2037年3月10日、正午、宮城県東松島市、JR東日本仙石線鹿妻駅南口 〜その3
ナヲ先輩と葉子先輩に、宮城県東松島市、JR東日本仙石線鹿妻駅南口まで連れて来てもらったよ。
今日から、私立松島大学医科学研究所附属病院の石斛会に転院する事になった。
そして、来月から、私立松島大学付属高校に留学する事になったので、私は長いこと住み着いていた会津から離れることになったんだ。
来年度の私立会津高校の新入生は、病院付属の中等部からのエスカレーター式進学者のみ。それは予定されていた入学試験が中止されたせいだ(我が校に他校からの推薦入学枠と言う邪悪な制度はない)。
入試が中止された段階で、2037年度の入学資格保持者は私を含めて計5人だったが、私以外の4人は進学を辞退したり延期することを希望した。だから、現時点で、私はたった一人の新入生となってしまった。なんてこった。
まあ、仲の良い先輩も沢山いたので、それはそれで良いか、と思っていたのだが問屋はそう易々と降ろさない。会津での私の治療継続が困難になった。結局、石斛会での治療引き継ぎを目的に宮城の私立松本高校への短期留学を指示されてしまった。
短期留学なので、単位の収納先はあくまで私立会津高校だ。だから、希望すれば制服も私立会津高校指定を選ぶこともできる。そして、松本のカリキュラムには「飛び級制度」が存在する。もし、来年までに判定テストに合格すれば、「トランスファー(合衆国の大学が採用する非富裕層にメリットの多い制度)」制度経由による単位認定に成功を条件に、ナヲ先輩と葉子先輩と机を並べて勉強出来る様になるかも知れない。せいぜい励んでみようと思っている。
転院と転校を機に、ナヲ先輩と葉子先輩とか会津高校の義肢臓クラブのみんなとお別れするのは嫌だった。けれど、あの大震災で会津の街が壊れちゃったんだから仕方ないとは理解している。朝間先生は施設と組織をすばやく再建して、絶対に一年以内に戻って来れる様に計らうと約束してくれた。だから、今は会津をちょっと離れるだけと信じて、しばらく頑張ってみる気になった。
私を可哀想と思ってくれたのが、天叢雲会病院は移動の付添人にナヲ先輩と葉子先輩を選んでくれた。そして、移動日に余裕を持たせてくれたから、みんなで東京に一泊して観光することも出来た。
葉子先輩は会津の被災状況を生で見てしまったせいか、東京駅を降りてステーション・ホテルへ移動するだけのちょっとした距離を歩いたら、ポカンとして・・・呆気に取られていた。通勤するサラリーマン達の姿が非日常に感じられてショックだったとか漏らしてた。
それを聞いて、本当に1年で会津に戻れるのか心配になった。私としては4月からあのせあぶり山の麓の高校に進学して、みんなと一緒に高校生活を送れるものと期待していた。しかし、あの憧れていた校舎もすでに崩れてしまったそうだ。学校敷地内の施設で、唯一被害を免れたのはあの小山の上にある小さな神社だけだって。
朝一番で魚沼を出発したら、ものすごく早い時間帯に東京駅に着いちゃった。さすがにまだチェックインには早過ぎた。だから、ホテルのカウンターで大きな荷物を全部預けて、チェックイン出来る時間まで都会を遊び尽くす事にした。
葉子先輩が三人分の乗車用の非接触式IC乗車券"Suicaカード"を買ってくれた。二人が以前使っていたカードは・・・多分、学校の瓦礫の下へ埋まったままらしい。本当は再発行も出来るらしいんだけど、本人証明になる書類もまだないから出来ないんだって。
新しいSuicaカードは天叢雲会病院発行の身分証明書を使って、何とか東京駅のみどりの窓口で発行してもらった。そしたら、政府が急いで議会を通過させた『被災者生活再建支援法』のおかげで、往復用に買った新幹線の切符の東京都内均一料金として拡大解釈されると駅員さんが教えてくれた。
えー、つまり、JR東日本でなら東京都内の全駅で乗り降り無料になると言う。駅員さんは素早く、新幹線の切符の内容を新しいSuicaに移し替えくれた。明日の新幹線もこのSuicaで乗り降り出来るって。
まずは、憧れの原宿へ連れて行ってもらった(二人とも東京は初めてだったみたいだけど)。東京駅から新宿でも、秋葉原でも、渋谷でも、池袋でも! 山手線の電車一本だけで雑誌やニュースに良く出て来る有名な駅に行けるとか凄い。只見線とか磐越線とは比べられない便利さと・・・混雑ぶり。
原宿駅では、わざわざ竹下口を利用して竹下通りへ。そこでは私が一番元気だったみたい。いろいろ買い物して、青山通りまで行って食事をした。
青山のレストランでは、生身用の食事だけでなく擬体用の食事も完備されていた。驚いた事に、全メニューは生身・擬体共通だったのだ。それは、どの料理を選んでも生身・擬体のいずれの条件でサーブできると言うこと! 飲み物も共通だと言う!
シェイクのフレイバーだけ取って見ても、選び切れない位にたくさんある! さすが大都市だ。本当にすごい。ナヲ先輩もあまりに広い選択の幅に戸惑っているみたい(会津じゃ、有るか無いか、だけだもんね)。
会津だと擬体や人工消化器官の人は、事前に飲食店が擬体メニューを扱っているか確認する必要があった。けれど、東京ならどの飲食店に入っても問題なさそう。実際、興味があっていろんな店のメニューを覗いてみると、擬体食を取り扱っていない店はごく少数だった(それらはだいたい個人経営の小店舗だった)。
確かに、街を行き交う人々を見ると、擬体保持者っぽい人がちらほら目に付く。会津だと1日一度見るかどうかだ。都会と田舎では、擬体用の飲食材の流通規模が全く違うんだと良く分かった。
でも、さすがはナヲ先輩だ。街を行き交う擬体保持者とはまったく動きが違う。特に宇都宮から帰って来た後は、さらに人間らしさに磨きが掛かった。よっぽど上手く調整できたんだろうな。店の人も注文するまで生身と思ってたみたい。擬体用の飲み物を注文したら、保健所の指導で提供できないと『お断り』までされちゃったよ。
それから、明治神宮に参拝した。みんな、早く私が会津へ戻って来れますように、とお祈りしてくれた。嬉しい。
その後は新宿に行った。葉子先輩はデパートで、売り場の女の人とナヲ先輩に試用してしながら、擬体用の化粧品の相談をしていた。擬体用などの特殊な商品は、会津では基本的に注文・取り寄せによる取扱品だったので、試用して選ぶチャンスはなかなか無かったらしい。
生身と擬体ではまだ、大きな差があるんだと知った。ナヲ先輩が私に生身でいる方が良いって言い続けるのは、こういうことがあるからなのかな?
でも、葉子先輩はナヲ先輩の本当の家族みたい。私も結婚して、家庭に入ったら、葉子先輩みたいに旦那さんに尽くすのかな。でも、今のままじゃ妊娠とか難しいかな。早く病気が治ると良いのに。私もナヲ先輩みたいに早く素敵な嫁が欲しいよ。
その後は一度、東京駅のステーション・ホテルに戻った。チェックインして、買い物に荷物をまとめた。そしてシャワーを浴びて、休憩した。
夕方になって、秋葉原観光に。ナヲ先輩はどこで調べたのか、玄人しか入りそうにない怪しげな電気屋さんに寄って、良く分からない物を探して買った。半導体とICチップとか言ってた。最近、すっかり忘れていたけれど、この人、金髪で青い目のガイジンさんだったんだ。それが流暢な日本語でへんてこな物を探しているらしく、店の人が驚いてた。擬体技術者に渡して、何か道具を作ってもらうらしい(さすがに半田ごては義肢で扱うのは危険らしい)。
最後に大急ぎでお台場まで、新交通ゆりかもめで夜景を見に行って、東京観光を終えることにした。そして、次回はお台場でゆっくり遊ぶ時間を作ろうと約束した。
その夜は寝るのがもったいなかった。室内のベッドを無理言って3つにしてもらったので、寝る時もみんな一緒だった。でもすぐに仙台で一人になるのかと思い出したら泣けた。
朝、ホテルをチェックアウトする時、葉子先輩が手続きをしていたら、誰かがずっとナヲ先輩を見ているのに気が付いた。私だけすることがなかったから分かったんだね。さすが、綺麗な女の人は視線を集めるんだ。
その人と目が合ったら、その人は目を逸らした。そして、どういうわけか次の瞬間、見失ってしまった。よっぽど恥ずかしかったんだろうか? ストーキングはいけませんよ。
その後に大荷物のスーツケースをガラガラと引っ張って新幹線ホームへ行ったら、駅員さんが近づいて来て、乗車する新幹線が予約の手違いで「はやぶさ」から「はやて」に変更になったと伝えてくれた。なんでも時刻表で1本早い列車への変更らしい。早く着くのは良いことだと、葉子先輩がすぐに了承した。
運の良いことはあるものだ。「はやぶさ」の予約席は普通座席だったのに、「はやて」ではグラングラスという大きな席が用意されていた。窓が大きくて、風景が良く見えた。それに周りの席がすべて空席だったので、私達は車内を右に左にと自由に移動しながら車窓を楽しめた。
仙台にはすぐに到着してしまった。車内の掲示板には仙台到着が表示されなかったので、乗り過ごすところだった。すごく身体の大きな乗務員さんが教えてくれなかったら危なかったよ。その人は私達の大きなスーツケースをホームまで軽々と運んでくれた。
VIP扱いだったのはそこまで。後は仙石線鹿妻駅までローカル線だ。鹿妻駅に到着する直前に左手に大きな病院が見えた。"私立松島大学医科学研究所附属病院・鹿妻分院"と書かれたでっかい看板が見えた。もう着いてしまった、と少しブルーが入ってしまった。先輩達との旅行はここで終わってしまうから。
プラットホームに着いてから、順番でトイレに。連れ立っていけるほど個室の数が揃っていなかったので。
葉子先輩が一足先に用事を終えて、相田さんに電話で一方入れてから改札口を抜け出た。駅前の大きな飛行機が待ち合わせ場所の目印だって。
相田さんが嫌いなわけじゃ無いけど、やっぱりこの二人とこのままずっと一緒に居たいな。
年始連続投稿は今回までです。約一週間お付き合いいただきありがとうございました。次回からは通常ペースに復帰します。なお、次回の投稿は1/12(金)で予約されています。




