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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年3月10日、正午、宮城県東松島市、JR東日本仙石線鹿妻駅南口 〜その1

 ある晴れた日、宮城県東松島市、JR東日本仙石線鹿妻駅南口までやって来た。ここは海辺に近いせいもあって、風が強くてとても寒い。まあ、雪に埋もれる会津や魚沼よりはよっぽどマシだけれど、さっきまで滞在していた東京と比べるとやっぱり寒い。と思う。


 少なくとも私の"身体"は寒いと言っている。というか、新しい擬体になってから、寒さってやつが本当に嫌な物だと体感できる様になった。前の擬体だと、寒さと言う物は・・・警告が画面の片隅で点灯しているだけの、何と言うか硝子一枚隔てた向こう側のリアリティーみたいなものに過ぎなかった。だから、つい、その害を軽視しがちだった。そのせいで、生身の葉子ちゃんに風邪を引かせてしまったこともある。


 ここまで来るのは大変だった。だって、会津大震災で磐越道、国道、鉄道のトンネルがすべて壊れてしまったので、会津〜郡山間の公共交通が未だに回復していなかったんだもん(簡易舗装の悪路で良ければすべての難所の通過は可能)。


 現状、震災から復興中の会津から外部への確実な交通は西方面へ向かう手段だけ。つまり、鉄道なり、バスなり、新潟市経由が一番確実なルートだ(復旧したとは言え、只見線で長時間かけて南へ向かう選択は現実的ではない)。そして、私達の避難先の魚沼からの長距離移動をする場合でも新潟回りが一番便利だ(流石、新幹線の魚沼トンネルと妙見トンネル。地盤隆起やひび割れ被害は無し。2004年末に起こった新潟県中越地震からの復旧作業時に贅沢な補修が実行されたせいだと思う)。


 だから、私達は新潟の魚沼から宮城の仙台まで来るのに、まずは新潟駅まで在来線の電車で向かった。そこからは、上越新幹線で終点の東京駅まで行った。最後に、東京駅で東北新幹線に乗り換える必要があった。


 なんと無駄の多い旅路だろう。郡山まで会津から直接に行ければ、仙台なんてすぐそこなのにね。


 宮城県に来たのは初めて。松島周辺は多島海な観光地として有名だが、私たちが下車した駅からはそんな素敵な光景は見えない。とは言え、ここも2011年の東北大震災で津波の被害を受けた松島空港がすぐ近くなんだから、海はそう遠くないはずだ。


 旅の道連れは、葉子ちゃんとチーちゃんだ。葉子ちゃんは私の人生街道の道連れであり、魂の片割れだ。そして、私の擬体のメンテもしてくれる頼りになる擬体介護士さんでもある。


 チーちゃんこと廿里千瀬とどりちせ)は、中等部の後輩。静岡県から難病治療のために会津まで越境修学していたんだけれど、先の会津大震災の影響で万全な配慮が難しくなってしまった。そこで、一時的に私立松島大学医科学研究所附属病院への転院を余儀なくされた。来年から一緒の校舎で勉強できると思ってたのに、残念でしょうが無いよ。


 なんでも被災者が押し寄せたことで、チーちゃんの病状の悪化を抑えているマイクロマシンの管理するリソースが確保できなくなったらしい。ただし、私立松島大学医科学研究所附属病院の石斛(せっこく)会は、彼女にとってはまったく無関係な組織ではない。同会には彼女と同じ病気に悩まされた末に、全身を代替化、つまり全身を機械化する擬体となることで病状を克服した患者が多い。


 一方、会津の天叢雲会病院では、今のところは可能な限り全身機械化治療(=擬体化治療)を避ける方針を採っている。そのため、両組織は互助関係にあり、人、物、情報の交流が盛んだ。


 そして、松島高校の擬体のアイダさんは、特にチーちゃんと遺伝子的な近似性を持っている。そう言う事情で、彼女にインジェクトされるマイクロマシンはアイダさんの仮想生身でシミュレートされていると言う縁がある(ボランティア活動の一環である)。


 実際、チーちゃんとアイダさんは知らない仲でもない。今ひとつ趣味の合わない兄妹みたいな、不思議な関係下にあるらしい。チーちゃんはアイダさんを信頼しつつも、今ひとつよく分からない人だと思っているらしい。


 で、私と葉子ちゃんで、チーちゃんを引率して宮城県東松島市、JR東日本仙石線鹿妻駅南口までやって来た。


 と言う訳では無い。引率者は葉子ちゃん一人だ。


 ガイジンの私と静岡県民のチーちゃんにとって、東日本エリアは、会津周辺を除けば地理感がゼロだ。だから、天叢雲会病院は葉子ちゃんを『介護人』として付けることにした。


 それも、慣れ親しんだ会津を離れて、しばらくの間松島で暮らす事になる、中学三年生の女子に対する配慮であるはずだ。


 チーちゃんが必要としている治療は、日本では松島、会津、東京でしか受けられそうにない。そして、東京は患者数が多過ぎて、書類面では受け入れてくれても、現場ではたらい回しにされそうだった。だから、最初から選択は松島以外にありえなかった。


 で、私は私で用事があった。松島からの帰り道に郡山駅で途中下車しなくてはならない務めがあった。それは、郡山市朝日の入国管理局出張所への出頭。


 自分でも忘れがちだが、私はまだ日本に永住する権利を持ち合わせていない『難民認定希望者』だ。だから、仮滞在許可書の更新手続きをしなければいけないのだ。福島県庁の入国管理局の審査部に電話で問い合わせてみたら、「ポストに申請書だけ入れておいてくれ」れば間違いなく事後承認するとの回答だった。


 さすがに、震災の後始末で忙しくて、在留外国時の出頭に対処する余力は無いけれど、出頭しなくて良いと言えない融通の効かなさが日本の組織らしいと思った。しかし、こういう時にキチンとやって置けば後の審査に良い影響を残してくれるかも知れない、と礼を尽くすことにした。


 葉子ちゃんは葉子ちゃんで、アイダさんに一度会って直接にお礼をしたい、とも言ってた。だから、三者三様に用事があったのだ。


 そういうわけで、私達三人は駅前ロータリーの端に安置された、三菱T-2高等練習機の亡骸を再利用したステーション・キーパー前に立っていた。葉子ちゃんが事前に連絡したら、アイダさんが車を出して迎えを出してくれると言ってくれた。紳士で助かるなあ。

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