヲちゃん、本当に心底困った表情を見せる。

「そう思って検索かけてもぜんぜんヒットしない。それに・・・私は今日まで彼岸花を知らなかった。しかも、まだ本物の花を見た事も無い。でもね、この花の香りを何でか知ってるんだよ」


 とりあえず、安心だけさせておいてあげた方が良いかな? そう思って私は一つの嘘を推測っぽく伝える事にした。


「前、百里基地の地下で朝霧和紗さんにイタズラされたでしょ?」

「うん」

「その時にでも書き込まれたんじゃ無いの? だからタグがないんだよ」


 それを聞くと、破顔一笑。ナヲちゃんは普段の彼女に即座に戻った。

「そうかあ。なるほど。そうだねえ」

「きっと何かのメッセージなんだから記録消去しちゃダメよ。きっと将来、意味が分かる日が来るんだから」


 自動改札機でSuicaをタッチしてプラットホームへ行くと、ちょうど松戸行きの電車が入り込んで来た。私達は、そのまま車内に駆け込む。強力なクーラーが掛かっていたので、一気に汗が引いた。


 ナヲちゃんは、さっきの疑問の事はどうでも良くなったみたい。スマホで金町駅からのバスの乗り継ぎを検索中だ。


 しかし、私にはそう事は単純に片付けられない。あの「朝霧和紗さん」が他人に無断で記録領域にデータを書き込むなんて失礼な事をするだろうか。特に、彼女がもっとも気に掛けていた、数ある有能な擬体保持者を無視して、自分の後継者として指名した女の子にやるだろうか?


 能力的に行う事は容易いだろう。だって、あの時、ナヲちゃんは、クローズド(スタンドアローン)な環境でありながら、五感センサーを通じて認識世界を乗っ取られていた。この()は、基本的にすべての無線通信環境をオフに固定してあると言うのに、どこからともなくこじ開けて、完璧な防壁など無い、と身を以て教えられたのだから、きっとそう言う事なのだ。


 ーーーきっと、ナヲちゃんの見た風景は本物(・・)記憶(・・)だ。


 そう思う。もちろん、これには根拠の乏しい推測だ。あくまで直感みたいなものだ。


 でも、それだけに当たっていると思う。


 それを見た時の、記憶の背景が思い出せないだけなんだ。


 それがどういう事なのかは、私にはさっぱり解らないけれどね。

彼岸花(ひがんばな)。または曼珠沙華。その花言葉は「あきらめ」「転生」。または「再会」である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ