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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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2037年6月6日、PM12:40、航空自衛軍、百里基地エプロン

「ねえ見える?」

(かろ)うじて」

「私には見えない」

「私は画像処理でコントラスト強めに掛けてあぶり出してるから、やっと見えてる感じ」


 私と葉子ちゃんは、熱射に襲われながら、ユラユラしてる蜃気楼の先の遠方を凝視している。ここは茨城国際空港であり、航空自衛軍百里基地。整備用ハンガー前のエプロン(Apron)の安全帯内から滑走路に近付いて来る飛行機を見つけようと躍起(やっき)になっていた。


「あ、私にも見えた」

「そう。あの森の上の」


 滑走路の北側からこちらに近付きつつある機影が、葉子ちゃんの肉眼でもやっと確認出来たらしい。私にも、本当に豆粒にしか見えない。もし、ボーイング787クラスなら、十分にシルエットを認識出来る距離だった筈だ。しかし、私達が探していたのは、たった全長15mに満たない小型無人機だった。


 もし、長時間滞空用の無人偵察機RQ-4"グローバルホーク"なら全長の二倍以上の全幅(35.42m!もあったんだ)があったから、もっと見つけ易かったかも知れない。しかし、その機は機敏に動くためにやや過重の重い、やや小ぶりな翼が採用されていると言う。


 やっと見つけた豆粒みたいな飛行機は、そのままでは着陸せずに、飛行場上空を低高度で通過した。飛行通過、フライパスだ。その後に続いて、私立松島大学が所有する中古の大型輸送機C-130Rがフライパスした。基地を右旋回して、もう一度滑走路北側へ向かうのが見えた。これは、パイロットが初めて訪れる滑走路を、着陸する前に一度視認して特徴を把握する安全策だ。


 周回を終えると、すぐに豆粒が誘導灯をキレイに跨いで、滑走路の端にランディングギアを接地させた。機体が余程軽いんだろう。接地時の摩擦による煙は発生しなかった。


 豆粒はゆっくりと機体を減速させて、滑走路中央付近にあるバイパスから誘導路を跨いで、私の居るエプロンの方へゆっくりと近付いて来た。ジェットエンジン機なので、少し耳を塞いだ方が良いかと思案していると、そんな必要はなかった。


 石川島播磨が開発した純国産航空エンジン"IHI F-11-10ターボファンエンジン"はとても静かだった。低バイパスモードだからかな?


「意外とうるさくないね」

「そうね。これなら夜間発着しても文句出ないんじゃない? 流石は日本(うち)の技術っ!」


 ちょっと嬉しい。日本国籍を取得出来ている今の私は「うちの」と、遠慮無く言えるんだから!


 私、朝間ナヲミは、日本への帰化が既に実現していた事をつい昨日に知ったばかり。本当は5月12日に帰化許可が出ていたんだけれど、震災による郵便事情の悪化と会津社会インフラの混乱のせいで、法務省発行の通知書類を受け取れていなかったのだ。


 昨日、常陸利根川病院での打ち合わせから帰って来た葉子ちゃんを校門の所で捕まえて、その快挙を伝えた。そしたら、何を言われているのか理解してくれなかった。でも、それは私が悪かった。私がまともに話すべき事をきちんと伝えられなかったせい。どうやら、私も気がよっぽど動転していたみたい。


 だから、葉子ちゃんは私の身に何か大変な事が起こったんじゃないかと誤解して、そっちの方で大変になった。


 (らち)があかなかったので、私は葉子ちゃんを連れて寮の部屋に戻った(寮と言っても一戸建てだけど)。そして、何気なく取得出来てしまった成果を証明してくれる「難民認定証明書」と「戸籍謄本」を見てもらった。


 それを見て、葉子ちゃんは目を丸くして驚いた! そして、その場にへたり込んだ。どうした、葉子ちゃん、嬉しくないの? 私、貴女と同じ日本人になれたんだよ?


 へたり込んだ彼女は(うつむ)きながら、絞り出した様な声でやっと第一声を発した。


「良か"った"・・・」

「ん?」

「本当に"良か"った"よ"・・・」


 葉子ちゃんは何かを堪える様に、小さな声で、何かを押し殺すように泣いていた。私はそれを知ると何も言えなくなった。だから、葉子ちゃんを抱きしめて、私も思いっきり大きな溜息を付いた。安堵の溜息ってやつだ。


 目前で黙って泣いている葉子ちゃんを見て、やっと思い出したのだ。私だって泣いても良いんだと。2036年にサンフランシスコ国際空港で母国から追い出されて以後、たくさんのいろんな事があった末に、やっとたどり着けた地が、そのまま安住となったんだから。


 しかし、泣けなかった。別に我慢した訳じゃない。泣こうとしたら、コツコツとドアをノックする音が聞こえたらだ。


「そこのバカップル、そう言うのは戸をきちんと閉めてからやりなさい」


 振り返ると、そこには生徒会長の万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)が立っていた。


「悪いわね。火急の用件よ」


 万条(まんじょう)さんによると、私立松本高校から、約一週間の予定で留学生が来ると言う。そして、その面子に擬体保持者の"相田つかさ"が混じっていると。しかも、留学目的が百里基地で「合衆国人サイボーグとの国際交流」だと言うのだ。アイダさん、貴方は忙しい人だね。


「で、明日の正午過ぎに飛行機で直接に百里基地に乗り付けるから、貴女を御指命で、迎えに来て欲しいってメッセージが入ってるの。お願い出来るかしら?」

「うん、行くよ。詳細は今晩にでも送ってくれる?」


 それを聞いて万条(まんじょう)さんは安心したらしい。面倒事を一つ他人に押しつけられたから? と思ったらそれは違った。


「助かるわ。擬体保持者が二人も来るの。だから、常陸利根川病院にプロフィールをまとめて明日の午前中までに送らなければいけないのよ」

「それは大変ね」

「貧乏高校の生徒会長は暇無しなのよ」

「それには同意するよ」

「じゃあ、ごゆっくり。それじゃ」


 そう言い残すと万条(まんじょう)さんは、いつもの様に、自転車で颯爽とその場を去って行った。そして、今に至る。さっきの豆粒みたいな飛行機は、無人航空機。UAV=Unmanned aerial vehicleだ。だから、アイダさんが乗っているわけじゃない。きっと、アイダさんは後ろを飛んでいた輸送機の方に乗っていて、そこから遠隔操作していたんだろう。まあ、高軌道用衛星を極低軌道まで落として、大気の反発力で水切りやろうとした人なんだから、飛行機くらい運転できても不思議はないけどね。


 今、エンジンを停止させた。自動車で何処か邪魔にならないところに牽引するらしい。あれは噂の無人航空機"天鳥船(あめのとりふね)"か。何という取って付けた様な名前(誰もその正式名称で呼ばない。あくまで書類上の登録名。船舶登録名の「◎○丸」と同じ)。私立松島大学がそれを開発中(いじりたおしている)とは知っているけど、まさか実物を見る機会があるとはね。


 原型は航空自衛軍と海上自衛軍が試験運用中の無人航空機RFQ-2"Shiki-Kami"(日本の空軍は海軍航空隊と同様に、洋上作戦可能な組織です)。事実は、私立松島大学が外部団体として共同開発委員会に加わっているらしい。特に、サイバー技術応用分野面で。


 残念な事に、国産機RFQ-2の兵器としての性能は米軍が使っているFAQ-4"Servant"に今一歩及ばないそうだ。でも、扱い易さでは格段に優れているらしい。もしかして、私でも扱えるくらいかな?


 続いて、松島からの珍客一同が搭乗しているだろうC-130Rが誘導路をタキシングして来る。中古である事を誇るかの様に、いろんな所のパネルが変な色になってる。オーバーホール費用を浮かせるために、塗装剤の統一なんかまったくしてないんだろうな。まあ、飛行機なんて詰まるところ落ちなければ良いのよ(運転してる本人には格好良い機体でも見えないからね)。


 そう言えば、二人目の擬体保持者も来てるのよね。どんな人かしら? 仲良く出来ると良いんだけどね。


 そんな事を考えていると、屋根のないジープみたいな車が私達のすぐ側に停車した。あ、ハリー・ブライアント先生だ。デッカいサングラスしてるけど、多分そうだ。


「やあ、朝間さん、森さん。松島高校の生徒を迎えに行くなら乗っていかないかい?」

「え?」

「こっちのハンガーは満杯だから、人間が乗った飛行機は海兵隊が借りてるハンガーの前のエプロンに駐機する様に、と管制から指示が出たよ」

「遠いんですか?」

「歩いたら10分くらいじゃないかな?」


 先生用意が良いねえ。あ、耳にイアホンが填まってる。そうか、エアバンド聞いてたのか!


「どうする葉子ちゃん?」

「お願いしちゃおう」


 私は、ある程度は発熱/発汗調整が出来る"擬体"だから大丈夫だろうけど、この暑い日に制服で正装(ブレザーも着てる)したままそっちまで歩いたら、生身の葉子ちゃんの方は汗塗(あせまみ)れになっちゃうしね。エプロン付近はジェット・エンジン機が行き来するから(全方向から強い風圧が来るから)無理だけど、本当なら日傘でも持参したかったくらいに日差しが強いんだよ。だいたい、滑走路って奴は冬でも日が照ってれば照り返しきついから暑い。


「よろしくお願いしまーす!」

「OK! Get into my car!」


 そこだけ英語ですか? 何か和むわー。

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