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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第二章「翔」
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2037年4月29日(水)、AM10:30、茨城県、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線、北浦湖畔駅

「良い眺めだねー」

「良い駅だねー」


 今日は、休日、昭和の日。ゴールデンウィークという大型連休が始まった。


 私達は今、鹿島臨海鉄道・大洗鹿島線、北浦湖畔駅のプラットホームに立っている。


 ここは土手のような高台に位置する無人駅。高台を貫いて山の向こうへ抜ける鉄道隧道へアクセスするために、勾配率を抑えながら徐々に標高を稼ぐために設けられたみたいだ。この程度の坂道なら車輪をレールに押し付ける効率が悪い軽量車両であっても、粘着率を考慮せずに自由に進行ができるだろう。


 この駅の利用客にとっては地面との標高差は、何かと不愉快を被る仕掛けに違いなかった。何故なら、この駅のプラットホームの往来には、ほぼビルの三階分に相当する高低差を、歩道橋の様な階段を使って克服しなくてはならないからだ(若者には苦にはならないだろうが、年配者には辛いはずだ)。


 しかし、それは通りすがりの女子高生達には愉快を演出する仕掛けにもなった。その標高差の御陰で、駅のプラットホームから、目の前の北浦とその手前の田園風景を直接に目の当たりにできる。


 その様はなかなかの絶景だ。水を引いたばかりの真新しい田園、昨年に枯れて乾燥したまま生えている葦、その向こうの巨大な水溜まり、さらに対岸の街まで一望できる。そして、その空は晴れ渡り、もっと暖かくなれば山へ帰ってしまう雲雀(ひばり)やオオヨシキリなどの旅する小鳥達が、やかましいほどの音量で鳴き狂っている。


 実に長閑(のどか)だ。会津の春をまだ体験していなかった私にとって、これが初めて過ごす日本の春だった。


 駅の背後は山、というか丘っぽい高台だ。高台の上には小学校が建つが、土曜日なので子供達の騒ぐ声は聞こえない。


 鹿島臨海鉄道・大洗鹿島線をそこから海側へ進むと直ちに上り勾配のトンネルを潜る事になる。そして、私達の新しい学校、私立会津高校・小美玉分校の方へ進むと、一度地表に降りてから、再び高架線へと昇ってJR東日本の常磐線・水戸駅へと通じている。


 今日は、せっかく関東へ引っ越しして来たので新しい土地を探検してみようと言う葉子ちゃんと一緒に、海まで目指してみる事にした。実は私は日本の海は、飛行機の中からしか見た事がない。会津は内陸だし、新潟市は駅前しか訪れなかったので日本海は私とはまだ無縁のままだ。


 北浦湖畔駅周辺は見晴らしが良く、春の日差しがとても暖かく感じる過ごしやすい環境だ。ディーゼル車両の中から目にした北浦に眺めがあまりに素敵だったので、思わず途中下車してしまった。無人駅だし、トイレは構内を出る階段の先にある無料駐車場に併設されているので、無賃下車してしまった気分になる。


 駅の周辺には太陽光発電パネルが多少あるだけで、本当に何もない。コンビニない。喫茶もない。薬屋もない。映画もない。まったぐ若者は私達二人だけで、お年寄り達が数珠を握って空拝む気配だ。バスは一日一度来るなんて事もない。駅前にバス停はない。ただし、成田国際空港行きの路線バス(鹿島で客扱いする極少数のスジだけ)が線路下の県道を通過して行くのが皮肉だ(ほとんどのバスは国道六号線の東側では客扱いせずに、北浦西側を通過する高速道路で成田国際空港まで直行してしまう)。


 無人駅での無断出入りなんて言う、少しばかりの背徳感に染まる非日常。それでいて充実した長閑(のどか)さ。今の私達には良い"気休め"になる。今はちょっとだけ会津とか擬体とかの事を忘れて、心の擦り傷を少しだけ癒やしたい。いや、正確には、これ以上無いくらいに重くなっている葉子ちゃんの両肩の重みを軽減してあげたい。


「あ、電車来た」

「電車じゃない(笑)」


 水戸方面から草に覆われた土手っぽい坂道のカーブを、一両編成のディーゼル車両がゆっくりと昇って来る。別にエンジンに余力が無いのではなく、坂道を登り切ってすぐに停車する北浦湖畔駅があるので、登り切るまでに余分な慣性力を殺しておく必要がある。だから、運転士さんは長い直線で稼いだ速度を昇り勾配で相殺する気なのだろう。


 一連の作業の流れは、速度エネルギーを位置エネルギーに変換するって事だ。速度エネルギーを失って位置エネルギーを得る。速度を失っただけ標高が高くなる。もし、またこの坂を下るなら、今度は位置エネルギーを消費して、速度エネルギーを取り戻す事も出来る。ただし、作業中に、車輪とレール間と車体の空気抵抗などで生じる摩擦、さらに完全停車時のブレーキの制動で、保持するエネルギーは変換行為の度に僅かながらも失われる。だから、以前と同じ量のエネルギーを取り戻す事は出来ない。


 何事もそんなものだ。二次電池、ポンプ持ち上げ式ダム発電機とか。一般的な話では、どれほど効率的な変換に努めても、つぎ込まれたエネルギーよりやや低下したエネルギー量しか作業後には手元に残らない。しかし、人間への教育と言うエネルギーを投資した場合のみ、どういう理由か不明だけれど、投資したエネルギー量を遥かに超える成果を獲得する、つまり手持ちのエネルギー量が作業後には増加しているなんて言うレアケースが発生する事もある(多くの場合は極めて非効率で、投資したエネルギー量を遥かに見合わない成果しか獲得出来ない輩も多いけどね)。


 エネルギー保存の法則は日常世界に溢れている。エネルギーの「量」と「質」も考慮するべき。


 やべ。また変なこと考え始めてる。葉子ちゃんにバレると怖い。やめたやめた。現実世界に意識を集中させよう。


 今日は折角、念願の「らんどせる」でお洒落して来てるんだし。


 私は、実はずっと長いこと、日本のアニメなどで頻繁に目にする女の子用のランドセルに焦がれていた。でも、全身が機械に置き換えられて目覚めた後で、「「らんどせる」なるアイテム(・・・・)とは小学校を卒業すると同時に卒業するのが慣わし」であると悟らされた。


 正直ショックだった。当時の私でも高校生だったのだ。つまりそれは神託。私はすでに「らんどせる」を背負う事を許されない身である。そうと知らされた。


 擬体を子供サイズに変更すればとも考えたが、それは意味は良く分からないけれど「マニアな世界」の人々の所業なので「あまりオススメ出来ない」とアサマ先生に苦笑されてしまった。


 しかし、震災で九死に一生を得ると言う経験をした私。何か吹っ切れた。もう一度、死ぬ様な体験をする前に「らんどせる」を経験するべきと決断した。


 それで、ブックマークしておいた「工房系」の「らんどせる」を注文してしまった。色はもちろん、真っ赤な奴だ。手縫い&ミシンで本革製。デザインは「昔懐かしいレトロ風」を選んだ。


 合成皮革だと安くて軽いんだけれど、長く()たないらしい。本革製なら、手入れを続ければ一緒物だそうだ? 加水分解なんかしてベタベタは勘弁だよ。


 で、そのおにう(・・・)の「らんどせる」が、今は私の背中にある。擬体が新しくなってセンサー系が大幅にアップグレードされたせいで、本革製の肌触りとか皮の臭いも分かる。


 葉子ちゃんは「かわいいね」と言ってくれた。でも、私はすれ違うたくさんの人達の視線がちょっと気になる。元々、通学中なんかは街中で、金髪のガイジンが高校の制服を着てるんだから、人の目を引くのは分かる。


 そう言うの、特に地方都市が珍しいからね。ガイジンがいるけど、金髪率はとても低い。


(実は、人類の中でも金髪はマイノリティー。合衆国で見かけたなら、高確率で染めていると言う後天的なケースが多い。)


 葉子ちゃんに話したら、それは「引く」ではなく「惹く」だと言った。溜息交じりに。


「金髪、赤いランドセル、とどめに麦わら帽子なんて反則だよ」


 なんか良く分かんなかった。葉子ちゃん曰く、「視線を向けるみんなは、普通では不自然なまでにベタ(コスプレほどに非日常)な、アイテムの取り合わせを着こなしている私に目を奪われてるだけ」だとか。


 そんなもんかな。


 ホームの端で私達は一両編成のディーゼル車両を迎える。車両の中にいる乗客の誰かが私達を人差しで指を向けている。隣にいる人がこっちを向く。視線が合った。表情が驚いているのが見える。


 車両はすぐに通過する。驚いた視線は、完全に通り過ぎるまで私達をロックオンし続けていた。最後の辺りで、あまりに不躾だと気付いたみたいで、少し遠慮気味になった。


 それでもやっぱり、最後まで視線を反らせなかった。


 車両は、私達から見てちょっと後ろの方の、屋根や待合室のある付近で停車した。


 一両編成には長過ぎるプラットホームだ。


 車両からはお年寄りが2組降りて来た。運転士さんが私達が、乗車するのかどうか視線で伺っている。葉子ちゃんが首を横に振る。それを認めると、会釈して、私をチラリと見て微笑んでから、指刺し確認をして発車ベルも無しで動き出した。


 そして、プラットホームは改めて、私達二人だけの居場所へと戻った。


 まあ、悪目立ちしてる訳でも、変人と見られる訳でもない事は理解出来た。


 これはこれで良いか。私はこの「らんどせる」を気に入っている。将来の嫁入り道具にしたいくらい。清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入ボタンを押した甲斐(かい)があると言うものだ。


 そう。買って良かった。貯金はちょっと減ったけれど。


「・・・」


 今日は良い日だ。本当に良い日だ。


 ああ、こんな穏やかな日常がちゃんと戻って来てくれるとか、会津で校舎の瓦礫の下に閉じこめられてる時は願うことすら(はば)られた。私は自分が気を失ってから後に、瓦礫の下で何が起こったのかは、知る余地もなし! だって、葉子ちゃんが、相田さんと百合子さんが私達を掘り起こしてくれる前に起こった事については、何一つ話してくれないから。


 しかし、葉子ちゃんは、あんな息苦しい暗闇の中に、たった一人で取り残されてしまって・・・とても心細かったろう。実に心が痛む。しかし、それ以外の優良な選択が何かあったのか? あれからずいぶん月日が経った今でも良く解らない。


 このタスクをクリアーするルートは果たしてあるのか? 無い。俗に言う『無理ゲー』過ぎるのだ。初期設定が悪すぎて、ゲームの立ち上がり事のプレイすら上級者向け。


 と言っても、私達は再現性の無い手段で何とかピンチ・イベントをクリアー出来た。その要因は本当に幸運だけだった。もし、沢山重なった幸運達の欠片が、たった一つでも欠けていたら、未だに瓦礫の下に埋まっていて、すでに次の輪廻のターンへ入っていた事だろう。


「何考えてるの?」


 葉子ちゃんが心配そうにこちらを見ている。どうやら、少し挙動不審に陥ってしまっていた様だ。さて、上手に誤魔化さないといけない。


「茨城国際空港の延伸計画と鹿島臨海鉄道との接続について」

「何それ?」


 良し、乗って来た。


「都市計画では2023年に、すでに茨城国際空港の環状線計画が決定していたの」

「今は2037年だよ。今日だって茨城国際空港駅から新鉾田駅までバスで来たじゃん」


「コースはJR常磐線の石岡駅を起点にしてJR常磐線の水戸駅を終点にしている。以前に廃止された鹿島鉄道の鉾田駅までの路線を高規格で復活させて、廃止された鉾田駅とさっき乗車して来た新鉾田駅の間に600mの新線を造る計画で成る筈だったんだよ」

「で、10年以上何して来たの? 東関道が北関道と繋がってるから不要と見なされて予算凍結されたの?」


「鹿島鉄道線にまず最初に茨城空港線を盲腸線として敷いたのがトラブルの始まり。上与沢駅まで鉄道を復活させて、空港まで茨城空港線を新設した所で、住民同士が争いを始めたの」

「そんなんで建設止まるの?」


「うん。茨城国際空港迂回南ルート(上与沢駅〜鉾田駅〜新鉾田駅)ではなく、空港北部の人達が茨城国際空港北ルート(上与沢駅〜空港駅〜涸沼駅)を新たに提唱したの。そこに、霞ヶ浦第二橋建設推進派まで関与して来て、激しいバトルになっちゃって今に至るの」

「北ルートは茨城国際空港の"環状線"計画じゃないじゃん」


「そうなんだけどね。一時は合併で誕生した小美玉市の分裂の危機まで生じたんだって」

「それで、ウチの学校はバスでしかアクセス出来ないの?」


「ううん。そうでもない。ウチの学校は今も昔も未来も鉄道駅が近くに出来た過去も出来る予定もない。だから、廃校になってたんだよ。と、言うか茨城国際空港駅が出来たから、それ以前と比べるとだいぶマシになったんだよ」

「でも、一番近いコンビニが百里基地出入り口のはるか彼方のセブンイレブンしかないってもは勘弁して欲しいわ」


「それなら、セイコーマートがウチの学校前に出張店を作ってくれるそうだよ」

「そうなの?」


「今、万条さんはさらに話を進めて、校内の購買所への誘致交渉をしてるって。あと詰めるのは校舎内施設使用の賃貸料とかお金の話だけだってさ」

「何で知ってるのよ?」


「この間の。背あぶり山イベントの借りを返す形で、私が交渉シミュレートを手伝った。病院のスーパーコンピューターで計算させて、10億通りのルートを作ってバッドエンド回避に努めたんだ」

「それじゃ常勝戦略じゃない?」


「ううん。人間の交渉力はたっぱりタフだよ。10億通りのルートの裏を書いてくるんだ。多分無意識でさ」

「そうなんだ」


「結局、最後の詰めは万条さんのパワーに掛かってるんだ」

「あの人はスーパーコンピューターよりスゴイのね」


「結局、機械のパワーで人間の感性を押し切るのは無理らしい」

「違う。それは機械の使い手しだい。ナヲちゃんの新しい擬体だって、ナヲちゃんが宿ったからそんなに素敵なんだよ。万条さんが間接的にスーパーコンピューターを使って交渉を有利に進めて、最後に本人が人力でまとめ上げるんだ。これは人と機械の協業なんじゃないかな」


 葉子ちゃんはスゴイ目力でこっちを見てる。もしかしたら何か怒らせたかな?


「ごめん。何か気に障った?」


 私は葉子ちゃんと話の流れを取り直したかった。しかし、どうしたたら良いのか分からない。多分、スーパーコンピューターの演算でも、完璧な答えは出せそうにないと思った。だから、自分で考えた。で、お手上げだったから兎に角、謝るにした。


「こっちこそ、ごめん。なんか、頑張ってるのに、それでいて気弱になってるナヲちゃんが許せなかった」


 葉子ちゃん、私の左手を握って、頭を左腕に沿わせた。どうやら、私の選択は間違いではなかったらしい。私の事を自分の事のように怒ってくれた、という事なんだろうな。それはそれで嬉しい。


 私はこの()と一つでありたい、それだけを願っている。私はこの願いを何時自覚したのはか分からない。擬体処理の過去ログを丹念に見返しても判明しない。


 時々その事を考えると、かなり以前から存在していない筈の胸の内側が本当に痛くなる(間違いなく錯覚だ)。何かにその想いを暴力的にぶつけたくなる事すらある。そういう衝動的な抑制の効かない盛り上がりは、新しい擬体になってからとても顕著に表れる様になった。もしかしたら、今までは深層心理に隠れていた何かが、壁を突き破って表層心理にも関与する様になったのだろうか?


 ちょっと怖い。いつか、私は思わず、葉子ちゃんを傷つけてしまう事があるかも知れない。だったら、私は自制がまだ行く今のうちに離れて於いた方が良いんじゃないだろうか?


「痛いっ」

 葉子ちゃんが私に手の甲を本気で(つね)った。


「何か(ろく)()もない事考えてるでしょ?」


 私はぞっとした。全て見抜かれている。


「例えば、私の元から消えようとか、身を引こうとか・・・」


 この目の前にある二つの瞳は、私の義眼と違ってネットには接続されてないし、第二小脳を通じて外部記憶の膨大な情報力の補助を受けている訳でもない。まして、私が大好きなチート解決方法を支えてくれている、病院地下のスーパーコンピューターによる超高速演算に支えられ居る訳でもない。しかし、私以上に私の事を早く悟って、それを正す事が出来る。


「絶対に許さないからね。そんな事」


 私は、驚いた。目前に何故か『朝霧和紗さん』が居るかのような感覚に襲われた。正確には『朝霧和紗さん』が背負っていた、ものすごいパワーとしか形容し(がた)い優しさを伴う迫力だ。これを前にすると、私は何故か抗えない。私にでは無く、相手の方にこそ絶対的な正しさがある、と全面的に降伏しくなる衝動に駆られるのだ。


 きっと、日本の人はこれを『神懸かる』と言うのでは無いだろうかと閃いた。つまり、今、葉子ちゃんが口にする事は神託であり、人ですら無いかも知れない、か弱い私はただ従うしかないのだ。


「そう。良くない事考えていた」

 私は降参する事にした。


「でもその考えは捨てた。浅はかだったし、間違っていたから」

 そう言えば、私は一人じゃ無かったんだ。その事を今思い出したよ。


「私の魂は揺らぐ事なく、葉子ちゃんの横に立ち続けるよ」

 それを伝えてから、私は葉子ちゃんを抱きしめてキスをしようとした。


 しかし、そこで思わぬ徹底抗戦を受けた。まだ怒っているのだろうか、と戸惑うと、葉子ちゃんが暴れながら叫んだ。


「ちょっと。まった。すとっぷ。電車っ! 電車来たっ! 来たっ!」


 へ???


 我に返ると、背後の坂を鉄道車両が上って近付いてくる音がした。驚いていると、鉄道車両がプラットホームに入線して来た。そして、ちょっと離れた階段付に停車して、客扱い無しで(ただ)ちにトンネルに向かって走り去ってしあまった。まるで、恐縮しながら「お邪魔しました」と詫びながら去って行ったみたいだった。


 あっけに取られる私を余所に、日常は行ったり来たりする。何だか、いろんな事を考えるのが馬鹿らしくなってきた。何処からと無く笑いが込み上げて来た。


「ごめんね、葉子ちゃん」

「ううん。私こそごめん。まだ人に見られるのは慣れなくて・・・」


 真っ赤な顔をしながら、すまなそうに(ちぢ)こまっている、葉子ちゃんが可愛い。一瞬で、お互いの立場が完全に入れ替わってしまった。きっと私の悩みもこうやって、悩みから笑いに入れ替わる未来あるのかも知れない。そんな風に楽天的に考えてもいいじゃないか、本気でそう思えて来た。


「ねえ、湖畔を歩いてみようよ」

 私は葉子ちゃんに提案した。葉子ちゃんは一言も喋らず、手を(つな)ぎ直して私を湖畔の方へと引っ張り始めた。


 どうやら、この選択は大正解だった様だ。対人戦略とか、もしかしたら機械のサポートなんかに頼らず、素直に腹を割って本音で話し合ってみた方が上手く行くのかも知れない。


 そう考えながら、葉子ちゃんに従って湖畔へ向かって階段を下り始めた。背中にある赤い「らんどせる」を、少しだけカチャカチャと鳴らしながら。

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