2037年6月7日(日)、AM1:50、私立会津高校小美玉校、学生寮118号室、居間
私は・・・
気が付いたらお風呂に入っていた。それまでは夢現。何かしてたんだけれど、それが夢の中なのか、現実の出来事だったのか判らなかった。実は今でもどうだったのが実感はない。
けれど、鈍い記録の中に葉子ちゃんが登場した辺りから、きっと現実だったんだろうなあ、と推測出来る。
条件を照らし合わせると、夢の世界の中まで葉子ちゃんが私を迎えに来てくれた訳でない事は解る。しかし、私の主観ではそんな感じで落ち着いてる。何故かと問われれば、私自身がそんな夢を現実で実現したいと強く希望していたから、と答える。意識の上澄みでではなく、ずっと奥の・・・深層心理の我が儘が表層まで上昇してきて、豪腕を振るったんじゃないか、と怪しんでいる。
私は知っている。私として認識出来ている部分なんて、本の、極一部に過ぎないと。深く考えれば考えるほど、私の判断は・・・私ではなく、私には見えない奥、深い闇の中に潜んでいる何者かの都合に左右されているとしか思えない。
こうでありたいと思う仮定の自分と、本物の自分の乖離具合が半端ない、と言う事だ。
お風呂に漬かっていて、いろいろ思い出した。
葉子ちゃんが優しくしてくれる理由も、だ。
昼間に、私は葉子ちゃんと一緒に、松島から短期留学でやって来るアイダさんとその一行を迎えるために、百里基地のエプロンまで出張った。そこで色々あったんだけれど、簡単に言うと、アイダさんから茨城県沖の高高度訓練空域に空きがあるから、無人航空機にフルダイブする初飛行に挑戦してみないか? と誘われたのだ。
その時、葉子ちゃんが微妙に嫌な顔をしていたのには気付いていた。それでも、無人航空機からどんなフィードバックがあるのか気になった。私は好奇心に負けて、葉子ちゃんの不満に気付かかないふりをした。アイダさんの誘いにのったのだ。
私はフルダイブ中の私の身体の管理を、大好きな葉子ちゃんでなく、擬体介護士の葉子ちゃんに依頼した。こうすれば葉子ちゃんが、倫理上の行動拘束の原則に従う義務が生じるため、絶対に断れない事を知っていたからだ。
今思えばずるい考えだった。こんな事を考えていた、と葉子ちゃんにだけは知られたくない。そんな事を考えるくせに、あんな事ををやってのけるなんて、とてもまともな判断力があったとは思えない。しかし、私は頻繁にそう言う間違いを繰り返している。
そう言うのを、アジアでは人の業と言うらしい。私の様なキリスト教文化圏で育ったコーカソイドにはとても新鮮な考えだ。人の悪事は悪魔の所業ではなく、あくまで人の所業である。私は、どちらかと言うと、そのアジア的価値観に共感を覚える。
今となっては、だけれどね。もし、擬体になって日本に来なかったら、そんな「もし」は思い付かなかっただろう。
ケンカが始まったのは、アイダさん達と別れて、寮の部屋に戻って来てからだった。上機嫌の私と対照的に、何処か苛ついて注意散漫になっていた葉子ちゃん。些細な事で、私達は激突した。
こんな事は初めてだった。今までは普通に譲り合えていて、我を通す事なんて無かった。何故なら、一緒に居たいと思って、一緒に居られる事だけで満足出来て、自分の都合なんか二の次だったからだ。
しかし、初めての無人航空機の操縦を通して、擬体搭載のセンサーによる飛行機の手動操縦と言う新しい感覚に目覚め始めていた私は妙にハイになっていた。私はそれを指摘されてどう言う訳か、物凄く腹が立った。そう・・・どう言う訳か、何でも許せるはずの葉子ちゃんに、自分専用の花壇に土足で乱入されたかの様な不愉快を感じてしまったのだ。
何かが最初からおかしかった。狂っていたのだ。
最初は、抑えめに反論していた。葉子ちゃんもそうだったろう。しかし、すぐにお互いの怒りはお互いの制御から完全に離れてしまって、最後に竜虎の戦いの様に全く遠慮の無い怒りのぶつけ合いに発展した。
私にだって、ケンカの真っ最中にそれは拙い事は解っていた。しかし、私の説明できない気持ちやどうにもならない衝動を、全く理解しようとしてくれない大好きな人を、どうしても許せなかったのだ。
こんなに大好きなんだから、何も言わなくても解ってくれても良いでしょう! これがあの時の私の頭にこびり付いていた怒りの正体だ。今なら解る。でも、あの時に解っていたとしても、自分を抑えられたかどうか、ちょっと怪しい。
私は葉子ちゃんをちょっと誤解していた。私がアイダさんと仲良く、同じ無人航空機にフルダイブしている事に嫉妬してるんだと思ってた。だから、そんな事に嫉妬する葉子ちゃんに、私を見くびるな、と伝えたかったのだ。
でも、それは見当違いだったと、さっき解った。葉子ちゃんは、アイダさんでなく、無人航空機でのダイブで私の本質が変容する事を本能的に悟って、恐れていたのだ。
きっと、私以上に私の事を考えて、感じていてくれたのだ。こんな有り難い事を、本物の労りや優しさを、私は気付かずに脚で踏みにじってしまったのだ。
ああ、それを知れば葉子ちゃんが怒るのは当然だ。もう、猛省するしか出来る事はない。きっと、大昔の侍の皆さんはこう言う時に切腹とかしたんじゃないかな。
でも、私は生き恥をかいて、そして曝しても死にたくない。だって、死んだら謝罪出来ないし、本物の労りや優しさに対して感謝を伝える事も出来なくなる。
「それまで私と一緒に居てくれる? また悪い事しちゃかも知れないけれど、そんな私を受け入れてくれる?」
と葉子ちゃんが私に問いかけてくれた。
「うん」
その一方的な譲歩に土下座したい思いで応えた。
ナヲちゃんを抱きしめる私の両腕に込められる力が、無意識のうちに少し強くなった。どうしてこんなに甘えさせてくれるんだろうか、ととても切ない気持ちが胸の奥から込み上げて来る。
「許してくれる?」
心配げに更に問う葉子ちゃん。もう良い。もう良いんだ。
「・・・うん」
そう応えて、寝返りを打つ様に、葉子ちゃんの太股を諦めて、葉子ちゃんの顔を拝もうと、膝枕の上で身体を一回転させた。
「天岩戸が開いた」
葉子ちゃんの顔を見詰めると、彼女が嬉しそうに漏らした。
「・・・うん」
私は、今、幸福だ。
私、朝間ナヲミはその事実を再確認するに至った。そして、その事に際限ない感謝を表す方法を見付け出したいと思った。
ーーー例えそれに一生を費やしたとしても惜しくない。
本当にそう思ったんだ。




