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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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2037年6月18日(木)、AM11:55、埼玉県三郷市高州3丁目、みさと公園駐車場

 百合子さんの車は、江戸川を越えて、でも東京都に戻らず、右折して北側の埼玉県へと入って行った。外環自動車道の下の道を進んで、やがて唐突に左折した。今度は右折する。すると、左手に大きな川を挟んで、2つの自然公園があるのが解った。どうも対岸にある方が大規模そうだった。


 百合子さんは車を三郷公園の駐車場に入れた。そして、そこには朝間先生が待っていた。


「ありがとう。百合子さんも一緒に来られますか?」

「いえ、止めときます。このまま会津に帰ります」


 そう告げると、それ以上一切喋ること無く、外環自動車道の方へと車で走り去ってしまった。


「さて・・・行こうか・・・」

 朝間先生は、礼服のポケットに両腕を突っ込みながら勝手に歩き出した。


「どこへ行くんですか?」

 私は嫌な予感を確定するのは憚りたかった。しかし、それを放置してもおけなかった。


「お墓参り」

 朝間先生は背中を見せたまま答えた。


 ナヲちゃんは一人で良く分からないみたいだった。彼女としては、ここで朝間先生から、先日話してくれた、航空自衛軍の開発計画への参加への許諾または拒絶だと考えるのが当然の成り行きだった。


 ナヲちゃんは、こういう肝心なところでとても単純になっちゃう。何時もの事なんだけどね。


 朝間先生はみさと公園の駐車場を出て、車道を渡って反対側の「メモリワール・みさと公園」へと入って行った。そして大きな二本の木の枝の下を潜って、園内の端にあった墓碑の前で足を止めた。


 私は、とにかくナヲちゃんの手をしっかりと握っていた。彼女としては、何事かと思っている節はあった様だが、あまり悪い気はしてしない事が感じ取れた。


 腕時計で時間を確認すると、丁度正午を過ぎたあたりだった。彼はスマートフォンを取り出して、NHKの正午ニュースの即時動画配信にチューニングした。


「ただいま、速報が入りました。昨夜、朝霧和紗氏が脳出血により死亡しました。繰り返します。朝霧和紗氏が死亡しました。たった今記者会見が始まった模様です」


 ああ、やっぱり。私は自分の読みが悪い方に正しかったと悟らされた。


「ーーー生前、朝霧和紗氏は日本人形として世界中から親しまれ、全ての擬体の母として世界中の機械化身体保持者からの尊敬を集め・・・」


「え・・・・? ・・・え?」


 ナヲちゃんは、その報を受けて、何が何だか解らなかった様だ。理解出来ていなかったのだろう。その場で、ただ、呆然と立ち尽くしていた。私の手を握り返すのも忘れて、膝から上の身体が妙にグラグラしていた。おそらく、擬体のオートバランサーで辛うじて立てているのだろう。


 朝間先生はと言うと、全てを知って私達をここに呼び出しただけあって、事実を力強く受け入れている様だった。しかし、それでも背中で泣いていた。男の人が、涙を流さずに本気で泣く姿を初めて見た。しかし、今私がするべき事はナヲちゃんを支えることだ。


 ナヲちゃんはとうとう、地面に膝を付いた。昨日までの彼女にとって、朝霧和紗は目の上の瘤、倒すべき相手、越えるべき目標、と決して偶像として全面的な敬愛をする対象ではなかった。


 しかし、それは誤認だったと知らしめられた。夜空で一番大く、力強く煌めいていた星が流れ落ちてしまった。突如、目標を失ってしまった。何時の日か、自分を認めて欲しい大人を永遠に喪失した事で、事実上パニックに直面していた。


 私も膝を付いて、ナヲちゃんを抱きしめて、全身が地面に倒れ込むのだけは避けられた。


「大丈夫。私がいるから。大丈夫。私がいるから。大丈夫。私がいるから」


 とにかく、その言葉を耳元で繰り返すしかなかった。今まで、いろいろな不幸や不満の原因の象徴して、「クソ野郎」とくらいにしか思っていなかった相手の死が、永遠の別れがこれほど大きな衝撃となって心を襲うなど、彼女としても心外だったろう。しかし、事実はその通りなのだ。彼女は、この先、あの圧倒的な存在感を示していた女丈夫に、もう甘えることができなくなったのだ。


 私としてもそうだ。今後、何かあったとしても、ナヲちゃんの事で相談出来る人がいなくなってしまった。本当なら、ナヲちゃんとの(エッチ)についても、どの様な手段で行ったら良いかも相談したかった。しかし、どうしても連絡が付かなかった。おそらく、理由はこれだ。いや、多分・・・本当はあの時、私とナヲちゃんと面会したあの時に逝かれていたんじゃないだろうか?


「朝霧和紗さんが亡くなられたのは、君たちが会った翌日だ。私が死亡診断書を書いた」


 朝間先生の言葉に、私は嘘を読み取った。それによって、私の最悪の想定の正しさを確信した。


「彼女は死の直前に、ある男性の元に赴いて、共に大往生を果たした。だからこの死は彼女は本望だったに違いない、と私は思うよ」


 この言葉には、半分だけ(・・・・)嘘は無いと思った。


「この墓の下には、彼女とその男性が一つの骨壺に収められて眠っている」


 墓石を見ると「和紗結希」と彫り込まれていた。明らかに偽名だ。しかも一人分しか刻まれていない。


「朝霧和紗名の墓碑は公の物として何処かに刻まれるだろう。これから国葬の議題が国会に提出されるから、まあ来年の今頃になるんじゃないのかな?」


 朝間先生が墓碑を撫でている。


「ここにあるのは、大昔に失われた彼女の生身の骨、それから二・三本くすねて来たその男性の骨だよ。だから、本当の彼女の墓ってのはここになるな」


 呆然としているナヲちゃんの擬体に、情報を記録させるために詳細を語っているのだろう。今は無理でも、後で彼女が理解出来る様にと。


「君たちだけは忘れないでくれ。朝霧和紗と言う女が生まれて、身体を失って、死んで、最後に好きだった男と一緒に永遠に眠る自由を得ることが出来たんだと」


 私は敢えて、朝間先生に尋ねた。


「忘れない為にも教えて下さい。その男性の名前を」


 朝間先生は振り返って、私に小さな声で耳打ちした。


因幡(いなば)只嗣(ただつぐ)、だよ」


 多分、その情報はナヲちゃんへは届かなかっただろう。きっと、私だけが知る秘密になってしまったのだ。


「本当に死亡したのは大部前なんだけれど、もうこれ以上隠し通せなくなった。それで発表に踏み切ったんだろう」


 朝間先生は私に、仮想通貨用ICカードを手渡した。おそらく、これを使って帰れと言う話なのだろう。


「今後、世界の機械化身体界は、哲学的に、経済的に、技術的にも迷走を始めるだろう。かなり混乱すると思う。だって・・・もっとも影響力を持つ預言者が姿を隠したんだからね」


「はい・・・そうですね」


「その混乱を我々全員(さんにん)は乗り越えて見せなければならない。だから、ナヲミを頼むよ」


 そう言うと、朝間先生は一人でその場を去ろうとした。二・三歩進んでから思い出した様に立ち止まって、振り返った。


「そうそう。例のナヲミからお願いされていた「航空自衛軍」の件。自由にやって良いと伝えてあげてくれ。始めるのも、終えるのも、すべて好きな様にやって良いと。もちろん、義父(ちち)として応援は惜しまないとも」


 そして、私達はそれから暗くなるまでずっと、「和紗結希」と彫られた墓標の前に座って、この先どうしたら良いのかを考えていた。今まで、擬体と言うのは良い物として認識されて来た。しかし、今後はそれの揺り戻しなどが起こるかも知れない。


 一人の女性の死に依って、一つの時代が終わった。これだけは間違いない。そして、もしかしたら新しい時代は始まるかも知れないし、始まらないのかも知れない。しかし、目を凝らせば見える水面下では、ただごとでは終わらない。そんな気がしてならなかった。


 案外、"何か"を始めるための「ピタゴラ・スイッチ」の様な単純で明解な始動キーは、もしかしたら私達の手の内にあるのかも知れない。


 後日、スマートフォンに、万条さんからの1通の着信記録を見つけた。奇妙なことに、私達のスマートフォンは柴又に到着した時間に、知らずの中に"フライトモード"に変更されていた。だから、その着信を取れなかったのは当然だ。いや、特記したいのはそんなことじゃない。


 万条さんは、朝霧和紗さんの訃報を知って、それで何となく全てを察して、私達が姿を眩ませたその後の処置を間違いなくやってくれていた。それに対する簡潔な報告メールだった。


 持つべき物は、つうかあな友だ。本当にありがとう。


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