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天の魚、地の翼。  作者: すにた
第一章「起」
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2036年12月18日、AM、私立会津高校・新校舎、1年2組教室

 合衆国を追い出された私が住み着いた福島県は、私が勝手に理解した所に依れば・・・縦割り式で3本の地域に分けられる。


 それらは、


 浜通り。一番東側。つまり、海側に位置することから、発電所や製造業などを中心に発展する工業地帯。

 中通り。真ん中。地理的には阿武隈高地から会津盆地手前。福島市、郡山市、白河市の三大拠点を誇る経済都市。

 会津地方。一番西側で、北部は穀物生産地。


 である。


 ついでに書いておくが、会津は福島県の地方都市ではあるが、猪苗代湖の向こう側にある浜通りや中通りなどの福島県の地域との一体感は今ひとつだ。


 気候は東側の2本の地域とは異なり、日本海側に属しているし(天気も全く違う)、物流や人的交流の面では栃木県北部や新潟県の下越地方とも結び付きが深い。


 いっそ、新潟県にでも属していればもっとさっぱりしたかも知れない。でもそうなると新潟県がさらに巨大化するので、それはそれで中央政府としては目出度(めでた)くないかも知れない


 話を戻す。日本のどこにでもある田舎の一つに過ぎなかった会津地方に、誇るべき経済的な特色が出てきたのはつい最近、21世紀になってからだった。


 運悪く、会津は高度経済成長期の花だった大規模投資による超ド級な開発ブームからは、完全に取り残された。もしかしたら、あまり外のことには興味が無かったのかも知れない。だから、一応は首都圏外縁に位置しているにも拘わらず、存在感を示してこなかった。自慢の米だって、魚沼米にはネームバリューと出荷額でかなり負けてるし。


 しかし、どういうわけか20世紀の本当の最後になってから、まったく空気を読まない精密機製造業数社が、何の前触れもなくここに進出して来た。


 誰かがハデな誘致活動をしたわけでもないのに、何となく少しずつ、進出企業の数は増えて行った。住民達はその様子を不思議に思って眺めていたらしい(他にできることもなかったろうし)。


 続いて医療系の研究機関までがまとめてやって来た。そこまで事態が進むと会津では土地の価格が上昇して、その経済的余力が地元に還元されて、会津盆地を中心とする開発ブームが始まった。国土改造計画と所得倍増計画の波が遅れて到来したとも言える。


 その流れに救われたのは財政破綻寸前だった会津若松市とその周辺の市町村だ。ほぼ全ての地方自治体が税収は低下傾向だったのに、社会保障費だけは年々増えるという悪循環に見舞われていた。当然ながら、首も回らないほどに債権まみれとなっていた。つまりは、政府主導の市町村統合計画に応じるか破綻するかの二択を迫られていた。うん、まさに崖っぷちだね。


 そんな時に突然に訪れた税収の大幅アップというボーナスステージ。それを悟った数々の融資団体は今までは貸し剥がし同然だったくせに、今度は借りろ借りろと激しく担当者に迫る有様。しかし、一度地獄を見た各自治体は節度ある出費による財政の立て直しという長く苦しい道を選択した。


 好景気は長く続き、10年もすると会津はそこそこ大きな経済力を備える様になれた。一部の町は市への昇格まで果たした。会津地方には未だに大手都市銀行の支店がない。噂では、融資団体は会津特需で儲け損ねたとへそを曲げて今でも根に持っているとかいないとか。


 しかし、地方の信用金庫などがしっかりと市場を固めているので、不便を感じることはない。観光客がATMサービス利用時に、思ったよりも高めの手数料を取られて閉口しているのを目の当たりにすると、ちょっとだけ同情したくはなるが。


 なお、精密機製造業と医療系の研究機関の進出には、連携や計画性が全くなかったと今では判明している(今でもイルミナティーの人類保管計画だったとか言うネットの書き込みは多いんだけどね)。つまり、単なる偶然が重なっただけでなのある。しかし、それらの偶然が無計画かつ有機的に結合した結果、世界を牽引するに足りるパワーを誇るバイオ産業の「集合知」が誕生することとなった。


 そういうバック・グラウンドがあって、私立会津高校とか言う教育機関は必然的に誕生した、と郷土史には記されている。だが、それは飽くまでも公式見解というやつだ。実際の所、学校の本当の起源は、会津の先進医療を頼って世界中から集まってきた大量の若年の入院患者を抱えていた多数の療養所(サナトリウム)が、無計画に始めた学習会や自習会だったらしい。何でも、自虐的に「会津高校」と名乗ったんだとか。


 知る人は少ないが、そんな有志による同好会の様な集会が、いろいろあって二転三転して行く中に、スキー場のボーゲン専用のゲレンデを転がる雪玉の様にゆっくりだが確実に巨大化して行って・・・終いには・・・本物の学校になってしまっていた・・・というのが、郷土史の記述よりはよっぽど実状に近いらしい。


 学校法人として正式に活動を開始した時は、どこから集められたのか良く分からない巨大資金を投じて、やけくそのような大規模開発が行われた。その中でも謎とされるのは、会津盆地の本当の端、石山の牧沢にあった田園をすべて買い取れた事だ。


 会津高校の敷地は、牧沢のほぼ全域を占めているので、学校宛ての郵便物を送るなら、住所は牧沢まで書いておけば間違いなく配達されるだろう。


 なお、東から北にかけては湯川新水路があり、何故か県道と学校を結ぶ橋は架けられていない。


 やけくそと書いたのは付け焼き刃的な発想で、買収できる広い土地という条件以外はまったく考慮されていなかったと思われるからだ。それは、学校敷地の西側境界には大きな墓地が接しているという問題だ。全寮制の学校で、寮の窓から広大な霊園が望めるというのは如何なものか? 解るよね?


 そう言った事情で、そこにある学校の裏門は昼間でもほとんど利用者がいないのだ。ここからは葉子ちゃんから聞かされた話だが、今では新入生が寮に入ってくると最初にやるイタズラが、隣の墓地由来の噂を語ることだそうで。


「この学校が死者が多数出た病院跡に建てられて、工事中に出てきた身元不明を骨を埋葬するために作られたのが目下のあの霊園だ」とか、わざと怖そうな状況を選んで、こっそりと話し伝えるらしい。


 もちろん、すべてすべて嘘である。しかし、新入生のほとんどが外部や、外国から来る子供達であるので、少なくとも2〜3ヶ月は心底怖がってくれる。でも夏休みまでには嘘がばれる。しかし、翌年になると一度は肝を冷やした旧一年生達が、率先して新参者にまったく同じ噂を伝える様になるのだ。


 つまり新入生歓迎の裏イベントは無限に繰り返されるのだ。学校の裏の伝統というのはそんなものなのかも知れない。まあ、来年も再来年もそういう風評被害イベントの引き継ぎは確実に行われることだろう。


 実際、会津の都市部でまとまった広い土地を取得するのは難しい。狭い盆地だから仕方ないけれど。我が校は地理的にかなり無理して成立している(元地権者とのもめ事とか地元との摩擦という意味ではない)。むしろ、制約の多い条件で良く立ち上げに成功したと高く評価できるはずだ。


 だが、そう言う事情というか、無理と無茶の結果、我が高校敷地内には本物の神社がある。標高30mにも達しない小さな山が施設と施設の間に横たわり、その山頂にはいつからあるのか解らないほどに古い杜がある。杜を貫通する様に麓から境内へ達するまっすぐの階段(参道)があり、参道の両脇には多数の鳥居と「南無七面大天女」と書かれた旗がたくさん立てられている。


 歴史的にはいろいろありそうで興味深いが、学校の生徒からは「あるな」程度にしか認識されていない。残念なことに縁結び的な御利益があるみたいな曰わくはないので、年頃の少女を熱心な信仰者にしたてるにはインパクトが足りないのだ。


 神社の正式名称は「七面大明神(しちめんだいみょうじん)」と言うらしい。そして、境内を頂に宿す小さな山にもしっかりとした名前がある。「七面山(しちめんさん)」と言うのだそうだ。


 七面山(しちめんさん)には"本家"なるものが存在している。山梨県南巨摩郡の方に、三角点の高さが1千982.4mの七面山(しちめんさん)という修行場があり、そこにウチのとは比較にならないほどに大規模な七面大明神(しちめんだいみょうじん)がある。それが大本らしい。


 それを教えてくれたのはグーグル先生ではなく、万条さんだ。なんでも万条家は大昔に最初に寄進・奉納した一氏家なのだそうだ。そういう縁で、会津高校の南無七面大天女の境内や参道は在学中に限るのだろうが、万条さんが清掃と手入れを担当しているそうだ。


 年に何度か外からボランティアを受け入れて手入れや掃除などもしているが、やはり普段からの手入れが一番大切らしい。


 万条さんは言う。

「クラブ活動の様なもので、別に義務なんかじゃないわ。でもね、何となく放っておけないのよ」


 彼女は、来年は間違いなく生徒会長になるだろうと言われている才媛だ(まともに争える対立候補が見当たらないので、勝手にそう噂されている。本人もまんざらではないらしいが)。しかし、そんな彼女でも思い通りにならないこともある。


 私は密かに、彼女は計画性の周到さにおいてはNASAの月面プロジェクトの担当マネージャーに匹敵する人材であると確信している。


 しかし、母親代わりをしている双子の妹達が・・・まさかおたふく風邪を同時に発症して、幼稚園で迎えを待つことになるなんて、さすがの彼女でも長期予定の中に組み込んではいなかったろう。


「そういうわけで、すぐに出発しなければいけないの。お願い。あの神社の境内の落ち葉の掃除だけお願い出来ないかしら? 落ち葉は一カ所にまとめてくれてくれれば後で私がゴミに出すから」


 第一報は授業中に携帯電話に入っていたらしいのだが、クラス・ルールに則ってサイレントモードにして着信に気が付いたのは休み時間だったといのが出遅れの原因だ。しかし、まだ本人も育成中である女子高生にそれ以上どうしろいうのだ。彼女は即決で身支度をして、私の所に直行して来た(ちょうど、葉子ちゃんが教室にいなかったからだろう)。


 本当のところは普段奉仕している神社で、妹達の早々な全快でも祈りたいところだろう。しかし、そんな余裕もまったく無く、直ちに学校を早退して妹達を幼稚園に迎えに行くと言う。一旦、家に帰らずにそのまま病院へ行くと行っている。え? 保険証いつも持ってるの? さすが!


 万条さんの家は父子家庭だ。お父さんは仕事でほとんど帰宅できないので、小学生の時から妹の面倒をずっと見ている。そんな事情もあって、彼女は「自宅から通う寮生」という不思議な身分が公認されている。


 私は葉子ちゃんはずっとルームメイトのいない珍しい寮生だと勘違いしていた。何故なら彼女の部屋の二つめのベッドと学習机があっても、使われた形跡がまったくなかったからだ。


 これは半分本当で半分間違いだった。葉子ちゃんのルームメイトは公式にはいた。それが万条さんだったのだ。ただし、妹達の世話があるので入学以来一度も宿泊したことがない。入学直後は勉強くらいは寮の自室でやろうと努力したそうだが、保育所に預けたはずの妹達から姉を求める電話がマシンガンの様に掛かってくるようになり、やがては彼女が根負けして部屋を引き払った。


 そう言った経緯はSL乗車チケットのお礼を言ってから仲良くなった後に直接聞いた。葉子ちゃんはあまりにプライベートな話なので、敢えて何も言わなかったようだ。


 で、アイちゃんもマヤちゃんもおたふく風邪でダウンしていると聞いては放っておけない。兎に角今はあの子達が心待ちにしているお姉ちゃんをできるだけ早く送り出してやるのがファースト・プライオリティーだ。


「わかった。まかせて!」

「ありがとう。じゃ、行くわ」


 そう言って万条さんは振り向きもせずに、そのまま教室から退室して行った。あ、手ぶらだ。教科書を持って帰らない彼女なんて初めて見た。もしかしたら、見てる人さえいなければ窓から飛び降りて行ったんじゃないかと思えるほど急いでいる様に見えた。


 入れ替わりで職員室から葉子ちゃんが戻ってきた。教卓の上に抱えてきたノートを置いて「勝手に取って行け」と言ってから、彼女と私のノートだけ引っこ抜いてから私の席の所まで来た。


「万条さん、どうしたの。私にすれ違ったのも気付かないくらいの全速力で走って行ったよ」

と言って私のノートを渡してくれた。


「じつはかくかくしかじか」

 私は、彼女の双子がおたふく風邪で・・・など事情をかいつまんで話した。


「それは大変だ。今、おたふく風邪流行ってるからね」

 そう言うと教卓に戻ってたった一冊だけ残っていたノートを拾って戻ってきた。


「まずは放課後に神社の掃除だね。私も行くよ。いつものあそこでしょ?」

「うん、ありがとう」


 授業開始のチャイムが鳴った。葉子ちゃんは自分の席に戻って行く。その手に収まっていた新しい方のノートには書道家かと思えるほどに達筆で名前が書かれていた。


 ーーー万条菖蒲


 なるほど、万条さんのノートを回収しくれたのか。気が効くな。本当に感心してしまった。そして、今知った。我がクラスの委員長の名前は「菖蒲」だったのかと。なお、『ふりがな』がないので、次に会うまでに漢字検索して読み方を確認しておかないといけないみたい。

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