2037年6月1日、PM4:30、茨城国際空港・展望デッキ
エア・カナダAC006便、モントリオール発・茨城国際空港行き直行便の予定された到着時間はPM4:30だった。スマホ・アプリのフライトレーダーに依れば、対象機はすでに霞ヶ浦上空に到達しているのが判った。しかし、そこでもう反時計回りに転してしばらく上空待機する気配だった。
それは茨城国際空港の滑走路の隣にある百里基地滑走路の上で、F-35Cb"スーパー・ライトニングII"戦闘機がバレル・ロールを披露しているからだ。地上から高度200フィートは取っているが、それでも操縦スティックの操作を僅かでも誤れば3/4の確率で滑走路に突っ込む事になる。かなり難易度と危険度が高い展示飛行だ。
まさか海兵隊員達にやんちゃに刺激されて、エア・カナダAC006便も、伝説のダッシュエイティ(ボーイング367-80)の様に高速度低空飛行でバレル・ロールに挑戦するんじゃ無いだろうかと、少しばかり不安になる。
合衆国海兵隊所属の男達は本当に命知らずだ(この件に関しては定評がある)。それが空港の展望デッキで第232海兵戦闘攻撃中隊(VMFA-232)レッドデビルズの曲芸飛行を見守る、朝間ナヲミの率直な感想だった。
レッドデビルズには複数のサイボーグ達が在籍している。彼らには複座式のF-35CbB"スーパー・ライトニングII"の後部座席が与えられている。それは航法士官や電子妨害士官(ECMO)としての活躍が期待されているわけではなく、緊急時に僚機の操縦面のバックアップや僚機が収集する情報の評価を行うというクリティカルな事態に対応するためだ。当然ながら、サイバーである彼らには「機長」と言う機の優先操作権が与えられていた(もちろん、フライバイワイア機を直接操作する電子飛行資格も持っている)。
日本の空を十分に満喫したのか、レッドデビルズはそれぞれ二機編隊を作って、ものすごく短い間隔で連続着陸を始めた。多分、百里基地管制官は呆れてるだろうな、と直感した。管制室は展望デッキから見えるか、夕日の反射で硝子で囲まれた室内の様子は見て取れない。しかし、世界各地を転戦して回っているパイロット達にとって、そういう"管制されない機動"は日常的なものなんだろうな、と納得出来た。
エア・カナダAC006便への着陸許可が出た様だ。太平洋上空に居たボーイング787-1900が進路をこちらに向けた。
交換教師プラグラムで我が校にやって来る、ハリー・ブライアント先生がAC006に搭乗している。朝間ナヲミは、生徒会長代理の万条 菖蒲や教頭先生達と一緒に茨城国際空港まで出迎えに出て来ていた。もちろん、通訳能力を期待されての事だ。
ハリー・ブライアント先生の来日に漕ぎ着けるまでは大変だった。合衆国式サイボーグだった彼の整備・調整や緊急時の治療に対応できる医療機関がなかった事から、丁度、偶然に学校のすぐ近くの百里基地に滞在する予定の合衆国海兵隊・医療部隊が医療負担を引き受けを表明してくれた。
第232海兵戦闘攻撃中隊(VMFA-232)レッドデビルズにも複数のサイボーグ隊員が在籍している。戦闘機と同じ様に彼らの機械部位も「整備」される必要があるので、サイバー対応医療部隊が存在する事に不自然な点はない。しかし、そんな彼らが同盟国とは言え、カナダ人のために便宜を図ると言う。
「あまりに出来過ぎている」
と言うのが、万条 菖蒲と朝間ナヲミが共に得た共通認識だった(ただし、お互いに話し合ってはいない)。しかし、そうであってもハリー・ブライアント先生が背負っている義援金は、今後再建を予定している私立会津高校にとって無視できない額でもあった。もし、誰かが悪巧みをしているといたら、明らかに足下を見られていたに違いない。
しかし、朝間ナヲミとしては「毒を喰らば皿までも」と言うドクトリンで行動して見ようと思った。何と言っても、彼女にとってホームと言えるものは、今は瓦礫と化している私立会津高校ただ一つしか無かったからだ。だから、何としてでも再建しなくてはならない。
それは生まれ育った国を追われた彼女にとっては、アイデンティティー確立上の問題でもあった。こればかりは、生活環境を喪失する"瀬戸際"に立たされると言う究極の不幸を経験した者にしか解らない感覚だ。
それに・・・朝間ナヲミとしては、自分を取り巻く状況を自分が一番良く理解していない、と言うのは不愉快だ。擬体が新しくなってからイロイロあった。朝霧和紗と会って以後、一旦収束はしてたが、彼女の擬体制御のバックドアを探してウロウロするやんちゃな電波は、一体何だったのだろう? と考えてしまう。
だから、せめて、それらの悪戯をしかけた人達の意図ぐらいは探ってみたいと考えていたのだ。
たかが、民間メーカーが試作した「X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体」なんかに、あれほどの人数が動くほどの情報的価値があるとは思えなかった。だったら、その価値が何に対して査定されていたのかを知りたくもあった。
ボーイング787-1900が滑走路南側から着陸した。ランディング・ギアが滑走路に接地した瞬間に、ぼわっと白い煙が上がる。その様を眺めながら朝間ナヲミは考える。
ーーー鬼が出るか蛇が出るか?
それとも
ーーー鬼が出るか仏が出るか?
まずは、本人に会ってみなければならない。あちらはあちらで何らかの用があるなら、それを望むだろう。
そこで突然に思い出した。松本の相田さんは、このイベントについて何か知っているんだろうか? もし知っていて何も伝えてこないなら、火傷しても大した被害は負わないだろう。
それとも・・・と、朝間ナオミは、ハっとして真上を向く。もしかして、また誰かが衛星軌道からこちらを観察しているのではないだろうか? と空に向かって目を凝らした。どう言うわけか、何処からか判らないのだが、強い好奇心が込もった視線を感じるのだ。
その主が誰であるのかは、まったく見当が付かなかったが・・・。




