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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2037年1月15日(木)、AM11時55分、私立会津高校の保健室(だった瓦礫の下)

 地震の発生から約4分が経過していた。激しい縦揺れがやっと収まった所だ。しかし、この平穏はあくまで一時的なもの。どうせすぐに揺れ返しが来るはずだ。


 おそらく、ここは震源地至近だからP波とS波が同時に伝わっている。ほぼ震央だな。果たしてどこまで地震波(実体波)が届いたのだろう? S波は毎秒3~4kmの速度の筈。えっと・・・ここから新潟市まで105km・・・駄目だ。代入する値が分からない。後続波・・・擬体じゃ観測は無理か。擬体の加速度センサーで取ったガル数値から求められる公式、ないかな?


 まずいなぁ。周辺地域の被害が大きければ、こちらへの救助と支援到達はその分だけ遅れることになる。とにかく、情報が欲しい。何がすでに起こってしまって、今何が起こっていて、そして次に何が起こるのか推測するヒントが欲しい。


 そこで、やっと私の第二小脳に緊急地震速報が届いた。


発生時刻:AM11時51分

震源地:福島県会津若松市(直下型地震)

マグニチュード:7.2

震度:7

震源:極浅く(10km未満と推測さぁ・・・


 困った事に、そこまでで通信が途絶してしまった。もう一度情報を取り直そうと、他のアクセス・ポイントの検索を行う。


 え? どんどん、潰れていく。あ・・・全部消えた。

 アクセス・ポイントだって言うのに、繋いでもその先にあるネット空間が存在しない!


 どうやら、地震被害で全てのネットワークが壊滅したらしい。今、検出できるのはアクセス・ポイントへの自動検出シークエンスをヒステリックに繰り返すネットワーク端末だけだ(おそらくその大半がスマホだろう)。私の周辺のどこかで瓦礫に埋もれているのだろう。そして、もしかして、その傍らには持ち主がいるかも知れないしいないかも知れない。生きているかも知れないし生きていないかも知れない。


 検出されたネットワーク端末の座標を検出できるだけ記録した。そして、それをテキストデータ化して。最後に圧縮ファイルを作成した。これで、次にネットワークに接続できた時に、要救助者の探索候補地リストを送れる。実際に救助が到達した時に、すでに端末がバッテリー切れになっていても座標の通りに掘り起こせば助け出すこともできるはずだ。


 ごめん。今はこっちの状況に対処するだけで手一杯。これで許してね。


 とにかく、私達が救出されればRAWデータごと提出できるから、それから座標だけでなく、IDを検出して個人情報までたどれるかも知れない。


 さっきの緊急地震速報の受信時に私の救難/救助要請信号が送信出来ていると都合が良いんだけどな。


 震源地はやっぱり会津若松市か。この揺れなら・・・そうだね。会津盆地東縁断層帯が動いたんだ。1611年9月27日に起こった会津地震に近い被害で出てるかも知れない。甚大な被害は会津地方だけでなく周辺全域に渡っていると考えて間違いなさそうだ。


 それにしても床と天井に挟まれて身動き一つ取れない。葉子ちゃんは私に投げ飛ばされてからずっと気を失っている(ごめんね。交通事故に会った位の衝撃があったことは間違いないよね)。でも、できればこのまま救出されるまで寝ていてくれた方が良い。こんな真っ暗で狭い所で目を覚ましたらパニックに見舞われかねない(PTSD(トラウマ)にもなりかねないし)。今、葉子ちゃんがお腹の下で暴れ始めたら、完全崩落が始まって二人とも押しつぶされちゃう。


 そう、私と第二小脳は膝と掌と背中でハニカム形状を作り上げて、すんでの所で落下する天井を受け止めることに成功していた。どうにか圧力の均衡状態を作り出して、一時的な安全を確保していた。本当に幸運だったと思うよ。


 しかし、擬体の肘も膝もその他の箇所も・・・今どんな状態になっているのかあまり想像したくない。何より、頭部だってまともな状態であるとは思えない。上方向に貼られた皮膚は・・・やっぱり最初の衝撃で剥がれたか、その後の圧力で押しつぶされて跡形もなくなっているだろう。頭部だってまともな状態であるとは思えない。


 感覚センサーが壊れてるから判別付かないけど、背中から脇腹に何か貫通してるみたいだし。とにかく、胎内にある燃料充電池(二次電池)の貫通だけは避けられて良かった。連鎖反応(チェーンリアクション)式ってのは、日常生活では便利だけど、こういう時はデメリットもあるんだな。考えたことなかった。


 この状況で唯一の救いは真っ暗なこと。光源ゼロで私の義眼でも可視光域には何も写らない。だから、私のすごい姿も葉子ちゃんに見られることはない。正直見られたくない。きっとゾンビよりヤバイと思う。今の私を見られたら1000年の恋も一瞬で冷めると思うよ。


 昨日から続いていた眩暈は、きっと大地を支えていた岩盤が砕けて、大きく裂ける時に放出される電磁波が原因だったんだろう。それが繰り返されて擬体制御系だか生体部位制御系に干渉していたんだ。イオンとかも地上まで舞い上がってきていて、それが肌にチクチクしたんだな。


 つまり、擬体は地震予知に役立つってことだ。ったく。もっと早く判明してればこんなことにならなかったのに。


 PM3時50分、揺れ返しが来た。瓦礫に挟まれているとどのくらいの揺れかはあまり実感がない。しかし、擬体各所に埋め込まれた加速度センサーがまだ生きているので、瓦礫の動きはの予測シミュレートできる。だから全身のアクチュエーターを微作動させて、揺れに対応して圧力均衡を崩さないように努める。


 もし、圧力均衡が崩れたら・・・私の擬体の骨格なんか一瞬で押しつぶされるだろう。もっとも最初の一撃で背中のアクチュエーターはほぼ全滅している。部分的に生きていても全体で連携の取れた機能は失われているので、ベアリングを意図的に焼き付かせてそれぞれの関節を完全固定してしまった。


 ああ、頸椎のあたりの部品と組み立ては、人工衛星を静止衛星軌道まで直接押し上げられる大推力ブースターのタービン軸を超えるほどの精度が奇跡的に実現していたのになぁ。もうそんな高品位な部品は手に入らないだろう。いや、今のところこの擬体をもう一度くみ上げる機会がまた巡ってくるのかどうかさえも怪しい。


 あ、検出できるネットワーク端末がいくつか減ってる。さっきの揺れでつぶされてしまったのかも知れない。


 PM3時15分、再び揺れが戻ってきた。再び圧力均衡を作るべくアクチュエーターを微作動させる。


 揺れが収まった時、なんか嫌な音と臭いがした。どうやらいくつかのアクチュエーターが新たに焼き切れたらしい。ベアリングでなく動力部。これじゃどうにもならない。ベアリングを焼き切れない。とにかくブレーキによる固定作業を行う。これでは物理的な作動要素を殺せない。せいぜいつっかえ棒役くらいしにしかならない。


 もし次の揺れが来たら、もう立て直しが効かないかも知れない。どうしよう。このままじゃ葉子ちゃんが私に押しつぶされちゃう。とにかく、この娘だけは助けないと。


 私は悲惨な決意をする。最悪の事態を想定して、それだけは絶対に回避できる様に! 駆け引き無しの本物の全力を惜しみなく動員でしなければならない。だから、予め手続きを取っておくことにした。


「第二小脳に命令。以下の命令の実行する際は全ての確認行程を省くことを許可する。また、あらゆる倫理制約の無視を許す。それらから生じるあらゆる結果の法的責任は、擬体ユーザーのアサマナヲミに属すると宣言。署名付きで記録して!」


ーーー命令をどうぞ。


「生命維持原則の第一目標を私、アサマナヲミから同伴者である森葉子へと変更する。あらゆるリソースを使って森葉子の生存に努めよ。繰り返すが、そのためにはあらゆる倫理制限を無視して構わない。行動原理の規定は三次元空間の物理的限界まで拡張する。命令終了。復唱不要」


 第二小脳は素直に従った。もし、私が死んでもアナタならきっと誰かが引き継いでくれる。もし、そうなるなら、チーちゃんが良いな。あの娘ならアナタと上手くやっていけると思うよ。


 さて、これで完全に崖っぷちだ。でも御陰で、私たちが一緒に生還するための一か八かのギャンブルをする準備は整ったよ。


「第二小脳、仮想現実空間へダイブ」

 ーーー了解。


 現実世界から私は仮想現実空間へダイブした。これで電脳系ツールの操作性が格段に上がる。それに無駄なエネルギーを使用せずに済む。さあ、生き残るために・・・せいぜい足掻(あが)いて見ようじゃないか!


「有機燃料二次電池(SMFSC)の発電効率をAAモードに設定。擬体全システムの機能を物理的限界まで拡張。燃料消費効率と冷却効率の無視を許可」


ーーーSMFSC(バイオ燃料二次電池)の発電効率をAAモードに設定変更。


「全出力でネットワークへのアクセスポイント検出」


ーーーアクセスポイントゼロ。


「先ほど検出したネットワーク検出シークエンス下の端末をすべて制圧。制圧後さらにそれらを踏み台に近くの端末を制圧。その作業を繰り返して独自ネットワークを形成。正常なネットワーク領域へと繋ぐまで継続。私の擬体にインストールされた全ツールを使用。演算には私の生体脳の利用を許可する」


 電波によるネットワーク機能を持つ端末をすべて隷属下に置いて、まるで島伝いに先へ進むように、端末から端末をジャンプしながら、被害を被りながらも何とかネット環境を維持している地域まで通信を届かせたい、というアイデアを試すのだ。


 途中で端末の電池が切れたり破損したりしても、並列接続することで情報の欠損部分をカバーし合う。そうすることで途切れ途切れでも最低限の通信環境を成立させるという、インターネットの様な多重ネットワーク構造ができあがるはずだ。ただし、インターネットと異なり多頭式ではなく、ヒエラルキーの最上位としての私の第二小脳が通信権限を独占するのだ。


ーーー倫理規制を無視して実行します。3カ所のアクセスポイントを構築。クライアント・アプリを強制インストール。7カ所のアクセスポイントを構築。クライアント・アプリを強制インストール・・・


「制圧した電波源のGPS座標は最後に基地局から受信した位置で固定。マップを表示」


ーーー79カ所のアクセスポイントを構築。クライアント・アプリを強制インストール。・・・マップを表示します


 仮想現実空間へのダイブは好きじゃなかった。しかし、今はこのインターフェイスを使う以外に現状を打破する方法を知らない。そして、実際に使ってみると使い勝手も良い。食わず嫌いだったかな?


 仮想現実空間で、目前に表示される地図にアクセスポイントが拡大してく。会津若松、湯川町、喜多方市、会津坂下へと広がっていく。しかし、外部ネットワークへアクセスできるポイントは見つからない。磐越西線沿いルートはダメみたい。


ーーー会津美里市、天叢雲会病院の大電波塔の回線を検出。アクセス権の完全開放を確認。


「やった! 今まで収集した全アクセスポイントの座標データを、私の擬体のID署名付きで、救助要請を添えてアドレス帳に記載されている全アドレスに送信」

 どうやら、スマホやら何から未確認の電波機器群をハシゴすることで、私は独自ネットワークを会津美里市まで伸ばすことに成功したらしい。

ーーー送信完了。


「大電波塔に備え付けられている中、一本の八木アンテナの送受信機を私の座標に固定。最大出力・入力を設定。変更が入った場合は操作をロック。そうね・・・方向操作用サーボのドライバーをアンインストールして制御不可にして」

ーーー実行完了。


 これでやっと情報収集手段を確保(ジャック)できた。私の擬体が発している低出力の通信用電波でも、集光性・指向性増幅型の高性能アンテナなら拾えるはず。これさえ適えば大量のスマホを踏み台ネットワークがダウンしてしても外部との接続を維持できる筈だ。


「私立会津高校近くのライブカメラを検索」


ーーーライブカメラも検出ゼロ。


 なんてこった。全滅か。


「会津盆地とその周辺でつながってるネットワークの範囲は?」


ーーー会津坂下町、梁津町、三島町、金山町、只見町までネットワークがつながりました。


 そこで私は閃いた。只見町の田子倉ダム。あそこなら東京電力(とうでん)の大災害に備えた遠隔操作用の中規模パラボラ・アンテナがあるはずだ。それを使用すれば通信衛星や情報収集衛星へもアクセスできるかも。


「田子倉ダムの東京電力(とうでん)のシステムを制圧」


ーーー朝間ナヲミ様の生体脳は過負荷状態。現在強制冷却中。システム制圧にさけるリソースがありません。


「柳津町の|¦‖Ⅱ¦‖|¦‖¶‖へアクセス。パスワードは|¦‖¶¦‖Ⅱ」

 私はアサマ先生のアカウントで、柳津町にある天叢雲会病院研究所の地下に安置されているスーパーコンピューターを無断で利用することにした。演算中のタスクの一部が破損しちゃかも知れないけれど・・・仕方ない!


 先生、ごめん。生還できたらどんな罰でも受けるよ。


ーーー田子倉ダムの東京電力(とうでん)のシステム制圧を完了。SMFSC(バイオ燃料二次電池)の発電効率低下。現状の出力を続けると残り360秒後に機能停止します。


 もう時間切れ! 急がないと。

「全天検索。アクセス可能な通信衛星または情報収集衛星に侵入」


ーーー低軌道衛星は移動速度が速すぎて追尾不能。

「中軌道より上に限定」


ーーー国際衛星識別符号の無い未登録衛星を発見。ちょうど真上に位置します。情報収集衛星に準じる機能の搭載されているものと推定。

「制圧!」


ーーー侵入失敗。セキュリティーシステム起動。リアクティブ防衛システムと推定。

「時間が無い。こちらへの進入を許せば突破は可能か?」


ーーー可能。ただし、|¦‖Ⅱ¦‖|¦‖¶‖サーバーが20秒で制圧されます。

「敵システムの私の擬体への侵入も許容。直ちに私立会津高校周辺の衛星写真を撮影して、私の擬体へ転送」


ーーー実行。衛星ID判明。USSPACECOM(合衆国宇宙軍)のカタログ番号で確認。私立松島大学と自衛軍が共同運用する「みちびきIII級情報衛星」の軍用衛星。ちょうどカメラがこちらに向いています。データをコピー。転送開始・・・なんだ。会津の朝間さんか。こちら日本国航空・宇宙軍情報衛星「あさぎり8号」。


 何処かで聞いたことのある印象の声を感知じた。

「誰? もう擬体まで制圧された?」


ーーー松島高校のアイダです。お久しぶりです。状況をお知らせください。

「誰でも良い! 助けて! GPSは¦‖・・¦‖・・」

 あれ??


ーーーSMFSC(バイオ燃料二次電池)の出力停止。AAモード強制停止します。非常用バッテリーに切り替えます。全通信停止。残り60秒で擬体はスリープモードに入ります。


 なんてことだ。せっかくアイダさんにつながったのに。でもこれで救助の希望は・・・


 私は受信し終えた私立会津高校周辺の衛星写真を見て絶望した。背あぶり山から下。高校の頭上にあった温泉街も巻き込んで、小渕向甲から牧ノ平甲にかけて大規模な地滑りが起こっている。


 その結果、私の埋まっている第一新校舎はぺしゃんこに潰れていて、さらにその上に土砂が流れ覆っていて、完全に埋没している。GPSアシスト無しでは、私でも校舎がどこにあるのか判別できない。この被害状況じゃあ二次災害を恐れて、救助チームが到着しても私立会津高校への救助は後回しになる。


「スリープモード延期。ダイブ終了」

ーーー了解。


 私は現実世界へ帰還した。状況は悪化していた。息苦しい。周辺の酸素濃度を探る。かなり低下している。おそらく校舎が土砂で覆われたことで空気の循環が止まっている。呼吸すればするほど二酸化炭素濃度が上がっちゃうんだ。


 このままでじゃ、生身の葉子ちゃんが呼吸できなくなっちゃう。どうしよう・・・。


 そんなことを悩んでいると・・・葉子ちゃんが私のお腹の下で動き出したのが判った。


「葉子ちゃん、動かないで」

「・・・ん? 真っ暗。何がどうしたの?」


 明らかに不安の色が濃い声だ。私は自分が彼女の間近にいることを伝えるために喋り続けた。

「地震で校舎が崩れちゃった。でも大丈夫、さっき擬体のアイダさんと連絡が付いた。すぐに助けに来てくれるってさ」

「良かった」安堵の声に変わる。「ナヲちゃんは大丈夫なの?」


「うーん。擬体はたくさん壊れちゃったけれど交換すれば一日で退院だよ。それよりお尻は大丈夫? 痛いでしょ」

「うん。すごく痛いよ」


 良かった。骨が折れたり筋が切れてはいない様だ。でも、今は安心してられない。二酸化酸素濃度の上昇を何が何でも止めないと。それには・・・仕方ないよね。本当に仕方ない。私は貴女だけは助けてみせる。新年の抱負でもあったしさ。


 さて・・・うまく説得しないといけない。嘘付いちゃうけどけどごめんね。


「実は私の擬体のバッテリーがもうぐ切れちゃうの。生体部位を保存するためにあと5分もしない中にスリープモードに入っちゃからもうお喋りできなくなるんだ」

「解った。怖いけど一人でアイダさんが来るの待つよ」


「それで私の胎内の予備酸素を葉子ちゃんに使って欲しいの。喉の奥から出すから・・・その・・・キスして口をくっつけないといけないんだ」

「誰も見てないよね」

「大丈夫。ここは真っ暗だから。私の目にも何も見えない。可視光線ゼロだよ」


 早口にならないように。早口にならないように。気をつけて私。葉子ちゃんを()かしてはいけない。


「うん。わかった」

「それじゃ、アイダさんが来るまで絶対に口を離さないでね。口を付けたらそのまま体位を完全固定(ロック)してスリープモードに入るね」

「うん」


 残った電力を無駄にする事は解っていたけれど、私は敢えて擬体を赤外線の長時間露光モードにして葉子ちゃんの顔を探した。低フレームレートの写真アニメみたいに、葉子ちゃんの顔がぼーっとした画質で闇の中から浮かび上がって来た。細部が不鮮明だけど間違いなく葉子ちゃんの顔だ。つい、見入った。いけない。でもこれで最後になるかも知れないから許して。


「葉子ちゃん愛してる。また会おうね」

「私もだよ。ナヲちゃんまた会おう」


 私は葉子ちゃんの唇に触る。これで二度目だ。涙を流す機能が壊れちゃって良かった。もし涙腺が緩んでしまっていたら、きっとこの娘を騙し切れなかった。


 第二小脳。同伴者への酸素供給を完全固定した場合、何分間の生命維持が可能か?


ーーー480分と推定。


 私と同伴者へ供給した場合は?


ーーー250分と推定。


 だったら・・・選ぶまでもない。この地下空間に残されている空気を会わせれば、半日くらいは保つかも知れない。


 アイダさん。ううん、神様、もし本当にこの世界にいるのなら・・・明日になっても良いですから、葉子ちゃんをちゃんと瓦礫の下から掘り起こしてあげてください。


 お願いします。代償として私の命を差し上げます。もう、アナタからの祝福を受けられないという機械の身体ですけれど、これしか差し出せるものがもう残ってないんです。


 第二小脳。生体部位の保存を目標値の第二位に。同伴者への酸素供給を第一に固定位。私の生体部位への酸素供給を停止。私の生体部位と擬体の接続を解除。今後、私ではなく第二小脳が独断で擬体を制御するように。


 今日までどうもありがとう。それから葉子ちゃんだけは助けてあげて。お願いだから。


 そして、スリープモードに入るようにと、葉子ちゃんに聞こえないように、すべてを脳から思考で直接に第二小脳に伝えた。すると我が胎内に同居するいけ好かない相棒は意外な質問を返してきた。


ーーー了解。Opioid(オピオイド)を分泌しますか?


 私の命令が自殺モードであることを理解した第二小脳は、元ユーザーに最後の情けを掛けてくれたのだ。麻薬成分を分泌すれば、間もなく酸素供給を停止することで窒息する予定の私が、なんの苦しみも感じずに酩酊状態のままあちら側へと逝けるだろうという配慮だ。でもね・・・


 分泌は不要。でも、ありがとう。


ーーー幸運を。

 驚いた。「幸運を」だって。第二小脳にそんな機能があるとは知らなかったよ。


 断ったのはできるだけ長く。一秒でも長く葉子ちゃんのことを意識していたかったから。


 葉子ちゃん、私は死んでも擬体の中にはいないからね。私はずっとアナタの側に居続けるから。


 運が良ければ・・・また会えるかも知れないし・・・


 私の意識は以外に短時間で消滅した。人間、息を止めて活動できる時間なんか、せいぜい5分くらいなことを忘れてたよ。



明日の投稿分へ続く。

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