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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年3月10日、正午、宮城県東松島市、JR東日本仙石線鹿妻駅南口 〜その4

 相田さんが籍を置く私立松島大学付属松島高校は、私の背後にある鹿妻駅南口のさらに北側の山の上に位置する。本当なら北口の方が近いんだけれど、お迎えの車が南口に来ると言うことでこっち側で、葉子ちゃんとチーちゃんと寒空の下、三人で待っている。


 ベンチは何か冷たそうだから座らなかった。特に、生身の二人にとってお尻を冷やすのは良くないからね。たから、車が来るまで立って待つ事にした。そう、なんとなくね。


 私立松島大学付属松島高校の南側には滝川公園、敷地内中央部には百合神社を取り込み、北は三陸自動車道に接するまで続いている。高校の本校舎だけでも広大なのに、三陸自動車道の北側に渡ると、私立松島大学と共同の研究施設などが広がっている。御陰でこの駅そのものが、学園都市の入り口という雰囲気に満ちている。


 松島高校と会津高校は並び称される、世界的に有名なサイバー・ハイスクールらしいけれど・・・実際に松島の有り様を目の当たりにすると、会津(ウチ)とは規模が違い過ぎて頭がクラクラする。ここと比べてはいけない位に会津の方はショボイ気がする。勝てるのは、会津の方が若干長めの歴史がある事くらいじゃないだろうか?


 会津高校最寄りのJRの駅である会津駅の駅前は、ただの地方都市っぽい鄙びた面構えだ。どう考えても私立会津高校の入り口的な雰囲気は無い。というか、駅前始発のバスに『私立会津高校行き』なんてない。会津駅からウチの学校へバスで行くなら、山の上の温泉地行きのバスを途中で下車する必要がある。


 そのバスは乗車する客もほとんどが温泉地へ向かう人々だから、通学する高校生で満載なんでいうことはありえない(そもそもウチの高校は全寮制だし。いや、松島高校だって越境在学者はすべて寮住まいなのは同じ筈なのに、なんか活気が違うよ)。


 松島高校至近駅前のバス停を見てみると・・・『松島高校第一校舎行き』とか『松島高校サイバネティクス科中央棟行き』なんてバスが頻繁に出発している。ものすごい敗北感ある。とても、二校がライバル関係にあるなんて言えないよ。会津(ウチ)はちょっと古いだけが取り柄なんだよ。まあ、その自慢の校舎も地震のせいで全部壊れちゃったけど。


 考えてみれば鹿妻駅の東側にある自衛軍の巨大な施設すらも、松島大学側が取り込んでしまっている感がある(広大な施設は松島空港をも飲み込んでいるので、飛行機で通学できる大学、という別名もある)。飛行機部みたいもあるんだってさ。あ、航空自衛軍の救難捜索機「U-225」が飛んでる。これから着陸だな。多分。


 私立松島大学は2011年に起こった東北大震災の影響で周辺地域の過疎化が極まった頃、初代理事長が地域の再興を願って大学の前身となる高校を作ったのが始まりだそうだ。質の高い教育を求めるなら、都会へ修学するしかなかった子供達に、地元へ修学するという選択を与えたいという理念を具現化した起業だったとWikiに書いてあった。


 それでも過疎化を止められなかったため、人の流れを逆転させるために地域外からの移入者を募ることとした。生徒の不足を補うために知恵を絞った結果、当時はまだ多くの教育施設が持て余していた、それぞれの事情で義肢や人工臓器などによる代替器官を持つ子供達ならば即効性があると言う結論が導き出された。


 そこで経験は皆無だったが、代替治療中の子供達への完全サポートを謳うことにした。相談を受けた会津の方も、突然の新規参入者に対してノウハウを出し惜しみなしで伝えた。


 会津としては、人工器官による代替治療に対する国際的な圧力を『数の理論で』押し返せる『パワー』が欲しかったので、松島の試みをどうしても成功させたいという背に腹はかえられぬ事情もあった。


 松島の試みはビジネス的に大当たりした。すぐに社会への貢献が認められて、極めて多数の無名な意識の高い人達からの賞賛を送られた。それを知った日本中のサイバネティクス系企業や民間団体、さらに個人からの寄付が集まり出し、健全な学校運営には不可欠とされる資本金の上昇が顕著になった。


 私立松島高校の理事長専用車が、10年落ちの軽自動車から新古のエコノミー車へとアップグレードされたのもこの頃らしい。


 やがて、義肢や人工臓器を持つ若者を求めて、全国からサイバネティクス関係の企業や研究所が松島へ進出して来た。それに目を付けた聡い政治家が新潟新幹線建設並みの国家予算をつぎ込んで、大震災から復興途上にあった東北地方に一大産業を興す運動を開始した。


 これが大成功して、"東北地方発世界"という日本史上初めて東北地方が経済的に日本をリードできる地位を得ることが出来た(歴史的に東北地方は長いこと貧困と縁の深い土地であり続けてきた)。


『サイバネティクス技術の実用・応用の松島』という概念は現代では世界的な常識の範疇であるが、その歴史は意外と短い。松島は2011年の津波被害の後に、学校を中心に急速な発展を遂げた。一方、会津には20世紀後半から現在の姿の元となる精密生業・加工業の発展が始まっているので、松島の様な火急な変化はなかった。


 会津におけるサイバネティクス系や医科学系の学校運営は、あくまで『出来るからやった』ことに過ぎない。少なくとも、学校運営のために数々の企業を誘致したわけでない。


 一方、松島はその逆だ。学校運営のために、最初の義肢や代替臓器などを使用(または試用)する子供達が集められた。完全サポートを謳った手前、会津に準ずる医療機関が必要なことから、高校にはサイバネティクス系受診能力を持つ病院も併設された。


 すると、自社製品を使用(または試用)してくれるユーザーを求めてサイバネティクス系や医科学系の企業が日本に限らず、海の向こうからも集まってきた(その頃、まだ研究環境が整った場所が少なかったという事情もある)。次ぎに企業を目当てに尖った人材達が集まり、技術系の大学を作る土壌を成立させた。


 松島で、極めて短期間で高校から大学が派生し、企業と大学が一体化した学園都市が出来上がったのは、時代がそれを必要としたからとしか言いようがない(松島の場合、高校が大学の付属とされているが、実は大学が高校の付属と言った方が学校史的には正しい)。


 だから現在の松島という街は学校なしでは経済も産業も立ちゆかない。


 一方、会津では学校は先に述べたように、『出来るからやった』だけの片手間のサービスだ。最大の出資者である天叢雲会病院の活動としては、あくまでオマケに過ぎない。会津における経済・産業基盤はあくまでも病院と医療器具開発であり続けている。


 もし、震災の復興で学校の再建が遅れたとしても、会津の産業に与える影響が極めて限定的に違いない。悔しいけど。


 学校そのものが表向(・・)きは、節税対策の一環とか言う話もあるくらいだから仕方ないか。


 また、会津の方は松島と違って、あくまで民間に手によって自然発生的なプロセスを得て現在の地位を確保した。民間主導と国家主導という違いは鮮明だ。


 その甲斐あって会津には国の予算はほとんど投じられていないので、フットワークが良いし、それでいて少しのんびりしているところもある。それは社会組織として、高い独立性を維持できているという証拠にもなる。


 特に国や特定の大企業から予算を引っ張ると、石田三成みたいに嫌みな会計監査、マルチン・ルターみたいな聖書の世界を理想とでもしそうな頭の硬い道徳人、ロドス・ピーエルみたいに眉間に不自然な皺を刻んでいそうな倫理委員会、ジェームス・フォードみたいな鬼畜企業人みたいな、困った人達を身内に抱えることも認めなければいけなくなる。


 そういうのはちょっと・・・ごめん、無理。


 会津としては、独自文化を滞りなく育み築くために、裏に表に攻めてくる圧力に屈することなく全力で横車を罷り通して来たことが誇りだった。松島と違ってトップランナーだったため、世界から来る風評被害を撥ね除けるには、空気を読むことに()けた政治家やナイーヴ過ぎる官僚の干渉をできるだけ排除して来た過去がある。


 しかし、今後はどうなるか分からない。おそらく、国レベルの援助なしでは会津の再建がならないだろうから、その隙を突かれて今まで培った空気的な堤防は一気に瓦解するかも知れない。


 松島の方はその点は気楽だ。国家予算を含めた全方位的な資金を調達した都合から、最初から中央政府からの天下りの要請を受け入れる必要あった。しかし、面白いことに投入された資金の何割かを出資元に"バック"してやれば、さしたる干渉を受けなかったと言うのだ。


 会津が宗教観に基づく道徳モンスター達の攻勢を()()けた直後の空白期間に、勃興したおかげで松島は海外からの大きな干渉に曝されなかったらしい。二番手と言うのは完成された道を進むだけで事足りるので、あらゆる面で楽ができる。


 結果として今では松島は、『サイバネティクス技術の基礎・理論研究の会津』と並び立つ擬体研究では『双頭(ウロボ)()』を形成する相方にまで成長していた(個人的には質の会津、量の松島って思ってるよ)。


 なお、会津高校の前身は当地に成立していた頭脳工業団地職員や招聘された開発者達の師弟、そして病院の年頃の入院患者を対象した単なる地域学校の一つだったし、これからもそうあり続けるだろう。将来的にも、大学や大学院の設立予定はない。


 というか、その気になって建設候補地を探そうにも、会津ではどちらを見渡しても空き地が見当たらない。伝える土地は全て開発済みである。もしやるというなら、会津盆地に隣接する尾根の向こうの地域を当たった方が効率的だろう。地価もやや安いだろうし。


 会津における全四肢や身体の完全機械化、つまり擬体化治療実績は日本ではもっとも豊富とされている。しかし、会津高校には現在では擬体保持者は私、朝間ナヲミしかいない。人工臓器や義肢を保有する生徒は沢山いるが、在学中の完全に機械化された代替身体使用者は一人しかないのだ。


 最初はこれを不思議に思っていた。しかし、全身擬体者の就学児童や就学者であれば、松島高校では擬体研究への参加を条件に学費・生活費の免除されると知って納得した。奨学金というやつである。


 会津に滞在して施術を受けた彼らは、退院すると家庭の事情で松島へ転院してしまったのだ(最先端治療による高額治療費を払った上に学費を払うというのは、富裕層に属する人達の家計においても無視できないくらいの負担になる)。


 さすが、準国立施設。松島は資金の豊かさでは会津(ウチ)のはるか上を行っている。


 以上が、会津と松島を有する東北地方が、民間サイバネティクス技術の世界首都と言われる由来だ。私がバンコクから日本へ身柄を移されたのには、こういう事情があったのだ。まあ、松島でなく会津に来ることになったのは、やっぱりアサマ先生が私を拾ってくれた御陰なのだが。


 胸ポケットに入れてあった携帯電話が着信音を鳴らした。画面を見ると相田さんの電話番号だ。


「もしもし。待ち合わせ場所に到着してますよ」

「ちょうど良かった。間もなくラヴで到着します」


 ラブ、ラヴ、RAVE、LOVEのどれを指すのだろう。日本人の発音とか和製英語って時々よく判らない。日本語発音アプリも意図的に日本人らしくそのあたりを曖昧に発音するし、私が搭載するパッシブセンサーでもそのように受け取れる。


 おそらく私がそれを日本人の擬体保持者の様に上手に判断出来ないのは、それが私の経験に根ざしたものでないからだろう。元合衆国人だから、ネイティブスピーカーじゃないって意味で。


 厳密な意味では・・・もしかしたら、私の日本語の「愛してる」は葉子ちゃんが言ってくれるソレとはかなりズレが生じているのかも知れない。


 そして、英語で「I love you.」や「I'm in love with you.」と言い直しても、葉子ちゃんが理解するソレとは多少なりともズレが生じているのかも知れない。


 私のソレと葉子ちゃんのソレとは、生涯を通じて、最後まで完全に重なる事はない想いなのかも知れない。


 私達のソレらが、仮に一瞬だけ完全一致で重なったとしても、次の瞬間にはズレが生じてるのかも知れない。


 こうも言えるかな。きっと、葉子ちゃんには「愛してる」と「月が綺麗ですね」は、当然のように同異義語と見なせるのに、私にはそれは出来ない。葉子ちゃんはきっと夏目漱石先生の感性に共感するんだ(「恥ずかしいから、日本人にそんな恥ずかしい事を面と向かって言わせるなよっ!」っていう点も含めて)。


 でも、私はソレに共感できない。そして、私はそんな葉子ちゃん達に共感できない。


 それは思考のベースにある言語の違いがあるからだ。それと言語が背負う、文化、歴史、道徳などは、人の思考の幅と方向を常に束縛する(多言語を習得すると切実にそう感じられると思うよ)。


 日本語と英語とタイ語はまだ近い。愛の告白は「私が貴方を愛している」と言う点は共通してるから。ネパール語だと「(貴方への愛が)私に取り付いた」なんだよ。ネパール語だと、貴方を愛しているのは自分の主体性に起因したことでなく、運命によって起こった事故、だとでも言いたいのだろうか? と突っ込みを入れたくなる。


 この突っ込み衝動が、多文化者間で行われるコミュニケーションのトラブルの原因の一つだ。しかも、相方も常に突っ込み役なので、ボケ役がどこにもいない。これはモメる。


 言葉のやり取りのコミュニケーションと言うのは、単に言葉の持つ意味や価値の交換の手段であるだけではない。


 何故その言葉を選んだのか、

 何故今その言葉を伝えたいと思ったのか、

 どんな声色でその言葉を伝えたのか、

 どんな表情でその言葉を伝えたのか、

 どんな仕草でその言葉を伝えたのか、


 と言うヒントを与えながら段階を得て、ゆっくりと伝えるべきものだ。場合によっては、伝えたその言葉とは単なる口実に過ぎず、その過程の方が重要だったりする。


 異文化者同士の間では、先に述べた様に、言語特性の違いや言葉の伝え方の違いなどによって、それらの過程でエラーが頻繁に生じる。擬体保持者はそれを嫌って、デジタル的なコミュニケーションを多用する。松島のアイダさんもそうだった。


 しかし、それではいけない。だって、生身同士だとそれに加えて嗅覚まで動員している気配があるからだ。絶対、不随意で行われるホルモン分泌も一定の影響力を持っているって思うんだよ。


 私はそこにあるに違いない、育ちの違いに起因する越えられない万里の長城の前に立って、いつも(もだ)えてしまう。しかし、そう言う戸惑いが必ずしも悪い事とは考えていない。


 文字通信とか、表面心理上に捉えた意識の同期とか、擬体同士では一般的に行われているデジタル形式での情報交換だけに徹していれば、グループ内のコミュニケーションにそう言う曖昧さが生じる余地はない。


 でも、誤解の余地が微塵もない完璧すぎる情報交換作業は、私には人生を無謬でも無味乾燥にする、小賢しい悪徳にしか思えない。だから、拒否させてもらっている。


 通信効率の追求はほどほどにした方が良いんじゃないだろうか? "正確さ"がいつも正しくて、"間違い"がいつも誤っているなんて誰が決めたんだろう。個人的な経験によれば、情報交換の齟齬が、予期せぬ新しい素敵な何かをもたらすこともある。それが機械と人間の境。多分、きっと。


 私と葉子ちゃんの間にあって、私が決して超えられない壁は、私にとって愛する人に関する永遠の謎を提供し続けてくれる。そして、それこそが、葉子ちゃんを私にとって永遠に興味の対象として止めてくれる筈なのだ。


 永遠に生じ続けるズレを合わせ合おうとする努力って大切だと思う。あまりに気を緩めると、人と人の関係は冷めて行って、気が付いた時には「すでに消滅していた」なんて悲しい話も珍しくない。頑張って必死で埋めて通れるようになった堀にだって、長年補修を怠り続ければいつの間にか溝が出来ていて必要な時に渡れないことに気付く=永遠に失ってしまった事に初めて気付くなんて事もあるかも知れない。


 でも、目に見える、と言うか目が離せない不安定さがあれば、忘れがちな相互理解(コミュニケーション)人間関係(たがいのせっしかた)のメンテも副産効果として、同時に行える。・・・と、今はそういう考えに至っている。


 でも、普通の擬体の人にはそういうのうざったいだろうね。それは分かってるんだけどね。これが私なんだから仕方ない。有り様を否定出来る筈もない。


 久しぶりに「ラブ」を日本語の辞書検索しようか迷っていると、ものすごくゴッツイ、角張ったトラックくらいある自衛軍車両が駅のロータリーを回ってくる。


「なるほどL.A.V.・・・軽機動装甲車ですか・・・」


 横長のナンバーが付いた軍用車両が私たちの前に停車した。バンパーの所に『松基7空団』と白抜き文字で書いてある。


 助手席にある窓、と言うより目出し穴と言った方が的確(?) なbattlementsみたいな車窓の内側に相田さんの顔が見えた。日本語に上手に翻訳されていないんだな。


 葉子ちゃんよりも隣のチーちゃんが焦っている。そりゃそうだろう。


こんなにごっつい軍用車両でお迎えに来て意表を突くなんて反則だよ。


 乗り方が分からなくて困っていると相田さんが降りて来た。そして、後部座席の防弾ハッチだかドアだか分からない蓋を開いてくれた。助かる。意外と紳士だ。前言半分だけ撤回しよう。


 まあ、普通、そこが開くこと知らない。そこを開けて乗り込むなんて思いも付かない。


 私と葉子ちゃんがやたらに高い車高の車室内に乗り込むと、相田さんが今度は蓋を閉めてくれた。外なんかぜんぜん見えない。これで葉子ちゃんと二人でドライブ行くんなら最低のチョイスだな。


「すみません。立て込んでてカボチャの馬車は用意できなかったんです」

「・・・」


 もしかして、気の効いたジョークのつもりだったんですか?


 命の恩人との久々の現実世界での再会だったってのに・・・ゴメンナサイ。感謝の気持ちが半分にまで縮小してしまいました。


 ところで、当初の予定では、チーちゃんの新しい生活場所を探検するために、駅から私立松島大学医科学研究所附属病院まで歩いて行く気だったんだよね。

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