2037年2月13日、PM、天叢雲会病院サイバネティクス研究病棟・医学博士朝間の作業室
〜前書きです。読むのが面倒臭いと思ったら、
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私立会津高校の大多数の生徒達は、幸運にも先の大震災禍を潜り抜けることが出来た。地震発生時に校舎内にいた者達はほとんどが、倒壊した校舎の瓦礫によって生き埋めとなってしまった。しかし、何処に埋まっているのかを正確に示すGPSリストが救助活動の現場に届けられていたために、生徒達がすぐに掘り出して貰えたのは本当に幸運だった。
それでも、五体無事とは行かない不運なケースも少なからず見られた。そして、残念なことに少数ではあったが犠牲者も出た。
ほとんどの犠牲者が検死報告書(死亡診断書)上では「地震発生直後に即死」と記載されていたのが、せめての救いだった。運悪く瓦礫に全身を押しつぶされてしまったり、強く全身を打たれていたり、棒状の何かが重要臓器や動脈を貫いた事による出血性ショック死だった。
ほとんどの検死担当者は、敢えて「何が自分の身に起こったかを知ることもなく死に至った、と思われる」という内容の所見を報告書に必ず書き加えていた。彼らの仕事を評価する立場にある病院、警察、検察などに嫌われる所見を、敢えて目立つ様に付け加えたのは、子を持つ親であった彼らによる遺族への配慮だろう。その言葉がもし伝わるようなことがあれば、近親者を失った者の心が救われる場合が多いことを知っていたのだ。
学校運営側は親から子供を預かる者の責任として、生徒達の安否確認に全力を注いだ。それでも全ての避難所を回って、五体ほぼ無事の生徒達を新潟市秋葉区の総合体育館の片隅へと集合させるのに、震災発生から3日間もかかってしまった(病院へ収容されていた生徒達は即時に身元確認が行われていたので、翌日にはすべての情報が取得・整理・連絡済みだった)。点呼作業が終わった後は、基本的に生徒達それぞれの故郷や自宅へ帰宅することを薦めて、その支援を始めた。
しかし、それでもまだ瓦礫の間から煙が立ち上る会津への残留を希望する生徒達が少なからずいた。そこで、学校運営側は関係機関と折衝した後、残留希望者を連れて六十里越峠を越える決断をした(実際は、峠その物が積雪による通行封鎖で通過出来なかったので、日本海方面から反時計周りで移動した)。彼らに示された約束の地は「新潟県魚沼市西名新田」だった。
その町は、会津若松市や只見町からは西方、田子倉湖を抜けた先にあった。世間では、魚沼地方、または中越として知られる新潟県の中央部に属す地域だが、移転場所その物はそのまた最も外部に属すエリアあった。
新しい私立会津高校の仮校舎は、丘というか町の中央を流れる川底からちょっと標高が高目の傾斜面の中腹にある広場、サンスポーツランド守門と言う公共運動施設をまるごと借り受けて、組み立てられた。
急いでグラウンドの除雪を行い、平面に鉄筋を敷き詰めた上で、速乾性のコンクリートで整地された。おかげで最低限の平面性は保持されていた(重力と平面張力が作り出す程度の平面性。測量による調整はされていない)。
なお、あくまで、仮設分校として新潟県と地元自治体へは申請された(形の上で申請審査継続中として処理されている)上での設立だった。
私立会津高校の維持が厄介だったのは、同校の基本理念だった全寮制というシステムだ。生徒の住処、さらにそれらを維持する衣食住のインフラの構築までが求められた。そこで地元自治体は、国道290号線沿いにある白石生活改善センターをまるごと借り上げて、私立会津高校へと貸し与えた。さらに、施設内に仮設住宅を配置することで生徒が住む『食住』まではを整えてくれた。
最初は、空き施設が3つ隣り合うという利点を生かして、守門温泉SLランドとして知られていた元温泉旅館「青雲館」、元老人介護福祉施設「魚沼市守門高齢者センター」と「ふる里会館」をまとめて復活させようと言うアイデアがあったらしい。しかし、実際居調べてみると老朽化が激しく挫折した模様(温泉施設だったので、分校閉鎖後には地元で使おうと考えていた老人会は甚く残念がったと言う)。
私立会津高校の学校運営が、魚沼市の市街地まで降り切った場所に仮設分校を立ち上げなかったのはいくつかの理由があった。
それは、まず「西名新田分校はあくまで一時的な処置」であり、「早急に会津へ帰還する」という意志を内外に示す意図があった。それによって、西名新田分校は帰還の目処が立ち次第、施設の整理作業を始めるだろうことが、どの方面の団体・組織も確信することができた。
魚沼分校としなかったこと自体、そう言った人々への配慮だった。おかげで、分校設立の申請処理以外は、すべてが短期契約施設扱いということで、早急に受理されて助かった。
それも『一時移転』または『仮施設』だと言う情報開示が徹底されていたためだろう。移住者でなく長期旅行者であれば、期間限定とはなるが、最高のもてなしを期待できる。
魚沼側としても切実な問題だった。何の前触れもなく山の向こうのマンモス校が、ある日突然に移転して来て、しかも被災地からの移転という形で、地元への定着をごり押しされたら経済活動や生活インフラ整備計画に大きな混乱が生じる・・・と先読み出来る目先の利くエライ人がいたら厄介だ。地元としても表立って反対したくてもやり辛いだろう。「だったら最初から受け入れできない」という移転候補先に拒否されるトラブルだけは避けたかったのだ。
被災者が本当に暖かく迎えて貰えるのは、被災直後、メディアがブレイキング・ニュースとして商業価値を認めてくれるホットな極めて短期間だけだ。被災ボーナスとでも名付けたいその期間を過ぎると、双方が正気を取り戻してトラブルが頻発し始める。
それを避けるには、「全力で原状復帰努力をしてますので、しばらく何とぞご容赦ください」と繰り返し、絶え間なく説明するくらいしか手段はない。(根回しも無しで、短期間に大人数で移住して来るという現象は、塩野七生氏が作品の中で書く通り、過去に「蛮族の侵入」、今は「難民の流入」という厄介な問題に発展しかねないデリケートなマターなのだ。酷い話だがこの問題だけは現在の人類には解決できそうもない。多分、人類による火星の植民が終わる時代になっても解決できてないと思う)。
意図せずに正面衝突してしまうと、地元との摩擦が大きくなり、いろいろな活動が度重なる困難に阻まれ刎ねない。そこで、あくまでイチゲンさんであることを強調として、世界に向かって分かりやすい形で協調性を示したのだ(近くに小学校と中学校もあるので、分校への進学などを検討されると、地元の既存利権保持団体が苛つかせてしまう)。
次ぎに、残留生徒がそれぞれにかかえる事情という奴だ。同校には天叢雲会病院のケアが必要な生徒の比率が元々高かったこと。特に越境在学生や海外からの留学生のほとんどが、同院の代替治療(サイバネティクス治療)を目的とした会津への長期滞在であったため、信頼関係にある治療施設や医療従事者との隔絶を望まなかったのだ。
最後に、学校から1キロほど国道を下った先、魚沼市須原に守門診療所という地域を支える医療機関が存在したことがあった。天叢雲会病院は診療所内に同院から必要な人員と機材を駐留させてもらい、退院済みの通院患者達の急激な病状変化にも備えることができた。
これらの理由で、私立会津高校と天叢雲会病院の物理的・精神的距離を可能な限り縮める演出が不可欠だった。
そのために福島側へのアクセスを確保する交通面には細心の注意が払われた。
私立会津高校・西名新田校と柳津町を結ぶ交通は、1日二往復の定期便が用意された。それは魚沼市側は白石生活改善センター隣の十二神社を出発し、只見町の只見線・只見駅駅前へと至る。車両は高確率で陸上自衛軍のもので、関越道などからやって来る兵站用定期便に便乗させてもらうことになる。また、只見駅駅前からは、鉄道または天叢雲会病院が用意した四輪駆動の小型バスで病院前までたどり着ける。
只見線・上条駅〜磐越西線・会津柳津駅間の鉄道もバックアップ要素として活躍していた。降雪で国道が閉鎖された場合も、偏執的なまでに除雪作業を行い続けてくれた。場合によっては旅客車両や臨時貨物列車の前後に除雪車を連結までして時刻表通りの運用維持に努めた(通常旅客車両の先頭車運転台下にあるスノー・プラウも、新潟トランシスを退職したお達者クラブの技術者達が徹夜で叩いて作り上げた「特別仕様」に変更されていた)。
これは、冬季限定の処置とされている。2月の六十里越峠はまだ積雪量が多いので、陸上自衛軍の25式雪上車や地元スキー場などから提供された無限軌道採用車両でなければ安全に(そして確実に)通行できない状態が続いていた。『特別豪雪地帯』とされているのは伊達ではない(1945年2月25日に魚沼の小出で最深積雪量4.4メートルの積雪を記録している!)。
そんなわけで、救助や事故などが起こった場合に備えて、研究を目的として半動態保存されていた旧型南極観測用雪上車『SM50S』も持ち込まれている(ただし、補修部品のストックに難有りとして常用はされていない。製造メーカーの大原鉄工所製で、補修パーツを求めて倉庫中をひっくり返している途中だ)。
なお、上越のマニアがここぞとばかりに、いや、究極の善意で半装軌車『ケッテン・クラート』(手製のレプリカ)提供してくれた。しかし、こちらも補修部品が不足していることから、あくまでも非常用機材として私立会津高校・西名新田校へと配備されていた。
会津盆地での生存者の救助が完了すると、大陸性高気圧もやる気を取り戻して日本海を越えてせり出して来た。おかげで、日本海側は大荒れで、会津や魚沼も大きな影響を受けていた。
また、十二神社と只見線・上条駅へと通じるコミュニティー・バスもあるので、一日がかりになるが、魚沼市を抜けて長岡市までの買い物へ行くことも出来た(休日は増便処置を取って貰えた)。
無線通信網も、日本が誇る三大キャリアが近くに臨時移動基地局を常設してくれた。おかげで、西名新田校の生徒達の生活も落ち着いてきた。ただし、全校生徒数は震災前の1/3にまで減ってはいるが。
そうそう、新潟市から会津盆地への送電機能が回復したので、柳津町ダムの貯水池はすべての水を吐き出し、雪解け後に診断作業に入ると言う。可能で有れば修理、それが無理なら撤去後に再建するかどうかを検討すると、柳津町のHP上で発表があった。
〜以上、前書き終わりです。お疲れ様でした。〜
朝間ナヲミへの擬体の換装を終えてから、すでに10日以上が経過していた。残念なことに彼女の退院は、会津から私立会津高校・西名新田校へと向かうキャラバンへの合流には間に合わなかった。あまりに特殊な擬体であったために、調整手法が確立されていないことが災いした。何もかもが手探りで、一歩一歩進んでいくしか無かったのだ。
医学博士・朝間と擬体外科工学博士・津田沼は柳津町の朝間の作業室で、朝間ナヲミの擬体調整の仕上げの真っ最中だった。
「さすがに技本に調整手順を送ってくれとも言えないしなあ」
「でも、もしこの技術革新が一般化したら10年後には、こんな面倒な作業が当たり前になるやも知れませんね。あ、その頃には自動化できてるかな?」
「それはあり得るなあ。擬体技術の進歩は早すぎる。我々だっていつまでキャッチアップできるのか予想も付かないよ」
「我々の様な生身に対応できなくなる日は、意外と近いかも知れないって訳か」
朝間の愚痴に津田沼は付き合う。擬態内に収納されたドライバーなどを外部コピーしてバックアップを取りながら作業を進める。今後、これらのアップデートは彼らが行うしかないかも知れないので、慎重に転送作業を行っている。
天叢雲会病院には新しい擬体"先行試作擬体17番「かむなぎ」"を取り扱う治具すらなかった。まずはそこからインフラ構築を始めようかと作業を始めたら、固定具だけはそれなり普及が進んでいる富士見重工のAK系かぐら式標準擬体用の物で事足りることが分かった。
そして、それ以外の機具なども「指定と仕様」の情報が、どういうわけか擬体システム内に刻まれていた。つまり、その通りに製造するだけで、製造元の技本と同じバックアップ施設が構築できるという見込みが立った。
それはあまりに異常な話だった。さすがの朝霧和紗氏でも、ここまで手取り足取り施しをしてくれるとは思えない。さらに密かに擬体を提供してくれた技本がそんなに善意の塊の筈はない。むしろ、フェイク・データを入れ来るくらいのイタズラがあってしかるべきだ。しかし、調べてみるとすべて本物だった。それどころか技本が構築しようとしている次世代擬体用施設の確定仕様ということが、来年度予算申請書の解析から推測できた。
そこで朝間は津田沼を呼んで、擬体のハードとソフトの両面を、もう一度、精査・解析する様にと依頼した。どうやら、朝間が一人で解析した時から、細部が色々と変更されている気配があったのだ。誰一人としてそれを行った者はいないはずだというのに。
「で、例の技術仕様書の解析結果ですけどね・・・」
津田沼はカップラーメンを啜って、データ・コピーの転送具合を確認しながら話し続けた。
「変な物が出てきましたよ」
「おいおい、変でない物なんかこの一件で一つもないんじゃないの?」
朝間は、作業所の端にあるシンクの所で、インスタント・カップ焼きそばのお湯を切りながら背中で応える。
「ここにあの擬体がある事すら"あり得ない事"なんだから。合衆国とか人民共和国がこの情報を掴んだら、震災でボロボロになった病院だってのに、柳津まで入院患者とかインターン希望者とかよく調べたら身元不明の怪しい奴らがダース単位で押し寄せて来るんじゃないかな(柳津でなく会津の現場の方へ向かってくれるなら歓迎するけど)。つまり、それくらいにヤバイものを扱っている訳で・・・」
「じゃ、こう言い直しましょう」
津田沼は謎肉を一つずつ箸で摘まみ出して、舌鼓を打つ。
「幽霊というか、神話の付喪神って信じますか?」
「あっても良いとは思ってますよ」
「AK系かぐら式擬体・朝間Made Ver. 17・・・あのIDはナヲミちゃんからパージした時に消失してますよね?」
「もちろん。ID発行機能は家の娘の第二小脳に譲渡されて今はロックされてるよ」
津田沼は最後のスープの一滴まで吸い出してから、改まって応えた。
「出たんですよ。その朝間Made Ver. 17の幽霊が。物だから付喪神なんでしょうけど」
「訳が分からないよ。どう言うこと?」
焼きそばのカップに、お湯を入れる前に乾燥野菜を入れ忘れていた事に気付いて舌打ちする朝間。それに追い込みをかける様に津田沼の言葉は続けられた。
「あのデータの転写元は柳津町のナヲちゃんがイタズラしたスーパー・コンピューターの朝間Made Ver. 17専用記録領域。そして、転写者のIDは朝間Made Ver. 17固有のもの。そして、換装直後に幽霊がナヲミちゃんの第二小脳へアクセスして転写しています。さらに、解析不能のデータをどこかとやり取りした気配もあります。ログ見てみますか?」
「へ?」
朝間はこれから混ぜようとしていたソースのビニール袋を流しに落として、身体を硬直させた。すでに割いてしまっていた切り口から、ソースが流し台にゆっくりと流れ出して行く。しかし、その時の朝間にとって、そんなことはどうでも良い些事だった。
「第二小脳はそれの実行を承認して・・・?」
津田沼はわけがわからん、というジェスチャーをしながら、頷いた。
「もちろん。GBクラスのデータをファイル容量確認管理もしないで、同期レベルで素直に受け入れてますよ。朝間さん、あの第二小脳にどんな教育してるんですか?」
「で、そのIDの接続経路は?」
「宇都宮の富士見さんが源ですね。で、松島のどこかのサーバーを経由して、静止軌道の情報衛星を経由して、名古屋空港→技本」
「何故、静止軌道と?」
「10時間もかけてこっそりと低ビットで"盗み出して"るんです。それだけの時間、ほぼ同じ空にいる衛星なんて静止軌道しかありえません」
朝間は半分以上流れ出してしまったソースに見切りを付けて、机の引き出しからブルドックの中濃ソースを取り出して、ドボドボとかけた。とどめに一味唐辛子を山盛り出かける。そして、一気に掻き込む。
「・・・そうか」
「あり得ないことが続くと思っていたら、今度は超常現象が発生! 霊界通信ですよ。この勢いなら、来週には宇宙人がファースト・コンタクトとか、アンドロメダ星雲方向から預言者とか救世主を名乗るなどの電波メッセージが野辺山(電波望遠鏡群集地)に届いてももう驚きませんよ」
一味唐辛子が効き過ぎたのか、鼻水と涙がにじむ。そして、辛子が喉に直撃したのが激しく咽せる。ガラガラ声どころか、ろくに声が出ない。
「この件は伏せておいて・・・。子供の躾も出来ない親と、病院にも知られたくないし」
なんとか、声を絞り出す。そして、急いで水を飲み込む。
「りょーかいです」
津田沼がそう応えると作業室のドアをノックする音がする。朝間の代わりに彼が「どうぞー」と応えた。すると、上下を白衣姿で固めた森葉子が段ボール箱を持って現れた。
「ナヲちゃんの充填用ブドウ糖缶持ってきました」
森葉子は、機械化身体(擬体)補助士3級資格保持者として朝間ナヲミの調整作業を手伝っていたところ、人手不足で悩む病院総務に拉致されて、サイバネティクス一般病棟の方へと半強制的に召し抱えられてしまった。そして、今では非常勤扱いでこき使われていた。
しかし、朝間ナヲミから引き離されはしたが、それなりのメリットもある。あと10時間の現場活動時間があれば、実地経験者と見なされて2級資格受験資格が獲得できる。2級資格があれば、取得翌年には国家試験である1級資格への挑戦権を得られる。または、どこかの医大へ潜り込む為の自己アピールとしても使えると考えていた。
彼女は密かに将来の目標を、擬体医師という職種へと明確に定めていた。今回の被災では、彼女は朝間ナヲミを救いたくても、ただ眺めているしかなかった。松島の相田や百合子さんが持ち合わせた技術にすがってしまったのだ。
ーーー次はもう何も出来ないのは嫌だ!
彼女の切実な願いだった。もう傍観者でいることだけは避けたかったのだ。朝間ナヲミも一時的に自分から離れていく森葉子の中で、確実に変わった何かを悟ってそれを受け入れた。
「あり・・・ごほっ・・・ありがとう」
朝間は喉に詰まっていた焼きそばの除去になんとか成功した。しかし、辛子が攻撃した粘膜はそう簡単に元には戻らない。
「こめんね、森ちゃん。今、朝間君は辛子が喉に直撃して悶えて苦しんでいるのさ」
津田沼は笑いながら言った。先ほどまでしていた話は、大人が責任を持つべき出来事であって、成人前の子供を巻き込めるような話ではない。
「津田沼さん。ナヲちゃんの様子は如何ですか?」
「そうだな。鉄棒でムーンサルトに挑まないというなら、明後日には調整が終わって・・・退院できるかなあ? ねえ、先生?」
「うん。その通り・・・」
苦しむ朝間に森葉子は、ポケットから取り出した180mlの牛乳パックを渡した。後で自分で飲もうと思って、ポケットに忍ばせていたらしい。
「先生、こちらをどうぞ。少しは楽になります」
「ありがとう」
「先生、気をつけてくださいね」
森葉子は箱を持ったまま、朝間ナヲミに近づいて、左手を握る。すると左手も握り返す。意識はないはずだが、どうやら人間の赤子が誕生直後に持っている本能を模した反射反応までもシミュレートした擬体であるらしい。彼女は今、自分が世話している擬体保持者や義肢保持者のそれらとは、明らかに気配が違う擬体である、と感じた。
そして、こうも思った。多くの擬体保持者や義肢保持者のそれらは、朝間ナヲミが以前に換装していた擬体とも明らかに空気が違うと。もしかしたら、誰が宿るかによって、どんな心の持ち様であるか、などが擬体そのものに大きく影響を与えるのではないか、と根拠の無い仮説を閃いてしまった。
しかし、今はそんなことは後回しだ。まずは朝間ナヲミと連れて六十里峠を越えて、友だちの待つ魚沼へたどり着くことが最優先であるべきだった。
森葉子はブドウ糖が入った箱を津田沼に手渡して、小走りで作業室を出て行った。どうやら、現場から呼び出しが入ったらしい。
その姿を見送ると、津田沼はぽつりと呟いた。
「朝間さんは良いなあ。また一人、新しい娘ができたみたい。オレもあんな娘欲しいなあ」
「そうだねえ。本当に良い娘だよ。最初はナヲミが私を継いでくれるんじゃないかと思ってた」
牛乳を飲み干すと朝間はやっと話せるようになった。
「でも、もしかしたら、あの子も一緒に・・・二人で一緒に継いでくれるんじゃないかって夢を見てるよ」
津田沼は転送コピー作業の完了を確認した。これで、柳津町のスーパーコンピューターで、"先行試作擬体17番「かむなぎ」"のシミュレートできる様になった。仮想空間内にもう一体の先行試作擬体17番の構築をできるというこだ。
そして、AK系かぐら式擬体へ偽装するブリッジ・インターフェイス(技本では南極大老星と喚んでいることも分かった)も交えた検証も平行して行うことになった。
朝間と津田沼は、近い将来に、"先行試作擬体17番「かむなぎ」"の現実世界での再構成に挑戦するつもりだったのだ。複製ではなく、一般的に入手可能な部品だけで再構成に挑戦したかったのだ。
その技術の安価なパーツで実用化できれば、世界の擬体保持者だけでなく、義肢保持者の意識も大きく変わるかも知れない。そして、朝間ナヲミの擬体の保守作業もさらに軽減されるに違いない。
朝間としては、できるだけ早急に技本の毛利一佐や朝霧和紗達の様な、魑魅魍魎の影響下から養女を脱出させてやりたかった。
「さて、本当に明後日には退院させてやらないと」
「チーちゃんはどうします?」
朝間は少しばかり苦い顔をした。
「一時的に松島の方へ転院させようかなあ、と。今の会津ではマイクロマシンの24時間監視が難しくなってきているから。だから・・・その前に、ナヲミ達と一度、魚沼の寮で生活させて落ち着かせてから、転院させようかなあ・・・と。宇留島さんに一時的に診療所に行ってもらうのも有りかと。どう思います?」
「仕方ないでしょう。まあ、半年も我慢してもらえれば。こっちも再建の目処も付くから戻って来易くなるでしょうし。あっちには相田君もいるんだから、大丈夫ですよ」
「何にせよ、まずはナヲミだな」
「じゃ、仕上げに入りますか!」




