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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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インターミッション*〜● 06

〜 ナヲミ・イリーナ・バーグ、日本へ行く。番外編です。

 2030年代のオリンピック競技における性別マター。それは出生時の性的特徴で決定する。この鉄則は決して変わる事は無い。人生でその後にどんな診断を受けようが、どの種の施術を受けようが、この原則が犯される事は許されない。


 競技者の性別で問題となるのは常に女性競技の方だ。何故なら、仮に男性競技に女性競技者が紛れ込んだとしても、上位の成績を残す事が極めて困難であるからだ。まずは、予選を突破して本戦に参加出来るかどうかも怪しい。


 だから、仮に女性競技者がそこに不正に紛れ込んでいたとしても、誰も文句は言わないだろう(女性競技者が肌を露出する服装で参加する事を許さない一部の宗教的禁止に触れない限りはと言う意味で)。過去にそう言う事例もあった様だが、その時は「果敢なチャレンジング」として賞賛されたとか?


 男性ホルモンの一種とされるテストステロンの数値が高過ぎる女性アスリートも女性として参加は可能だ(ただし、XY染色体を持つ完全型アンドロゲン不応症(CAIS)である事が明らかになるケースは担当審議会へ判断が委ねられる)。


 これはあくまで淑女(しんし)協定である。性善説に基づくルールなので、どんな違反であっても故意とは見なされず、事後でも申請の修正さえ行えば罰則は適用されない。だが、それが原因で、一部の国による不正疑惑は毎度毎度、運営委員会の悩みの種だった(ただし、それらの擁護ロビーイングは一部の運営委員達にとっては貴重な不正所得獲得の手段と言う側面もあった)。


 オリンピックの女性競技の現場では、「勝つためには何でも有り」と「正しい手段で勝つべき」と言う真っ向から対立する二つの価値観が"共存"している。異なる価値観の共生でもある。ああ、何という寛容性(トレランス)だろう。感動が止まらない。


 なお、この件に文句を付けるのも、文句を付けるなと言うのも、だいたい女性活動家達である。だから、2030年代の一般的な男性はこの問題に積極的に関わろうとはしない。女性の話は女性同士でどうぞ。男性にとってそれはどうでも良い事だった。週刊誌のスキャンダル・ネタとして以上の興味がどうしても持てなかったのだ。それに、ポリティカル・コレクトネスという魔物(しゃかいせいぎ)の縄張りに踏み込むのが怖かったのだ(君子危うきに近寄らず)。


 さて、本題だ。


 西洋(・・)とその価値観(・・・)尊重(・・)する世界(ぶんかけん)では、サイボーグ化治療上の倫理として「オリンピック原則」が適用される。誕生後の然るべき期間内に、保護者が最初に身分証明機関に登録した性別が尊重される。つまり、そこに本人が介在する余地はない(※シャカ国王子のシッダールダさんは除く。誕生直後から口語による意思疎通が可能だったと言う意味で)。


 出生後最初に「男性」として登録(・・)された人間にF型(FEMALE)のボディを換装する事は、彼ら独自の医療倫理的に許されない(逆もまた然り。一応。また申請書類に記載ミスがあったと登録変更を訴えても全く考慮されない)。いろいろな意見があり最大公約数的な集約を分かち合えそうにない事から、性別の変更は「神が定めた決定事項に人間風情が異を唱える事になる」として議論を終了してしまっている(許されないのは双方向(インタラクティブ)で。一応)。


 ただし、この件に限れば、今まで誰一人として自らが神本柱から抗議を直接に預言された事を証明できた者はいない。神は死んだ、と言ってのけたニーチェであれば、ナンセンスと撥ね除ける胆力を発揮したかも知れない。


 しかし、多くの謙虚な、一般常識に縛られる多くの人間は、まだまだその域に達していないからだろうと考える事で悩む事を放棄してしまう。


 ならどうやって、神の抗議とやらを悟ったのだろうか? なんて思い付くのはきっと変人くらいだ。でも、その変人の単純な問に対して、それらを取り扱う事が生業である筈の神学学会であっても、揺るぎない(なっとく)を与えてくれる寛容性(トレランス)多様性(ダイバーシティー)を持ち合わせてはいない。


 何故なら、我々よりもポジションが神に、ずっと、もっと、そうとう、それはもうヤバイくらいに近いせいもあってか、彼らは我々の常識ではなく、神の常識をベースに抗議の根拠を示し過ぎるからだ。(ぶっち)(ゃけ)、彼らの話は我々には訳が分からない。悪魔を退ける呪文でも唱えている様にしか聞こえない。まるで、質問者を悪魔(きょうかいのてき)に分類して、信仰の盾で退けようとしているかの様だ?


 果たして、難解な真理とは本物の真理であり得るのか? ソクラテスならどう答えてくれるだろうか。あきれ果てて、哲学者としての指導ではなく、アテネを護る重装歩兵(ポプリーテス)としての義務を示す道を選びそうで、ちょっと心配になる。


 真の寛容の実現した社会とは、確か・・・私の記憶が正しければ・・・多彩な価値観の持ち主による共存共栄だった筈だ。だったら、性別なんか気の向くままに変えたって良いじゃ無いか?


(まあ、配偶者とか生殖パートナーになろうと言う人間には真実を包み隠さずに遍歴を伝えるべきだとは思うけれど。10年頑張った後で、「ごめんね」と告白されても困るでしょ?)


 だから、天におられる父とやらは、神の息子や娘の秘密の嗜好や趣味くらい大目に見てやっても良いんじゃないだろうか? その代償して、御名(みな)をあがめますから。だって、我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまうんでしょ? もしかして、何か誤解してます?


 もし天におられる父が古い価値観に捕らわれて、不適当な苦言を呈すようなら、人間界を代表して逆に説教的指導(ポリティカル・コレクトネス)してやろうという気概のある坊主はいないのだろうか?


 神の代弁者である前に、羊たちの代弁者であれ! と要求するのは不徳だろうか?


 え? 我らをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえっ? 取り敢えず、話し合いませんか? 直接的に。社会と実力と繁栄とは、限りなくなんじのものなればなりって言うし。


 ーーー脱線し過ぎた。再度、本筋に戻ろう。


 美容整形などにおけるの性的特徴の変更には、あれほど寛容で鷹揚だった西洋社会だが・・・これがサイボーグ化治療での性的特徴の変更のマターに転じてみると反応(しゅちょう)は真逆に転じた。忌憚なく記すなら、極めてヒステリックで排除的な反応が大勢を占めた、と書ける。


 それは、美容整形による性的特徴の変更の限界が極めて低かった事が原因なのかも知れない。


 美容整形による性別やその外観の改編(機能は含まれない)は、どれほど大規模な変更を加えようとも、見るべきポイントさえ(わきま)えていれば、元女性であるか? 元男性であるか? は一瞬で判別が付いた。しかも、逆立ちしたり、臍で茶を沸かしても、生来の女性や男性のらしさを獲得は極めて困難と言うのが一般的な見方だ。


 しかし、サイボーグ化治療による性的特徴の変更は極めて再現性(ひょうげんせい)が高かった。全身サイボーグ化された人物の本来の性別を見分けるのは、専門家にも至難の業だった。せいぜい、身の振り方から推測するしかなかった。しかし、それもアプリ、プラグイン、テンプレートなど動き方を自動修正する技術を併用されるとお手上げ状態だった。


 美容整形では所詮は紛い物となるのが関の山だった(口に出す者は少ないが、過半数以上の善意に満ちた人類が本音ではそう思っていた)。しかし、サイボーグ化治療であれば外観の質に限れば容易にオリジナルを超える事が出来た。外観だけで良ければ、40代のオッサンでも20代のスーパー・セクシー・モデルの()姿を取得する事も()易だった。


 実際、ネットニュースで最初に世界的な話題となったケースは以下の通りだ。


 二人の市民が同性結婚を役所に申請した。担当者はLGBTの「L」に相当するレズビアンのカップルと認識した。しかし、神の審判の前では平等な客観的事実は真逆だった。カップルは双方が男性で、双方が全身サイボーグ化する際にF型(FEMALE)ボディを選択したのだ。つまり、中身は「G」だが、外見は「L」のカップル。そして、双方が自らを「女性」として申告したので、事態は混乱した。


 その後、一部地域で自主規制が始まり、然るべき後に国民主導の形で規制法案が議会を通過した。


 どう言うわけか、人類の総意(?)は生身のLGBTに対しては極めて寛容だったが、機械化身体(サイボーグ・ボディ)を用いたマイノリティーに対しては、その判断傾向が真逆になる場合が多かった。


 生身のLGBTと、機械化身体(サイボーグ・ボディ)のLGBTは同列の事象とは"思い付いて"もらえなかったのが原因だ。多分。それと機械化身体(サイボーグ・ボディ)に宿ったBの人はほとんど居なかったからこの件にはあまり口を挟まなかった(事故や病気による身体の破損ではなく、単に外観の変更目的による機械化施術件数は少なかった)。


 美容整形による性転換、サイボーグ化による性転換、その新旧の修正手段を用いた結果(または効果の質)を比較すると、決して同列に語れない隔たりがあった。その隔たりとは、新しい修正手段を用いると、性別(・・)真贋(・・)見分(・・)けが()かない()だ。


 身体を割って中身を確かめる以外に、目前にいる人物が男か女か解らない(それでも無理かも知れない)。その可能性に西洋の人類は恐怖した。自らが被るかも知れない詐欺を想像した時、世間一般の紳士淑女達は初めて自分達が性倫理の最前線に立っている事を覚悟した。


 誰もが、異性と信じるパートナーが、もしかしたら同性なのかも知れない、なんて未来を予測した時・・・身元の知れないサイボーグをナンパする、または逆ナンされるべきではない、との真理に到達した。いや、そう言う神前で承認されていない性行為は、聖なる結合じゃなくて悪魔の誘惑に屈した結果に生じた、性なる結合に過ぎないから。最初から、良き信者には許されていない行為な筈だよ。ボー・ミー・ヤン。


 西洋の有識者達は当然ながら、その倫理的モンスターの実在の可能性に対して強い懸念を示した。遺憾であるとも表明した。そして、それだけで終わった。彼らは一通り意見を述べた後沈黙に入った。彼らは別に、ネガティブな反応の解消をする気などなかった。何故なら、彼らはそこでも魔物(ポリティカル・コレクトネス)を恐れていたので、ビジネスとしてそれ以上は深入りしたくなかったのだ。


 この点で、日本の大衆や社会は、西洋のそれらとは極めて対照的だった。奔放すぎるほどに寛容だった。極東の列島には魔物(ポリティカル・コレクトネス)は、少なくともその分野では猛威を振るわなかった。


 以下はあくまで一部の先鋭的な価値観の持ち主達に限定される話である。


 ある日本人男性曰く「可愛ければなんでも良い(外観が可愛いなら、機械の女子でも、仮にその中身が男の()だったとしても何が悪い?)」。

 さる日本人女性曰く「生身の醜男よりも、機械の美男(または宝塚(ヅカ)美男(おとこやく))の方が相当に好ましい」。


 そして、互いがしたい事を邪魔されない事を条件に、互いを完全に無視していた。彼らは互いに自分のするべき事にだけ没頭していた。人生は短く、欲望は膨大だ。正しい目的さえ持てれば、膨大な熱量を擁する情熱は間違った方向に暴走する事は決して無い。何故なら、その精神的エネルギーは常に想像や創造へと費やされるからだ(歌舞伎にも女形って分野があるわけだし。あれは芸術認定されてるし)。過去や妄想に囚われるのは暇人の特権だ。日本人の一部の男女達は、瞬間まで忙しかった。前に進むのに忙しければ、絶対に過去なんか振り返らない。


 西洋の若者はそれを称えて「ヘンタイ」と呼ぶ。なお、思慮があると自他共に認める大人達もまた、神と自然への冒涜に対する憤りの表明を込めて「ヘンタイ」と呼んだ。いずれにしても「ヘンタイ」である事は確定事実らしい。


 日本では、M型(MALE)だろうがF型(FEMALE)だろうが、きちんと注文するのを怠らなければどちらでも自由に選べた(何も言わなければ登録済みの性別が無条件で尊重される)。嗜好による選択、それは完全に合法だった。個人の趣味、思考、性癖にまでわざわざ口を挟むほど、日本人の趣味人の人生は暇では無かった。


 ただ、日本ではM型(MALE)にF型(FEMALE)風のアレンジを加える、などは特注品扱いになるので、現実的な選択ではなかった。理由は、そういう市場が日本国内には限りなく小さかったからだ。想像してみると良い。男性的特徴を備えたF型(FEMALE)ボディ、これを通常のボディと同じ価格で製造・発売して、投資家達は果たして満足の行く利益を上げる事ができるかどうかを(ただし、金に糸目を付けなければ不可能ではないと言う意味で非現実的なのだ)。


 マス・プロダクト不能な商品は、道徳的な縛りでなく、経済的な縛りによって製造が困難になる。


 しかし、文化が変われば、その常識はまた変わる。東南アジアの大国"タイ"では、社会は決して許容している訳ではないのだが、男性的特徴を備えたF型(FEMALE)ボディ、またはその逆という極めて特殊な嗜好をカバーする市場があった。


 元々、美容整形などにによる性的な外的特徴の変更を、安価さと巧みさを両立して請け負う医療産業のコンビニとして世界に認知された国でもある。驚くことに、国の支配層にも、儲かるならば、唾棄すべき産業でもビジネスの流れを見て見ぬ振りをする懐の深さがあった。もちろん、影響力を持つ者が"見過ごしているだけ"でその懐が暖まる事が大前提なのだが。


 サイボーグ治療が一般化し始めた頃から、タイの美容整形医療界はそれに注目して来た。最初が細部のカスタマイズから請け負い始めた。当初は、レベルの低い技師が闇雲もに施術してた事から、トラブルも多かった。しかし、それでもそれを求める"客"が押し寄せてきた事から、バグノレソ、クノレソテープなどの大病院による市場への進出が始まった。


 それによって、タイに医療界は「サイボーグの形状カスタマイザー」として世界に知られる様になった。


 あまりピント来ないかもしれないが、M型(MALE)やF型(FEMALE)のボディに、患者の出身国の法律に合わせて限界のギリギリまでカスタマイズを加える需要は確かにあるのだ。日本で施術を受けて男性がF型(FEMALE)ボディに換装された場合、日本を出国できたとしても、西洋の母国への帰国が保証された訳では決して無い。現地政府や入国審査官が輸入関税担当者が、その人物をサイボーグ・ボディの違法改造者と見なして入国を保留したり、違法機械の密輸犯罪を現行犯逮捕した後、空港警察に通報した例が多々ある。


 しかし、男性が女性っぽい男性のサイボーグ・ボディを換装した場合(またはその逆も)は、まだ交渉の余地があった。つまり、決定的な部分で生来の性別の特徴を備えたボディであれば、許されるケースがあると言う事。


 重ねて、日本人には良く分からないかも知れないが、西洋では、この件に寛容な日本人の価値観は絶対に受け入れられないのだ。


 ただし、この件に関する法的合否性は換装者の国籍に、ある程度は左右される。日本人男性がF型(FEMALE)ボディに換装された場合、欧州での永住権や国籍の取得は困難を極める(合衆国では、合法枠を超えたサイボーグ化と言う時点で絶望的)。しかし、欧州であればサイボーグ用観光ビザを取得した外国人であれば、一定期間の合法的な滞在は認められる。つまり、観光目的の入国くらいはさせてもらえるのだ(合衆国では・・・以下省略)。


 一部のサイボーグボディ換装者は、帰国後に闇医者や自らの手で違法改造を加える者もいる。しかし、特に合衆国や南米では、それは麻薬取り締まりと同じくらいの熱心さで犯罪根絶に燃える良き宗教人や愛国者に通報されたり、文字化し辛いいろいろがあるので、極めてリスキーな選択と考えた方が良い。


 なお、タイの医療現場において最大の懸念は、脳核をチタン外装に入れる、もっとも困難な作業の質にはかなりのムラッ気があり、こればかりは先進国から指導員を招いて啓蒙活動を続けても改善されない。そこで、多くの"大手病院チェーン"では、最初期の施術=脳核をチタン外装に入れる作業を日本などの先進国にアウトソーリングしている。


 会津から医学博士・朝間がバンコクに出張して来ていたのも、それの打ち合わせのためだった。


「ヤークチャペンカットゥーイスアーイマーイ?」

「マーイカー。マイチャイルーイ。ヤークチャペンサイボークスアーイカー」

「ペンサイボー、ロンパヤバーントンナイディー? モーコンナイゲン?」


 女性の姿を真似た紳士達が、タイ・ウイスキー「ベレーンソンペーッハー」入りのコーラを片手に談笑している。通路にはみ出ていた紳士達の一団が、やたらに高そうな服を着た初老の女性が近付いて来る事に気付き、慌てて道を譲った。


 ここはバンコク至近のリゾート地、パッタヤー特別市。表と裏の世界のそれぞれの彼岸の街に於ける花形産業である「キャバレー・ショー"ティッフィー"」の劇場内だ。


 かつて、そこは、美容整形などによる性的特徴の変更が施された男性達による芸や、彼らを後援する美容整形専門病院の技術的成果を競う場でもあった。しかし、ある日を境に、パッタヤーを牛耳るティッフィーの女社長アリサは、ショーの演者を、サイボーグ化治療による性的特徴の変更した者達へと入れ替えた。それは時代や、人の心の流れを的確に把握した上での決断だった。


 その結果、男性的特徴を持って生まれた者達だけが上がる事が許されていたステージが、あらゆる特徴を持って生まれた人々に開放される様になった。よって、過去とは逆のケースのスターも多数誕生する事となった。


 もちろん、あくまでもビジネスのためである。投資効率の向上こそ、アクティブに活動する富裕層の努めだ。存在を認めるイデオロギーは資本主義。人類の精神的な革命など微塵も意識していない。しかし、だからこそ社会に上手に適応出来るのだ。


 良く居る善人が計画する革命の最大の欠陥は・・・計画の詰めの甘さ、と言う寄り実現不可能な計画ばかり立てる無謀さにある。彼らは正しいを思った計画なら、世界が計画に合わせて変わるべきと信じる。過去の失敗と言う、過ぎ去った価値観は顧みない。ただ、未来にだけ注目する。だから失敗を繰り返す。


 正義の体現者の特徴は学ばないこと。それでいて努力を惜しまないこと。あたかも、頑張る自分が流す汗の方が、革命成就の成否よりもよっぽど重要なのではないかと、ちっとばかし邪推してしまう。


「朝間さん、お待たせしました」


 クーラーの良く効いた部屋で、オイシー・ブランドの砂糖入り日本風(?)緑茶を飲んでいた医学博士・朝間が振り向いた。


「すまみせんね。アリサさん。お手数おかけしました」


 朝間はソファーから立ち上がり、地元選出の国会議員として、さらに影響力のある優良企業の女社長としてパッタヤーを牛耳るアリサに頭を下げた。


「やめてください。やっと借りを返せる機会が巡って来て喜んでいるんですよ」


 アリサは朝間に握手を求めた。タイ人にしては発音の綺麗な英語。何より、文法上の時制の間違いがほとんど無い。きっと、海外で高い教養を身につけたに違いない。


「それではウタパオ国際空港の方のパスはOKですね?」


 アリサは茶色の封筒を朝間に手渡した。朝間は中身を確認する。そこにはタイ国軍少佐を証明するパスと、通関特権を示す国会議員のサイン付き書類が入れられていた。


「これでフリーパスです。先ほど秘書(レイカー)から受けた報告によれば、例の富豪のジェット機はハンガーに入れられて、キャビンの回収と長距離フライトに向けた最終チェックが行われています。もちろん、空軍の手によって」


「何から何まで・・・助かります」


 朝間は取り出した品をすべて封筒に入れ直して、その場を立ち去り、急いでウタパオ国際空港へ向かうと告げた。


「車は用意してあります」


「ありがとうございます。ソンテウで行こうか、モーターサイで行こうか迷っていたんですよ」


「やめてください。そんな事したら、もうウチへは立ち入り禁止ですよ。それは下層の民の乗り物です」


「そうでしたね。気をつけますよ」


「インディートンラップ。ポップカンマイカー」


「ありがとう。これであの女の子も命が繋げます」


「ナヲミ・バーグでしたね。助けてあげて下さい。タイで彼女が負った怪我、それは我々の落ち度でもあります」


「もし、その子は元気になってタイに里帰りする機会が有れば、是非会ってあげて下さい」


「解りました。最高の持て成しをすると約束しましょう」


「サムラッブワンニー、サワディーカップ」


 朝間はタイの挨拶であるワイをする。それを見てアリサは笑った。


「テレビが深夜に放送終了する時のアナウンスじゃないですか。どこで覚えたんですか?」


「その話は今度会う時に話します。それでは!」


 そのまま、朝間は去って行った。残されたアリサは後ろ姿を見守る。


「日本人にしておくにはもったいないわネ」


 朝間がアリサの元を訪れたのは、バンコクで瀕死の重傷を負った女の子を日本に運んで治療するためだった。彼は、もう、その()の生身の保全はほぼ諦めていた。全身サイボーグ化施術する事になるだろう、と覚悟を決めていた。


 施術前に本人の了解を取れないのは心が痛む。しかし、これ以上この状態を維持してしまうと昏睡状態から帰って来られなくなる可能性が高いとも踏んでいた。


 アリサは秘書から手渡されたスマホのアドレス帳ではなく、着信履歴の中から通話相手を見つけて電話を掛けた。


「すみません。便宜を払っていただきありがとうございました。ここでもう一つ追加しても宜しいでしょうか?」


「はい・・・はい。そうです。アンクル・サムが気付いている可能性が・・・」


「早期警戒機EP-1とグリペンの部隊を同時に上げて・・はい・・・クメール共和国の方にも話を通していいただければ・・・」


「よろしくお願いします。・・・ええ、次の予算会議ではしっかり働かせていただきます」


 アリサはそこで通話を切った。


 そして、朝間の日本への無事の到着を祈った。



朝間ナヲミが、まだナヲミ・イリーナ・バーグだった頃の話でした。〜

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