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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年1月19日、PM、天叢雲会病院サイバネティクス研究病棟・擬体保持者用ICU

あら、葉子ちゃんいらっしゃい。

 ーーーこんにちは、ナヲちゃん。ご機嫌はいかが?


もちろんご機嫌よ。動けないのはいただけないけれど、もう慣れたわ。

 ーーー私は慣れないわ。


明日には慣れるわよ。

 ーーーなら良いんだけどね。


昨日は葉子ちゃんが帰ってからね、映画を見たのよ。

 ーーー何て言う映画?


The Princess Bride。1987年のハリウッド映画。

 ーーーずいぶん古いね。


でも面白かったし、興味深かったよ。

 ーーーどんな話なの?


昔々ある所に、愛し合う若いカップルがいたの。

 ーーーふーん。


でもお金がなかったので婚約者の男の人の方が結婚資金を蓄えるために、出稼ぎに行って村からいなくなってしまうの。

 ーーー寂しいね。


しばらくしてから、女の人、名前はButtercupって言うんだけれど、花の名前なの。日本語だと・・・「きんぽうげ」って言うらしい。愛らしい小さな花なのよ。で、彼女は最愛の男の人が死んだと聞かされるの。

 ーーーそれは最悪だね。


そんな時、村の周辺を治める王国の王子様が現れるの。専制領主のドラ息子って感じの。Buttercupはそのドラ息子との意に沿わない結婚を強いられているの。台詞ではCountryとしか言わないから、背景は良く分からないんだ。男爵領とか公爵領なのかも知れない。

 ーーー波乱の予感。


で、Buttercupは悪い三人組で誘拐されてしまうの。

 ーーーえー。


でもね、マスク・オブ・ゾロみたいな黒マスクをした正義の海賊がね、Buttercupを悪党の手から助け出してくれるの。でもこの悪党の中の2人がすごい紳士的でいい人達なの。悪いのは一人だけ。流刑地のオーストラリアから来た自称知的な詐欺師のゲス。でもゲスの台詞のおかげで時代設定はどれだけ早くても17世紀末以降。確か刑期は7年〜終身刑。18〜19世紀には16万人が英国からオーストラリアへ送られてるからその中の一人ね。でも、それだと変なの。それって産業革命で激増した犯罪者を送り出してたわけだから、時代が後過ぎる気がする・・・オーストラリアへの流刑はもっと早くから行われていたのかも。

 ーーーすっご!


紳士的な悪党の中の一人は父を殺したSix fingered manを親の(かたき)として、11歳の時からずっと探してるの。

 ーーー複雑なストーリーね。


その後いろいろあってね、Buttercupは正義の海賊の正体が、死んだはずの婚約者なことに気付くの。でも、一応、助けに? 追いかけて来た専制領主のドラ息子に捕まってしまうの。結婚を強いている奴ね。

 ーーー起承転結の転かしら?


いーえ、まだまだ。そのあたりは映画は始まって50分と言うところなの。

 ーーー何という超展開なのかしら。


まさか、農夫だったはずの婚約者が黒マスクを付けた最強の海賊になって帰って来るとかねえ。何でもありよ。

 ーーーはははは。


ついでに、婚約者で、海賊で、帰って来たヒーローもドラ息子に捕まってしまうの。正確にはドラ息子の部下の・・・Six fingered manにね。

 ーーーじゃあ、11歳の時から探してる悪党に教えてあげないと。


でも、ヒーローは囚われの身。しかも、拷問部屋に閉じこめられてるの。

 ーーー穏やかじゃないねえ。


でもって、いつの間にか王様が死んでて・・・ドラ息子な王子が後継者として王様になるの。で、Buttercupを王妃として民草に紹介しようとすると・・・老婆に妨害されるという夢を見て・・・やっぱりヒーローとしか結婚できないと悟るの。

 ーーーふむふむ。


ドラ息子はそれでButtercupと結婚できると思ってたんだけど、今度は激しく拒絶されちゃうの。自殺までほのめかされて。

 ーーー人生最初の挫折ですかねえ。


それでね、Buttercupに振られて逆ギレした王子様は囚われのヒーローにこう告げるのよ。


 You'e truly loved each other.

 So, you might have been truly happy!

 Not one couple in a century has that chance no matter what the story book say.

 So, I think no man in a century will be suffered with greatly as you will.


 お前達二人は本当に愛し合っているんだな。

 だからすっげー幸せだって言うんだろう!

 でもな、100年に一組のカップルだってそんなチャンスに恵まれないんだ。

 だから、オレ様はこれからお前に100年に一人だって味わえないほどの苦しみを与えてやる!


そして、周りの制止を振り切ってヒーローに限界を超えた拷問を行って殺しちゃうの。

 ーーー穏やかじゃないねえ。


嫉妬だよ。王族に生まれた幸運やそれで手に入れた特権より本物の愛は得がたい。王子もそれを知ってる。意外に賢いかも。でも、だから、欲しくて仕方がない。それでもどうしても手に入らない。だから、手に入れた誰かがいたら羨ましくてしょうがないから・・・

 ーーー殺しちゃうんだ・・・


私は映画の物語も気に入ったけれど、何よりもその台詞に真理を感じたの。「100年に一組のカップルだってそんなチャンスに恵まれないんだ」って、本当にそうだと思うのよ。本当に最良の伴侶ってのに巡り会えるなら、それだけで人生勝ち組ってことなのよ。

 ーーーそれってもしかして私達のこと?


うん。そうなの。それが言いたかったのよ。

 ーーーそれは同感だわ。でも、続きはどうなるの?


私のサーバーの/MeeT_fele_xiのディレクトリにアップロードしてあるから、葉子ちゃんのと同期して最初から最後まで視聴して見てよ。NUTAYAで借りたから視聴期限は来週までね。

 ーーーうん、解った。今晩にでも視聴するよ。


あ、葉子ちゃん。そろそろ時間だよ。

 ーーーあ、そうか。チーちゃんの所に寄って何かピックアップしないといけないんだ。


明日も来てくれる?

 ーーーもちろん!


嬉しい。約束だよ。

 ーーーうん。名残惜しいけど・・・。本当なら短いお別れのキスでもしたいんだけどね。


ごめんね。もう少しだけ待って。もうすぐだから。

 ーーーこっちこそ。ごめん。ツライのはナヲちゃんの方なのに。


 そして、葉子ちゃんは病室から出て行った。少し、痩せたな。元気な振りをしているけれど、やっぱり悩んでる。今の私を見て、どうしたら良いか解らないんだ。


 それが分かっても今の私には何もしてあげられない。今は耐えてとしか言えない。ごめんね。


 葉子ちゃんがいなくなると、続けてアサマ先生がやって来た。いつものようにサンダルのペタペタとさせながら歩く。どうやら、今は営業用でなく仕事用の装いですましている様だ。


 仕方ないよね。この病院も今は、地震の被害者の治療などで臨戦態勢。きっと、ここへ来る暇があるなら、少しでも仮眠したいところだろう。心配かけてしまってすみません。本当に。


ーーーやあ、ナヲミちゃん。葉子ちゃんは帰ったのかい?

 はい。帰ってしまいました。抱きしめられなくて欲求不満です。


ーーーすまんねえ。擬体の方、もう少し掛かりそうだよ。背骨のメインフレームまで視認できるくらい曲がっちゃったから、宇都宮のメーカー送りになっちゃったんだ。ウチのチームも頑張ったんだけれどね。

 いえ、命が助かっただけでも十分過ぎます。私も葉子ちゃんも無事なんですから。


ーーーそれに地震前の眩暈(めまい)、復興庁大臣の署名付きであれの全ログ・データの引き渡しの依頼が来たよ。電離層全電子の密度変化を観測出来ていた可能性があるそうだ。でも、値的には過去にもあったレベルだって話だけど。あっちも混乱してるよ。

 そうですか。


ーーーOK出しちゃっていいかな? 宇都宮の方でついでに抜き出したいみたいなんだけれど。

 良いですよ。地震の前兆と予測の研究に役立つなら、こちらからお願いしたいくらいです。


ーーー助かるよ。今回、予兆と取れる現象はあれしか見つかっていないんだ。地震予測チームとしても、藁をもすがる思いだろう。

 擬体が到着するまで、どのくらい掛かりそうですか?


ーーー1週間だな。その代わり、伸縮筋肉補助が実装された次世代型の先行試作モデルを回して貰えるはずだ。そうなると、ローンチ・ユーザーとして、擬体設計士達と直接に意見交換できる様になるはずさ。

 それは嬉しいです。これでまた一歩、夢に近づけます。


ーーーああ、私もだよ。まだ神を宿す器には足りなくても、また一歩生体へと近づける。実は、ボディ以外はすべて有機パーツへの換装を前提に設計されたフレームでもあるんだ。

 本当ですか?


ーーーおそらく、そう遠くない未来に、半有機擬体へと発展できるはずだ。そのための伸縮筋肉補助の実装なのさ。

 重さはどうなりますか?


ーーー最初のウチは一割増しってところかな。行く行くはAKボディと同程度に軽量化される予定だ。まだ先行試作分だから我慢して欲しい。

 はい。


ーーーしかし、葉子ちゃんはとても良い()だね。毎日来てくれるなんて。

 私がこんな状態なので、電話でも良いとは伝えたんですが。


ーーー物理的に離れたくないと言ってたよ。電話ではナヲミちゃんを感じられないってさ。

 正直、私も同じ気持ちです。でも、そんなワガママも言い出し辛くて。あの()はそういう所を良く察してくれます。


ーーーあの()、変わったね。地震の後と前では別人みたいだ。心当たりはあるかい?

 ある程度、想像は付きますけれど・・・確証はありません。


ーーー新しい脳外郭の蓋に違和感とかないかい?

 大丈夫です。むしろ新しく入ったマイクロマシンが仕事し過ぎで、時々たまらなく眠くなります。


ーーー擬体の方は急がせるから、もう少しだけの我慢、よろしく。

 はい。百合子さんによろしく伝えてください。それと・・・


ーーー解ってる。擬体を換装するまで、チーちゃんには「擬体と一緒に宇都宮に行った」で通しておくよ。

 絶対ですよ。チーちゃんにだけは今の姿は見せられません。


ーーーああ、そうだよなあ。そういう配慮、助かるよ。

 脳核と脊髄を包んだチタン脳外郭だけが、チューブに繋がれて水槽に浮かんでいる姿なんて・・・家族以外には見せられません。みんなは、水槽に浮かんだの脳核の私でなく、金髪と青い目の女の子の私の方を本当の姿を誤解して、とても大切にしてくれているんです・・・。


ーーー否定も肯定もできないよ。全ての人が葉子ちゃんの様になれるはずがない。

 あ・・・アイダさんが仮想現実空間で会いたいって連絡来ました。


ーーーそうか。それじゃ、また来るよ。何かあったら院内通信で呼んでくれ。24時間、遠慮無くな!

 解りました。


 今、私は水槽に浮かんで夢を見ているのかも知れない。それともすでに死んでいてこれは次の転生(リーインカネーション)までのモラトリアムな幻想なのかも知れない。とても現実だなんて自信を持って主張できる根拠を持ち合わせていないよ。本当に。


 先日の大地震で、私の擬体は完全に破壊されてしまった。航空自衛軍に救助された時、擬体の状態は治療どころか、修理すらままならないほどのダメージを負っていた。


 アサマ先生の元へ到着した時、私はすぐに擬体から強制パージされた。先生は生体パーツの治療のみに専念した。擬体の方はどうしようもないと、一目見ただけで諦めてしまった様だ。


 そして、それ以来、私は身体なし。つまり、擬体なし。脳核だけの存在としてICU*(Intensive Care Unit=集中治療室)内の水槽の水に浮かんでいる。次に換装する擬体が到着するまで、このままの姿で待つしかないのだ。


 葉子ちゃんはこの醜い姿の私のことを、ありのままの私として受けて入れてくれた。この姿を見せたのは賭だった。見せないわけにもいかず、そして見せた上できちんと認めても欲しかったのだ。ごめん、承認欲強過ぎだったね。


 本当の私は、彼女と初めて出会った時の様な金髪と青い目の私じゃなくて、こっちの水槽に浮かぶ鉄の殻に詰められた色つき豆腐みたいな醜い一つの塊に過ぎない。その事実は知っておいて欲しかったんだ。


 その上で私の事を愛してくれるなら、本当の家族になれるとも思ったから。


 実は、初めての反応は「あっ、そう」みたいな感じで、私を長い間苦しめていた悩みその物を華麗にスルーされてしまって、私の方が本当に参ってしまった。


 今の私を見て驚かないのかと問いただしたら・・・


 擬体保持者なんでこんなものでしょ?

 教科書に載ってるし、津田沼さんに換装治療の練習用サンプルを触らせてもらったこともあるよ。

 本当に、だから何?

 え? 私の中身だって同じだよ。


 と回答した。


 続けて、私のバイタルを見せろと言って来た。さすが免許持ちの擬体看護師。


 それにしても、何という適応力だろう。神様、本当にありがとう。


 私は、本当に運が良かった。きっと「100年に一組のカップルだって恵まれないほどのチャンス」を得たんだと確信できた。


 もう何も怖くない。本当に。私の魂はもう1柱ぼっちではないのだから。これから先の人生は、葉子ちゃんの魂がきっと横に居てくれる。


 しかし、ちっちゃなチーちゃんに葉子ちゃんと同じ試練の通過を求めるのは酷だ。そして、あの子は、病状次第では、もしかしたら私と同じ様に擬体保持者に転じるしかないかも知れない。


 だとしたら、こんな残酷な真実を突き付けたくない。多くの擬体保持者は脳核だけになった状態で覚醒している経験なんかすることなく一生を終えるはずだ。だったら、チーちゃんだってそういう風に波風立たない擬体人生を送れるかも知れない。ただし、今の私の姿を目撃してしまったら、その限りではなくなってしまう。


 それにしても、本当にごめんなさい。素敵な擬体を壊してしまって。

 折角、先生が精魂込めて作ってくれた芸術品だったのに。


 さて、そろそろアイダさんの呼び出しに応えるかな。



*SCU (=Stroke Care Unit)、脳卒中集中治療室に近い設定です。

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