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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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万条家の夏休み 1

〜2037年7月30日

 ここは茨城県鉾田市、鉾田にある富士浅間神社の境内。


「ねー、はーねーちゃん」

「なーに、アイちゃん?」


「なをちゃんは何で蚊に刺されないの?」

「う〜ん、どうしてだろ?」


「アイっ! そんな失礼な事聞かないのっ!」


 私とナヲちゃんは、万条菖蒲さんの妹達と一緒に遊びに自宅近くの神社まで来ている。それは、マヤちゃんとアイちゃんと一緒に遊ぶためだ。只見町の温泉で、私達は万条菖蒲さんの双子の妹達と出会った。


 それ以来、ナヲちゃんはちっちゃい二人が気になってしょうがなかったのだ。けれども、合衆国の親戚にも小さな子供がいなかった事から、"ちっちゃいの"に対してどうやって接したら良いのか分からなくて困っていた。経験不足ってやつだね。


 それに輪を掛けて、擬体になっちゃったものだから、本当にどう触って良いのか本当に悩んでいた、自分が子供達の目で、人間に見えるのかどうかすら妖しいと思っていた。


 だから、大好きなのに、遠慮して、モジモジして、自分から近付いていけない。これは良くない。そこで只見線でのSLの旅が終わった後に、万条菖蒲さんにこの件を相談した。そしたら「朝間さんをウチに連れてきなさい」と一言返って来た。


 それから、私とナヲちゃんvs万条姉妹との深い絆の物語が始まった。


 そう、あれから何度、万条さんのお宅を訪問しただろう。


 あれからたくさん時が流れた。


 その間にいろんな事が沢山起こった。


 地震で学校も万条さんのお宅もなくなった。


 私、ナヲちゃん、万条姉妹は、それで会津から小美玉まで移って来た。


 ナヲちゃんの擬体は全く新しい物に変わった。


 万条さんのお宅も新しくなって、今度は会津にあった古風な民家みたいではなく、要塞の様に(そび)えるマンションの一室となった。


 時は夏。今はPM3:15。私とナヲちゃんと万条姉は、裏山の神社で走り回る双子の妹達を見守っている。繰り返し遊んでいる間に、ちっちゃ双子にとって私とナヲちゃんは、"準姉"にまで昇格した。それは母親代わりである姉の権威にすら迫ると言う前代未聞の快挙だった。それには、万条姉も少し感心していた。


「この子達が外の人の前で暴れられるようになるなんてね」


 家族以外の人が近くにると完全に猫を被ってしまい、誰からも「聞き分けの良い良い子達だね」と評されてしまうそうなのだ。それを聞いて、「をいをい」と突っ込みを入れたい気分になった。


 ーーーそれ、単にお客さんじゃなくて、遊ぶ仲間としてしか認識されてないってことじゃね?


 でも、ナヲちゃんにはそんな事はどうでも良いらしい。彼女にとって「ちっちゃいの」は正義らしいのだ。私は知っている。双子達と遊べるようになってから、私生活にヌイグルミが不要となった事を。どうやら、ヌイグルミそのものが「ちっちゃいの」の代用品だったらしいのだ。勿論、本人はそんな事は考えていないだろう。


 ナヲちゃんはきっと、ヌイグルミを抱きながら、本当に欲しいモノと何か違うと違和感は多少あったのだ。しかし、本当に欲しいモノが何なのか思いつけなかったので、暫定的にそうやって過ごして来た。でも、万条さんの双子の妹達に出会って、「ああこれこそ本当に欲しいモノだったんだ」と心で無く、身体で分かっちゃったんだ。


 うん、分かる。それ。私もナヲちゃんに出会った時に、そうだと分かったのだよ。それまでも愛玩用のいろんなモノが、その日から足りないモノに格下げされたのだよ。


 で、神社の境内を外れると草むらもある。だからじっとしていると、蚊がぷ〜んと寄って来るのだ。特に、万条さんの双子の妹達の所に集中的に寄って来る(ナヲちゃんもその一匹かも知れない)。


 そこで、万条姉は妹達に虫除けスプレーをがんがん掛けるのだが、それを嫌がって逃げ回る。その挙げ句に、双子達はナヲちゃんにだけ蚊が寄って来ない事に気付いたのだ。


 素朴な疑問として尋ねずには居られないだろう。彼女たちには生身とか擬体とか良く理解出来ない。だから、ナヲちゃんにだけ黒魔術的な蚊を寄せ付けない裏技があると勘違いしたのだ。それを教えてくれれば、虫除けスプレー地獄からも逃れられるんじゃないかと期待もしてるみたい。


「なをちゃんは何で蚊に刺されないの?」


 しかし、それは擬体の人にはキツい質問でもある。


「ごめんね、朝間さん」


 双子の非道を姉が詫びた。しかし、ナヲちゃんはぜんぜん気にしてないみたい。新しい擬体に変わってから、以前ほどの生身に対するコンプレックスは抱かなくなった模様。きっと、それも万条さんの妹達の御陰に違いない。貢献半端ないね。


「いいよ。気にしてないから」


 ナヲちゃんは近くに居たアイちゃんの方を、両脇を抱えて持ち上げて説明する。


「ナヲちゃんの血は特別製で、アイちゃんの血ほど美味しくないから蚊が寄って来ないの。アイちゃんだって美味しいご飯の方が好きでしょ?」

「うん。ねーねーの作るハンバーグ好き。でも時々、にんじん隠して入れるから気が抜けない」


「そうそう。ナヲちゃんの血はにんじん入りなんだよ。だから、蚊も寄って来ないと言う訳さ」

「じゃ、どうしたら私にもにんじん入りになれる?」


 そこで、ナヲちゃんは大人の悪い笑顔に変わった。


「ねーねーの作るハンバーグのにんじん沢山だべれば蚊が寄って来なくなるかもよ」


 それを聞いて、双子達はまったく同様に複雑な顔をする。虫除けスプレーもにんじんも大嫌いなのだ。ナヲちゃんはアイちゃんを降ろすと、アイちゃんとマヤちゃんは小声で話し合いを始める。


 虫除けスプレーとにんじんの、どっちが大きな嫌か? と言う脅威の判定会を始めたのだ。万条姉はその隙を突いて、双子を捕まえて有無を言わさずに虫除けスプレー(まみ)れにしてやった。双子の妹達は抗議の声を上げたが、これで辛い儀式も終わったので、再び境内を遠慮無く走り始めた。


「虫除けスプレー使う?」


 万条菖蒲が私にも「サラサラパウダー配合」の虫除けスプレーの缶を寄越して来る。


「ありがとう。遠慮無く」


 するとナヲちゃんがそれを受け取って、髪の毛を持ち上げてうなじの辺りとかにもしゅーしゅーとスプレーを掛けてくれた。


「ありがと」


 私も虫除けスプレーの缶を受け取って、ナヲちゃんの手首の上と足首の上にだけスプレーした。


 不思議そうに眺めている万条菖蒲には、私から詳しく説明した。


「今のナヲちゃんの擬体は試作品で、すごく生身に近い。で、手首の上と足首の上の部分は香水を着けられる様に、他の部分よりも人工毛細血管が皮膚の表面に昇って来てる。だから、蚊もここでなら吸血出来ちゃんだ」


「へえー。私の知ってるいる擬体とは随分違うのね」


「近い将来、これが標準になる筈よ。人工血液もどんどん生身に近くなって来てる。それは擬体の人工生体部位、皮膚ティッシューとかがそれを必要としてるからなの。だから、将来、擬体への処置時の輸血も生身用の血液を転用出来る様になる計画があるくらい」


「ふ〜ん・・・」


 帰宅して妹達を寝付けたら、そこら辺の最新状況をネットで仕入れようと言う顔をしていた。私立会津高校は代替部位保持者や、擬体化施術を予定している生徒も多い。だから、生徒会長としてはその当たりの知識は絶対に理解しておく必要がある、と万条菖蒲は考えている様だ。あまりの正しさに、一瞬神々しく見えてしまったりするよ。


 私の説明にナヲちゃんが捕捉を加えた。


「それと、私達は蚊の耳元から聞こえてくる「プーン」と言う耳障りな羽音・・・あれがすっごくハッキリと聞こえるの。第二小脳に任せて「自動」に設定すれば、両耳から音を頼りに、蚊の飛んでいる位置を計算して、両手で叩いて潰す・・・なんてアプリもあるんだよ」


 それを聞いて、万条菖蒲も流石に驚いた。こう言うのは本当の経験者でなければ知らない知識だ。


「それは便利ね。ちょっと感動してしまいそうだわ」


「まあ、擬体も悪い事ばかりじゃ無い。って最近分かって来た」


 それを耳にして、私はちょっと私は驚いた。随分前向きになった。そして、それを私以外の誰かに伝える日がとうとう来た、と。おそらく、ナヲちゃんは万条菖蒲を、私が考えてた以上に気に入っている。そして、心を開いている。


 それを確信して、ちょっと複雑な想い。だって、多くの人間に対して心を開けることは、ナヲちゃんが擬体保持者としてこの先も生きて行くにはとても大切なことだ。それは世界からの疎外感を乗り越えて、自分も社会や世界の一部であると感じる余裕を獲得していると言う意味だから。一方、自分以外の誰かに心を開くって言うのは・・・その・・・ナヲちゃんからの愛を一身に受けたい我が儘な女の子としては残念と言うか・・・嫉妬心を感じる。


 自分だけが特別ではいけない。でも自分だけが特別で居たい。ああ、もう。頭ごちゃごちゃになる。


 その日は、PM4時になった頃に、神社の境内から万条さんの部屋に引き上げた。そして、暑い日に駆け回った代償として、マヤちゃんとアイちゃんはお風呂に入らずにお昼寝タイムに入ってしまった。


 私とナヲちゃんは、そこでお(いとま)して、学校にある寮に戻った。


 なお、その晩、私とナヲちゃんのスマホに万条菖蒲からのメールは入った。


 内容は・・・双子が揃って「にんじん入りハンバーグ」を完食したと言うものだった。


 きっと、いつか、双子が大きくなる頃には血液の中に十分になにんじんが入り込んで、蚊も寄って来なくなるかも・・・知れない。

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