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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年1月30日、天叢雲会病院・擬体作業棟0.1µm級クリーンルーム用マニピュレーター作業指揮室 〜その2

 医学博士・朝間は、仮想現実ギアをいつの間にか頭部と両腕に装着していた。仮想現実ギアとは生身の人用の疑似現実体感支援機だ。完全な生身である朝間は仮想現実(VR)へダイブすることができない。そのため、視覚と聴覚という限定的手段だけ使って仮想現実世界を覗き込んだり、聞き耳を立てることができる補助ギアを利用する必要がある。そして、両腕に付けたギアを通じてなら、生身のままでも、文字通り非現実的な仮想現実の世界に作用を干渉させられるのだ。


 この手法は、第二小脳やマイクロマシンのプラグインによる仮想現実へのダイブが利用できない人にとって、超精密作業を手動で行うには最適な手段の一つとされている(別に生身の人専用の機械ではない。擬体保持者が利用できないものではない。擬体保持者の中にはそういう物好きも一定数は存在している)。


 仮想現実ギアによる仮想現実世界への干渉は、簡易ダイブとは言えない。まだまだ現実世界での認識の延長上にしかなく、基本的には21世紀初頭に携帯電話機用のゲーム・アプリ技術で普及した古典的な技術を発展させたものに過ぎない。(ただし精度や精密さでは相当に引き上げられている。それらの技術革新(ブレイクスルー)の最大の貢献者は日本のエロゲ・ユーザー達とされている)。


 そんな付け焼き刃的な、ダイブですらない操作方法では、仮想現実で発生するキックバックが直感できないなどの不都合も多い。その上で使いこなすには、高度な未来予測努力が常時払われる必要がある。しかし、それは精神的負担がとても大きく、ユーザーを激しく消耗させる。そのせいか、最近ではこのギアの使用者は激減して、逆に簡易プラグイン保持者が激増している。


 しかし、朝間はそれを頑なに拒む。技術革新を忌諱しているわけではない。彼曰く「神を宿す器が完成した時まで、それを判定できる感覚と価値観を持ち続けたい」から生身のままでいるとのことだ。朝間ナヲミはそれを聞いて「神を宿す器を確認できたら、それに宿るつもりなんですか?」と尋ねたことがある。すると、彼はこう応えたと言う。「それも面白そうだ。でも、まず先に宿したい魂が他にあるんだ」と。


 朝間は動き辛そうな仮想現実ギアで身を包んで、クリーンルームと制御室を区切る極低反射ガラスの前まで移動した。誰かが望遠顕微鏡をのアームを朝間の視界に入れて固定した。


 これで擬体施術で一番デリケートな作業の準備が完了した。いや、一般的な施術であれば単に劇的な見所であるに過ぎないのだが、今だけは違う。擬体のスペックを決定してしまう決定的瞬間だ。ここで失敗するとそれが、将来的に「呪い」と称されるネットワークに起因する不具合を誘発しかねないのだ。


ーーー作業、小休止を終了。再開を宣言。脳核を擬体に納めます。脳核と擬体の物理的接続は私、朝間が手動で行います。


 3人が見守る中、擬体が生理用食塩水の海に沈没して行く。そして、海の中を朝間ナヲミの本体である脳核がゆっくりと運ばれてくる。繋がっているコード類は一本もない。生体パーツはすべてスリープ・モード実行中で、搭載バッテリーによる独立稼働中だ。


 脳核と擬体の物理的接続完了へのタイム・リミットは、搭載バッテリー次第である。できれば早急に終えてしまいたいところだ。


 朝間は脳核と納める基底部がある程度まで近づいたところで、脳核をマニピュレーターからリリースする。脳核は水中で浮遊状態に移る。そして、そこから先は水流を調節しながら、脳核を基底部へと確実に誘導する。


 通常の擬体であればI/Fが12系統しかないので、マニピュレーターで誘導しても十分に推理合わせが可能だ。しかし、"試作擬体17番「かむなぎ」"には48系統もある。だから、48×48×48×48の密度で(四方位性で)における平面性を保証するマニピュレーターは、少なくとも会津には存在していない。機械で()められないなら、そこはやはり人力しかない。ここだけは朝間だけが持ち合わせる、奇跡の技に頼るしかない。


 理想は48系統の同時通電だ。観測できるのであれば量子の回転レベルによる揺らぎすらも管理したい場面だ。何故なら、仕組みは解明はされていないが、本当に量子運動がネットワーク網の構築に大きな影響を与えていることを示唆する事象が観測されつつあるからだ。


ーーーここから先の精度は「上手な調整」よりも、むしろ「正しい祈り」の方が効果有りだろうな。


 朝間は脳核を基底部と接触する2mm前のところで一瞬だけ停めて、そこから一気に押し入れた。全ての作業はたった1分で完了した。


 そして、脳核と基底部にある分子的な両掴み端子に特殊な酵素の分泌が自動的に始まる。たった一度しかできない形状変化(勃起)が起こって、脳核を基底部が情報的に強固に、物理的に緩く繋がる。そして、同時に脳核と基底部の双方向から、走査信号が発信される。プラスとマイナスが押し合いへし合いとして、何かしらの原因によって勝ち負けが決まって、謎の法則によってネットワークが決定される(この世界の技術大系には意外と因果関係が解明されていない現象・事象が多いのだ)。


 それよって、繋げる前には予測できない組合わせで48系統の接続が決定された。


 そして、朝間ナヲミと"試作擬体17番「かむなぎ」"は一つになった。


 なお、予測できない組合わせで48系統とは、48(黒)×48(赤)×48(緑)=48の3乗通りの物理端子のトリオの可能性が存在しながら、バラバラで勝手に一組に出来上がると言うことだ。例えば、1系統3端子を「A1、A2、A3」で完結することはまずあり得ない。カオス理論だか、量子の弾き合いだか、大規模素数が関与しているのか解っていないが、今のところ未知の法則で、バラバラに組まれて最後に辻褄が合う。


(四方位に平面性も入れると構造的な調整要素は48×48×48×48×48×48×48=48の7乗になる)


 今回の接続で組まれた、朝間ナヲミと"試作擬体17番「かむなぎ」"のI/Fアドレスを紹介すると、1〜3系統は下記の通り。


1系統目「b3、Y1、G3」

2系統目「l1、K1、j3」

3系統目「H3、P2、g3」


 これが更に、45系統ほど続く。


 もし、接続時に平面性が保たれていないと、このアドレスの振り分けに重複などの間違いが生じて、擬体制御の誤作動に繋がる。そして、実は12系統しかないAK系かぐら式であっても、そういう事故はかなり高い確率で生じる。しかし、3系統くらいの不一致なら、電子的な補正で十分対処できる。本当に厳密な制御を要求しない限りは、その影響も皆無と言っても良いくらいだ。


 撮像素子に画素抜けが生じた時に、画像処理エンジンやマッピングで修正・対応する。感覚的にはそれが近いかも知れない。それが解り辛い様なら粘菌が作り出すネットワークの法則性、を想像してみても良いかも知れない。


 なお、朝間ナヲミのボディだった擬体「AK系かぐら式擬体10gen.の朝間スペシャル」は、接続事故ゼロという奇跡の擬体接続性を誇っていた。そういう例は一般的な全身サイボーグ化施術では確率的に1/100程度しかないと言われている。


 形成されるネットワークのマッピングは瞬間に完了する。しかし、それの解析には60秒程度掛かる。


 朝間は3人が見守る中、仮想現実グラス越しに、たった今、朝間ナヲミが宿ったばかりの人形の器=擬体を見守りながら、珍しく何かに祈っていた。


 やがて、アドレス・マッピングの解析結果が出た。全員がすぐさま表示画面に見入る。


「やったっ」

「やった!」

「やった!!」


 朝間は仮想現実ギアをすべて外して、さっきまで座っていた作業デスクの上へ戻って座った。


ーーー脳核への擬体の換装を完了。頭部構造を閉鎖してください。


 これに機械部のバランス取り担当の津田沼が応える。

(りょう)。一時的に全制御権限を預からせてください」


ーーー全権限を移譲。確認してください。

「確認。全制御権限の取得を宣言」


ーーーありがとう。ちょっと寝る。頭部の処理終わったら起こしてください。

「お疲れさまでした。また後ほど」


 そう応えると朝間は、さっきまで座っていた作業デスクの上に横たわり、即座にいびきをかき始めた。緊張の糸が切れて、寝落ちしたに違いない。しかし、彼にはその資格があった。彼が成し遂げた記録はおそらく、この先破られることはまずないだろう。


 確かにたった1分、全工程でも5分に満たない作業だったが、それによって、集中力を完全に使い果たしてしまった朝間はプレッシャーから解放された穏やかな寝顔を曝している。おそらく、この二日間で繰り返し脳内でシミュレートを行っていたのだろう。この作業はその集大成としての1分だったと言うことだ。


 なお、人間の五感を越える精度を、足らない感覚を経験と想像力で補って実現させてしまうと言う事例は別に珍しいことでない。探せばありふれている。ただ、それを実現させる人間が珍しいだけである。


「48系の手動による接続。しかもエラー・ゼロ」


 ーーーこれを手動で成し遂げたのか!

 三人の助手達は感嘆するしかなかった。


 方位的に48の4乗の擦り合わせという、一瞬で決まる勝負に勝ったのだ。これで朝間ナヲミと擬体の同調率は理想的になる。文字通りに理論値通りに確保され、それが物理的な限界にもなる。彼女による擬体の姿勢制御は、凄まじい数のインプット情報と、かつてないほどに精密なアウトプットに支えられるはずだ。


 もしかしたら、これで人間の作る人形は、かつてないまでに「人間」に近づいたのではないだろうか。これだけのスペックがあれば、宿り主次第で人形が人に"化ける"可能性は高い。果たして、人間は朝間ナヲミが操る人形を、人による作り物であると見破れるのだろうか?


 歌舞伎では男の俳優が、女性よりも女性らしいしぐさを演じる「女形」が存在する。もしかしたら、人形の方が人より理想的な人に有り様にたどり着けるのではないだろうか?


 そんな矛盾が朝間の腹心の助手達に心の奥から持ち上がってくる。


 今までの擬体のレベルは擬体技術者からすれば"たか"が知れていた。まだまだ発展途上の技術に過ぎず、試したり、統合されていない技術も多く、可能性の分岐はいくらでも残されていた。つまり、ゴールは遙か彼方で、今進んでいる道の逆方向にそれがあっても驚きはしなかった。


 しかし、この擬体は今まで扱ってきた人形とは違う。間違いなく得体の知れない何かだ。これがいったいどれほどの高見に行けるのか、見当も付かない。


 朝間医学博士、"試作擬体17番「かむなぎ」"、朝間ナヲミ、この3つの組み合わせは、これまでの(ことわり)を、新しい真理へと書き換えかねない、恐ろしい組み合わせの様な気がしてきた。


 しかし、その行く末を見守りたくもあった。それが、人間の定義をひっくり返すような結果をもたらす可能性があったとしてもだ。


「48系統の接続を手動でやり遂げるとか・・・まったく、すげえバケモンが居たもんだ」

「確か、あなたは15番の企画に絡んでましたよね? あっちはどうだったです?」

「あっちは24系統だったよ。それでもスズメバチの巣を突いたような大騒動になったよ。ここだけの話だけど、結局、事実上は18系統から先は保証外とリミッター掛けてお茶を濁してたよ」

「燃料電池の出力もすげえしな。満員電車一両くらいなら、山手線を全速で一周できるスタミナだぜ」

「生体パーツの制御能力もすごいわ。皮膚表面のちょっとした傷なら生身よりも治りが早いかも知れない」

「でもな・・・それでも生身には適わないんだ」

「ええ。これは神に作られた者による神への物作りの挑戦だからね。この擬体は確かにすごい。それでも神を宿す器としては足らない」

「しかし、この()のためにも、オレが生きてる間になんとか、目処くらいは付けてやりてえなあ」

「そうですねえ」



「よし、頭部外郭封印完了。人口筋肉へ取りかかっていいよ。制御権限移譲、OK?」

「制御権取得を宣言。悪いけど、培養液(=電解質水溶液)の汚染度見ててくれない? 10ppcで警告出して欲しいんだ。こっちは、顕微鏡覗きながら筋肉と皮膚を同時にジョイントさせるから、目が離せなっちゃう」

「なに、何かそれ良いことあるの?」

「美容の秘密よ。男には分かんないでしょ?」

「分かるよ。だって、オレ可愛い()が大好きだもん」

「だったら、眼球のプリチェックだけやっておこうか?」

「ああ、よろしく! フィルターはシアン系ならなんでもOK」

「わかった」



「なんだい、この擬体に髪の毛は地毛なのかよ!」

「ええ。定期的に栄養を供給してやれば、それも皮膚と同じ様に再生・成長・死滅でローテーション出来るの。これで人並みに美容院へ通うこと出来るようになるわ。まあ、生身と比べれば頻度は半分くらいになっちゃうだろうけど」

「あの友だちの、あのちっちゃい()と二人でそういう所行くのかあ。萌えるねえ」

「ジーサン、あんた幾つだよ?」

「20年前は普通に使われてた言葉だよ」

「髪の毛、デフォルトは肩のところで良いか。この髪の毛、タンパク質だけじゃなくて、硝子と金属が練り込まれて・・・一般的な擬体と同様にアンテナとしても使用できるのよ」

「バイオニック・ジェニーとか・・・」

「えらく懐かしいねえ。オレの世代にとってもすでに古典SFだよ」

「でも、この()普通のハリウッド映画のヒロイン顔負けの修羅場をくぐってきたのよ」

「ああ、正義のヒロインってのは本当にいたんだな。たくさんの命を救ったんだ」



「視覚、聴覚、味覚、嗅覚まで、初期チェックOK。なあ、この聴覚の所にあるやったらたくさんのデータ・バスは何だ?」

「ああ、それはですね。オプション装備から入ってくる情報を別系で取り込むためのバスですよ。15番もそうですけど、軍用の方はいろんな拡張性を実装してるんです。この17番には拡張端子はないけれど、潜在的に増設可能ってことなんだと思いますよ」

「それって無線接続でも接続できるのかい?」

「ええ、理論的には。何か考えてますね? イタズラなら一口乗りますよ」

「いや、純正のジョイント部が無いなら、カチューシャで頭部に固定する猫耳形の集音器でも試作して見ようかとおもってさ」

「いい。それいいっ! 通信プロトコルはやりますから、物の製作お願いします」

「よし来た」

「まったく、男って。じゃない、オヤジってのはこれだから」

「え? ナヲミちゃんの猫耳みたくないの?」

「そりゃ、まあ。良いわね。その企画はなかなか捨てがたいかも」



「歯と爪の形状デザイン、転写完了・・・。これで偽爪と義歯から解放されるわよ。でもだからってマニキュアなんかしちゃダメと。まだ早すぎるから、ネ!」

「さて、先生を起こすかい?」

「その前に濃いコーヒーでも入れておきましょう」

「さて、画竜点睛か・・・」

「本当にこの()がいつか何処かに飛び去ってしまいそうで、怖いわ」

「オレも」

「ああ、ハゲドウ」

「・・・・・・(ジイサンいくつだよ?)」



 朝間はそれから5分後に起こされた。顎の所に涎の跡を残したまま、"試作擬体17番「かむなぎ」"と朝間ナヲミの仕上げに掛かった。


ーーーありがとう。良い夢見てたよ。さて、始める。全制御権いただきます。

(りょう)。ぱぱっとやっちゃいましょう。もう8時間も経過してるんですから。あのちっちゃい()もいい加減、しびれを切らしてます」


ーーーその通りだ。X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体、本起動準備!

「生体パーツ、準備良し」

「機械パーツ、準備良し」

「燃料電池、準備良し」


ーーー擬体起動開始。電力外部逃がしコード接続解除。

「接続解除。擬体起動完了まで・・・5、4、3、2、1、0。起動を確認」


ーーー自己診断実行。

自己診断プログラム走査完了。95%正常。規定値クリアを確認。


ーーー異常は?

「オール・グリーン」


ーーー脳核と第二小脳接続用意

「接続準備良し」


ーーー接続。

「接続完了。I/F1〜48番まで開放。通電タイミングを第二小脳へ移譲」


ーーー第二小脳は?

「擬体を受け取りました。制御前プリアクト・チェック開始しました」


ーーー燃料電池?

連鎖反応(チェーン・リアクション)を確認。スタンド・アローンで稼働中。成功です」


ーーー擬体機械パーツ?

「正常率100%。第二小脳の指示待ち。成功です」


ーーー生体パーツ?

「第二小脳が擬体を制御下に起きました。ユーザーを覚醒させるか尋ねてきました。成功です」


ーーー(りょう)。第二小脳、聞こえるか?

『聞こえます。ご指示を』


ーーー覚醒は60分後。これから一般病棟へ移送するが、その間に擬体の把握に努めてくれ。

了解(りょう)しました。"試作擬体17番「かむなぎ」"、仮コード"X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体ゑ参弐"のシミュレートを開始します』


ーーーじゃ、これでこちらかの制御を終える。You have a control!

『I have a control! 』


 朝間は作業テーブルから飛び降りた。


「みなさん。どうもありがとう。今回も上手く行った」

「面白いものを触らせてもらいました。こちらこそ感謝してますよ」


「これからあの()の所に新しくなったナヲミちゃん連れて行くけど、一緒に来るかい?」

「いえいえ。こういう感動の対面を邪魔するほど野暮じゃないですよ。そういうの犬も食わないって、先生は知りませんか?」


「そうだよなあ。まあ、私は保護者だから顔を出す権利くらいあるよな?」

「先生、顔くらい洗っておけよ。ナヲミちゃんと着替えとベッドへの移動がこっちでやっておくから。まさか素っ裸でご対面させるわけにはいかないだろ?」

「すまんね。そんなに酷いかい」

「まずは鏡見てみることだね」


 そして、朝間は制御室の鍵を解放して、外界との接続を回復させた。途端に、神社の杜でだけ感じられるような透き通った空気が薄れて行く。すぐに世俗の雑多な電波が入り込んで来る。


 しかし、そんな環境こそが人間の生きる世界の本質だ。


 澄んだ水には鯉も住まない。


 残念なことに、人の世界の理は、魚心と水心のやり取りが阿吽の呼吸があってこそ成り立つ。この汚く、歪んだ世界への帰還を果たしたのは、朝間ナヲミだけではないらしい、と残された三人は気付かされた。


 朝間はさっさとお湯の出る多目的トイレを探しに行ってしまった。


 さて、まったく新しい人形を手に入れた朝間ナヲミは、それをどう扱うのだろうか? 何を成し遂げてくれるのだろうか?


 その顛末を注目する者達は、彼女が見知った善良な人達だけでなく、逆に彼女を"一方的"に見知る者達も含まれている。


 技本が監査局に提出した2036年度収支報告書によれば、"試作擬体17番「かむなぎ」"の開発は失敗と記録されている。また、機密保持のためにデータ収集後に即破棄処理を実行したとも。


 理由は「過敏捷性による操縦困難。開発目標の達成不可と判断、問題の解決の見込み立たず」とされている。計画(プロジェクト)そのものが失敗、または挑戦そのものが時期尚早と判定されたと言うことだ。または研究が迷宮化してしまい、これ以上に貴重な人員と予算を避けないと言う政治判断でもありそうだ。


 またこの記述の行間にある「空気」を読めば、17番というコードだけでなく研究記録その物が技本のデータバンク内で封印され、次作は18番として計画(プロジェクト)が進行中であることが示唆されていることは明白だった。


 一連の流れによって、朝間ナヲミに対する施術が行われた時は、日本政府が保有していた17番に対する所有権は完全に消滅した。そうなると公海上で漂流する『物』と同様に、所有権は回収して宣言した者に新たに帰属するのが通例だ。そこに『善意の第三者と交渉せよ』とする余地はない。少なくとも、商取引の世界で偶然に第三者によって入手されたL/C(信用状)などとは状況が異なる。



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