2037年5月25日(月)、PM4:00、私立会津高校・小美玉校屋上、仮設生徒会室
茨城県、小美玉市、航空自衛軍、百里基地は、かなり"ご無沙汰"なお客さん達を迎える事となった。
それは合衆国海兵隊所属、第232海兵戦闘攻撃中隊(VMFA-232)レッドデビルズだ。F-35Cb"スーパー・ライトニングII"戦闘機を操る第12海兵航空群(MAG-12)の一員で、2017年に当地で行われた訓練移転(Aviation Training Relocation:ATR)以来の訪問となる。
彼らは、カリフォルニア州ミラマー基地をフェリー仕様で飛び立ち、岩国基地で仕様変更プログラムを受け、茨城国際空港の隣人である航空自衛軍・百里基地へと着陸すると発表されていた。また、当地での訓練機関は2週間が予定され、航空自衛軍第7航空団・第301飛行隊などの人員達との交流を促進するなどの行事も同時に行われるとの事だ。
しかし、私立会津高校・小美玉校の生徒会としてはそんな事はどうでも良かった。航空自衛軍の騒音問題? 自分達またはその友人達を瓦礫の下から掘り出して命を救ってくれた相手に対して、文句を付けようと言う不届き者は校内にはいなかった。
彼ら、特に生徒会の面々にはそんな事よりも、そのなんとか訓練と同じタイミングで、英連邦王国の一員とされるカナダのなんたら言う教育組織から、交換教師プラグラムを申し込まれた事の方が、重要な議題だった。特に、生徒会長代理の万条 菖蒲にとっては何が何でもまとめなければならない案件だった。
「ハリー・ブライアント先生、レジャイナ市の公立高校の日本語教師、年齢35歳、男性」
「で、なんでそんなに急ぎなんですか?」
「カナダ側は夏休み前が年度末にあたり、その日までに予算を消費しないと来年度に持ち越されてしまうので、その前に使い切りたいんだとか」
「なんでウチの学校なの?」
「会津大震災の支援の一環だとか。彼を受け入れると、その支援目的の寄付金も同時に送金される仕組みになってる」
「断る理由ないじゃん」
「問題は受け入れ施設よ。彼、擬体・・・じゃなく、あっちの分類では合法サイボーグなの。学費を稼ぐために軍に入って、戦闘時の負傷してそれからは両足が義足なの。今、常陸利根川病院にサポートを打診してるけど、どう言う訳か色良い返事が返って来ないのよ」
「で、どうするの?」
「今、天叢雲会病院を通じて再度依頼中」
「その間にできる事は?」
「受け入れ表明する時に、彼が参加する授業などのプログラムを同時発表出来る様にする事。それと、寄付金を会津に建てる新校舎専用と言う制約議題を通過させる事」
「小美玉校に使っちゃ駄目なの?」
「今は会津につぎ込まないと駄目。一円も無駄に出来ない。小美玉市には悪いけれど、背に腹は代えられない」
「まっ、そうだよねー」
しかし、と万条 菖蒲は一つ気が付いていながら、口に出せない事があった。交換教師プラグラムと米海兵隊による訓練移転時期の偶然の一致がそれだ。ハリー・ブライアント先生は、カナダ国籍ではあるけれど、合衆国の軍隊が訓練移転中に学校にやって来て、訓練移転中に帰国する事になる。そう言う目立つ些細な一致は偶然ではなく、必然と考えておかなければ足下を掬われがちだ。少なくとも彼女は、両親の中一人しか残されていない父の方からそう言った教育を受けていた。
しかも、だ。調べてみると、米海兵隊による百里基地での訓練移転は、同じ第7航空団でも、過去に交流プログラムを実施した第302飛行隊が宮城県の松本に移動してから、20年以上も行われていなかった。にも拘わらず、突然にこのタイミングで復活させるというのは引っ掛かるものがあった。普通なら、何度も共同訓練を実施した第7航空団でも第302飛行隊の方を頼って、松本基地の方で行うんじゃないだろうか、と(今、百里基地の戦闘部隊は第301飛行隊に入れ替わっている)。
結論からすれば、理由は分からないが、もし誰かが悪巧みをしているなら、目的は松本に移った「第7航空団の第302飛行隊」ではなく、今は新しい住民「第7航空団の第301飛行隊」が転居済みの「百里基地」の方である事が推測出来た。人より場所。しかし、誰が、何のために、と言う一番大切な「理由」は全く見当が付かない。
こんな事を考え続けると、眉間に皺が寄ってしまう。最近は、妹達も「ねーねーはわるいひとのかおになった」と言い出す始末だ。いけない、いけない、と頬を叩いて気合いを入れ直す。
そこで腕時計のアラームが鳴った。スマホやスマートウオッチではなく、カシオ製の腕時計だった。時間を確認するとPM4:00だ。
「そういう事。明日に評決採るから、アイデアがあったら事前の討議で出してみて」
そして、荷物を鞄の中にまとめ始める。
「お迎えですか?」
「そう、妹達のね。ごめん、後片付けよろしく」
「了解です。万条閣下!」
席から立ち上がって、困った顔をして、それでいて笑ってはいる。
「やめてよ。そういうの今は冗談になってないから」
万条 菖蒲は、瓦礫に埋もれて還らぬ人となってしまった先代生徒会長の跡目を、選挙戦抜きで継いだ。すべては学校運営側が予め定めてあった「非常時校令」に則った処置で、生徒である万条 菖蒲には非は無い。しかし、それは不安定化していた生徒達の群衆心理としては、ヒステリーのぶつけ先として最適な標的となった。
実際、新生生徒会に対する生徒からの評判は芳しくなかった。震災後に必要に応じてとは言え、生徒会長代理が率先して強権を発動して、電光石火で重要議題の即日通過を重ねていれば、『独裁者』などと陰口を叩かれても仕方がない。
万条 菖蒲自身としては、2037年度早々に行われる生徒会選挙で万全の選挙戦を行って、高い支持を得て学校にドラマ性とは縁の無い安定運営をもたらす気でいた。しかし、急激な状況の変化はそれを許さなかった。だから、承知の上で火中の栗を拾った。しかも、素手で。例え、どれだけ不評であっても、今は不安定な私立会津高校という組織に対して、会津への帰還の道筋を揺るぎない形で成立させる事が先決と判断していた。
「大丈夫。私が消えても、道筋さえ決めておけば後は惰性で前へ進める」
これが最近、万条 菖蒲がバスタブの中で頻りに繰り返している口癖だった。
2037年5月の段階では、多くの生徒には理解できなかっただろうが、独自に予算的な裏付けを確保できなければ、私立会津高校の過去の規模での再建は保証されたものではなかった。何故なら復旧・復元の優先度が決して高く見積もれなかったからだ。
だから、まずは、私立会津高校が、補助金の配分にぶら下がる事なく、単体で再建資金を低くない割合で調達できる事を内外に示す必要があった。
つまり、私立会津高校が会津復興のアイコンとなるなど、資金集めの点でも会津社会にとって有益な「道化師」である事を示せなければ、早々に切り捨てられるかも知れないと言う状況を的確に認識していたのだ。
万条 菖蒲は、折りたたみ式の自転車を組み立てて、直ちに学校敷地から出た。色々な難題で頭の中は一杯だが、今だけはそれらを忘れるべく本気で自転車のペダルを漕ぐ。その成果で、百里基地正面門付近の複合カーブをものスゴイ速度で走り抜けて、2km先にセブン・イレブン小美玉下吉影店の所にあるバス停に辿り着いた。
バス停にはバスがハザード・ランプを焚いて停車していた。万条 菖蒲は大急ぎで、自転車のフレームのロック関節の所を折り曲げて、左脇で抱えてバスに乗り込む。
「いつもすみません」
万条 菖蒲は1分程度の遅刻を詫びた。バスの運転手は、客室中央の所定位置に、自転車のロープ固定が終わった事をバックミラーで確認すると何も応えずに発射ブザーを鳴らした。このバスに乗り遅れると、彼女はさらに、新鉾田駅まで自転車を必死で漕ぐ事になる(実は魚沼最終日に通信販売で買ったばかりの自転車だと言うのに、既にタイヤのスリップゾーンが出かけているほど走り込んでいる)。
新鉾田駅行きのバス運転手は、約一週間前、ものすごい速度で自転車を漕ぐ彼女に右車線から、ぶっちぎられた。それ以来、バスは多少は定刻時間を過ぎても、セブン・イレブン小美玉下吉影店前停留所で待っていてくれる様になった。
なお、万条 菖蒲は、自転車に乗るときはスカートの下にジャージを履いている。




