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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年2月19日、AM8:45、新潟県魚沼市・西名新田、私立会津高校・西名新田仮設分校、1年生用教室

 ナヲちゃんと私は、一昨日、2月17日に目出度(めでた)く天叢雲会病院を"出所"する事が出来た。まあ、ナヲちゃんは純粋に治療だったから退院扱いとしても良いだろう。しかし、私は入院患者として迎えられていた筈なのに、気が付くと准看護師としてこき使われていた。"服役期間"を無事に勤め上げた末の解放だったんだよ。ボランティア労働中は模範囚でありましたでしょうか?


 機械化身体(擬体)補助士3級資格を持っていたのが運の尽きだった。これはあくまでナヲちゃんに尽くすために取得した資格だったと言うのに、そのせいで最愛の彼女の元から引き離されて、次から次へと流れてくる見知らぬ患者さん達の処置に追われることになってしまった。無念だ。


 でも患者さんに接していると、今回の震災において、自分はとても幸運だったんだな、と神様とナヲちゃんい感謝せずにはいられない。少なくともナヲちゃんが頑張ってくれなかったら、私はここで、逆に治療されている立場にあったかも知れない(死体袋に入って検死官の前に送られる可能性は怖いので排除!)。


 しかも、天叢雲会病院の婦長さん怖かったよ。今までは擬体関係でお手伝いするにも、明けても暮れてもナヲちゃん一人だけだったから、ゆっくり考えて何をするがベストなのか判断する余裕があった。なのに、私が()り出された現場は、必要に追われて病院側が付け焼き刃的に増室を重ねたER(=緊急救命室)の一室だったから、状況に応じて反射的に決断して処置するしかなかった(会議室や喫煙室までも使って、最終的に6室も仕立てたので人手不足は慢性的。それでも膨大な数に上る患者数にはとても対応できなかった)。無理無理。私、資格持ってるけど素人なんです。


 だから、婦長さんに怒鳴られながら、それでも訳が分からないまま働いていた。おかげで、擬体関係の主要なコマンドラインのブラインドタッチ(緊急時にはGUIなんかで悠長にコードを弄っている余裕ないから!)、液晶画面の制御盤を見ながら手の感触を頼りにしたコード類の取り外し、義肢系の強制パージと強制再起動の裏技まで覚えてしまった。


 さすがに生体パーツや代替ボディ化されていない部位までは扱わされなかった。しかし、ER内に漂っていた、あの血と油脂、それが酸化した臭いは最後まで慣れることが出来なかった。


 それでも、実地経験を十二分に稼げたので、機械化身体(擬体)補助士3級資格保持者を実技免除、学科試験だけで受験できる資格は得られた。そして、婦長さんから証明書も貰えた。だから、年末までには昇級のための受験に挑戦したいと思っている。


 で、一昨日、陸上自衛軍が先導する車列に混ざっていた雪上車に乗って、峠を越えて無事に新潟県魚沼市・西名新田、私立会津高校・西名新田仮設分校まで、ナヲちゃんを連れて到着した。雪上車の側面は「美ヶ原高原・王ヶ頭ホテル」と白抜きの文字で書き込まれていた。松本市の観光協会が送ってくれた、旅客送迎用として使用されていた車両だ、と車内で迷彩服のオジサンに教えてもらった。


 西名新田仮設分校へ到着すると、ナヲちゃんと私へは、仮設寮118号という二人住まい用の一軒家(というかボックス?)があてがわれた。それは真四角のプレハブ建築で、とにかく天井が軽そうなデザインだった(完全一体整形=継ぎ目が無いので、雪解け水による水漏れが起こらない仕様だそうだ)。裏手に雪が落ちるように、屋根だけが30度程度の傾斜が付けられていたが、とにかく無個性だ。私達が最初に手に入れる愛の巣としては、いささか、いかがなものであろうか?


 住めば都? 住めば宮殿? そんな事は後になって言えることだよ(近代化改装されていない古城なんて暗くて寒いだけだから!)。


 なお、百合子さんも書類上は魚沼市へ避難している。だが、有能で多忙なだけに、やっぱり柳津町の方でなく、会津の方で何かやっているらしい。だから、私は目出度く、ナヲちゃんのルームメイトとなることが出来た。そう、誰かがナヲちゃんの側にいなければならないのだっ! 擬体だって換装したばかりなのだから、細心の注意で見守る必要があるのっ!


 仮設寮118号に入室したのは日暮れ時だったけれど、大した荷物もなかったので引っ越し作業は5分で終わった。必要な物は予め用意されていた(最低限の擬体用ケアセットまで!)。会津の寮は地震で屋根が落ちたらしいので、今頃は私の私物は雪の下で凍り付いていることだろう。ナヲちゃんとお揃いの、ゲームセンターでゲットした人形、それからナヲちゃんからもらった手編みのマフラー、春に掘り起こしてクリーニングに出せば復活してくれるかなあ?


 その後、近くの診療所で病院の外来患者をケアしている擬体生物博士の宇留島さんから電話が掛かって来て、私とのホットラインの登録作業を行った。これで宇留島さんはナヲちゃんと私のGPSを常時チェックできる。そして、ある一定ガルを越える加速度データが加わると自動的にアラームが鳴る様になった。


 宇留島さんとは病院の方で、何度か顔を合わせたことがあるけれど、しっかりとお話する機会をまだ持てていない。この機会に一度、挨拶に行かなければいけないと思っている。


 その晩は、ナヲちゃんが何かを怖がっていたので、一緒のベッドで手を繋いだままで寝た。狭いシングルベッドだったけれど、小柄な二人にはちょうど良かった(特に、私の身体が小さ過ぎるらしい)。


 しかし、幸せはそこまでだった。幸福ってのは長く続かない。噛みしめる余裕なんかない。刹那的。さようなら、私の満ち足りた時間!


 翌朝、初登校の準備をしていたら、柳津町の婦長さんから緊急の『出頭要請』が伝えられた。会津方面から義肢・擬体・代替臓器などの取り扱い(治療)に精通した看護婦の大量派遣を要請されて、またまた、一時的に極度の人手不足に陥ったそうだ(それいつもの話ってことよ)。と言っても、自衛軍が誘導する護送車列(コンボイ)の午前便はすでに出発した後だったし、只見線の只見駅行きは3時間は最寄り駅に入線しない。それを理由にお断り申し上げると・・・曰く「そろそろ迎えが到着しているはず」だそうだ。


 どこからか、どこかで聞いた車のクラクションが聞こえる。確かあれは・・・ナヲちゃんとSLに乗った後で、会津まで戻る時に乗せてもらった・・・。


「百合子さんの車の音がするよ」


 髪を梳かしていたナヲちゃんが気が付いた。ああ、そうだ。これは百合子さんの赤い古い自動車の音だ。特徴的なのは、古い「ターボ」とか言う機械の音のせいだそうだ。


 で、私は自衛軍のコンボイ以外は表向き通行禁止の六十里越峠を、百合子さんの運転でほとんど車の向きを横にしたまま通り抜けた。六十里越トンネルに差し掛かった時は、本当に死ななくて良かったと思った。確かに、あれだけ滑る道だとタイヤで路面に設地させて粘着力を稼ぐより、雪を広い面積で押しのけながら進む方が、方向や速度調整はし易いんだろうけれど・・・ゴメンナサイ。帰り道は絶対に自衛軍のコンボイでお願いします。


 病院に到着した私は、擬体用燃料電池の緊急停止(スクラム)作業に立ち会う機会を得た。それは貴重な初体験だった。百合子さんの車の中で白衣に着替えた状態で病院に到着すると、同時にその擬体保持者の患者さんも救急車でやって来た。私は婦長さんに「そのままストレッチャーに付き添ってERへ入れ」との指示を受けた。


 病院内で使える現実拡張用ゴーグルを掛けると、擬体の状態がすぐに送られて来た。どうやら震災で致命的な衝撃を受けながら、そのまま放置されていた燃料電池が暴走しかけているらしい。本人もそんなことになると思っていなかったろうし、そんな余裕もなかったのだろう。


 過剰放電はすでに始まっていて、すでに意識があるのがどうか、外観を観察するだけでは分からない。たぶん、マイナス極かプラス極のいずれかの触媒棒が曲がって、どこか、碍子絶縁体以外に触れてショートしてるんだ。


「絶縁手袋・・・」と探していると、婦長さんが投げて寄越してくれた。私はすぐに身につけて、ストレッチャーがERに付く前に、震災の日に百合子さんがやって見てた様に、首の横の皮膚をメスで切除して、制御ケーブルやパイプをすぐに付けられる状態にした。


 すると、待ち構えていたように婦長さんがその端子に、制御ケーブルやパイプを接続する。途中、大きな火花が上がった。ストレッチャーの金属部と擬体がショートしたらしい。


「ったく。ここまで放っておく馬鹿がどこにいる!」


 そう怒鳴ると婦長さんは、生身なら胃のある部分に瓦5枚は割れそうな見事な正拳突きを一発お見舞いした。すると、ショートが収まる。


「森、覚えておきな。大抵の擬体には、ここに触媒棒に繋がるブレーカーユニットが入っている。そいつをたたき割ってやれば、燃料電池が発電を抑制する仕組みになっている。ただし、教科書には書いてないから、テスト用紙にそんなこと書くなよ!」


 どうやら、現場の荒技の一つらしい。しかし、勉強になる。ナヲちゃんのピンチをまたこれで一つカバーできる知識を得られた。


 その後は何の問題も起こらず、燃料電池は沈黙した。そして、擬体そのものもスリープモードに入った。その後、私達は擬体の服をすべてはぎ取って、洗浄消毒台へと乗せてクリーンルームへ送り出すことにした。後は機械が自動で擬体をクリーンルームへ送り込むに相応しい状態にして、燃料電池機関師へと送られた(今日は、荒川さんの組じゃないみたい)。


 なお、擬体の洗浄作業は脳核のバックアップ・バッテリーが切れるまでに終わらせないと、大きな医療事故に繋がりかねないので要注意だ。


 患者さんをERから送り出した後、私は深く考えさせられた。


 ナヲちゃんは瓦礫の海の中で、しかも私のお腹の上で燃料電池の緊急停止(スクラム)処置を受けた。緊急停止(スクラム)とは本来は原子炉で使われる専門用語だったと言う。しかし、今ではヤバイ物を急いで止める場合は、いろんな分野に渡って流用される様になっている。


 何でも、燃料電池の過放電やマル・ファンクションは爆発性の高い水素の発生や、過発電による感電を誘発するので危険なんだそうだ(つまり、私が病院で体験した事は、かなり危険だったということでもあった。閉鎖空間でショートした火花で水素に火が点こうものなら、深く考えなくても洒落にならないことは分かる)。


 ナヲちゃんの時は、爆発の危険が考慮されて現場は一時的に封鎖されたそうだ。で、相田さんと百合子さんが自らの命の危険を顧みず、自発的に処置役を買って出てくれたそうだ。また、そのために、最優先で掘り起こして貰えたそうだ。それはそうだよね。他の生徒を掘り起こしていたら、みんな爆発とか感電で二次災害くらってしまいました、じゃその後の救出活動もままならなくなる。


 もしかしたら、だけど・・・朝間先生だか、婦長さんがこれを体験させるために呼び寄せたんじゃないかな、なんて考えた。あの時、自分のお腹の上にどれだけ危険があったのかを認識できる機会となったことは間違いない。相田さんと百合子さんには本当に感謝しないと。あの後、相田さんにもまったく会えてないんだけれどね。一度、松島まで出向いた方が良いかも知れない。


 で、何とか夜勤までぶっ通しで働いて、翌朝、復活したばかりの空路便で、燃料電池を換装した患者の転院移送を見守りながら魚沼へと帰還した。臨時ヘリポートで移送患者を待ち構えていた救急車が出発するのを見送ると、私は管制室と言うバラックの横の駐車場でタクシーを捕まえた。そして、そのまま学校への初登校を果たした(昨日の朝、呼び出された時すでに学校の制服に着替えていたので、その制服にもう一度着替えてから帰って来たのだ)。


 しかし、眠いのを我慢して登校すると、なんと学校にナヲちゃんの姿はなかった! 久しぶりに会った同級生に尋ねてみると、先日も登校していないと言う。どうやら、サボりを決め込んでいるらしい!


 どうしたんだろう。換装したばかりの擬体管理アプリがエラーを起こしたか? バックアップ作成中にトラブって一昨日のデータから再構築中か? はたまた静電気帯びた骨格フレームのせいで爆発的な髪型になって収拾不可能でパニックってるのか?


 心配だ。


 電子パッドにインストールされている日誌アプリを立ち上げて、教室の教卓のネットワーク端末に配布用のデータを転送していると・・・胸ポケットの中で携帯電話が鳴る。どこからとこなく電話が着信した。しかし、これは番号非登録の着メロだ。


 どこからの着信だろう? 不思議に思って携帯の画面を見るとなんと先頭に『025』との表記が。これは魚沼市西名新田の市外局番だ。これだけで誰が電話して来たのか分かった。ナヲちゃんだ。ナヲちゃんしかありえない。


 そう言えば、あの部屋には黒電話があった。アサマ先生の家にあった、20世紀から引き継がれて利用されて来たという伝説の有線電話があった。あれ、使用可能だったのか!


 今や市外局番のある有線電話を使うなんて、高度なバックアップ用回線か、電磁パルス攻撃を嫌う軍事ネットワークくらいなんじゃないだろうか? または変わった人。ああ、ナヲちゃんはそういう人だったんだ。


「もしもーし、ナヲちゃん?」

「何で分かったの?」


 凄く意外そうな声にため息が出た。天然ボケとしか言いようがない。それとも、自分以外の誰もが有線電話を日常的に使っているとでも思っているのだろうか?


「伝説の黒電話で連絡してくる知人はナヲちゃんしかいないって」

「失礼ね。ちゃんとプッシュ・フォン式に改造されたNTT公認の電話機よ。FAXが付いていないくらいで旧式扱いして欲しくないわ」


 FAX(ファックス)・・・それは一体どんな機械なの? と突っ込みを入れたいところだがぐっと我慢する。

「それでどうしたの?」

「うん。今日は学校休むね。ゴホゴホ。いつ帰ってくるの?」


 ん??? 何か他の人がいる気配がする。とりあえず、帰って寝るか。ナヲちゃんがいないんじゃ、学校で眠らずに頑張ってる意味ないし。


「奇遇ね。私も欠席よ」

「え?」


 私は迷うことなく電子パッドの出席簿に、私とナヲちゃんが本日はインフルエンザで病欠と入力した。そして、教卓のスロットに突き刺して職員室のサーバーにデータをアップロードした。


「私たちは悪性のインフルエンザに感染して病欠だから」

「?」

 私はすべてを放り出して学校から逃亡する事にした。病院でパクって来たナヲちゃん用の皮膚ローションを詰め込み過ぎて、やや不格好に膨らんだトートバッグを肩に掛けて小走りで教室を出た。


「今すぐそっちに帰るから」

「へ?」


 そこで私は通話を切った。同時に携帯電話の電源も切った。クラスの担任から確認の電話を受けられない様に、と。



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