2037年3月11日、AM10:30、松島空港滑走路
松島空港は、航空自衛軍軍松島基地の端っこに同居する民間施設だ。滑走路を延長、増設する時に民間属性が付け焼き刃で追加されただけなので、ほぼ航空自衛軍専用の飛行場と言って差し支えない。少なくとも新千歳空港の様に、一秒でも所要時間を短縮したいスクランブル発進の時に、民間側の管制官に無意味に優先権を主張されて作戦をホールドされる事態を避けるために、管制主導権はあくまでも軍側に残されている(そういう横車押しを生きがいしている迷惑な人が一定の割合でどこにでもいるそうだ)。
それは米軍のプレゼンスが太平洋まで後退してしまった昨今、日本海側、オホーツク海方面、津軽海峡の各所で奇妙な闖入者達の暗躍が目立ち始めたせいだ。海上保安庁も目を光らせてはいるが、すでに相手が警察力だけで対処できるレベルではなくなりつつある。
松島基地は、ポジション的には三沢基地をバックアップする準前面展開部隊の役を担っている。そのため、教育部隊や曲芸飛行で有名なブルーインパルスは松島から、最終防空圏を担当する小美玉(=百里)に移動して久しい。おそらく、私達が思っている以上に、この基地の重要性は高い。
松島基地に定期旅客便はない。事前申請を行ったチャーター便などの民間発着枠が設定されているが、仙台へのアクセスが悪いので着陸後に立ち往生し兼ねない。だから、平均的な旅行会社から使い勝手が悪いと評価されて、旅客便が来ないというのが正確な状況説明だ。
松島で国際会議が開催される時は、駐機場には各国からやって来た政府専用機やチャーター機が並ぶ百花繚乱ぶりが楽しめる。ただし、同盟国に分類される国のフラッグ・キャリアやミリタリーが仕立てた特別運行便に限られるが。
軽装甲車両のLAVは航空自衛軍基地の誘導路の上を絶賛、大爆走中だ。さっき、予め外されていたフェンスの所で境界を跨いで、航空自衛軍基地敷地内に入った。ありえないだろう! 通過直後に関係者の皆さんが大急ぎでフェンスを填め直してた。
左右を同型のLAVが並んで走っている。葉子ちゃんには刺激が強すぎるだろう。ごめんね。でも、もし少しだけ慣れてくれたら嬉しいな。
さっき電子戦訓練機のEC-1が上空を通過して行った。ものすごいECMの電波だった。義眼の撮像素子の解像力が下がるくらい凄かった。あれで近くのアンテナは全部逝っちゃったはず。後は上空からのぞき見をしている望遠レンズを無効化できれば尾行を撒ける。
擬体制御技術の各種重機へ応用は今や軍事組織に限らず、多種に渡る団体や組織に好奇心をもっと受け止められている。民間用擬体開発のトップを突っ走る日本における技術計画はそれらの人々にとって合法・非合法のあらゆる手段を使ってでも探りたい項目のトップらしい。
私の新しい身体以外に、これほど違法アクセス希望者が連なる理由は思い付かない。確かに妙な機能や、ユーザーにも任意にアクセスできない領域が多すぎる。アサマ先生、たいへんです。事件です。
極秘裏に行われている次世代擬体開発グループの末席に加わったばかりの私なら、新参者らしく鉄壁セキュリティーの穴になるに違いないと期待して、果敢にアタックを続けているんだろう。
いったい、どんな団体や組織が存在しているんだろう? まあ、新潟に着いてから躾の悪い電波が激増したんだから、お里は窺えるんだけどね。
しかし、電波の出入りが文字通り『封鎖状態』の私の擬体への侵入作業はさぞ困難を極めた事だろう(結局、無理だったと思うし)。スマホでも自分の指で電話番号を押し、かなりの頻度で有線電話を使うなんて、『彼ら』も当惑したんじゃないだろうか?
ごめんね。それが私のライフスタイルなの。
それでも諦めずに、今では焦って全周波数で電波を飛ばして入り口を探しているに違いない(彼らにしてみれば、「擬体がネットに常時接続されていないはずがない」という世間の常識を疑う余裕がないのだ)。鉄壁なんじゃなくて、最初から穴が無いんだよ。
相田さんの友だち達は、それを見越して逆にそれらの電波をたどって、出所をくまなくチェックし尽くしていた事だろう。私に侵入できずに焦った彼らは多くのミスを犯したのだろう。
きっと今頃・・・この近くのどこかで、そう言う事を専門に仕事してる誰かが、非友好組織の一網打尽なあぶり出しに成功して歓喜を上げているんじゃないかな?
つまり、私は相田さんの友だち達(=狩人)が用意したエサだったのだ。そして、狩人さん達は、今は私を食べようとズルズルと闇の中から引き釣り出されて、思わず尻尾を見せてしまった肉食の獣達を、根刮ぎ平らげている真っ最中なんじゃないかな?
本当に食べてるんじゃなくて、親愛なる工作員様達の身分の特定を完了する、と言う比喩的な意味で。
ここまでは相田さんの友だち達のための食事の時間だった。しかし、これから先では私のための食事の時間もセッティングされている筈だ。だから、今は相田さん達の作業を見守りながら、行儀良く食卓の準備が整うのを待ってみようと思う。
相田さんが余裕綽々と言う感じで鴨田三佐に伝えた。
「ECMO(電子妨害士官)からGOサイン来ました! じゃ、右側の方で行きましょうか」
「コピー。ライトサイド、コピー。チェックシックス!」
「左LAVと同調完了」
「コピー」
すると相田さんはLAVの屋根の扉を開けて上半身を突き出した。続けてさっきよりすごい轟音が聞こえてくる。おそらくバイパス率の高いターボファンエンジン。エンジンを換装された輸送機C-2C改、それも2機が同時に着陸してくる様だ。
「進路そのまま。タッチダウンまでカウントは10」
「コピー」
直後にLAVの直上を2機の輸送機が追い越して、ちょうと10秒後にLAVの目前でランディングギアの車輪が滑走路面へと接触した。一瞬、凄い量の白い煙が生じてLAVの屋根の扉から車内に入ってくる。葉子ちゃんが目を閉じる。その隙を付くかのように、直ちに着陸した輸送機C-2C改は後部カーゴハッチはすでにご開帳済みで荷室は開放されている。続いて、ハッチを落としてから、さらに舌の様に延長された下部デッキが滑走路を撫でて飛び散る火花が止まらない。
「ゴー」
「コピー」
気が付くと左側を走るLAVと同じタイミングでこちらのLAVも急加速する。そして凄い速度で前進中の後部ハッチに前輪を乗せる。そしてそのまま後輪も乗せて軽くバウンドしながら輸送機の腹の中へ収まって急ブレーキを掛けた。
ハッチを利用した坂道は、LAVが通過するには十分な横幅があるが、それでも普通の人には十分怖いと思う(私は義眼から入る遠近差の情報で、そのあたりは突入前に把握出来ていた)。
葉子ちゃんは目を閉じていてくれたので良かった。ありがとうね。でも、あんまり怖い思いはさせたくないから、こういうのは今回限りにしてもらおう。
輸送機C-2C改は後部ハッチを閉じ始めると、空かさず命綱を付けた人が現れた。続けて、LAV前部に備え付けの丸カンの全てにスプリング・フックを掛けて行く。
おそらく、隣のLAVも問題なく隣のC-2C改に飛び込めたのだろう。
二機のC-2C改はそのまま急上昇を掛けたらしい。ただし、固定してないLAVへの配慮で荷室のまったく傾斜させずに高度を上げていく。おそらく往年の実証機の『飛鳥』で確立したSTOLをCCVで実行しているのだろう。おそるべし日本のフライバイワイアー・・・じゃない。フライバイライト技術。
外から見ている者がいれば度肝を抜かれただろう。拡張された3000m超滑走を舗装面ギリギリで、二機のC-2C改がフォーメーションを決めて、基地境界のフェンスや誘導灯群を掠める勢いでタッチアンドゴーして行ったのだ。
二機の輸送機C-2C改は、離陸後高度500mまで上昇する間に、基地の周りを飛びながら荷室の与圧を始めた。もしかして、チーちゃん私達の事見てるかな?
どこからともなく自衛軍員が現れて、慣れた手つきでワイヤーなどでLAVの本固定を始める。パレットを下に噛ましているわけではないので完全な固定は無理そうだが、多少は乱暴な着陸をしてもLAVが荷室で浮いて暴れないくらいの効果は期待できるだろう。
LAVの固定作業が終わると、私たちは輸送機C-2C改のコックピット部へと案内された。
私は足下がフラフラしている葉子ちゃんを支えながら、用意してくれた座席へと誘導した。私の擬体の加速度センサーや気圧計によれば、C-2C改は高度8000mくらいの民間航路への割り込みに成功した様だ。
ただし、一機ぶんの空域にC-2C改二機が入り込んでいるらしい。民間用トランスポンダー出してないから、フライトレーダー48では確認できないだろうな。
擬体のGPSのスイッチを入れれば、三次元位置情報はもっと正確な値を取得できると思うけど、熱烈なストーカーにつけ狙われているこのタイミングで、新しい擬体のセンサー精度をわざわざ試す気にはならない。
相田さんが葉子ちゃんにどこからか紙コップで暖かいお茶を運んできてくれた。良く気が効くのは助かるのだが、何か私を差し置いて、彼女の方に手を出すのは何故かちょっとだけ腹が立った。もっとも私には擬体工学的に暖かいお茶は必要ない。その事を思い出して気を静める事にした(相田さんにとって同様のはずだが。それでも何でそんなところまで気が回るんだろう)。
輸送機C-2C改は完全に巡航状態に入ったらしく、コックピットというよりキャビンという事が正確そうな快適空間にはここちよいくらいの振動とエンジン音が伝わってくるくらいで、旅客機並みの高速で飛行中という印象はなかった。
海難捜索機U-225などよりも小さ目の窓から、もう一機の輸送機C-2C改が青い空を背景に平行して飛んでいるのが見えた。するとこちらが見えているのか、主翼を挨拶代わりに振ってから、その反動を利用してキレイに東方向にブレイクして行った。どうやら行き先が違うらしい。
「僚機は太平洋上に出て、民間航路を利用して岐阜まで飛行します。こちらははるか手前の茨城県の百里基地に降りますので、すぐに降下ポジションに入ります。ただし、全日空のチャーター機の識別信号で降りる都合上茨城国際空港側の滑走を使用する予定です」
相田さんが輸送機C-2C改のインターフェイスと有線接続しながら説明してくれる。
「航空無線をチェックしてる撮影マニアがいたらとても驚く事でしょう」
そりゃそうだ。全日空と思ってお出迎えしたら、軍用機が降りてくる事になるんだから。
「ずいぶんな警戒ですね。私の旧母国はそれほどに脅威なのですか?」
私もバンコクから日本に来てから、あの国がとても面倒な側面を持っていた事を嫌と言うほど思い知らされたが、追い出した私にそれほどの興味を持つ事情が今ひとつ理解できなかった。しかし、度重なる尾行や通信傍受の痕跡を見せつけられると、集ってくるハエのごとく手で打って追い払いたくなる。
「いえ、彼らも含めたいろんな人達の狙いは朝間ナヲミさんではありません」
それには相田さんでなく、さっきまで運転手役を買って出てくれていた鴨田三佐が応えてくれた。
「これから我々は貴女達を『お母様』のところへご案内します」
相田さんが引き続き、説明してくれる。
「『お母様』は現在、安全上の理由で身を隠されています。どこに居るのかを『彼らも含めたいろんな人達』に知られたくないんです。貴女達を追尾すれば『お母様』の居る場所まで案内して貰えると頑張っているんでしょう」
「私の新しい擬体に興味があったわけじゃないんですか?」
「興味はあるでしょうが、『お母様』に関する情報の方がプライオリティーが高い様です」
私は少しがっかりした。私が宿ったこの凄い擬体の情報を求めて、世界中の情報機関が暗躍を始めたんじゃ無いかと勝手に推測していたんだけどな。魚沼の市街地に入ってから、ずっといろんな不快な電波が私に纏わり付いてたから誤解してたんだ。
しかし、驚いた。名前だけ聞かされていた『お母様』にやっと会えるらしい。相田さんの話では、何かと私のために裏から手を回して世話を焼いていてくれたらしい。朝間先生は教えてくれなかったけれど、面識もあったみたいだし、気になる。
それにしても、彼女の所在を隠すためにこれほどの無茶を重ねて私達を配送するなんて、『お母様』とはどれほどの大物なんだろう? 怖い人でないと良いんだけど。朝間先生はそんな人から何を受け取って来いと言うのだろうか?
そこで輸送機C-2C改の機長からランディングの宣言があった。私たちは全員が座席に付いてシートベルトを締めた。相田さんはその前に葉子ちゃんから空になった紙コップを回収して、耳元で何か囁いている。
気になったのでアクティブ・ノイズキャンセル最大で聴覚のボリュームを上げた。すると・・・「今ならギリギリでトイレに間に合います。後方にありますが行かれますか」だって。あまりに気が効きすぎて憎い。もし、全身擬体でなかったらどんな男になっていたのだろうか、とちょっとした脅威を感じずにはいなれない。
「ランディング。シーティッド。ランディングギア、ダウン」
機長の宣言からすぐ、輸送機C-2C改は静かに茨城国際空港の滑走路にタッチダウンした。LAVに配慮したせいだろうが、ほとんど揺れを感じない凄まじいまでに穏やかな着陸だった。決して操縦支援装置だけでできるレベルの操機ではありえなかった。おそらく支援機器からの情報だけもらって、実際の操作はフルマニュアルで着陸したのだろう。
鴨田三佐が唸ると機長がサムアップで応えた。機はそのまま自衛軍基地側の誘導路に勢いを殺さないまま進入した。車輌誘導無しで、タキシングのままC-2C改の尾翼までしっかりと収まる巨大な整備ハンガーにブレーキを掛けながら入っていった。
茨城国際空港は日本の滑走路の東側に航空自衛軍の基地が、西側に旅客ターミナルが配置された官民両用の航空施設だ。私はそれを良く知っている。何故なら、私が日本に初めて難民として到着したのが先ほど着陸した滑走路だったからだ。まさに思い出の場所である。なお、初めての出国もここだった。
あの時は日本に難民として認定されなかった場合、どこかの怪しげな第三国をたらい回しにされて、騙されたあげくに違法な擬体部品流通業者に解体されてしまう、なんて言うバッドエンドすら覚悟していた。だからこのような形でこの場所に戻って来れるなんて、あの頃の自分にはまったく思い付かなかった事だ。
少し感傷に浸ってしまった。何より、あれほど大きな不安をすっかり忘れてしまっていたなんてあの時の不安に押しつぶされそうだった自分には想像もできなったはずだ。これもすべては必然としか思えない出会いが重積してもたらしてくれた結果であって、決して私が自力で切り開いてつかみ取った未来ではない事は心に刻んで心の糧をするべきだろう。
C-2C改に乗ってから、ずっと私の代わりにテンパっている彼女の横顔を見詰めていたらアイドリング状態だったジェットエンジンの振動が消えた。どうやら旅の往路はこれにて終了の様だ。
機長が全エンジンをカットして、フライトの終了を宣言した。LAVを降ろす関係で荷物室のハッチがすでに開けられていたので、私たちはそこから降りる事にした。
C-2C改の巨大なハッチで作られた坂道の上から、ハンガー外の滑走路を眺めると、ちょうど早期警戒管制機のEP-1が、4発エンジン搭載機とは思えない静かな音で離陸しているのが分かった。あれ・・・? ハッチって・・・ま、いいか。
相田さんがそっと伝えてくれた。
「J-WACSが上がりました。これでしばらくこの付近も静かになります」
相田さんが私にだけ本当に伝えたいのは、しばらくの間ここから離陸する飛行機がないのでうるさいジェットエンジンの騒音や電磁ノイズから開放されるという意味ではおそらくないのだろう。
早期警戒管制機EP-1は私達が乗ってきたC-2C改の航跡を誤魔化す目的で離陸してくれたんだろう。C-2C改二機、さらにEP-1が一機。消費される燃料代だけでもバカにならない出費になる。擦って削れたハッチの点検も必要だ。場合によっては交換しないといけない。たった一日で、一体どれだけ予算が消費されているんだろうか。
しかし、同時に帰りは会津までヘリコプターか何かで送ってくれると嬉しいなあ、とも妄想せずにはいられなかった。
「そこらへんは考慮してもらえると思いますよ」
私、今声に出して喋ったっけ? こちらの図星を確実に突いてくる相田さん、本当に何でもお見通しに違いない。でも、もしかしたら小松とか新潟行きの定期連絡便が午後にでもあるかも知れないから、期待するだけしてみよう。




