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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年3月13日、PM2:09、ジャスコ・モール水戸内原店・わくわく広場

 昼過ぎの大型商業施設と言う環境は、お年寄りと子連れの親達と言った、日常的に時間を持て余している者達を集める特性を発揮するため、そこそこの賑わいが維持されている。次から次へとやって来る彼らは、昼食目当てで訪れていた働き盛りの男達と違って、その場に長く留まる。そして、SNSの発達の後押しもあって時間の経過に伴い、ネズミ算的(さんしき)頭数(あたまかず)を増やす習性を発揮する(なお、浪費癖も顕著である事から商業施設は彼らの長期居据を歓迎(そくしん)している)。


 正午付近の僅かな時間のみ、生息圏での比率を下げるが、それ以外の時間帯は常にマジョリティー。その暇人達は、その場の雰囲気(ムード)支配(あやつる)する最大勢力だ。もっとも、彼らに「暇人」と指摘する愚かな者達は少ない。何故なら、発言者が、その暇人達の手に寄って、地獄の業火で焼き尽くされるほどの反撃を喰らうは必至だからだ(マスコミも、男達もその恐怖を遺伝子レベルですり込まれている)。何故なら、暇人には自らが暇との自覚は皆無だからである(それどころか、主観的には多忙と信じきっているので手に負えない)。


 集まっている人々(セル)の構成比が変化すれば、その環境は人々(セル)の意識に応じて即座に激変する。例え、見た目に大した変化が生じていないとしても、社会学的な免疫機構は別物に改変されている。何時の頃からか、日本人はその怪現象(ふじょうり)を「触らぬ神に祟りなし」と表現する事で、部外者(けいそつなひと)に啓蒙する知恵を持ち合わせていた。


 その日のジャスコ・モール水戸内原店・わくわく広場でもそれに準ずる状況が繰り広げられていた。お年寄り、若い母親、その子供達ばかりが目に付く。つまり、働き盛りの男達の姿がほとんど見られない(ただし、その場で働く従業員(どれい)は除く)。


 その場の主役は、場所を(わき)えずに無遠慮(きまま)に走り回って歓声(きせい)を上げる子供達。彼らは基本的に広場の中心部に集まっている。そして、母親達が子供達を取り囲む様に、広場中心近くに分布しながら社交活動に勤しんでいる。そして、遠慮がちにそれらを見守るお年寄り達が、第三勢力として存在感を発揮していた。彼らは広間の最縁部としか言いようのない場所で、母親達を包囲するかの様なポジションを維持しながら、井戸端会議をしたり身体を休めている。


 その三層に分かれた生活圏は、内側に入る度に、社会的な価値が高くなって行くのではないかと、邪推する事も出来た。兎に角、ここにいる人達には一つの共通点があった。それは客観的には「暇を持て余した精神的な富裕層」と言う、今ここにいない人達(プロレタリアート)の立場からすれば「貴族的(ブルジョワ)」として羨望されるステイタスを持っていると言う事だろう。


 貴族的(ブルジョワ)、という画一的な人々でのみ構成された社会。もし、そこに今ここに居るはずのない人達(プロレタリアート)が一人でも紛れ込んで来たなら、即座に悪目立ちしてしまうことは確実だ。民主主義の為なら死ねる市民活動家達が、何よりも尊いとシャウトして止まない"多様性"や"共存"と言う価値観に対して、真っ向からケンカを売っている打破すべき状況と言って差し支えないだろう。


 その場でそれを指摘する人はいなかった。おかげでその場では階級闘争の常套兵器とされる「シュプレヒコール」は響いていなかった。だが、実はそこではデストピア未来的な監視社会が密かに完成していた。極めて進歩的な世界市民の立場で考察すれば、極めて由由(だきすべき)しき事態に陥っていた訳だ。


 もし、その場の、画一性(ブルジョワ)を体現する人達の注意を、少しでも引いてしまうと大変なことになった。例えば、風景に溶け込めない種類(ばちがいな)の人がその場に現れたなら、その場に居る正義感の強い模範的な市民に手によって、直ちに「怪しい人」として警備員に通報される。次ぎに、通報を受けた施設の管理者は何も考えずに、マニュアルに従って犯罪者予備軍(ふしんしゃ)として、監視カメラを使った警備プログラムにマーキングする様に指示を出す。最後に、その不幸な人物は施設内の保安カメラで全ての移動を把握されて、施設内での全行動をその商業施設が共有する外部のセキュリティ・バンクに個人情報をアップロードされてしまう(そして、次回の来場からは施設入り口を跨いだ瞬間から、監視対象の「直接的脅威」として認定されるという、特級の栄誉を与えられる事となる)。


 その事実を踏まえると、昼過ぎの大型商業施設とは、スパイにとっては最悪の状況が醸し出される、忌むべき空間である事は間違い無い。スパイたる者、そう言う()しからん場所には近付くべきではなかった。傾向と対策で何とかなる様な生優しい物では無い。まさに鉄壁、難攻不落の要塞なのだ。


 そう、そこは極彩色と軟材質だけで構成された、パステルでソフトな子供の国の領界(けっかい)。その一方的に宣言された"聖域(サンクチュアリ)"を、雰囲気的にはまったく不似合(ゆるされない)な若い細身の男が、たった今、侵犯しつつあった。だが、どう言うわけか、誰も彼に気を払っていない。どうやら、母親達やお年寄り達は、彼に横を通過されても気が付かない様なのだ。


 この場では明らかに異常な人影は、誰にも意識されること無く、子供が走り回る遊戯広場の端を穏やかにかすめた。そして、子供達を幸せそうに見守り続けている老婆に、なかなか気が付かれないが、一度意識されると妙に人間離れとした形容しがたいヌルヌルした動きで、背後からそっと近付いて行った。


 手の届く間合いに入り込んでから、そのまま老婆に話し掛け様とした。だが、その老婆は「気付いている」というジェスチャーを彼に密かに送って来た。


「ちっ」


 男は舌打ちをした。完全に気配を消せていたと思っていたのに、とっくに察知されてしまっていたのだ。やはり、生身の感覚は侮れない。解析不能な検知能力を発揮するものが珍しくない。


「お久しぶりです、久保田さん」

「仕事邪魔すんじゃねーよ、タコ。それから今は山田だ」


 老婆は腹話術の様に笑顔を崩さずに、男を罵った。声は明らかに働き盛りの男の質だった。どうやら、男は敢えて老婆に身を扮して、わくわく広場に潜んでいたらしい。


「今よろしいですか?」

「これじゃ仕事になんねーよ」


 男はアイコンタクトしない様に、意図的にそっぽを向き続けながら懐柔策を示した。


「コーヒーでも如何ですか? 奢りますよ」

「分かった。本日のコーヒーにメープル・シロップで頼む」


 男はそのまま、わくわく広場を突っ切って、どこかへ消えてしまった。しばらくすると、老婆の姿もいつの間にか消えていた。実は、その周辺にいた老人や母親達は、そこに老婆が居た事にも最初から気付いていなかったのだ。


 ただし、広場で遊んでいる子供達だけはそうでもなかったらしい。チラチラを周辺を窺いながら、少しばかりの違和感を感じている様だった。



2018年 02月23日 20時00分 に次の投稿を公開予定です。

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