インターミッション*〜● 03
〜 とある擬体技師の滑らない閃き。
擬体技師「津田沼」は、医師・朝間が企む「神を宿す擬体の開発」を成就すると言う、万人には絵空事と笑われ兼ねない野心を実現する上で、必要不可欠な同志の一人だ。そして、政府系、軍系、企業系、外資系、その他、あらゆる擬体開発の現場に、節度無く出没する不思議な男でもある(ただし、本人としては厳選しているつもりだ)。
また、生前には世界的な人気を誇った"サイボーグ・アイドル"、または"全ての擬体の母"として知られた「朝霧和紗」の義尻の右側を、左手で触った事があると言う噂さえある。そう言う事情もあって、通常の価値観に決して囚われる事の無い、極めて個性的な人材と評価されている(動機はあくまでも研究の為らしいが)。
一言で表せば、人材としては高く評価されるが、人格としてはあまり興味を持たれない人物らしい。特に善男善女から。おかげで、wikiの人物欄に彼の項目は存在しない。ネット検索すれば参加した研究分野から出された公式な公開情報に掲載される事で、同姓同名の人物の中でもかなり上位で検出されるために、容易に個人情報にたどり着けるにも拘わらずだ。
それら、善醜双方向に極めてブレの多い風評が、もりもり・ましまし状態で巨大な丼に大盛り状態を知れば、その人物に評価は極めて困難となる。実際、それを知り、脊髄反射的に眉を顰める輩も多いのだが、彼はソレをまったく気にしていない。気に病むどころか、大笑いしながら食事の待ち時間やトイレ休憩中(Big Ben)などに暇潰しを楽しんでいる。
何故なら、彼にとって過去の全ては絞り尽くしたネタであるからだ。彼が神から送られた風変わりな生体脳は、春先の泉の如く湧き出す興味を抑えられる程に低めのリビドーしか発生させない、一般人向け汎用=低出力エコノミー型生体脳とは明らかに一線を画していた。トヨタ・プリウスとニッサン・スカイラインR32の間にある深い地峡と同じくらいの分断要素で隔てられている。
実は、凡人も天才も互いを理解出来ない(理解出来た様な気持ちになる誤認識は度々起こるが)。知性と価値観は上位互換とか言う人もいるらしいが、それは聞く方も本物の天才と言う人材と身近で接していないから共感出来る戯れ言なのだ。
正直、双方・相互一方通行。凡人と天才はお互いに違う生き物と認めた方が理解が早まるかも知れない。それほど隔絶された価値化の持ち主同士の組み合わせになるのだ。イモリとヤモリは似てるだけ。そんなもん(そうでありながら、生殖行為に於ける因子の配合面では適合する、と言うのが事態をさらに面倒臭くしている)。
原理主義的な平等教育の弊害がここにも在る。
その彼が、朝間ナヲミが宿った新しい擬体で一番注目していたのは、予算的な天井無しで製造されたボディ各所に搭載された「スリッパー・クラッチ」だった。
意外な事に。
スリッパー・クラッチ。擬体の歴史を語る上で絶対に無視出来ないパーツだ。それは運動中のモーター、サーボ、人工筋肉に対して、運動方向を逆方に圧力が掛かった場合に役立つ。動力源は作用を想定して作られているが、反作用に対してはそうではない。無防備と言っても良い。
反作用とは、簡単に説明すると、右回転中のモーターの軸やスパーギアを摘まんで左側に回そうと力を掛ける事である。その結果は、モーターが焼き切れたり、モーターから先のギアやピニオンなどの駆動系が折れたり曲がったりする。それは機能損壊を意味する。
擬体の可動部には、ほとんどの部位でスリッパー・クラッチが採用されている。
もっとも単純なスリッパー・クラッチの構造はこうだ。スパーギア(モーターの軸に直接取り付けられた第一次ピニオン)を面で挟み込む円盤型クラッチとクラッチを押し戻すスプリングの2つの要素で構成されている。
その「堅さ」はネジ一本で調整可能だ。擬体では、グラム単位で、どの程度の反作用のトルクでどの程度クラッチが働いて滑る様にするか、は擬体側の基本制御系、または第二小脳で自動調整されている。朝間ナヲミの様な神経質な生体脳でない限り、そんな所まで干渉したいと思い付いたりしない。
実際に、クラッチが働くと、普段は推力を高効率で駆動系に伝達しているのを中止して、スパーギアが滑って駆動系に伝わらなくなる。反作用が強い場合は駆動系と作用部分が切り離されて、クラッチ作動中はモーターの回転とは逆方へ作用部分が動く事も可能となる(反作用が解消されれば、自動的に初期化・復元作業が瞬時に行われる)。
この技術は、工業製品の必需パーツとして普及する過程に置いて、多岐に渡る構造を獲得した。その結果、スリッパー・クラッチは機能を示す言葉にまで昇華した。それはあくまでも、「反作用を逃がして推進動力源や伝達駆動系を守る」と言う概念的なモノとしての地位を獲得した。
世界中のどのメーカーが製造・販売した"ステイプラー"であっても、日本ではそれらをまとめて"ホッチキス"と呼んでしまう様な「慣習」とだいたい同じである。
例えば、空気圧縮式人口筋肉の場合、反作用による圧力が一定値を超えると圧力弁が開放されて、それ以上にどうやっても物理的な作用=力が加わらなくなったり、それ以上反作用が続けて加わったり増加すると、今度は圧力弁ではなく空気注入口からも注入された空気を逃す。それによって核パーツである、推進源のコンプレッサーの機構を保護すると言う仕組みがある。これもまた、今ではスリッパー・クラッチとして数えられる。
もし、擬体保持者が義手で落下中の重い物体を受け止めたとする。その重さが擬体全体の出力や構造的強度を上回った場合、そのまま受け止めると全身が破損してしまう恐れがある。そこで、擬体側の基本制御系、または第二小脳がその危険を検出した場合、ユーザーの意図よりも上位の命令を発して、クラッチを発動されて破損部位を減らす努力をする(ユーザー設定でユーザーの意図に反したクラッチ発動を禁止する事も出来る。例えば、抱き上げる、持ち上げる対象が実子である場合、四肢が破損してもクラッチを発動させない様にと99%の擬体保持者はカスタム設定している)。
しかし、それはスリッパー・クラッチと擬体の関係の一部に過ぎない。擬体に置いてスリッパー・クラッチで最も高い効果が期待されているのは。道具である義手や義足で接する人間を傷付けない事が重要なのだ。そう、何を差し置いても重要視される機能は「推進動力源や伝達駆動系を守る」では決してない。
誤った操作の結果、義肢で生身に衝撃を与えそうな場合は、ユーザーの意識や第二小脳がクラッチを使って、瞬時に関節ロックを外して、関節から先をスリップ(またはドリフト)させるのだ。そうやって、打撃力を可能な限り抑制するのだ。また、誰かがぶつかって来た場合は、普通自動車に標準装備されるエアバッグを理想とする、擬体でその衝撃を最小限に抑えるクッション機能が期待されている。
そうでなければ、社会的な摩擦を引き起こすこと無く、機械の身体が普遍的な道具として普及するにはもっと長い時間が掛かったことだろう(新しいと言うだけで無条件にそれらを激しく憎む「先鋭的な人々」と言うのは必ず一定数存在する)。
また、実は極少数派である筈の「先鋭的な人々」にオピニオン・リーダーになられて、判断力が希薄な大衆を扇動されて社会的な流れを「嫌悪」の方向に誘導されてしまえば、市場で信頼されている大手保険会社が安価な損害保険を組んでくれる機会も消える(あらゆる保険と言う商品は、発売する会社が絶対に儲かる様に設計された金融商品である事考えれば真っ当だ。なお、販売する会社はそこに含まれない)。
保険による事故の補償と解決アシストこそ、顧問弁護士を持たない障がい者に対して、身体の機械化のハードルと下げた最大要因なのだ。
擬体は一般社会に普及は、実際にスリッパー・クラッチによる事故回避機能に寄る所が大きいのだ(一般的な認識からは逸脱する話だろうが。実際、掛け捨ての自転車保険と同等に安価な損害保険の普及と同時に擬体普及は加速した。今ではクレジットカードの付帯機能に擬体用損害保険も選べる様になっている)。
幼児期に深刻な理由で全身擬態化させた生体脳は、スリッパー・クラッチ無しでは自分の身体と周辺環境を破壊し尽くしかねない。
大人であっても、不意に子供が飛びかかって来た場合に、軽度であってもダメージを与えてしまうかも知れない。
スリッパー・クラッチはそれらを未然に防ぐ機能として、それらの事情で合衆国式サイボーグ身体にも広く普及している。
ただ、擬体の場合、人間の生身を摸倣している都合で、サイズ的な制限によって実装されていない部分もある。特に、朝間ナヲミの新型擬体であっても、例外はある。試作擬体17番"かむなぎ"の場合、擬腕であれば擬手首の関節まで、擬脚の場合、踝関節まで例外なく(隙間無く)スリッパー・クラッチが実装されている。
しかし、金に糸目を付けない試作擬体であっても、メインテナンス性などを考えると手足の指にまでスリッパー・クラッチは突っ込めなかった。もっとも、出力が脚関節ほど大きくないので、それからもたらされる人的・環境被害は思考実験では無視出来るサイズに収まっていた。
試作擬体17番"かむなぎ"を製作した技研も現段階で出来る対策は採っていた。義手の場合、手首から肩関節までのスリッパー・クラッチによって、擬体が強い反作用を受け止めて逃がす代替作用の動作テンプレートが実装されている。しかし、それが全面的に不評だった。義腕のスリッパー・クラッチで分散出来ない反作用を喰らった場合、腰や膝の人口筋肉のバネまで動員して受け止めると言う仕様だったのだ。
これは作動中の見掛けが凄まじく悪かった。秋田書店のバキさんが啓蒙してくれた「五点接地回転法」みたいな動作を公衆の面前で試してみたいと考えるのは、普通の感性では絶対にない(※ただし、中二病罹患者は除く)。
さらに、義指を利用する連続作業中に反作用が入ると、第二小脳は作業リズムを狂わせてしまい、誤作動が誘発されて、最終的に小さな事故が連続する事になる。それは、第二小脳が義指からフィードバックされる情報と実際の状態にズレが生じてしまうからだ(擬体が搭載する未来予測機能を以てしても、スリップが何処まで進むのかを的確・確実に把握出来ないからだ)。
やはり、こう言う「感触」が優先される機能の優劣は、効率だけでは語れないデリケートは話なのだ。
日本製の擬体は、このスリッパー・クラッチが優秀とされている。もし、擬体保有者の愛人に抱きしめられたならば、多くの生身の人間はそこに優しさ、柔らかさ、自然さを感じて、少なくとも不愉快な印象を得る事はない。
一方、合衆国式サイボーグだと、それが拘束行動にしか感じられない。逃がさないぞ、と言う感じの。または、柔道の技にある「押さえ込み」を受けている様な印象を得る。
もっとも、軍人の本質的な業務である破壊活動などでは、日本製擬体は合衆国式サイボーグの効率に遠く及ばない。もちろん、スリッパー・クラッチ効率が低いので作戦時に生じる反作用を諸に喰らう事から、フレームなどへのガタが来易い。しかし、それでも交換用フレームなどが安価であり、交換にも日本製擬体ほどの専用施設は要らない(皮膚生体ティッシューの適用範囲も日本製擬体と比べてかなり狭い)。
器用な父親なら、義肢一本くらいなら日曜大工の感覚で、ランチを平らげた後にでも始めれば夕方には組み上げる事だろう(そして夕食時には家族に囲まれて、笑顔でデリバリー・ピザか、ちょっとピックアップ・トラックを運転して近所の人民共和国レストランで買って来た紙ボックスに入りのテリヤキ料理とフライド・ライスでも食べているに違いない)。
おそらく、合衆国でも日本製擬体と同等のスリッパー・クラッチを取り入れる事は可能だろう。しかし、ユーザーの多くがそれを「無駄」と考えているので、市場の形成が出来ない。まず、普通自動車のシボレー・コルベットの様なパワーが重視される。それに費用対効果も重要視される。お高いのは駄目なのだ。
また。こうも言える。合衆国では、折角の特別な機械の身体になったのだから、人では無理なマッチョやグラマーを追求したいと考えていると。おそらく、合衆国に於ける素早い「全身機械化比率制限法」の議会通過は、放置しておいたら外見上は人間と判断出来ない異形の国民が急激に増加しかねない、と言う指導者達の危機感があったのではないか、とも言われている。
朝間ナヲミから「国籍」を奪った、悪名高い「議会決議19389条」の絡みもそのあたりが始まりらしい。その後、変質を重ねたのだが。
スリッパー・クラッチの最終的な到達点は、タンパク質で形成された人口筋肉(鋭意開発中)と言われている。結局、柔軟な運用にもっとも適当なのは生身と言ういつもの答え、と言うか堂々巡りとなる。タンパク質で形成された人口筋肉は出力が弱く、交換も面倒で、イロイロと使い辛い特性が多い。しかし、それでもあらゆる状況に適応出来て、さらに長時間連続して利用可能なのだ。
今、津田沼が着目しているのは、日本製の擬体保持者が「拡張擬体」としてフル・ダイブする飛行機の翼の可動部分に何らかの身体感覚的な揺らぎを残すスリッパー・クラッチを実装出来ないか、と言う自らの閃きだ。もし、最適化された「遊び」が活かせれば、従来の「拡張擬体」よりも、更に柔軟な飛行機動が出来る様になるだろう。また、電子的空気抵抗操作技術などの新技術も併用する事により、人類は史上初めて鳥類の様に、空中での感覚的自由を獲得出来るかも知れない。
さらに、彼は考える。機体各所にスリッパー・クラッチを実装する事を前提で、まったく新しいコンセプトの飛行機を開発出来れば・・・もっと面白い事になると。
ただし、現在揃える事が出来る素材で、彼の夢想が"組める"かどうかは、いくつかの問題が未解決だ。素材は基本的に強度を上げれば弾力性が下がり、その結果は定格使用可能期間がどんどん縮む。鋳鉄や錬鉄に対する鋼の様な、ちょっとした変化で劇的に運用幅の広い素材の発見・開発が前提となっている。
もし、飛行機の姿勢が変わってバランスが崩れれば、想定外の箇所に、想定外の強い遠心力(慣性力)が発生するだろう。そこに、想定外の風圧が、想定外の風圧(プラスだけでなくマイナス方向にも)が加わる。機体強度の計算にはスーパー・コンピューターの長時間の専有が不可欠となるだろう。それらを考慮すれば、一周してスリッパー・クラッチの更なる高性能化まで要求されてしまうだろう。
例えば、ガンダムを設計する場合、膝から下の素材・・・どうしたら良い物か。重い全身を支えながら、さらに二足走行したり、飛んだり跳ねたりした後始末のサスペション機能まで望むなんて無茶である。
高層ビルや宇宙機向けの多段式打ち上げロケットの様に、上部へ移行する度に構造限界を軽く設定するのも一つの解決策だが、そうなるとザク・マシンガンの弾を弾き返すほどの装甲の実装は不可能だ(頭部に至っては「張り子の虎」みたいな事になりそうだ)。いや、だからこその新素材の裏設定か。なるほど。
ただし、技本の技術士官・毛利一佐は、ラーメン滋郎・松戸駅前店の行列で偶然に出くわした津田沼の思い付きを、食後にファミレス「Loyal Post」の禁煙テーブルで聞かされて以来、漠然とした興味を示しているらしい。もしかしたら、そう遠くない未来に、そう言う何かが実現してしまう、のかも知れない。
世界は常に変わりつつある。もちろん、それがどっちの方向に進んでいるかには無頓着であるが。実際、価値観や人的階級が変化せす静止している社会とは「安定した死を迎えたコミュニティー」の同異義語である。




