2037年6月4日、PM4:30、セブン・イレブンFS航空自衛軍百里基地店
葉子ちゃんがセブンイレブンの麻婆マン(肉饅頭の一種)を食べたいと言うので、私は学校から一番近いセブンイレブンまでやって来た。
実はそれはセブン・イレブン小美玉下吉影店じゃない。万条 菖蒲が毎日利用しているバス停のある三叉路の店ではない。実は、その手前、百里基地の中にセブン・イレブンFS航空自衛軍百里基地店があるのだ。
葉子ちゃんと私は、以前に松本の相田さんと一緒に朝霧和紗さんに会いに百里基地を訪れた事がある。そして、その時のパスがまだ有効なので、私達は自由に出入りできる。実は、それを先日、相田さんから伝言を預かって来てくれたチーちゃんから教えてもらったので、今日はわざわざそれを試してみたわけだ。
すると、案ずるより産むが易し。私の擬体IDコードをセキュリティ・サーバーに照会するとかなり上位のパスが登録されていたらしい。入り口の歩哨さんは「制服姿の女子高生が何故?」 と驚いていたけれど、それですんなりと中に入れてくれた。
そして、そこでセブン・イレブンへの行き方を教えてもらった。申請した来訪の目的だってそれだったし。全然怪しくないよ。
セブン・イレブンFS航空自衛軍百里基地店はすぐに見つかった。しかし、雑誌コーナーに見知ったガイジンのオッサンがいた。少し頭が禿上がって、髪の毛を後ろに流していて、目が大きくて、丸顔で、とどめに口髭。どう見ても交換教師プログラムでウチの学校にやって来たハリー・ブライアント先生だった。しかも、少年漫画週刊誌を立ち読みしてる。
「Hello, Mr. Bryant!」
ハリー・ブライアント先生が振り向く。私を認識する。マンガを棚に戻して挨拶を返す。イートインコーナーでコーヒーでも飲もうと言う話になった。先生の奢りで100円コーヒーを自動販売機で2カップ入れる。私の方は赤いライン入りカップ=擬体用だけどね。
「ボク、以前は合衆国海兵隊にいたんだよね」
ハリー・ブライアント先生はそんなネタから会話を始めた。しかも、その次の話は朝間ナヲミの度肝を抜いた。
「で、合衆国のどの機関かは判らないけれど、君にすんごい興味があるみたいなんだよ」
何も隠す気がないと言うのだろうか。困ったものだ。そこで彼女は一つの事に気が付いた。
ーーーあれ、私達は日本語で会話している?
「海兵隊の地上部隊にいたんだよ。でも海兵襲撃連隊(Marine Raiders)みたいなスゴイ部隊じゃあないんだ。でも第232海兵戦闘攻撃中隊とは知らない仲でもないかな」
「へー、そうなんですか・・・」
私としては何か微妙である。だって、合衆国から追い出された私と、ちょっと前まで合衆国のために戦地で活躍していた人ってのは、なんか組み合わせ悪いでしょ。バリバリの愛国者だったりすると、怒られてしまうかも知れない。
しかし、私の心配を余所に先生は話しを一方的に続ける。
「ボクが今カナダ国籍になったのはね、両足が義足になっちゃったからなんだよ。ボクの身体は合衆国の法律では機械化の割合を超過しちゃってるんだ。傷痍軍人だから許可は出るんだけどね、それは間違ってると感じてカナダに移住したんだ」
「はー」
「間違ってるって言うのは、合衆国政府がだよ。傷痍軍人だろうと、民間人だろうと、身体部位の欠損は自己の尊厳を保つ上で大きな障害になる。それなのに、機械化比率の割合を傷痍軍人と民間人で隔てるって知ったら無性に腹が立ってね」
「ですかー」
「サンフランシスコでの一件は知っているよ。それ以来、ボクはずっと君と会ってみたいと思っていたんだ」
「うーん・・・」
「ボクは合衆国の何処の機関からは判らないけれど、君へのメッセージと託されているんだよ」
「どんなメッセージですか?」
何か心がうずく。何か、未だに消化し切れていない悪い食べ物がお腹の中でぐるぐると暴れているみたいに、嫌な気分だ。
「もし、帰国してサイボーグ開発に参加するなら長期滞在ビザを与える。技術開発への貢献次第では新たに国籍も与える、だってさ。どうする?」
私は即答した。考えるまでもなかった。
「合衆国へは行きません。合衆国へ帰れるって訳で無く、中南米とか南の諸島から農場に働きに来る人向けの「H-1Bビザ」を出すって訳なんですよね。それ聞いたら、この先もずっと合衆国へは行きたくないです」
それを聞いたハリー・ブライアント先生も両腕を組んで相鎚を打つ。
「そうだよね。ボクもこのずいぶん失礼な話じゃないかと思うんだよ。ボクとしても"非移民労働者"扱いで帰国するのはオススメ出来ないな」
それを聞くと私にとってのハリー・ブライアント先生のポジションが良く分からなくなった。
「先生は私を連れて帰る役って訳じゃないんですか?」
先生は少し驚いたと言うジェスチャーを過剰に演出して応えた。
「さっきのメッセージを伝えればボクの役目は終了さ。これで"ギリ"は果たしたと言うところなんだ」
「誰への義理ですか?」
「ボクをカナダの公立高校の教師になるために推薦してくれた、軍人時代の恩人にだよ。彼もこの件に関してはボクと同じ意見を持っていた。だけれど、仕事だから、とボクに依頼して来た」
先生は口髭を気にして、カップのタブを取らずに、飲み口を軽く押しながらコーヒーを啜る。
「君を追い出した合衆国の不寛容ってのは、実は合衆国社会の多様な価値観の負の面が間違って漏れ出てしまったに過ぎない。だから、君みたいな人達を影ながら応援している人達も居ないわけじゃ無い、と知っておいて欲しい。実際に、あれだけの騒ぎの後に日本へ亡命した君に対して理解しろと言うのは難しいだろうけど」
「流石に対物ライフルでホールドアップされた身としては無理ですよ」
先生、溜息。少し、合衆国に対する苛つきが本音混じりに滲み出てくる。
「合衆国も馬鹿な事をしたよなあ。君みたいな人材は、これからの合衆国社会にも必要不可欠な筈だんだ。しかし、不寛容でヒステリックに追い出してしまった。サイバーを軍事利用とか逆に国防上の脅威しか考えていないからこうなってしまうんだ」
「良く分かりませんが、私は合衆国を好きになるのは無理でも、先生の事なら好きになれそうです」
そう言ってから私は自分で自分が言った事に対して驚いた。こんなに素早く、警戒すべき相手に対するガードを降ろすとは意外過ぎた。
「ありがとう。おそらく何の力にもなれないだろうけど、君が素直で良い子だと、私の恩人に伝える事にするよ」
そう言うと先生はイートインコーナーの椅子から立ち上がる。
「暗くなる前に帰った方が良いよ」
気が付くとPM6時前になっていた。夏至に向かっているとは言え、まだこの時期はPM7時なっても残照が残っているという事はない。良く気が付く人だと思って感謝を示す。
「機会があったら、第232海兵戦闘攻撃中隊のサイボーグ達も紹介したかったんだけど、今はまだその時期じゃなさそうだな」
葉子ちゃん用の麻婆マンを買いながら応えた。
「そうですね。今じゃ私は不機嫌な顔しか見せられそうになので、いつかあの日の出来事が笑って話せるようになったらお願いします」
「そりゃそうだ。ごもっとも!」
門の所まで送ってくれて、敷地内から手を振る先生に私も手を振り返す。
そして、誰もいない基地周回道を歩きながら、考えた。
合衆国には私の居場所は微塵もないと考えていた。しかし、先生の話を聞くと、案外そうでもないのかも知れない。
しかし、それでも今は帰りたくない。何故なら、葉子ちゃんが日本にいるからだ。彼女と離れて故郷へ帰る事は、今の私には重要な優先事項ではない。むしろ、彼女と一緒に居るために合衆国でなく、日本の長期ビザが欲しい。それこそが切実な願いだ。
でも・・・もし、将来、葉子ちゃんを連れて合衆国に行って、私の故郷を見せてあげられたら、それはそれで嬉しい事になるな。
暗い夜道を歩いていると、すぐに学校の校門に着いた。校門を通り抜けて、寮エリアに向かうと外灯の下に葉子ちゃんが立っているのが見えた。
「葉子ちゃんただいまー」
「どうしたの? 遅かったじゃ無い。スマホも持っていかなかったから・・・」
「心配してくれた?」
「悪い人に連れて行かれちゃったかもってさ」
「私はそんな子供じゃないよ」
「子供はちゃんと暗くなる前に帰ってきます!」
「はーい」
私は遅くなっていまったけれど、葉子姫が所望した品を手渡した。
「これは夜食に回そう。もうご飯の時間だよ」
「擬体、新しくなったら、ご飯の味が前よりも良く分かる様になったんだよ」
「いくら食べても太らないのは良いねえ」
「大丈夫。葉子ちゃんなら豚になっても愛してあげるから」
「その時はヨロシクね。ならないように努力はするけどさ」
「そう言えば朝間先生から段ボール箱が届いてるよ」
「え? アサマ先生から? 何だろうね?」
そんな何気ない(?)会話をしていると、もう帰国の事なんかどうでも良くなっている自分がいる事に気付いた。
もう、"ここ"が自分の居る場所だと思い始めているんだと自覚し始める。そして、私が帰る場所って言う"ここ"は、会津や、魚沼や、小美玉などの「土地」とか「社会」ではないと言う事も。
つまり、私は"ここ"、葉子ちゃんの横にずっと居たいんだなあ、と。




