2037年6月7日(日)、AM10:00、百里基地エプロン、合衆国海兵隊所属KC-130Jキャビン内
百里基地エプロンに駐機された合衆国海兵隊所属KC-130Jキャビン内。私立会津高校に教師交換プラグラムで派遣されているカナダ国籍のハリー・ブライアントと、合衆国海兵隊・第232海兵戦闘攻撃中隊(VMFA-232)レッドデビルズの面子が顔を突き合わせている。互いに顔を顰めながら難問を解こうとしている。
「スーパー・ブラックバードから送られて来たデータに間違いはないのか?」
「はい。それに誤差とは考えにくいかと」
「気体密度が上がったり下がったり、相対気流速度が滅茶苦茶だ」
「翼面荷重を変えてるんじゃないか? グラマン・F-14「トムキャット」みたいなVG(Variable Geometry wing)で重心を移動させて・・・」
「そんなの時代遅れだ。機動だけならCCV(Control Configured Vehicle)とLERX(翼根先端延長部)構造で賄うだろ?」
「そうだ。可変ジオメトリ翼じゃステルスは無理だ」
「主翼の根元の所にピボットなんかあったか? 誰か、高解像写真持っても来いっ!」
スーパー・ブラックバードとは超音速・高高度戦略偵察機として知られたSR-71の後継機だ。21世紀になってから、伝説的な開発集団の名称を継ぐ"スカンク・ワークス"によってデザインされ、正式名称は「SU-74」で、「スーパー・ブラックバード」の愛称が与えられている。
「もしこれが本当だとすると・・・日本は"慣性制御"の技術でも実用化したとしか・・・」
「そんな馬鹿な。日本はアニメみたいに異星人との接触に成功して、惑星外からinertia controlの技術移転を受けているとでも? まさか新星・Phoenixを再現?」
「こちらのエリア51に相当する・・・」
レッドデビルズの面子は、先日、朝間ナヲミが初飛行を行った航空自衛軍と海上自衛軍が試験運用中のRFQ-2 "Shiki-Kami"の飛行軌跡の三次元ベクトル・データを検討中だ。飛行軌跡は基本的に数式で表記、解析が可能だ。物体が持つエネルギーを如何に有効に変換して無駄なく飛行するのが上級者の飛び方であり、最近ではあまり重要視されなくなったドッグファイトでは、その効率が生死を境を決める要因になる。
戦闘機に限らず、飛行機と言う物の動きは「エネルギー機動性理論(E-M理論)」で測る事が出来る。この理論は元々は戦闘機の操縦士だったジョン・ボイド(及び弾道計算のトーマス・クリスティ。後にこの二人に、後に男の対地攻撃機A-10を生みの親=ピアー・スプレイなどが加わってF-15が誕生する)が1960年代発表したアイデアだ。熱力学同様に、エネルギーの状態の等価交換(変換)が可能である、という閃きによって生まれた。
基本は「Ps=(T-D)/W*v」でかなりの動きや特性を測れる。
代入値は
T=推力値
D=抗力値
v=機体速度値
W=機動させる自重
だ。ついでに、PsはSpecific energyの略だ。
これらによって「エネルギー機動ダイアグラム(Energy Maneuverability diagram)」が表示出来る。
基本、高い位置(または高い加速力や速い最高速度の保持)にいる飛行機の方が有利だ。それは高い方(または速い方)が物体が持つエネルギーが多いからだ。しかし、パイロットがその比較的大きめのエネルギーを上手に移動に変換できなければ、低い位置にいるパイロットが劣勢を巻き返すことも可能だ。
しかし、朝間ナヲミの飛行軌跡は、「Ps=(T-D)/W*v」による計算ではじき出された「エネルギー機動ダイアグラム」と実際飛行が乖離していた。エネルギー比率が狂っているのだ。急旋回や急上昇の飛行軌跡を見ると、消費している筈のエネルギー量が位置変位後に失われていないのだ。特に連続で位置変位しても、特に三回目以降のベクトルの低下率が低いまた、減速時には逆に消費出来る筈のない程に多くのエネルギー量を短期間に喪失させているのだ。
つまり、加減速、上昇下降、左右旋回が物理の法則に反するほどに自在過ぎるのだ。
「ちょっと良いかい」
後ろから三次元モニターを眺めていたハリー・ブライアントが、腕を組んだまま口を挟んだ。
「通常飛行時には通常の数値しか出ていない。そして、加減速は中期加速、上昇下降は大きな慣性力が掛かった時、左右旋回は初期の切り込み時に顕著に異常性を見せているだけだ」
「そうだな。慣性制御ならもっと均等に効果を発揮するはずだ」
「そうなんだ。これはおそらく何らかの効果的な空気抵抗制御・・・D=抗力値を弄っているんじゃないか?」
「どうやって?」
「日本のGTカーが装備する可変式のスポイラーとかウイングの特性に近い様な気がするんだ。仮にD=抗力値だけをフリーに、代入値を求める式に整え直して・・・なるほど」
「ーーー! そうだ!」
「そうだな。立ち上がりが早い・・・重目のフライホールとロングストローク・コンロッド構造を組み合わせた内燃エンジンみたいな特性の負荷要因があるみたいだ」
「異常運動特性は抗力・・・空気抵抗の要素だけで説明可能か・・・」
「具体的にどうやっているのかは解らない。しかし、WW2の頃の日本の戦闘機が世界に先駆けて無双した秘密の一つが"空戦フラップ"だ。HAYABUSAなどにも搭載されていた。あの当時、速度/荷重で上下する揚力係数を操作して旋回性を上げたんだ。彼らは我々が思い付かない、ああいうギミックの実用化が得意な事を忘れるべきじゃないだろう」
レッドデビルズの全員が腕を組んで難しい顔をした。WW2末期にはKAWANISHIがShiden-Type21などで、操作を自動化した"自動空戦フラップ"を搭載した歴史を思い出したからだ。
「Shing-deng?」
「Shidenの方だ。Shiden-kaiと言えば判るか?」
「そんな謎技術を、初飛行の女子高生が使いこなせるほどの域にまで高めているのか」
「すでに完全に実用化を達成しているという事だな」
「空軍の方はこれを把握しているのか?」
「だいたい、こんなHENTHAIマニューバにフレームは何処まで耐えられるんだ?」
ハリー・ブライアントが注意を即す。
「逆なんじゃないか? 彼らはそれの完成、またはセッティングの一つをナヲミに委ねたいと考えているんじゃないか? そして、そういう技術があると暗に我々に、現場レベルで意思疎通を図るために、スーパー・ブラックバードの観測を許したんじゃないか?」
「馬鹿な。スーパー・ブラックバードがキャッチされていたとでも?」
「成層圏での出来事だ。例のスパイ衛星ASAGIRIがこの全域を見張っていても不思議じゃない」
「アクティブ・ステルス機だぜ」
「彼らがデジカメで培った画像処理技術を甘く見ない方が良い。それに・・・」
「サイボーグが衛星にフル・ダイブ出来るって噂か」
「そう。多分、実現している。サイボーグの五感センサーに衛星の撮像素子を組み込めれば、電磁波ステルスよりも、迷彩ステルスの方がまだ有効だ。きっと、目に張り付いたゴミの様に我々のアクティブ・ステルス機が視覚検知されても不思議じゃない。それも、ステルス機が飛んでいる一点だけ像が歪んで醜い、みたいな嫌悪感として検出されるんじゃないか?」
「で、ナヲミって娘はそんなすごい技術者なのか?」
「そうだな。"Firefox"のコードが与えられた独立監視対象であるだけじゃなく、誰かが君たちに直接のご機嫌伺いを命じるくらいには凄いんじゃないか?」
「ハリー。君はナヲミとコンタクトはしているんだよな? どんな印象だ?」
「普通のハイスクールガールだよ。まるで、生身のね。とてもサイボーグとは思えないほどに繊細なボディのコントロールをしている。些細な部分にもカスタム設定を施しながら、バグやコンフリクトが見られない。相当に追い込まれた制御系だ。子供の遊びの域を遥かに超えている。あれは生来の才能だ。前代未聞の問に挑む前から、既に最適化された解を形而上なセンスで予感出来る感性の持ち主って意味でな」
「この目で見てみないと信じられないな」
「信じるかどうかはどうでも良いさ。彼女に取って回答って奴は、すでに預言されているイメージを万人が理解出来るフォーマットに具現化するための作業に過ぎないんじゃないだろうか? そんなセンスをお前の娘みたいな年頃の子供が持っていて、その困難な作業をやり遂げて形に残している。我が軍の戦闘用ボディーを与えてみれば、きっちりシェイクダウンさせた後なら、模擬戦やっても勝てないまでも負けないくらいの結果は出して見せるんじゃないか?」
「で、その要領で飛行機型のサイボーグボディをコントロールさせれば、と言う訳か」
「そう。まあ、ただの当てずっぽうな推測だけどね」
「しかし、そんな凄い人材が何で日本にいるんだ? 合衆国人なんだろ?」
「元だよ。今は日本人だ。ワシントンが無許可で全身サイボーグ化したペナルティーとして国籍を剥奪して困っていた所を、日本に拾われたんだ。どうせICEの勇み足か、CIAのクソ芸だ」
「クソだな」
「まあ、我々にもハートのエース級の切り札はあるんだ」
「でも、あっちはジョーカーなんじゃないか?」
「こっちはエースでフォーカードを作れるさ」
「つまり、ハリーはナヲミのリクルートに失敗したんだな?」
「あの条件でYESと応える様な人間なら、我が軍には不要だろ?」
「ああ。あの条件を出した奴は本当にクソだな」
「違いない」
そこで物凄い爆音が聞こえて来た。F-35Cb"スーパー・ライトニングII"が訓練空域が百里基地に帰って来た様だ。おそらく、上機嫌で編隊飛行を組んでいるのだろう。つまり、模擬戦闘で航空自衛軍のF-35A"ライトニングII"に勝利したと言うことだ。
「ところでアイダがコンタクトを取って来てるけどどうする?」
「ハリーにか?」
「ああ、学校の授業の合間に口頭で。"交流"したいってさ」
「グースじゃないのか?」
「グースは引率教師として来てるらしいぞ」
「鴨には借りがある。話に乗ろう」
「なんで鴨なのに駝鳥なんだ?」
「There ain't no justice. 由来はGoose-Stepだ。空であいつのケツに着けばすぐに解るゼ」
「ブゥー!」
「段取りは任せてくれるか?」
「問題ない」
ハリー・ブライアントは何かしらのイベントを考えている様だった。レッドデビルズは、勝利して帰って来た仲間達を迎えるためにエプロンへと出かけて行った。さっきまでの複雑な表情の事などすっかり忘れて、これからは人生を楽しむ時間とばかりに、大はしゃぎで銘々に腕を振ったり、奇声を上げたりした。良くも悪くの、合衆国人気質でマリーンズなノリを大いに発揮した。
そこに航空自衛軍・早期警戒機J-WAXが着陸して来た。合衆国のF-35Cb"スーパー・ライトニングII"の場合、全機のデータリンクに加えて複座式のF-35CbB"スーパー・ライトニングII"に登場するサイボーグ士官が、早期警戒機と同等の指示を出せるので、のF-35Cb単機種構成で作戦に従事出来る。
しかし、航空自衛軍の百里基地のスコードロンは旧式のF-35A"ライトニングII"を運用しているので、早期警戒機も模擬戦闘に参加していた。どうやら、早期警戒機J-WAXのキル判定が出てしまった様で、航空自衛軍の方はひっそりと滑走路に着陸して、くの字型の誘導路を静かに進んでエプロンへと帰って行った。




