インターミッション *〜● 02
〜 Little bits about Morimoto's consideration.
2032年、合衆国ワシントン州タコマ、Pacific Lutheran Universityの日系合衆国人教授、サイコロジーのProf. Morimotoが発表した論文(paper)の事はご存知だろうか?
それは日本型サイボーグ「擬体」の環境で見られる人格発育の傾向に付いて書かれた考察だ。
序文(Introduction)は、人間と擬体における情報インプット環境、インプット量の両面に生じる格差に関する考察から始まる。だが、結論(Conclusion)では、五感(触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚)以外の肉体を通じた環境情報の取得の量と質の面での隔たりを示唆していた。なお、それは第六感などと言う神秘的な感覚の有無を論じてはいない。
論文に内容を掻い摘まむと、「デバイスとしての五感センサーの進歩だけでは、行き着くところまで高性能化されたとしても、擬体による生身の完全な摸倣は不可能」と言う主旨になる。
脳が受容する情報量は擬体より生身の方がずっと多い。しかし、その程度の差は格差の決定打とはなり得ないと言う。面白いのは、脳が生身を通して受容する情報の中には、五感由来ではないと思われるものが約三割を締めていると推定されている事だ。
特に5歳までに限定すれば、発育中の五感の感度が悪い事も相まって、約五割に到達するほどに多くの出所不明の情報が脳に送り込まれている。
そして、その情報の内容は現状では明らかになっていない。ただ、脳の活動を観察する事で、まるで宇宙論の仮説内に登場するダークマターの様な、"観測不能な質量"的な、どこから受容されたのか判らない情報が処理されている事だけは確認されている。早い話良く分からない何かが存在しているかも知れない、と言う概念である。
人類が共生の道具として頼り切っている、高度に発達した言語野を通じては認識出来ない、21世紀の人類の常識を超える情報収集手段を利用している可能性もある。つまり、感じる前にまず考えようとする、自然の摂理から徐々に離脱しつつある人間は、それを直接的に観測する手段を失ってしまっているのかも知れない。恩恵をしっかりと受けながらも。
でなければ逆に、人間の精神は、その感覚を説明する高みまで至っていないのかも知れない。
しかしながら、すべてが「知れない( I'm afraid that it might be )」と言うわけでは無い。
この一連の現象は人間が体感することさえ出来ないが、数値化/グラフ化する事で間接的に確認されている。ダークマターと同様に、その様な観測出来ない何かが無ければ、脳が処理している情報量の説明が付かないのだ。だから、彼は「あるに違いない( It's supposed to be )」と推測した。
その推測は、あくまでも客観的な観察結果から導き出された。決して、神秘的な教義で伝えられている秘技や預言を通じて獲得出来た直感とは違う。もちろん、未来を示した予言書から聖なる啓示を受けたわけでも無い。分別豊かな知性がもたらした一つの仮説に過ぎないのだ。
Prof. Morimotoが一連の観測結果を考察する事で、閃きながらも、最後まで証明出来ずにいた推察は、おそらくこうだ。
人間を人間たらしめているのは、幼児が5歳まで取得する約五割にまで出所不明の環境情報なのではないか。
これを発表した翌年、Prof. Morimotoはこの論文を撤回している。理由は、一身上の都合だ。おそらく、利権団体による巨大な圧力があったのだろう。そして、その後、シアトルのSeatle Pacific Universityへと移動し、そのキャリアを終了した。
なお、彼は生涯、日本語を学ぶ事は無かった。それは若い頃に受けた外科手術の後遺症で、発音面で軽度の障害を負っていたからではないかと言われている。
Prof. Morimotoの論文は多くの人々の注目を集めた。しかし、西洋の学会ではそれが災いとなって、即座に検索エンジンの取り扱い対象から外されてしまった。それは何故か? 社会的見地から判断して、絶対的に好ましくなかったからである。
しかし、日本、特に会津地方の研究者の間では、その後も重要視され続けた。何故なら、ほぼ同時に、日本の擬体社会の重要人物の一人、医学博士・朝間もまた、ほぼ同じ主旨の論文を発表していたからだ。
ただし、朝間は幼児が5歳まで取得する約五割にまで出所不明の情報を「環境情報」とは定義しなかった。彼は、それが人類の無意識情報空間からのダウンロードであると言う大胆で果敢な仮説を提唱していた。
曰く、人間に限らず、ある一定の生理機能を獲得した生命であれば、その種が共有すべき情報をバンクする領域を発生させ、命が成立した段階(受精または受精卵の着床)頃から、その種がその時の環境に相応しい身の振り方のテンプレートを受信し始めているのではないか、だ。
そして、朝間の論文の結論(Conclusion)は、さらに踏み込んだ可能性が示唆されていた。それらは、
1)そのテンプレート情報を受信者が取得したものをコピー出来る。
2)そのテンプレート情報を擬体保持者が直接に受信する手段の確立も可能かも知れない。
の二つだ。そして、コピーしたものはペーストも出来るとされていた。
これらの可能性はProf. Morimotoも検討はしていただろう。しかし、彼が属していた社会は、ガリレオ・ガリレイに地動説の撤回を強いた、社会的な制約が極めて顕著な文化圏の主要国として知られていた。何より、進化論を公然と主張する事を、身の危険を感じて憚る賢さが不可欠な地域を広範囲に有する合衆国でもあった。
だから、自分や家族の保身を考えれば、社会的圧力を無視して、それを力業で提唱し続ける事とは、実にデリケートなマターと言わざる得ない。挑戦と言う"気概"の発露は虚栄心を満たしてはくれるだろうが、その代償は、絶対的に無視出来ない破滅や破綻と言う最悪の結果が約束されていた。
もはや、それは勇気ではなく蛮勇の部類に相当する。そういうロマンは若者達に任せておけば良い、"ロック"な生き方なのだ。
何故なら、それが事実なら、人工の身体であっても神の祝福を受けられる事を証明してしまうからだ。カソード系キリスト教団体はことあるごとに「神の祝福を受けるに足りる生命の器は生身だけであって、人形はそれに含まれない」と声明を発していることを忘れてはならない。
そのナーヴァスな問題は宗教問題すら背景に絡んでいる訳だ。だからこそ、破滅とは、探求者の社会的な立場でなく、物理的な生命存続の危機を意味した。もちろん、それは西洋社会に於いてのみ通用する常識であって、アジア文化圏では単なる非常識に過ぎないのだが。
Prof. Morimotoの死後、彼のSMTPサーバーの保存データの中から日本の朝間への送りかけメールが発見された。メールアドレスが一文字間違っていたので、メーラーデモンに食われていたのだ。このミステイクによって、Prof. Morimotoと朝間の間に直接的な交流は生じる事無かった様だ。
メールは、公式には、彼が朝間の公開したデータの引用は多用したので、それに対する感謝が主な内容だったとされている。
しかし、それは飽くまでも、"そう"とされているだけだ。そのメールは、キリスト教原理主義に傾倒していた彼の遺族の一人の愚行によって、発見後に直ちに消去されてしまった、とも噂されている。それがどの様な動機で行われたのかは不明だが、実際に保存されずに消去されてしまっているので、今となっては証明のしようもないのだが。
ただ、他の遺族が伝え漏らす所に依れば、彼は衰えた生身に見切りを付けて、擬体保持者となって「環境に相応しい身の振り方のテンプレート」の受信に関する研究の継続を朝間に相談するつもりだった、らしい。もちろん、その場合、擬体化施術後は合衆国に入国出来なくなる。だから、研究の場を確立する為に日本への帰化申請も含めた全面的な身元保証のリクエストまでも含まれていたと言う噂まであった。
全ての事実は闇の中だ。しかし、考えるよりも感じれば答えは自ずと分かる筈だ。
懸命なる諸姉と諸兄にならば・・・。
以上は、ジョン・コナーを名乗り、未来から来たと言う誰かが合衆国のアングラ・Webサイト「8ch」に投稿した書き込みのコピペだ。ここまでのテキストは本物である様だ。だが、その後のテキストに付いては質が玉石混淆で、真偽両論。それが本物であるかは怪しすぎるので、ここでは取り扱わない。
ただ、この長文を掻き込んだ後に、彼が何人かのネラー達とレスやAAのやり取りがあった事は事実だろう。
何でも、ジョン・コナー曰く、合衆国に空が落ちてくるジャッジメント・デイを回避するには、合衆国が日本にこれ以上強く関わらない事を我々を戒めたとか。そして、我我は日本に「深く関わるのは構わない」が、「強く関わってはいけない」と強調してレスを終了したそうだ。
彼の投稿は「8ch」で拡散され、巷に溢れていた中二病罹患者達の琴線に触れた。拡散されたテキストはさらに拡散され、ついにはProf. Morimotoの遺族が法的対処を弁護士を通じて表明する事態にまで発展した。そこで、祭りは終わった。
一時はそれで沈静化した。それでも、預言者・ジョン・コナーを語る投稿主はその後も、「8ch」に度々登場して掲示板を賑やかにした。だが、どれもフェイクであると直ちに見破られてしまった。
どうやら、彼はアングラサイト「8ch」には二度と戻って来なかった様だ。もしかしたら、本当に未来へ帰還してしまったのだろうか?




