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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年2月1日、福島県柳津町飯谷、天叢雲会病院関係者用宿舎

〜あらすじ。ずいぶんと話が長くなって来たので。

   面倒臭ければ、飛ばして下の方にある本文まで降りちゃってください。〜


 朝間ナヲミは、会津大震災が引き起こした校舎の倒壊事故から、自らの犠牲を顧みず森葉子の命を救った。航空自衛軍の救助隊によって、彼女自身の命もギリギリのところでつなぎ止められはした。


 だが、機能停止状態に陥ってた擬体ごとが回収されたとき、彼女自慢の精密に組み上げられたサイボーグ・ボディはフレーム・レベルで修理不能なほどに深刻なダメージを受けていた。


 また、森葉子の生存を優先してしまったがために、擬態内に(わず)かに残されていた生体パーツも、酸素欠乏による細胞組織崩壊が始まりつつあった。それでも救出直後の適切な応急処置が施されたことで、朝間ナヲミの生体パーツへの損傷も修復可能なレベルに(とどめ)められた。


 その後の彼女の身柄は、保護者であり、後見人であり、擬体組み立て者・換装者でもあった医学博士・朝間へと委ねられた。彼は即座に擬体に見切りを付けて、生体パーツからパージ。マイクロ・マシンを使った脳核の損傷を修復する生体復元処置に専念した。


 その甲斐あって、朝間ナヲミの魂は完全復活を果たす。だがその時、彼女が宿るべき擬体はすでに会津にはなかった。


 パージされた擬体そのものは、検証目的で擬体メーカーである富士見重工へ送られてしまっていた。それは、震災前中を通じて設計理論値を遥かに超える運用を可能とした原因の調査を、開発者達が強くリクエストして来たからだった。


 当時の朝間医師はそれをメーカーへ恩を売っておくべき事案、と判断していた。


 何故なら、富士見重工の技術部は朝間ナヲミを類い希な才能を持つ擬体操縦者(パペッティアー)と認め、主治医の朝間に対して、同社が次世代技術検証用に試作した擬体である『X-AK系かぐら式』の提供を(ほの)めかしていたからだ。


 交換条件と言う訳である。そしてそれは、朝間ナヲミ側にもかなり美味しい取引でもあった。それも、破格の好案件と言っても良かっただろう。


『X』とは量産を前提に製作される、製造ラインを持たない製品の開発コードに付けられる記号だ。朝間はそれを一時間ほど熟考した後で、申し入れを受諾した。


 しかし、X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体が、朝間の手元へ届けられてみると、何故かそれは自衛軍技術開発本部が試作した"先行試作擬体17番「かむなぎ」"へとすり替えられてた。自衛軍技術開発本部、通称『技本(ぎふ)』は岐阜県にある次世代技術の構築と、現存技術の検証などを行う国策技術集団を指す。その擬体は技本が量産を前提とせず、現存する最先端技術を寄せ集めて試作した非戦闘用擬体だった(人形(ひとがた)と人構造を模されているので広義で擬体とされた)。


 製造コストはどう考えてもX-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体よりも二桁は上回る擬体だ。高校へ通う女子や一介の医学博士から回収可能なコストとも思えない。しかし、朝間は擬体に記された知人からのメッセージを発見して受領を決意した。


 朝間は17番と刻印されたその擬体でならば、養女の『生身を取り戻したい』という祈りを慰めることができるかも知れないと思い、そのまま換装作業を行った。途中、技術的な理想を追求し過ぎた設計に起因するとてつもない障害にも阻まれもした。それでも朝間と3人の助手達は、何とか朝間ナヲミへの換装を成し遂げた。


 そして朝間ナヲミは、危ない橋を繰り返し渡った末に、森葉子の元への帰還を果たすことが出来たのだった。


〜あらすじ、ここまで。以下、本文です。〜

 朝間ナヲミへの擬体換装を成功させた、医学博士・朝間は、柳津町、只見川北岸側に建てられた独身者用宿舎の自室で爆睡中。天叢雲会病院関係の施設は、地震被害などによる多少の被害は見られるが、それらの機能が失われてはいない。精密作業が組織の生業であることから、耐震基準だけでなく振動や揺れに十二分に対応する構造で設計されていたのがも幸いした様だ。


 朝間が借り受けている独身者用宿舎にも、大きなひび割れや傾きは生じていない。この宿舎には通常は人よりも機械の住人が多い。それは作業棟や研究棟から溢れ出たワークステーションなどが、空き部屋に押し込められて稼働中だからだ。今思えば、そういうことを前提に立てられた建屋であったおかげで、十分にシビアな耐震設計が施されていたのだ。


 その証拠に各部屋でAC100Vだけでなく、各種商業電源を無改造で利用できる仕様の配電盤が備え付けられている。もっとも、朝間の場合は200V電源を利用する、強力な業務用クーラーを室内で使えることくらいしか、恩恵に預かれていないのだが。


 彼は何日かぶりに自室に戻り、久しぶりにベッドの上で大の字になって熟睡中なのだ。疲れ果てている様で、寝返りを打つ気配も一切無い。まるで、泥のように、ただただ安眠を貪ることにだけ集中する彼の顎の辺りには無数の無精髭(ぶしょうひげ)が浮かび上がっている。


 一般的な男性に比べれば髭密度はかなり薄い方だが、それが目立つほどに長い間放置されたらしいことが見て取れた。


 先に起こった会津大震災による一連のトラブルは、未だに収束の気配を見せない。会津盆地内と、その周辺の医療施設は依然壊滅状態にある。幸運にも只見川沿いの町では被害が大きくなかったことから、そちらが要治療者の受け入れを全面的に担当している。


 只見川沿いの町には、天叢雲会病院系の施設以外に、富士見重工系の研究所、アブサン精巧系の分社の3系統の医療系電器組織が存在していた。


 それらのすべてに首相官邸から直々に、治療計画への参加が要請が届いていた。天叢雲会病院系は全練を開放して、非常勤まですべてをかき集めて治療に全力を尽くした。そして、移動可能な患者達は応急施術後に、天叢雲会病院から県外へと次々に移送された。全員を入院させる余裕は敷地的にも、看護師などの要員的にもなかった。


 富士見重工の医療機材集積デポでは、倉庫にあった医療器具はそのまま開封されて、倉庫そのものが要治療者受け入れ施設へと整えられた。そこに県外から派遣されて来た医師や技術者達が、会津から搬送されてくる患者達を次々と受け入れていった。しかし、さすがに入院施設までは設営できなかったため、やはり移動の目安が立った順から、県外へと移送されて行った。


 アブサン精巧の常駐社員達は医療行為は一切行わず、本分である修理とメインテナンスに尽力した。天叢雲会病院と富士見重工の医療機材集積デポの医療機械とネットワークなどの調整に明け暮れ、柳津町だけでなく周辺の町や村まで情報交通の維持のためにランクルを駆って右往左往した。時には、自衛軍のヘリコプターからロープ一本で釣り降ろされて、僻地にある被災した情報中継機材の復旧に全力で努めた。


 東電は主に新潟〜会津の送電網の復元に全力を傾けていたし、移動可能なガスタービン式発電機を猪苗代湖湖畔に設置中だった。残念なことに尾根に並んでいた風力発電機はすべて倒壊したまま放置され、復旧計画は今のところない。JR東日本も新潟〜会津の輸送網を再開させるべく努力していた。ただし、磐越西線には古い鉄橋などが多く、ボルトの締め付け直しや、金属疲労箇所の診断にも今少し時間が掛かりそうだった。


 柳津町にある医療の施設を支えているのは、すぐ上流に設置されている柳津町ダムの発電施設だ。実は小さな亀裂が入ってはいるのだが、電力不足で稼働停止が出来ていない。仕方なく、決壊時に備えて下流の河川敷への一切の立ち入りを禁することで、そのまま発電を継続している(冬季に川で水遊びをする連中もいないと思うが)。


 そのおかげで、奥只見ダムで発電された電気は柳津町を素通りして、只見川沿いの市町村、それから会津盆地へと送られている。新潟県からの送電網が復旧すれば、柳津町ダムは即座に運用を停止して、ダムに貯められた全ての水を排する手筈になっている。


 金山町の辺りから郡山や白川方面へ通じる道の復旧にも努めてはいるが、積雪が原因でまったくはかどっていない。


 一方で、六十里越峠越の国道の方は、陸上自衛軍が無茶を押し通して除雪作業を完了した所だった。翌日の正午に開通予定だ(ただし、自衛軍車両を先頭としたコンボイを組めるスタッドレスタイヤ付きの4WD車両限定ではあるが)。また、JR東日本が只見線の復旧に努めている。こちらの方は磐越西線ほどの被害はないので、一両日中に試運転に漕ぎ着けるはずだ。


 六十里越峠越と言う新ルートの構築によって、会津地方は、か細くはあるが、上越地方、中越地方、群馬県との交通的な連結を復活させることができた。五里霧中な状態に追い込まれて、場当たり的な対策を無我夢中で繰り返していたら、いつの間にかここまでこぎ着けたと言うところだ。


 新ルートの運用方法が確立されさえすれば、救助の量と質が格段に上がり、会津の街の復旧に向けた活動にも弾みが付くことは間違いない。


 これまでは柳津町と県外の間の病人・怪我人の輸送はヘリコプターに頼り切っていた。柳津町〜魚沼市の間をピストン輸送していたのだ。少しでも飛行距離を縮めるために、六十里越峠の先にある魚沼市の冬季休業中の田園に、ヘリ着艦装置(護衛艦甲板にヘリコプターを受け止める為に開発された特殊形状の鉄板。2012年にフランスの軍事企業DCNSが人民共和国軍に売却したことで注目された技術)の鉄板を並べて溶接しただけの、ヘリコプター専用着陸点を多数増設し、専用管制官を配置した。


 それは一時的な輸送力の増強にはなったが、恒常的な運用は絶対に無理だった。その周辺にはヘリコプターを十分に整備できる環境が整っていないからだ。そのために、現場を管理する首相官邸と災害復旧省はあと数日続けてしまったら、整備不良で飛行不能認定される機が雪だるま式に増えていくか、無理を承知で飛行させて事故を起こすか、のどちらかを選ばなくてはいけないところまで追い詰められていた。


 そんな時に陸上の交通手段が、次の吹雪でまたすぐに不通になってしまうのだろうが、一時的であっても確保された。そこで首相官邸緊急災害担当室は、会津周辺で稼働中だったヘリコプターの半分以上を航空自衛軍は新潟基地、新潟分屯基地、小松基地などの後方に、陸上自衛軍は高田駐屯地などの後方に送って、重整備を行う決断をした。その間に、メーカーの余力も頼るなど整備体制も見直して、航空輸送力の立て直しを図るつもりだった。


 それに連動する様に、天叢雲会病院理事会も、同会による不眠不休の活動をこれ以上の継続は無理であると判断した。そこで、関係者の救助・治療作業への従事を、有無を言わせぬ三交代制へと変更した。患者は一時的に溢れるかも知れないが、物理的限界を越えた勤務を続けさせて医療事故でも起こしたら目も当てられない。そのため、至上命令として、勤務時間を越えた者達を強制的に現場から追い立てた。


 そのおかげで、人間だけでなく、医療機械の整備、一部消耗品の枯渇など、活動継続の限界点に到達していた状況も改善方向へと転じた。継続に必要なのはやる気ではなく、優れた兵站にこそ秘訣があることを、誰かがギリギリにところで思い出したわけだ。どこかにいる命令権を持つ人が下した決断が、連鎖的に色々な箇所に良い結果をもたらしてくれたのだ。


 これで怪我人などの救助だけでなく、被災者の援助も含めて、活動体制その物の再構成を行えそうな雰囲気が醸し出されつつあった。


 ベッドの上で完全にブラック・アウトしている朝間の姿は、会津全域における医療チームのそのものだった。疲労の極地、それを精神力だけで何とか持ち堪えていたのだ。そして、今はその後遺症に悩まされているというところだ。


 そんな微妙な時に、彼が朝間ナヲミの治療に長時間張り付くことが許されたのは、朝間が空気を読まない人間であることも大きいが、何よりも要治療者本人が大量のサバイバーを発生させた立役者であったからだろう。


 彼女の貢献無しでは、会津盆地で家族と死別するしかなかった者達の総数は、最終的に相当な数に上ることになったはずだ。事実、現時点で救助された被災者の中の3〜4割が朝間ナヲミ・リスト(仮称)によって位置が特定された者達だった。


 そして、やっとことで救出された功労者の方が、よりクリティカルな状態にあった。擬体そのものが瓦礫の重量に押しつぶされてほぼ圧壊状態にあり、生体パーツの方も瀕死としか良いようなない状態まで追い詰められていた。


 すべての事情を知る医療現場が、彼女を他に優先して救おうと尽力することに果たして誰がクレームを付けられるだろうか?


 朝間ナヲミが意識を失う直前までに、送信し続けた要救助者GPSリスト添付メールの多数の送り先の中には、彼女が日本へ「帰国」した時に、彼女の亡命に一筆書きや身元保証をしてくれた旅客機のクルーやファースト/ビジネスシートの乗客も含まれていた。それは送信者の知るところではなかったが、その中には元宮家出身者、高位の官僚、経済界の重鎮、医学者なども多数含まれていた。


 当然ながら、彼らの一部は、朝間ナヲミ個人を救うために一私人(・・・)として動いた。救いの手を差し伸べる必要に気が付いた頃は、救助対象はすでに天叢雲会病院に収容されてしまった後だったが。それでも彼らは引き続き助力に努めた。彼女の治療には保護者である、医学博士・朝間の力が不可欠と知れば、彼が現場から抜けても支障がない様にと、特別医療チームをプライベートで結成して柳津町へと送った(その内の一人は自身が医師であったことから、震災直後から救助者の治療のために現場に乗り込みもした)。


 その御陰で朝間は養女・朝間ナヲミの治療に没頭することが出来た。


 そういった事情もあって、会津を取り巻く状勢はその時、一時的に停滞していた。日本海上の大陸性高気圧も空気を読んでだのか、ここしばらく大陸側で身を縮めていてくれる様だ。


 睡眠を開始して11時間が経過した頃、完全に消音設定してある筈の携帯電話が、何故か凄まじい音で着信を告げ始めた。朝間はまるでゾンビが墓から蘇るシーンの様な仕草で携帯電話を掴んだ。そしてそのまま壁に向かって投げ付けた。


 それですべてが終わるかと思っていた。しかし、それは問屋が卸さない。


 次に、勝手に部屋の電気が照度全開で点灯し、今度は腕に巻いたままだったスマート・ウオッチの方が着信信号を出し始めた。さすがの朝間も観念して、着信を受信することにした。すると、自分の名前を告げる前に発信元が勝手にしゃべり出した。


ーーー投げつけるなんて酷いじゃない?

「・・・和紗さんか。電話なんて珍しいね」

ーーー話があるの。濃いコーヒーを入れておいたからまずそれを飲んで。


 朝間が気が付くと、自室の家電が勝手に動き始めてある。コーヒー・メーカーが蒸気を上げて、ゴゴゴっとフィルターの中のコーヒー豆から汁を搾り出しているのが分かった。それと同時に相手の声の出所がスマート・ウオッチから室内のスピーカーへと切り替わった。マイクも同時に切り替わったようだ。


 朝間はまだ熱いコーヒーを苦々しい顔で、一気に飲み干した。続いて、お湯の栓を捻ってバスタブに熱いお湯を貯め始めた。


「カメラは切っておいてくださいよ」

ーーー最初から入れてないわよ。こんな細い回線でそこまでする余裕はないわ。

「なら良いです」


そう言って、朝間が完全にお湯が溜まり切る前のバスタブに、じゃっばんっ、と一気に身を投じた。


「で、話って何なのかな? 和紗さんのアバターさん」

ーーー酷いわね。仮想分身なんて呼んで欲しくないわ。私自身は本人のつもりなんだから。


「で、用件は? "先行試作擬体17番「かむなぎ」"の件には礼を言っておきます。ありがとうございました。ウチのナヲミは大変に喜んでいます」

ーーー第一印象はどうだった?


「初日は、まるで生身が戻って来た様だとはしゃいでいました」

ーーー例のちっちゃい友だちの方は何と?


「擬体の質の変化には根本的に無頓着みたいです。質の変化には気が付いてるようですが、良いとも悪いとも感じていないんですよ。ただし、喜んでいる当のナヲミに配慮して一緒に感激している振りはしてますけどね」

ーーーつまり、私達の作る擬体もまだまだと言うことね。まったく正しい感性だわ。


「ええ、翌日になると葉子ちゃん、友だちの名前ですけどね。ナヲミの方も同じ印象を共有した様です。つまり、あの()はウチの娘以上に本質に迫っていたんですよ。直感力ってやつです」

ーーー喜んではくれたのかしら?


「それはもう。目覚める前では手を握っているだけでしたが、その後はずっと抱きしめて泣き出してしまって、まったく検診ができませんでした。彼女の話では魂を入れる器があって、魂を実感出来さえあれば、何でも良いみたいです」

ーーーそれには私も同感だけどね。マスコミの自称評論家や技本の監査員に直で聞かせてやりたい言葉だわ。


 頭から火傷しそうな程に熱いお湯を浴びて、強制的に目を覚ました朝間は本題に入ることにした。


「で、実証実験用擬体を送りつけたのは・・・どういうつもりなんです?」

ーーーあの()が友だちの命を救ったご褒美よ。この世界に現存するもっとも人に近い人形を送ったつもりなのだけれど。


「300人の命を救った褒美ではなく?」

ーーー友を救うってことは人として最も尊い行為だわ。私には出来なかったし、貴方にもまだ出来ていない。しかし、あの()はまさに全身全霊を供物にしてやり遂げてしまった。それを賞賛せずにいられるほどに強力な自制心を、私は持ち合わせていない。あの()が死を覚悟して擬体を自分から切り離したときの切ない祈りは、本当に天まで届いたことでしょう」


「それには同感ですが・・・神ならざる我らが技本(ぎふ)は何を期待してるんです?」

ーーー純粋に、17番を使いこなすこと。今のところはそれだけ。


「?」

ーーーあれは私専用に作られた擬体なの。けれど、今の私には宿る余力が残されていなかったのよ。


「そんなにお加減が悪いんですか?」

ーーー間に合わなかったみたい。だから、()()が貴方と話をしているのよ。で、私以外にあれに宿って起動できそうな人材を探したんだけれど、見つからなかった。


「48系統ですからね」

ーーー松本(おじろわし)の所の相田君もシミュレートしてみたんだけれど、肉の身体を持ったことのない彼でも起動するのがやっと、という所だった。


「バスを狭めればいいじゃないですか? そうすれば技本の試人形遣(テスト・パペッティアー)いにも普通扱えるでしょう?」

ーーー馬鹿ね。それじゃ、実証実験にならないのじゃない。


「?」


ーーー因幡(いなば)はあれで神楽に本気で挑む気だったのよ。

「出雲はアレで貴女に絵解きさせるつもりだったんですか?」


ーーーあの男も生きている間にどうしても実現させたかったんでしょう。それについては私も何とかしたいと願っているけれど、本当にどうにもならないわ。

「巫女の資質を持った擬体保持者・・・なかなか見つからないですよね」


ーーーもし、私があと40歳若ければねえ。

「彼にとって貴女は永遠に出会った頃のままの美しい女丈夫(じょじょうぶ)なんですよ」


ーーーこんな老齢の廃巫女では降りる神も降りて来ないわよ。あまりからかわないで欲しいわ。これでも充分に傷付くんだから。

「擬体の話に戻りましょうか」


ーーーええ。で、廃棄処分が決まってところで、私が引っこ抜いたのよ。

「代償は?」

ーーーX-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体との物々交換。それと今後貴方が流してくれるだろう擬体の運用データ。あっちも、民間による独自開発の補助人口筋肉や『歌うリニアモーター』アプリの作者には興味津々だったみたい。即に話に乗って来た。


 少しばかりお湯に漬かって思案してから、朝間は質問を再開した。


「で、本当の所は?」

ーーー少なくとも、事実関係に嘘はないわよ。因幡(いなば)も17番はクラッシュされたと信じ切っているし、技本でもこの事を知っているのは毛利さんと、彼のチームくらい。


「自衛軍は?」

ーーー松本(おじろわし)の連中は気が付いているみたい。百里(ウッドペッカー)とも連んでるからあっちも情報は共有しているでしょう。でも、表沙汰にする気はない。むしろ、この件では貴方と仲良くしたいみたいよ。


「私と、ですか?」

ーーー東日本は中〜西日本と違って、17番よりも貴方の養女の方に興味津々よ。


「だから、貴女(・・・)が17番を回してくれたんですか?」

ーーーさあてね。でもあの擬体でならあの()も何かを守ったり、戦ったりもできるんじゃない? 敵は極悪組織(ショッカー)ってわけじゃないけど。


「さすがに東日本が大切にしている虎の子の軍事衛星を、一瞬でも支配下に置いたのはやり過ぎでしたかね?」

ーーー貴方のパスを使って病院のスーパー・コンピューターに接続できた段階で、こちらに繋いでくれれば良かった。でもまあ、あの状態ではあれでベストな判断だったと認めるけれど。相田君があんなに慌てている姿、初めて見たわ。友だちを助けたいって・・・。


 朝間はバスタブから抜け出て、湯気に囲まれながら、バスタオルで濡れたからだを拭く。どうやら、これ以上ベッドの上で惰眠を貪ることは許されないこと認めた。


「で、私は貴女にどうやって礼を尽くせば良いんでしょうか?」


 壁にぶつかって、ソファーの上にはじき飛ばされていた携帯電話を手に取る。電源が切れてしまっている。再起動させることにした。


ーーーそうね。一度、直接に会ってみたいわ。

「分かりました。百合子さんにでも頼んで、ナヲミを貴女の元に送ってもらいます」


ーーー勘違いは戴けないわね。

「?」


ーーー私が一番会いたいのはちっちゃい友だちの方よ。

「そりゃまた・・・」


 朝間は眩暈(めまい)を覚えた。朝霧和紗は朝間の目にすら本当に気まぐれで、突拍子のない事を難の前兆もなく始める人の様に見える。しかし、それはその時に一般人に突拍子がないと思えただけで、やがては必然だったと渋々認めざるえないケースも多い。つまり、彼女の先見の明に付いていける人間が皆無なだけのだ。


 そこで、まさか、と朝間自身が突拍子もない事を閃いてしまった。まさか、朝霧和紗とそのアバターは直感力に優れた森葉子に興味を持ち始めているのか? と。


「貴女が会いたがっている、と森葉子に直接に伝えても?」


 朝霧和紗のアバターは笑って応えた。


ーーーいえ、ナヲミちゃんの一番大切なお友達に私の面通しをさせてもらいたいのよ。そして、伝えてあげたいの。ナヲミちゃんのことを気に掛けている人間が、ここにもいるって知っておいて欲しいだけなの。だから、ナヲミちゃんと一緒にここまで送り出して貰えると嬉しいわ。


 朝間はそれが半分本気で、半分嘘だと直感した。しかし、二人の朝霧和紗がそれを必要だと考えているのなら、ここはその先見に従っておくべきだろうと思った。


「まずは、ナヲミと17番の調整を行います。しかる後に、ナヲミに貴女へのお使いを頼みます。その時に友だちも一緒に、と伝えます。急ぎはしますが、少しばかり時間の猶予を戴きたい。それと、アバターでなく、本人が目覚める気配があるなら事前に伝えてもられれば、それに合わせましょう。いかがでしょう?」


ーーー貴方は物わかり良くて助かるわ。本人は今回の一件で力を使い果たしているので、次の目覚めは2週間くらい先になると思う。とにかく、直前になるかも知れないけれど、出来るだけ早めに連絡する。


「分かりました。それと、X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体のデータ、こちらにも回してください。富士見重工(うつのみや)もそれを期待しているので」


ーーー大丈夫。きちんと配慮する様に毛利さんにも伝えてあるから。そうそう、通話が終わったらカーテンを開けてみると良いわ。只見川鉄橋越しに綺麗な朝焼けが見えるはずよ。それじゃ。


 通話は一方的に終わった。朝間は二杯目のコーヒーをカップに注いでから、部屋のカーテンを開けてみた。朝霧和紗が言っていたとおり、真っ赤な空が尾根の対岸の稜線の上を焼いている様に見えた。


 西から東に向けて二本の飛行機雲が平行に発生している。真っ赤な空に何かを書き連ねているの様にも見える。二本の垂直尾翼に二本の飛行機雲。


 おそらく、茨城の百里基地から飛び立った航空自衛軍のRF-15DJだ。止まない余震が引き起こす土砂崩れや雪崩を上空から警戒しているのだろう。


 それと多分、朝霧和紗のアバターの目は、今あそこに乗っているに違いない。


「軍も和紗さんもやるべきことをしているわけだ。私もやるべきことをするために、居るべき場所に戻るべきだろう」


 朝間はシンクの上の棚の中からカップラーメンを取りだしてお湯を注ぎ入れる。


「まあ、このこれを完食するくらいの猶予はまだ残されているよなぁ」


 そう独り言を呟きながら割る前の割り箸の復元力を利用して、カップラーメンの蓋のカップの縁のところで挟み止める。3分間限定の何もしなくても良い至福の時が始まった。


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