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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年3月11日、AM11:20、茨城県、航空自衛軍・百里基地、地下防爆通路

 私たちは大型輸送機C-2C改の脇まで出迎えに来てくれた隊員さんに導かれて、保安室へ通された。荷物はすべてそこに預けて身軽になった。驚いたのは私や葉子ちゃんの携帯電話はLAVへ乗車する前に、遠隔操作ですべてオフになっていた事だ。きっと、チーちゃんを(あや)してる時に、相田さんがイタズラしたんだろう。


 そこまでやる、と言う事実に、本当に細心の注意を払っているだろう事を確信出来る。仮に、私達が朝食後のあたりで自分でオフにしていたら、それを観測している人達は次のアクションに備えていたに決まっている。だから、私達がノーガードである状態を意図的に演出していたんだ。


 手ぶらになった私達は、一度も野外へ出る事無く地下へと降りて行った。今日は雲一つ無い快晴。きっと空の上の情報衛星からも地上が鮮明に観測可能だ。きっとそれを避けるために、無理して輸送機をハンガーに直接収納したのだ。


 大昔のハリウッド映画「Enemy of the State(トニー・スコット監督)」みたいな未来が本当に到来しちゃったよ。


 形だけのボディ・チェックを受けた後で、どこかの会議室でアサマ先生の旧友らしい『お母様』とご対面かと思っていたら・・・驚いた事に、そのまま長い長い地下通路へと案内された。


 階段を下り切って、やっと平らな所にたどり着くと、そこから先は「二人だけで」と相田さんに言われた。どうやら、この通路を進んだ先に『お母様』とやらが居るらしい。


 地下通路の造りはおそらく大昔の様式に見える。ただし、長い事補修が繰り返されてきた痕跡が窺える。また、後付けで電波遮断処置も施されている様だ。


 何が何だか分からないという顔の葉子ちゃん。しかし、私は彼女の手を引く事にした。どういうわけか、『お母様』なる人物、会った事もない朝霧和紗と言う人物に、私が自らの力で手に入れたパートナーを誇りたい気分になっていたのだ。


 私が手を引くと葉子ちゃんも観念したらしく、私に従ってくれた。相田さんは無言で、ただ私達を見送ってくれていた。


 明るさは今一つだが、歩行に支障はない。葉子ちゃんの目にも足下の段差くらいまでは見えているはず。私の目なら感度の増幅や可視光外域の波長を使えば、もっともっとはっきりと見える。


 すでにGPSは役に立たない。擬体の加速度センサーによれば、すでに二本の滑走路の地下を横切るくらいの距離は歩いている。しかし、進行方向は逆だ。きっと方向的には北浦方面に向かっている。


 朝霧和紗がどの様な人物なのかは、分からない。計り知れない。外観だけならメディアの動画で知っている。しかし、その外観は私と同じ作り物。だから、それから彼女の魂の有り様に迫る事は不可能だ。きっと公に残された映像も、言葉も、すべての情報からも辿れない。何故なら、すべては擬体技術の広告塔としての活動のために計算され尽くした表現技術の(たまもの)だ。


 彼女のささやかな本音など、全て、"萌え"という厚化粧の鉄壁下に埋もれ切ってしまっていると思う。


 そうでなければ、あんなに薄っぺらい白々しさに満ちた偶像(アイドル)に成り切れる筈がない。彼女が世界の反対を押し切って、世界で初めて自分に擬体を換装して見せた時・・・世界は彼女の前にひれ伏した。


 擬体化された直後に催されたプレス・コンフェレンスで、彼女を総攻撃するつもりで世界中から集結したマスコミ、ジャーナリスト、自然主義者、宗教家達を、たった一回の微笑みだけで黙らせてしまったあの手腕。間違いなく計算され尽くされた『萌え誘導技術』を駆使した一発勝負だった筈だ。


 そして、世界は知恵の実を(かじ)った楽園の人類の始祖の様に、擬体が持つ未来への可能性を強烈に印象づけられてしまった。結果としてその魅力に抗えなくなってしまった。


 もし、あの時、最初のプレゼンテーションでの"魅了"に失敗していたら、今のサイボーグ技術によって仮想現実方面に拡張された人類認識という福音(宗教界はそれを神の領域への侵犯として、激しくお怒りの様だったが)も、おそらくはもたらされていなかったろう。


 私はそんな魔女にこれから出会う。しかも、その擬体世界の創造者は私をずっと知っていたと言う。一方、私は逆に彼女の事をほとんど知らない。これでは、とても太刀打ちできそうに無い。どうする?


 私には分かる。朝霧和紗は、きっと目的のためには手段を何一つ選ばない種類の人だ。きっとあの人の行動を抑制できるものは物理的な制約や制限だけだ。そして、その制約や制限を崩すために、更に上へ上るために、さっきまで自分が信じていた常識を破壊する事も(いと)わないはずだ。


 というか、あの人が持ち合わせる常識というものは、きっと・・・一般人(私も含めて)には非常識に違いない。


 だって、そうでなければたった一人の心と体で、世界の悪意を一手に引き受ける事は出来ない。悪意を御すだけでなく、あまつさえ自分の信者へと変えて世界変革の原動力に昇華させた手腕は人間業とは思えない。


 擬体技術なんていう物は、本質的に非常識で不条理な選択だ。しかし、それを忘れさせてこんな残酷な技術を世界に広めてしまった。


 私としては複雑な想いがある。


 彼女は、脳だけになるまで負傷した私に擬体という新しい身体を用意してくれた恩人の一人らしい。しかし、それでいて擬体なんて言う、生身と比べたら途轍(とてつ)もなく出来損ないな身体を押しつけた悪魔の一人でもある。私は明確にその矛盾に悩まされている。もしかしたら恨んでいるのかも知れない。


 しかし、その擬体のおかげで、今手を繋いでいる葉子ちゃんにも出会えた。その点にだけは、私は明確に感謝もしている。


 つまり、擬体に宿って以降の私にとって、良くも悪くもこの整理できない気持ちの象徴であり続けた人だ。そして、それこそが私が抱える矛盾の化身であり、具現化した運命の神の代理人だったに違いない。果たして私は何時の日か、そのあたりの胸の内のモヤモヤを解消出来るのだろうか? 不安だ。


 地下通路の造りが突然に変わった。とても明るくなって、壁も伝代的なものへと変わった。


 やがて、右手にガラス戸の部屋が見えてた。部屋のドアの横には名札が掲げられていた。


 朝霧和紗、と。


 ここだ。ここに違いない。私は臆する事なく部屋の中へと入る。部屋の中心にはベッドが一つあるだけだった。


 そのベッドには真っ黒な長い髪を持つ、日本人形そのものとしか言いようのない擬体が入っていた。美しい。これほどの造形美、人の手で作り出せるんだ。私は一瞬、見とれてしまった。


 その擬体は背もたれを起こして、身体の半身を引き起こしている。そして、切れ長な目蓋の奥に潜む真っ黒な瞳で私達を凝視していた。


 おかしい。義眼な筈なのにそう見えない。擬体の筈なのにそう見えない。いったいどうして?


 私は怯んだ。私はこの人を知っている。知っているけれど、どうして知っているのか知らない。そして、この人はきっと私の全てを知ってるんだと直感した。

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