魔法実体験
※ 内容を一部修正しました
異世界に転生してあっという間に半年の時が過ぎた。
まさかの理由で魔力訓練を断念した俺は代わりに筋トレに励んだ。
赤ん坊に筋トレなんて馬鹿げているが、生前の記憶を持つ俺と絶妙な指示を出すセンセイがいてこそ実現できる話だ。
その努力の甲斐もあり今では難なくハイハイができるようになっている。
「ロイス! ルイがハイハイできるようになったわよ!」
その姿を見た瞬間、マリーは全力ダッシュでロイスを呼びに行き、直様二人して戻ってきた。俺の成長が余程嬉しいのかマリーの目には涙が浮かんでいた。
「すげーじゃねーかルイ! もうそんなに動けんのか!」
「すごいよねー。こんなに早く動けるようになるなんて」
「はっはっは! こりゃ将来すげー剣士になるぞ!」
「将来は魔術士になってほしかったけど、もしかしたらパパと同じ剣士になっちゃうのかなぁ」
「そりゃこんだけ早く動けるようになるやつだぞ? 当然だろ! はっはっは!」
「そうかなぁ。でもルイが元気ならそれでいいわ」
得意げに笑うロイスに対しマリーは少し残念そうな表情を浮かべたが、またすぐ優しい笑顔に戻る。
正直魔法も剣術も今の俺にはどんなものなのかよく分からん。
でもなんとなくマリーを贔屓したくなり――
俺はロイスを向いて首を横に振ってみせ、そして腕を持ち上げてマリーを指差した。
「ロイス見た見た!? ルイはやっぱりママと同じ魔術士になりたいと言ってるよ!」
それを見たマリーは少女のようにロイスの腕に抱きつきながらぴょんぴょんと飛び跳ね、今度はロイスの方が悔しそうな目を向けてきた。
「ば、ばかな! いや、そもそもルイが言葉を理解できるもんか・・・ こんなに早く動けるようになるやつだぞ? 剣士がいいよな? ルイ?」
「あいー」
剣士も夢があって決して嫌ではないのだが、何となくロイスに意地悪したくなり、俺は再び首を振ってマリーに指を向ける。
「そ、そんなばかな・・・」
「あははは! よしよし、落ち込まないの」
世界の終わりでも見るような目を俺に向け、ロイスは豪快に涙を流しながら床に膝を落とす。
それを見たマリーはロイスの頭を撫でながら楽しそうに笑った。
その笑顔を見ながら俺はこれまで過ごした日々を振り返る。
日々手足を動かし続け、時には腹筋や腕立て伏せに近い運動も行った。当然赤ん坊の俺には負荷が大き過ぎて直ぐ疲れてしまうが、センセイは容赦なくタイミングを見計らって訓練の再開を促す。
赤ん坊にこんなことをさせるセンセイは幼児虐待としか言えないが、そのおかげで今は自分でも筋肉がついてきた事が分かる。
このまま行けば間違いなく俺はマッチョな子供になるだろうな。
その前に俺はよくこの生活に耐えられたもんだ。
ちなみにこの半年間、俺は筋トレだけでなく、言葉の練習もしっかり行ってきた。
ただ舌は体のように直ぐに鍛えられるわけではないようで、未だに思うように発音できないでいる。
でも更に1ヶ月経った頃――
「ひよやみをけなへ、らいお」
ようやくそれっぽい発音を出せるようになってきた。
あともう少しだな。
一人で言葉の練習をしていると、マリーが俺の様子を見に部屋に入ってきた。
「ちゃんと大人しくしていい子だねー。そんなルイにはご褒美をあげよう! ルイが大好き魔法をまた見せてあげるね」
「あいー!」
「ふふふ、ルイも嬉しいのかな? じゃあいくよー! 火よ闇を照らせ、ライト」
相変わらずこちらに向けた指先から小さな火の玉が出現する。
やっぱ魔法は何度見てもいいな!
そして俺は火の玉の方をじっと見て集中する。
すると火の玉の周りがキラキラ輝き、火の玉の大きさと輝きが少し増した。
よし、もうマナの共鳴は大分制御できるようになってきたな。
これまでマリーは何度も俺の前のこの魔法を披露し、俺はその都度マナの共鳴を意識して制御の練習に励んでいたのだ。
最も制御が出来るようになったのは最近のことだが。、
「やっぱりルイといると魔法の調子がいいようね。これがママになった力なのかしらね」
マリーは優しい笑顔を俺に向けるが、俺の頭の中は魔法のことでいっぱいだった。
兎に角俺も早く魔法を使ってみたいのだ。
なんと言っても魔法はロマンだからな。
当然異論は認めない。
――――
そして更に3ヶ月の時が過ぎた。
この間、俺はひたすら両親の目を盗みながら筋トレを実践し、今や走り回ることだって出来るようになっている。
そして、更に嬉しいことがある。
「火よ闇を照らせ、ライト」
そう。
まだ全てではないが、しっかり言葉を発することが出来るようになったのだ。
俺は体内の魔力を感じながらもう一度呪文を口にすると、その瞬間俺の指先から小さな火の玉が生まれた。
うおぉぉ!?
ついに、ついに魔法が使えたぞ!
俺は初めて使えた魔法に猛烈に感動した。
「やった! 魔法が使え・・・」
あれ?
意識が遠のいていく・・・?
感動の言葉を全部発することも出来ず俺はその場に倒れてしまった。
「ルイったら、床で寝ちゃだめじゃない。風邪を引いちゃうよ」
どうやらマリーが倒れている俺を見つけ、ベッドに戻してくれたらしい。
「男の子はやんちゃなぐらいが丁度いいんだよ。ハイハイで歩き回ってるうちに疲れたんだろ。はっはっは!」
「もぅ。ロイスじゃないんだから、風邪を引いたらどうするのよ」
「それは俺が馬鹿だって言いたいのか!?」
どうやらこの世界にも前世と同じような言い回しがあるらしい。
それにしてもなんで気を失ったんだ?
《マスターが魔力切れを起こしたのが原因です》
そっか。
あれが魔力切れか。
前世で読んだ小説にもよくあったが、本当に気を失うんだな。
大丈夫なのか?
《問題ありません。魔力が回復すれば意識も戻ります》
そういうもんか。
でも一回の魔法で魔力切れを起こすとはな。
しかも俺が使ったのは恐らく最低レベルの魔法だろ?
赤ん坊の体ではやっぱり大した魔力はないようだな。
そしてその日の夜、両親が寝静まった頃に俺は再び魔法を試してみた。
「火よ闇を照らせ、ライト」
昼間と同じように指先から火の玉が生まれ、二回目とは言え、自分が使った魔法に感動を覚える。
やっぱり実際に魔法を使うと異世界に来たって実感が湧くな。
今度は自分で出現させた火の玉をじっくり観察してみる。
淡いオレンジ色の小さな火の玉が宙に浮かび、そこから熱は感じられない。
もう片方の手で火の玉に触れようとするとそのまま貫通してしまい、そしてやっぱり熱はないみたいで火傷をすることもなかった。
不思議な感覚だ。
そして消えるよう意識するとライトは俺の意思を読み取ったかのように消失した。
おっもしれー!
「火よ闇を照らせ、ライト」
そのことが楽しく、俺はもう一度呪文を唱える。
またもや火の玉が俺の前に現れ、それをじっくり観察してから魔法を消そうとすると――
その瞬間俺はまた意識を失ってしまった。
お読み頂き有難うございます。
今日はもう一話投稿します。