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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年3月11日、PM2:50、航空自衛軍・救難捜索機「U-225」機中、群馬県上空

 ここは航空自衛軍の飛行機の中。小松空港までの連絡便に便乗させてもらって、新潟県魚沼市の私立会津高校・西名新田仮設分校、仮設寮118号への帰路に付いた。この飛行機は救難捜索機という青い飛行機で、円い窓がたくさん付いている。だから、機外の様子が良く分かる。


 と言っても地上の地形が分かる程度だ。もちろん、私には自分が今どこを飛んでいるのかなんか、さっぱり分からない。


 他にする事がないので外ばかり見ていると、近くのテーブルでパソコンを睨んでいたおじさんが「群馬県上空ですよ」と教えてくれた。


 右側の座席に座れば魚沼の街も見えたらしい。もっとも、小松を目指す管制スジに乗っているので、すぐに左旋回する。だから、見えたとしても大した時間ではない、とか。


 いっそ、最接近した辺りで降ろしてくれれば、もっと早く帰れるんだけれど、その周辺にはこの飛行機が安全に着陸する為に必要な長さの滑走路がない、と言う話だ。残念な事に。


 それでも相田さんが上手く話を付けてくれたので、時間は掛かるけれど楽に帰宅出来る。私とナヲちゃんが、小松からは魚沼市に震災支援で特設された臨時ヘリポートに向かうヘリコプターの回送便に乗り継ぐ予定だ。


 今回、結局、相田さんとチーちゃんについて十分に話をする時間が持てなかった。携帯電話の番号は貰ったけれど、これはやっぱり直接に問いただすべき案件に思える。


 で、今や話題の中心となっているナヲちゃんは、この飛行機が百里基地の滑走から離陸するのと同時に眠ってしまった。よっぽど疲れたんだろう。よっぽど頭を回したんだろう。それまでは、ものすごい厳戒態勢で気が張り詰めているのが良く分かった。警戒なんてもんじゃなかった。


 朝霧和紗さんの造った迷路とやらから、制作者の予想より遥かに短時間で脱出した時の彼女は凄かった。荒ぶる龍の如く、発生せた静電気で髪の毛が重力に反して持ち上がっていた。いったいどれだけの電力を発生させて消費したのか、想像も付かない。


 気が付くと私の髪の毛もナヲちゃんの方に吸い寄せられていた。


 朝霧和紗さん曰く、迷路を抜け切ったのでは無く、壁を破壊して直進して来たらしい。そして、呆れてもいた。何でもマシンパワーで無理矢理に押し切るのは褒められないと言う。


 続いて、もう少しスマートなやり方で対処する様に、とその後に(しつけ)られてしまったらしい。それでも、レクチャーされたスマートな対処法というのが目から鱗だったらしく、ナヲちゃんはそのまま大人しく話を聞く様になった。


 その後、私とナヲちゃんは朝霧和紗さんと世間話としか言い様のない会話をした。ナヲちゃんは不満と好奇心の入り交じった表情をしていた。そして、朝霧和紗さんは目尻を下げるかのような、不思議な微笑みを浮かべながらナヲちゃんを眺めていた。


 擬体ってこんなに表情豊かなものだったろうか、と疑問を持つほどに人間的な温かみに満ちた交わりだった。生身の人間同士だって、こんなにまるで母と娘の一時の様な、人間味豊かな時間の演出は難しいだろう。きっと、擬体本来の表現力は・・・宿る魂しだいで無限大なのかも知れない。弘法筆を選ばずってアレは擬体でもあり?


 ナヲちゃんは飛行機に乗る時も大変だった。有無を言わさずに私を奥の席に押し込めた。そして、隣の席に蓋をするかの様に座って、その後は微塵も動く気配はない。きっと通路側に座って、外からの私への干渉をブロックしているつもりなのだろう。私の右手を握った手もぜんぜん離してくれそうもない。きっと、寝る寸前に関節をロックしたのだろう。


 きっと、朝霧和紗さんはナヲちゃんにとって、初めて出会った脅威だったんだろう。あからさまに自分の能力を上回る擬体保持者ってのは、会った事がな(周辺に見当たらな)かったはずだ。朝間先生も言っていたけれど、ナヲちゃんの擬体関係のスキルは短期間でベテランの域に達している。擬体介護士として柳津で働いた経験でもそれは良く分かった。


 もっとも、彼女が擬体保持者との付き合いをほとんどしていないので、世の中にスゴイ人は有り触れているのかも知れない。井の中の蛙だった可能性もある。


 最後に、朝霧和紗さんはまた眠ってしまった。そして、例の仮想人格(アバター)さんが擬体の制御を引き継いだ。本人から仮想人格(アバター)さんに代わると、擬体の気配が変化した。さっきまで気品に満ちていた淑女が、突然に造形美豊かな人形へと回帰した。


 不思議な事にナヲちゃんには、その移り変わりが良く分からないらしい。仮想人格(アバター)さんはナヲちゃんに、小さなメモリーカードを渡すと「これを朝間先生に渡してあげて」と告げて、そのまま擬体の制御を終了してしまった。


 多分、同期とかいう二人三脚の人格統合作業が終わって、自分が引っ込んでいた間の出来事を把握して、やるべきタスクが終了したと判断したんだろう。


 それから、私とナヲちゃんは、逆走するベルト・コンベアみたいな動く歩道で、地下へ降りた所、多分百里基地の下へ戻った。ナヲちゃんはそれは見て驚いていた。どうやら、朝霧和紗さんに会いに行くまでに認識した経験が、私のものとはズレているらしい。


 ナヲちゃんはそれに気付くと、本当に悔しそうだった。どうやら、「狸に化かされた」らしい。狐と狸の化かし合いは、狸の圧勝だった様だ。


 シートベルトの確認を促されると、飛行機はすぐに小松空港へ着陸した。屋根付きの整備場へそのまま誘導される。機外へ出ると同じ色の飛行機が隣に止まっていた。


 そしてそのままヘリコプターへと誘導された。眠そうなナヲちゃんと私が乗り込むと、棺桶みたいな箱が機内へ運び込まれてきた。送り状には朝間先生の名前が書かれていた。たぶん、これも朝霧和紗さんから託された、お使い用件の荷物なんだろう。


 魚沼のヘリポートに着陸すると、その棺桶みたいな箱を、陸上自衛軍の人が、このまま柳津まで運ぶと言う。そこに過去にコンボイで同乗した時に見知ったオジサンが居たので、国道の分かれ道までのヒッチハイクをお願いした。すると、分校の前まで送ってくれた。


 これには助かった。ナヲちゃんが、注意力を使い果たして、フラフラしてたから。以前なら、第二小脳にガイドさせるべきシチュエーションなんだろうけど、もしかしたら、まだ第二小脳も擬体も調整中でそこまで任せられないのかも知れない。


 仮設寮118号に付いた。部屋が暗い。そうだ、もうチーちゃんがいないんだ、と言う事実がその時初めて実感を伴った認識へと昇華した。


 ナヲちゃんもどうやら同感だったらしい。私達は無言で屋内に入った。チーちゃんにはとなりの117号が用意されていたが、そこは最後までただの彼女の荷物置き場だった。寂しいという彼女は寝起きも含めてすべて私達の部屋で行っていた。


「さみしいね」

「うん」


 喪失感と言うのはこういうものなんだろうか。私達は今のところ、会津大震災で友だちを失ったという情報に接してはいない。だから、そういうネガティブな感情を抱かずに済んでいた。言うならば、物語の中の悲劇みたいに少し冷めた印象しか持てなかった。


 チーちゃんの場合、二度と会えないわけではない。来年になればきっとまた一緒に遊べる。しかし、親しい人を永遠に失った人は、その人に二度と会えない。どうしたら、そんな喪失感に耐えられるのだろう?


 気が付くと、ナヲちゃんが私に手を握っていた。


「前言撤回。葉子ちゃんがいるから、さみしくないよ」

「うん・・・そうだね。私も大丈夫」


 私達は手を解いた。私はお勝手に純水で入れたコーヒーを入れに。ナヲちゃんは部屋の暖房を入れに。それぞれがするべき事をするために。


 大丈夫。私達は二人で一人。


 朝霧和紗さんは仮想人格(アバター)さんと二人三脚で一つの人格と言っていた。私はそれに違和感を抱いた。今も抱き続けている。


 しかし、ナヲちゃんと私で一つの人格と言うなら、そういう未来があるなら、それは良いじゃないか、と素直に思える。


 これもナヲちゃん抜きで、朝霧和紗さんと話をしたせいかな。何だか、考え方を思わぬ方向に誘導された様な気がする。


 そうだ、ナヲちゃんは私抜きで、仮想現実空間で、どんな話を朝霧和紗さんをしたんだろう?


 あの話を「同期」できる様になるには、まだ少し時間が掛かりそうだ。もしかしたら、ナヲちゃんの方も同じ気持ちなのかも知れない。


 大丈夫。ゆっくりと、で良い。私達はあの震災を生き延びた。だから、まだ幾ばくかの時間的な余裕が残されている筈だから。


「あー、擬体用ミルク切れてるじゃん」

「うん。私、これからブラックで行くよ」


「大人だね−」

「何時までも子供ままじゃいけないらしいから」


 私は視線でそれに相鎚を打った。そして、コタツの座卓にお盆を使わずにコーヒーカップを置いた。


 やっぱり、ナヲちゃんも朝霧和紗さんに何か言われたんだなあ。何となく、激しい連帯感が湧いて来たよ。


 それとも来年、きっと、少し大人になって帰ってくるチーちゃんに合わせようとでも思ってる?

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