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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年1月28日、天叢雲会病院・擬体作業棟0.1µm級クリーンルーム

「これが"試作擬体17番「かむなぎ」"か・・・」


 擬体医学博士・朝間は、目前の作業台に寝かせられた"試作擬体"を眺めて、驚嘆を隠し獲なかった。"試作擬体"とは、現存する"製品"の系統から完全に外れる新技術実験用の一品モノの擬体であることを意味する。


 それにはまだ検証の終わっていない技術が多数採用され、コスト的にも製造技術的にも、そのままの状態で大量生産することはまったく考えられていない。量産先行試作はおろか、次世代技術検証用試作とも明らかに違う、あくまで技術実験用に手作業で造られた、第一級の匠による渾身の芸術品でもあった。


「たしかに2つ前の15番1号の発展構造だが、私が引いたラフの到達点を完全に凌駕している。ここまで来るとすでに完全に別物だな。しかも・・・製造費に一体いくらかけているんだろう?」


 この「人」を納める為に作られた「人形」は、最近の擬体傾向から漏れることなく、表面皮膚の主な部分に宿り主のDNAを応用した生体テッシュー(皮膚)を貼り付ける。そのせいで、納品直後の状態では見た目はロボットの透視図そのもの。とても無機質に見える。


 だか、四肢や首部などには、量産レベルでの実用まで50年はかかると見積もられていた補助動力用人工筋肉が、まるで人体模型の様に明解に張り巡らされている。一目見るだけで、内側の骨格もそうだが、人体の再現率は相当に上がっていることが判る。


「確かに、補助動力用人工筋肉は使い方次第ではかなりの防弾性も期待できるが・・・まさか技本(ぎふ)の連中が大量に資金だけでなく、人員まで調達して実用化を急ぐとはね。あいつら、この技術に何をどこまで期待していることやら?」


 補助動力用人工筋肉は20世紀後半における、FCV(燃料電池自動車)の様に、湯水のように金をかければ間違いなく製造はできる。しかし、一品作るだけで莫大なコストと時間を費やす必要がある。現状では金持ちの道楽としてもやりすぎだ。仮に、官僚主導で血眼になって製造に励んでも、年間に何体分のパーツが作れるのかも未知数だ。


 また、そこまでの無茶をしても、既に普及済みの動力方式に対して、圧倒的に有利な出力や燃費を捻出できるわけでもない。何より、運用手段が確立されていないので、どんなトラブルが潜んでいるのか不明。さらに、一品ごとの誤差も大きいので、組み手には閃きや直感レベルのバランス感覚が要求される。


 まあ、補助動力用人工筋肉の分野でなら、特許面は日本国内勢力で押さえられている。おかげで回避すべき構造とか理論をこねくり回す必要がない。その点がメリットと言えるかも知れない。


 回転式動力だと、新規技術を開発しても西洋の連中がいろいろうるさい。パテント・トロール問題は来世紀になっても解決しないだろうし。


 どう考えても今のところコスト的に実用性はゼロだ。量産性も同じくゼロだ。これが一般に出回る頃には、製造ラインによる自動整形、高い品質コントロール、最低10年の連続使用保証、健康保険適用、特殊素材の代替物質の発見、特許の一部解禁による規格普及運動、などが始まっていることだろう。


 その際は、いつものように西洋の政府と組織が結びついて、いかにも「付け焼き刃的な新規格」の立ち上げるだろうし、そういうテンプレート的な集金活動などの展開を予想すると、苦笑するしかなくなる。


 しかし、朝間ナヲミにとっては、補助動力用人工筋肉の存在は大きなメリットとなる。出力面ではなんのメリットもないが、彼女にとって、外観面で加わる無駄な膨張・収縮の連鎖は計り知れない満足をもたらしてくれるはずだ。


 補助動力用人工筋肉の人体構造に近い張り方と、人体限界に近い出力を摸倣できる可動全域で共通するトルクの強さは、四肢を動かす時に皮膚の下で、生身のそれに近い膨張と縮小を見せられるようになるのだ。つまり、腕に力を入れて曲げれば「力こぶ」が出来る。全力で走れば太股の筋肉があからさまに「脈動」する。


 かなり高いレベルで生身を摸倣できる筈だ。そうすれば、朝間ナヲミがクラスメートに混じって、水辺で水着で遊んでも周辺の風景から浮いてしまうことはないだろう(ただし、身体各部の重さのバランスの悪さのせいで、生身ほど真水の中で上手に姿勢維持することは新型擬体でも困難なまま)。


 そんな未来を想像して微笑む朝間。しかし、少女の夢を叶えるためだけにこれが用意されるはずがない、と判り切っていた。


「たったそれだけのために億の金を投じるとは思えないけれどね」


 単に『脳核』と呼ばれる事の多い生体脳と脊髄などで構成される生体パーツ、人格のコアが詰められているチタン外装の頭蓋骨が納められていない為、頭部に相当するパーツは下分1/3しか組まれていない。鼻と耳のラインから上は、まだ組まれていない。


 チタン外装の頭蓋骨が埋め込まれる予定のすり鉢状の穴の底には、幅広いデータバスのI/Fが見える。間違いなく双方向連接式接点は48系統が用意されている。ダミー接点はどれ一つも見当たらない。


「通常の擬体制御で現在利用されているのは12系統。48系統は"かぐらOS"の搭載が前提とされる"AK系かぐら式標準擬体"の規格としては存在するが・・・そんなものは机上の空論、理論上でしか存在していない。『脳核』には将来の発展した技術に対応するために、48系統の端子が実装されている。しかし、今の技術レベルですべてを使用するなんて無意味な努力になりかねない」


 現在の『脳核』は超幅広データバスにも対応している。しかし、現状ではそれは必要とされていない高すぎるスペックだ。今のところ、一般的な擬体の場合、12系統でも情報交通に余裕がある。だから、意味はないのだが、やり過ぎなほどに情報交通を多系統化して余剰性を高めることにしている。


 朝間は気が付いて、言葉を飲み込んだ。


ーーーいったい、何に使うっていうんだ?

ーーーだいたい、いつの間に作っていたんだ?

ーーーしかも・・・ワンオフの美術用擬体どころか、先進技術実証用擬体だろ?


 万が一にでもあの()にこんなことは聞かせられない。擬体に聞かれてしまってはどこかで漏れてしまわないとも限らない。この擬体の出所は間違いなく岐阜基地にある自衛軍の技術研究本部(=技本)だ。そのくせ、構造的な偽装が徹底的(へんしつてき)に施されているので、一般の擬体治療病棟の人材・機材では、整備用ネットワークに繋いでも"AK系かぐら式標準擬体"の一種の珍しいボディとしか認識されないだろう。


 まるで狂った天才が組んだインタープリター(情報的な仲介システム)が、擬体とネットワークの間で仲立ちしている。きっと、病院のオペレーターに任せたら、最初から最後まで"AK系かぐら式標準擬体"と誤解したままメインテナンスを行う。しかし、それでも消耗品の供給も調整も最適化してしまうので問題ない仕様となっている。


 また、感の鋭い奴が徹底的に調査したとしても、補助動力用人工筋肉から辿って、去年に学会で発表された次世代コンセプトモデルの"Y/X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体"と誤認する筈だ。


 それは意図して生じさせる誤認。悪性のデザインだ。もしかしたら、発表済みの次世代コンセプトモデルの一件も、もしかしたら、誤認させるための認識誘導のための情報戦だったのかも知れない。


 朝間は少しばかり考え込んだ。


 この試作擬体17番「かむなぎ」と試作擬体16番「かんなぎ」は、基本構造、性能はほぼ同じ。インプット・アウトプットのスペックの違いは誤差の範囲。大きな違いは、追加装備用ハード・ポイントや端子が簡略されるか、非接触式へと変更されているか、だ。


 だが、細部は微妙に違う部分が多い。特に機能維持に必要な消耗品の対応幅がとても広い。民間用のありふれた代替品を慢性的に使用しても、100%の性能が発揮できる様に手直しされている。おそらく16番で収集したデータを検討して、「やってみた」というが正解なのかも知れない。


 運用コストは、もしかしたら"AK系かぐら式標準擬体"と同等に押さえることが出来るかも知れない。


 しかし、製造コスト的に、近い将来に民生品として売り出す計画があるとは思えない。おそらく、換算不可能な物資がつぎ込まれているはずだ。だから、健康保険が適用可能な普及型擬体としての、民間市場のテストのケースであるはずもない。


 だとすると・・・この擬体が最大の能力を発揮する状況とは・・・『諜報』。長期間、生身や民間擬体に紛れて、孤立無援で作戦活動に従事できることは間違い。


 もしかしたら、あの()はとんでもないことに巻き込まれているのかも知れない。


 天叢雲会病院・擬体作業棟の朝間の元に、"試作擬体17番「かむなぎ」が届けられたのは、つい先ほどのことだった。突然に航空自衛軍のヘリコプターが、航空交通流管理(ATFM)を無視して病院の駐車場に予告無しの緊急着陸を行った。ちょうど地震被害でアスファルトのひび割れが確認されて、陥没の恐れがあるとして利用中止して車を閉め出していたので降り易かったんだろう。


 会津からの急患の到着かと思って、走って駆け付けた警備員に迷彩服の男が帽子を脱いで「ちわーっす。お届け物です」と笑顔で告げて、どう言うわけか宅配事業大手の大和クーリエの送り状に無理矢理に受領サインをさせたそうだ。最後に、「ありがとうございましたー!」らしい言葉を残してヘリコプターが駐車場から離陸して行ったと言う。そして、全てが終わってみれば、そこに一人の力でなんとか押せるサイズと重さのコンテナが一つ残されていた(ご丁寧に回転補助機能付きダブル・キャスターのある高級品だった)。


 警備員が「どうしたものか」と途方に暮れて、自分がサインした送り状に目を通してみると、送り先の欄に「アサマハカセ」とだけ書き殴られていた。受付のところまで荷物を押して行くと話は早かった。受付嬢は慣れたもので「あーあの人か」と配達物を受け取り、院内放送で朝間を呼び出して、荷物を院内のどこへ届けるのかを確認した。


 なお、送り主の欄は空欄だった。そして、荷物の内容の欄には「X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体」「壊れ物注意」「速達」「生鮮品にて返品不可」とこれまた認識困難な汚い文字で書かれてた。インクも乾かないウチに送られたらしく、肝心な部分がにじんでいた。


 そして、今に至る。


 しかし、朝間が、朝間ナヲミが今か今かと待ち構えていた「X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体」がやっと到着したかと思って、大喜びで即時に開封して点検を始めて行くと・・・次々と奇妙な点が見つかった。


 確認のために、宇都宮の富士見重工の馴染みの営業に電話を掛けてみた。すると、出荷したのは間違いなく、「X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体」だと言う。しかし、絶対にそんなことがある筈がない。


 そこでこの件で「何か変わったことがなかったか」と尋ねると、検品作業に手間取って出荷が遅れて困っている所に、会津へ救助作業に向かう空自のヘリコプターが工場のヘリポートに降りて来たと言う。なんでも、基地で給油ミスがあったらしく目的地へたどり着ける燃料が残されていないので、給油のリクエストがあったらしい。


 そして、給油を受けながら機長から「会津方面で輸送する物資があるようならついでに持って行く」と援助話を持ちかけて来たそうだ。


 工場としては渡りに舟で、「X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体」を大した確認もしないで、大急ぎで空自に引き渡した。なお、営業は「次世代技術検証用だけど従来の量産品より信頼性は高い!」と太鼓判を押して主張を締めくくった。


 朝間はそこで礼を言って電話を切った。そして、それからずっと細部までの検証作業を実行した。その結果、たった今、意図的偽装が施された擬体IDから技本自作のチップの存在を突き止めた。そして、あとは暗号化された本物のIDから芋づる式に情報が出てくる。最後に、"試作擬体17番「かむなぎ」であることを割り出した。


 なお、そのIDの余剰(ジャンク)BIT部分に「アルへ。娘をキミに託す」と書き込まれていた。


「和紗さん、イタズラが過ぎますよ」


 どうやら、目の前にあるこのボディは、空輸中にすり替えられたらしい。もしかしたら、宇都宮で「X-AK系かぐら式次世代技術検証用擬体」を回収した機体とは別の機体が"試作擬体17番「かむなぎ」"をドロップしたと考える方が、より真実に近そうだ。


 そしてイタズラの主にも心当たりがあった。すべての擬体の母とされる朝霧和紗、その人だ。朝間は朝間ナヲミの後見人として名乗りを上げていた。しかし、今回の震災以後、朝霧和紗までが表だって「彼女に対して全責任を負う」と宣言していた。だから、やっと積極的に関わる気になったのか、と素直に認識できた。それまでは影のように付きまといつつも、絶対に表立った干渉は避けていたというのに、心変わりしたらしい。


 実は会津大震災における朝間ナヲミの活躍は、まったくニュースになっていない。大震災で被災しながら、直接的に一人を救い、間接的に約300人の命を救い、さらに200体以上の心肺停止者の発見に貢献したという話は、命に関わるデリケートな問題と判断されて政府は一般メディアへは公表せずに秘匿した。


 朝霧和紗としては、成果を知られることのない巨大な英雄行為に対して少しでも報いたいと、次世代技術"検証"用ではなく、先進技術"実験"用の擬体を送りたいと言う希望があったのだろう。


 朝間はしかし、と思う。朝霧和紗の依頼を受諾した技本(ぎふ)の意図はどこにあるんだろうか? と。おそらくまた違う下心が渦巻いていることは間違いない。善意には必ずそれを支える「正しい裏」がなくてはならない。それなしで美しく自然なフィクションは絶対に成り立たない。


 しかし、それでも・・・と朝間が考える。このボディでなら朝間ナヲミの希望を真に叶えられる可能性がある、と。このボディでなけえれば、彼女に夢の実現をさらに10年も20年も待たせることになる。だったら、これを素直に受け取って、いろいろな人々の思惑に乗ってみるのも手だ、という結論に達するのも当然だったのかも知れない。


 おそらく、朝霧和紗その人もそのつもりなのだろう。彼女が見込んだ朝間ナヲミがこれから起こるいろいろなトラブルを、自力で捌けないはずもなく、何よりそれが出来るようにならないようでは今後の人生の歩みも覚束ないと考えているのだ。


 これはご褒美であって、また愛の鞭でもあるわけか。


 朝間は決意した。とにかく、朝間ナヲミ本人に選択の自由を与えようと。そのためにはこの擬体のセットアップを急がなければいけない。


「さ、また徹夜だ。また忙しくなるぞ」


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