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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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2037年6月7日(日)、AM1:55、私立会津高校小美玉校、学生寮118号室、居間

「私には葉子ちゃんに伝えたい事があるの」

「うん、伝えて欲しいよ」


「でも莫大な時間を費やして、最終的に情報の同期を実現しようと言うんじゃ無いの」

「まずは話し合おうよ」


「うん。そうなの。話し合いを通して、その結果を二人で共感したいんだ」

「情報の共有とは違う事なの?」


「違うの。私は二人の心を寄り添わせる作業がしたいの」

「そうか。情報の共有じゃ、情報を寸分の狂いのなく理解出来た後でも、二人の心が離れたままなんだね」


「そうなんだ。話し合えば二人の心の最大公約点、きっと落とし所が見つかると思うんだよ」

「私は、今ナヲちゃんの話に共感したよ」


「それじゃ、まず、葉子ちゃんの脚を真っ直ぐ伸ばして。爪先の辺りが痺れちゃってるでしょ?」

「ナヲちゃん、私の爪先の具合にまで共感しないでっ!」


 私は葉子ちゃんの太股の上から頭を()けた。居心地がとても良かったので、永遠にそこに居たかったんだけれど、生身ではこの辺りが限界だと思う。去年、私立会津高校敷地内の神社「南無七面大天女」では、生身への配慮が足りなくてこの()に風邪を引かせちゃった。私も少しは学んでいるんだよ。


 私は壁に寄りかかって、両足の膝を伸ばす姿勢で座り直した。そして、太股の辺りをポンポンと葉子ちゃんに(はた)いて見せた。


「今度は葉子ちゃんの(ばん)(かわ)わり(ばん)こ。どうぞ」

「それでは遠慮無く・・・うんしょ・・・」


 私のは正座じゃない。だから、膝の人工関節にも負担が掛からない。これは長期戦に向けたリラックス姿勢だ。私はこれから葉子ちゃんを説得する。本物の説得とは、相手を反論できないように言い負かして黙らせる事じゃない。相手を自分の考えに共感させて、自発的な協力者に仕立て上げる事だ。それには幾分の時間が必要に違いない。


 それは情報の同期では絶対に実現できない。


「先にトイレ行かなくて良い? 話長くなるけど」

「大丈夫。それじゃ初めて」


 こちらの言い分を寸分の狂いも無く理解してもらって、相手の言い分の言い分の一部も漏らす事なく理解しても、何も始まらない。争いは収まらない。少しずつ誤解を解き、どれだけ切実に相手の譲歩を必要としているか、そしてそれによってお互いにどんな利益を得る事が出来るのか。


 それをこれから二人で発見するべく、意見の谷を越えて何とか協調できる場所を求める探検を実行しなければいけないのだ。


「私はこれからも無人航空機にダイブしたい。しかし、それは葉子ちゃんが想像しているのとは違う理由でなの」

「どんな理由なの?」


「私は無人航空機の制御を通じて、自分の擬体をさらに生身に近付けたいの」

「どうして、ダイブが擬体を生身にに近づけるの?」


「まずは、ダイブで空を飛ぶ免許を取る。そしたら、私の技能を高めて一つ一つダイブで操る項目を減らして行きたい。そして、最後は私はダイブによる遠隔操作でなく、この擬体で、本物の飛行機の運転席に座って、飛行機を直接操縦出来る様になりたいの」

「細部を詳しく、順を追って説明し直して」


「この新しい擬体はものすごく感覚が鋭い。それでも、多分、飛行機を搭載されている五感センサーだけで直感的に操縦するには足りないの」

「どう足りないの?」


「まず慣性に対する感覚が鈍くて、微妙に誤差があって、生身で感じるより一歩遅れる。それでは機械の不具合とか機体が予期せぬ突風を受ける、みたいな突発的な危険には対処できない。飛行機が危ない挙動を示したときに危険回避するのには致命的な欠陥になるの」

「気が付いたときには墜落してるんだ?」


「そうなの。ダイブだと飛行機に搭載されている加速度センサーとか、GPSとか、方位磁針とか、レーダーとかで、その欠陥を回避できる」

「ナヲちゃんは、その飛行機に付いてる機械を自分の擬体に追加したいの?」


「そうなの。そうすれば、私は自転車とか、鉄棒とか、スケートとか、今は出来ない色々な事に挑戦出来る様になれる」

「今、ナヲちゃんはそれが出来なくて不幸?」


 葉子ちゃんの真っ直ぐな視線がレーザー・ビームの様に、私の心を貫いて来る。可愛い顔して、何でもお見通し、と言う不思議な鋭さがある。そう言うのはこの()にはすぐに以心伝心しちゃうから。何故か。不思議な事に。


 ここは嘘は言えない。今、心底びびっている事、隠せているか心配だなあ。


「直接的に不幸じゃない」

「じゃ、なんでそんなに頑張るの?」


 深呼吸する。落ち着け私。葉子ちゃんの反応は予測出来ないけれど、素直に本音をぶつけてみよう。こしここで不興を買っても、私はまだ取り返しが付くポジションにいる筈。


「今の擬体のままじゃ、足りない事が多すぎて、将来のいつか、葉子ちゃんに置いて行かれてしまうんじゃなかと想像すると怖いんだ」

「私がナヲちゃんを置いて行っちゃうの?」


「想像だよ。例えば、私はプールに入るなら重りの入ったシューズを履かないと生身のように歩けない。私の擬体は重心が生身よりも高い位置にある。電源系の縛りでしばらく解決しそうにない擬体構造上の問題なの。そして、今のままでは私は絶対に泳げる様になれない。つまり、私は葉子ちゃんと海に行っても一緒に泳げない。おまけに、強い波に足下を(すく)われたら、次にどんな展開になるか判らないから、波打ち際を一緒に歩くなんて危なくて・・・実は夢また夢なんだ」

「そうだったんだ。そこまで将来の事を考えていてくれたんだ。ありがと」


「私はこの擬体の全てのスペックを生身と同じ所まで高めたい。葉子ちゃんと一緒に生きて、死ねるために。もちろん、その前に擬体の不具合でコロッと逝っちゃうかも知れないけれど、それでも出来るだけ寄り添って生きられる様にしたい」

「どうしても怖いって言うなら、私もナヲちゃんと同じ様に擬体保持者になっても良いよ」


「駄目っ! こんなどうにもならないまがい物の身体、こんな木偶人形に! 貴女を宿らせる訳にはいかないっ! こんなのは私一人だけで十分よっ!」

「ナヲちゃん・・・」


「こんな機械の身体に捕らわれた貴女は見たくない。もし、生身を捨てたら絶対に後悔する・・・」

「解った。前言撤回する」


「ありがとう。その方が良い。声を荒げてごめん」

「ううん、こちらこそごめん。あまりに無遠慮だった。無思慮を詫びるよ」


「私、本当に擬体って嫌い」

「なんで?」


「葉子ちゃんの、香りも、温もりも、肌触りも、吐息も、声も、何もかも数値でしか感じられないから。こんなんじゃ、将来もっと深い関係になれても私の方は人形そのモノだよ」

「ナヲちゃん・・・」


「私は生身に戻りたい」

「うん。そうだね」


「これは秘密なんだけど、今、アサマ先生のチームがタンクベッド内に残されている私の生身の残骸の再生を試みてる。でも多分失敗する。だから、私はもう諦めてる。それなら、と私は擬体の方を生身にする道を選んだ」

「うん」


「飛行機を運転するソフトとか、アプリとか、テンプレート作りとか、そういうプロジェクトに参加すれば、擬体のアップデートする予算も獲得出来ると期待してるんだ」

「予算?」


「安価と評価される"AK系かぐら式標準擬体"であっても、健康保険が適応された後でも高級な自動車一台分の代金の支払いが必要なの。私も義手・義足の試作パーツのテスターとか片っ端からやって貯金に励んではいるけど、これ以上のカスタマイズには資金が足りな過ぎる」

「そうかぁ・・・」


「あの無人航空機には日本の政府? 軍? または航空産業の? とにかく巨額の予算が付いている事は間違いないの。だったら、そこに跳び込んで、開発のお手伝いをして、役に立つ事を証明して、新しいプロジェクトを立ち上げて擬体保持者がパイロットになれるだけの・・・生身に近い感覚を持つまでに五感センサーのスペックを上げたいの」

「そんな事出来るの?」


「解らない。でも、今は日本国籍があるから、荒唐無稽な夢でもないと思う」

「ナヲちゃんは軍に就職するの?」


「本当はあんまりしたくない。でも、必要なら我慢する」

「我慢できるの?」


「もし、葉子ちゃんと一緒に居られないなら、それが解った時点で諦めて他の手段を探すと思う」

「臨機応変な判断力は素敵よ」


「ありがとう」


「それで朝間先生には相談したの?」

「まだ。これから。でも、葉子ちゃんが共感してくれないなら、まだ相談しない」


「なんで?」

「私が無理矢理にこのアイデアを強行して、葉子ちゃんに嫌われてふられちゃうって言うなら本末転倒だから諦めるだろうし」

「そうなの?」


「私が私である為には、森葉子が絶対に必要なの。私も実は、人の形をしていない擬体に宿るのは少し怖いんだ。葉子ちゃんが言うように人間性を失ってしまいそう、と言う言葉には私も共感している」

「ナヲちゃんもなの?」


「うん。人は空を飛べない。だから、飛べると考える人は、飛べないと考える人が高所に恐怖する様に共感できる筈、絶対にない。と思う」

「だよね」


「でも、葉子ちゃんが私を人で有り続けさせてくれる。葉子ちゃんの価値観が私を人である事に縛り付けてくれる。葉子ちゃんが私を人だと言ってくれれば、人形に宿っていても自分が人であると信じ続ける事が出来る」

「何時までも私の所に帰って来て欲しいよ」


「だから、飛行機の件は、葉子ちゃんが許してくれなければ、諦めないまでもしばらく延期しようと思う」


「・・・」


「返事は今でなくても良い。決して急がない」


「うん。そうだね。少し考えさせて欲しい」


「私の話はこれでお終い。葉子ちゃんの話、聞くよ」


「・・・うん」


 あれ、葉子ちゃんの反応が薄い。そう思って、太股の上にある葉子ちゃんの顔を覗き込む。


「すーーーーーー。」


 何か満足気な笑顔で、寝顔作ってるよ。どうやら、張り詰めていた気持ちがパチンと切れて、寝落ちしてしまったんだね。


 私は、葉子ちゃんの頭をそっと太股の上から一度だけ降ろして、擬体の出力とバランサーを重量対応モードに変更してから、葉子ちゃんの身体をお姫様抱っこしてベッドまで運んだ。


 そして、たまには良いかな、と同じベッドに潜り込んで就寝する事にした。


 その時の時間はAM5時台だった。長々と付き合わせてしまってごめんね、葉子ちゃん。


 どこかで鶏が泣いた時、私は、はっと我に返った。何か、外に出て泣き出したい気分になった。


 ああ、葉子ちゃんは私の主な事は何もかも、知っていたんだ。


 少し遅れて、私はその事実にやっと気付けた。


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