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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年3月11日、AM11:50、茨城県、小美玉市、常陸利根川病院地下、朝霧和紗の病室

 飛行機から降りて、さらに地下に降りてから、ベルト・コンベアみたいな水平型エスカレーター(動く歩道)に乗った(やれ具合から見て、物資輸送用らしい)。ずいぶん長い事乗っていたと思う。やがて、ベルトコンベアは病棟っぽいエリアの前で勝手に停止した。


 そして、そこには小さな部屋があった。良く見ると病室だった。ドアの横に病人の名前が書かれていたから、多分間違いない。


 ナヲちゃんは私の手を引いて、躊躇無く、その病室に入っていった。病室には小さなベッドがあって、そこには一人の女性がいた。


 真っ黒な長い髪を持つ、日本人形みたいな人。直感で分かった。擬体の人だ。


 ナヲちゃんが緊張し始めたのが分かった。擬体の人はそんな私を興味深そうに、ただ眺め続けていた。


 そこで私は気付いた。

 ーーー変だ。意志はあるけれど、それなのに白々しい。

 ーーー相田さんとは違う。存在感が揺らぐほどに薄い。

 つまり、この人はここに居るけれどいない。つまり、魂がここにいない。


「ねえ、ナヲちゃん。この人ここにいない?」

 私はそっと耳打ちしようとした。その瞬間、視界の端で、その擬体の漆黒色の瞳がナヲちゃんを射貫いたのが見えた気がした。


 それと同時に、ナヲちゃんはそのまま動かなくなった。直立不動の人形になってしまった。しかし、それでも魂はここにあるのは分かった。まるで、そっぽを向いて、私に興味をまったく向けていないみたいだ。


 魂の宿っていない擬体の人が、何か私が知らない悪さをナヲちゃんにした。私は説明できない知識でそれを知った。


 咄嗟に、動かなくなったナヲちゃんと、得体の知れない何かの間で立ち塞がった。


「何をしたんです!」


 私はその擬体、いや、ただの人形を脅迫しようと試みた。でも上手く行かない。人ではないせいか、まったく動じてくれない。


「ナヲちゃんを返してください!」


 凄んで見せる努力はしたが、余り慣れない事をするものではない。その行動は私にはあまりにも不向きな作業だった。しかし、それでもやらねばならない時というのはあるものだ。


 魂を持たない擬体は、そんないきり立つ私を興味深そうに、ただ眺めているだけだった。まるで私を品定めしているかの様な気配すらあった。


 仕方ない。相手の気分を害しても止む得ない。直接に核心を突くしか無い。


「あなたは(なに)ですか? あなたの魂は存在しているんですか?」


 私は人形に問いかけた。まるで自問自答している様な妙な気分になる。それは私の違和感を率直な疑問に置き換えただけのものだった。小鳥ほどの存在感もないくせに、まるで人以上の知性や好奇心をも持ち合わせた人形なんて不条理だ。物が人に好奇心を抱く事なんてあるのか? それとも、魂が宿っていないというのか、私の誤解?


 人形は、待っていました、とばかりに微笑んで積極的に応えた。


「私は朝霧和紗の仮想分身(アバター)

「アバター?」


 私の知らない言葉だ。スマホで辞書検索したいけど、今持ってない。


「開発中の擬体技術の一つ。貴女のお友達にも搭載される第二小脳の次世代試作機能器。ユーザーの思考をコピーして作る仮想的な分身。ユーザーの思考を模す事に特化したチップで構成された高機能AIみたいなもの、かな」


「人工知能ですか?」


「そう。ただし、ユーザーの脳と定期的に同期作業を行って、可能な限り分岐や齟齬を減らす設計になっているから、むしろユーザーと二人三脚で『一人』を構成する架空のパートナーとも言えるかも。今、私のユーザーの朝霧和紗本人は眠ってるので、その間だけ私が代理で擬体を制御しているんだ」


 朝霧和紗の仮想分身(アバター)と名乗る人形の説明は、とても分かりやすかった。何を伝えたいと言う強い動機があるのは明白で、嘘をついている様にも見えなかった。しかし、人と機械がセットで『一人』と言う概念は今ひとつピンとこない。


 朝霧和紗と言うと、『最初の擬体』または『日本人形』として歴史の教科書にも載っている人物だ。本物、というか本人なのだろうか? 確かに、言われ見れば、この人形の容姿はメディアに繰り返し登場した朝霧和紗そのものだ。


「朝霧和紗本人は病気と老衰で健康を害しながらも、今でも擬体開発や政治面で最前線で活躍しているの。時々、疲労が溜まると長い眠りに入ってしまうんだけど、もうすぐ目覚める兆候を見せた。それで、是非、貴女達には私で無く、本人に会って欲しくて呼んだわけなの」


 この時の私は知らなかった。朝霧和紗が長い昏睡へと入った直接の原因は、先の震災でナヲちゃんと私を救った事だった事を。さらに、相田さんは、長いこと床に伏せっている朝霧和紗にとっては大変な負担になる事を覚悟した上で、高いサイバー能力を発揮して会津震災の救助作業に干渉するようにと、直談判した事という事も。


「朝間先生の旧友というのは、朝霧和紗の本人さんなんですか?」

 朝間先生が私とナヲちゃんを朝霧和紗に会わせるために、仙台からこんなところまでお使いに送ったのだろうか、という疑問が湧いてきた。相田さんの件と良い、最近訳の分からない事が多い。


「その通りよ。そして、私のユーザーは、旧友よりも朝間ナヲミと森葉子の両人と直接に面識を持つ事を優先したの。それで、朝間医師に頼んで大急ぎでここまで送ってもらったの。本当なら会津まで出向きたかったのだけれど、色々な事情があって無理だった・・・かな。きっとお友達ならそこら辺の事情は気付いているでしょうから、気になるようなら後で尋ねてみて」


 なるほど。朝間先生が絡んでいるというのなら、そう悪質な仕掛けが用意されてるわけはないだろう。ひとまず安心して良いかな。


「ナヲちゃんに何をしたんですか?」

「今は私の作った迷路の中にいる。どうしても貴女だけと直接に話したくてね」


「危険はないんですか?」

「大丈夫。迷路の中でもう一人の私とお話中よ」


 そして、朝霧和紗(本人の方)が目覚める直前に解放すると約束してくれた。


 アバターさんがナヲちゃんに興味を持つのは何となく分かるが、私と話したいなんてどういう事なのか、さっぱり見当も付かない。そして、魂を持たない物が、つまり『人形』がそんなナマモノを持ち合わせる能力を獲得する未来が来るなんて、夢にも思わなかった。とにかく、凍り付いている状況を進めよう。時間は有限だ。


「分かりました。話をしましょう」


 私はナヲちゃんを背後に収めたまま、朝霧和紗の仮想分身(アバター)との意思疎通を試みる事にした。

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