旅の始まり
やっと、やっとダンジョンへの旅が始まりました。
夜が更けていく中、田舎の辺境にある小さな家で今なお明かりと笑い声が漏れていた。久々に再会したパーティメンバーの宴会は疲れも忘れさせ、どんな些細なことでも皆を楽しませていた。
「こら! デュート! その肉はアタイのだよ!」
「ワシが先に取ったんじゃ! これはワシのもんじゃろうがよ!」
セレナとデュートが睨み合い、今にも喧嘩を始めそうな雰囲気を醸し出す。肉一つで大袈裟だなと思いつつ、本人たちは至って真剣のようだ。
「あはははは! そんなもので喧嘩しないの! まだまだ沢山あるんだから」
「はっはっは! 相変わらずだな! 仲がよろしいこったで!」
「「誰が!?」」
どうやら昔からこんな様子だったらしい。
ロイスにからかわれた二人だったが、本気で否定するデュートに対しセレナの顔は少し赤くなっている。これは満更でもないかもしれないな。
そんなことを考えてるとマリーが俺の耳元で小さく囁きかける。
「セレナは昔からデュートのことが好きなのよ。でもデュートは鈍いし、恋愛なんて柄じゃないからセレナもあーやって対抗して誤魔化してるの。かわいいでしょ? ふふふ」
「へぇー、そうなんだね。でもセレナさんは綺麗な人だからいくらでもいい人見つかると思うんだけどなぁ」
「あら? ルイはお姉さんタイプが好きなのかな? 母さんちょっと焼けちゃうなぁ」
「ちょ、ちょっと! そんなんじゃないよ!」
「あはは、ムキになっちゃって。ルイは母さんのものだから誰にも渡さないよー!」
「もぅ、母さん酔ってるよでしょ?」
「あははは! 全然酔ってなんかないよー」
普段あまりお酒を飲まないマリーでも今日は皆との再会が余程嬉しいのか結構な量を飲んでいる。こんなマリーも珍しい。酒のせいで顔が少し赤みを帯び、話し方もいつもより甘えっぽい。そんなマリーを間近に見て少しドキっとしたのは内緒だ。
「ちょっとちょっとマリー? 何か変なことを坊やに言ってんじゃないでしょうね!」
「来たなー恋敵! ルイは渡さないよー! あははは!」
「こ、恋敵!? ルイ? どゆこと? 誰よマリーにここまでお酒飲ませたの! 昔からお酒に弱いんだからダメじゃない!」
「はっはっは! 今日ぐらいは飲ませてやれ! お前らとの再会が嬉しいんだろ!」
「マリーは昔から酒に弱いくせによく自分から飲んでたのう! 全く変わっとらんな! ガハハハ!」
こんな感じで宴会は深夜まで開かれ、その間話題が途切れることは一度もなかった。途中喧嘩も何度か起きたが、すぐにまた笑い声に変わる。実に冒険者らしい豪快な宴会となった。
「いやー最高だぜ! やっぱ皆で集まると違うな! あっはっは!」
「本当ね! セレナ達はいつも冒険冒険って世界を旅して全然来てくれないんだもんね」
「あはは、ごめんねぇマリー。アタイらも何度も来よう来ようとは思ってたけどね・・・ いつの間にかこんなに時間が経っちゃったよ」
「俺たちは冒険者だからな! 時間概念なんてとうに忘れたわい! ガハハハ!」
「はっはっは! 冒険者ならしゃーねーな!」
いやいや、冒険者がいい加減者みたいに言ってるけど多分違うからな?
お前らが時間忘れてただ遊んでたようなもんだからな?
「それよりいよいよ明日ね」
マリーが突然話題を変え、それを聞いた皆が一気に顔を引き締める。
「あぁ、そうだな。明日からしばらく家を離れるけど、こっちは頼んだぞ」
「うん。分かって・・・ うわーん!」
「あらあら、泣き虫マリーの復活かしら?」
「ガハハハ! 泣くなマリー! 数ヶ月なんてあっという間じゃわい!」
俺たちが冒険に出るのが寂しいのかマリーが突然泣き出してしまった。それを見たロイスは慌ててマリーを慰め、セレナ達は見慣れたのか笑う余裕さえある。
「マリー? 可愛い子には旅をさせるものよ?」
「そうじゃぞ! 冒険の良さはお主もよう分かっとるじゃろ?」
「あれ? お前らもうルイの同行を認めてくれるのか? 力を見るんじゃなかったのか?」
そう言えば前回ミュールで会った時はそんなことを言ってたな。俺の力を見て同行を判断すると言ってたけどいいのか?
「ばか! ロイスも紹介する時ちゃんと説明しなさいよ! ガリルから全部聞いたわよ!」
「上級魔法ですら無詠唱で使えて魔力はもう王宮魔術師を超えるって話だったぞ? ふざけた坊主じゃねーか! ガハハハハ!」
「しかも帝級魔法だって自由自在って何で最初に言ってくれなかったのさ!」
「はっはっは! だから天才って言ったろ!」
「「省略しすぎよ(じゃ)!」」
どうやら二人はガリルから話を聞いて俺の実力を認めてくれたらしい。まぁ明日力を見るとしても結果は変わらなかっただろうけどな。
「ありがとう! 僕がんばるね!」
「ふふ、坊やには期待してるわ」
「よろしく頼むぜ坊主!」
「はっはっは! こないだ実戦でもしっかり活躍してたから安心しろ!」
「うわーん! ルイー、やっぱり行かないでよー!」
若干一人を除いて皆明日からの冒険に期待を寄せる。俺もマリーは心配で後ろめたいところもあるけど、これは俺にとって必要なことだ。後ろ髪が引かれる思いだが、明日からの遠征に参加することは変わらない。
それから皆でマリーを説得したり慰めたりと大変だったが、途中で酒か騒いだ疲れのせいかマリーは静かに眠りについた。それを見て俺たちも宴会を切り上げ、明日に向けて就寝することに決めた。
部屋に戻って寝る前に俺は今回の遠征でやらなきゃいけないことをもう一度整理する。
一つ、俺が学校へ通うための学費を稼ぐ。入学金と一年目の学費が目標だが、できればもっと稼ぎたいと思っている。
貧乏暇なしって言うけど、本当その通りだな。この人生ではギャンブルにだけは手を付けちゃいけないと俺は密かに誓いを立てた。
二つ、俺の経験不足を今回の遠征で補っていく。ダンジョンだと魔物も豊富で戦闘もかなりの数をこなすはずだ。確実に自分の実力を伸ばしたいところだな。
学校にどんなレベルが集まるか分からんが、俺と同等のやつなんてそうはいないだろう。でも力を付けといて損はないはずだ。
三つ、冒険や戦闘、そしてこの世界の知識を身に付ける。力と技術は結構身に付いたと思うが知識の方は圧倒的に足りていない。マリーたちからいろいろ教わったとは言えどうも魔法に偏りがちだ。
そして最後、これはあまり期待していないが今回のダンジョンでマナの活性化に関する情報を出来れば入手したい。手掛かりが無い中、そううまくは行かないだろうが、その意識だけは持っておこう。
頭の中で目的の整理を終えると俺も漸く眠ることにした。
訓練に宴会で疲れたのか、目を閉じた瞬間俺の意識はどんどん薄れていき、その中で――
―― マモンを止めるのじゃ ――
そんな声が聞こえた気がしたが、薄れゆく意識に抵抗できず俺はそのまま眠りについた。
――翌日――
眠い体に鞭を打ちながら何とか起床する。
昨日あれだけ騒いで寝るのも遅かったのに意外と疲れはそんなに感じなかった。これも子供特有の回復の速さなのかもしれない。
着替えを済ませてリビングへ出ると、もう皆は全員起きて集合していた。
「おはよう」
「おはようルイ。もっと寝ててもよかったのに」
「意外と早起きじゃねーか。疲れはないか?」
「うん、もう大丈夫だよ。セレナさん達もあれだけ騒いだのに随分早起きなんだね」
「おはよう坊や。冒険を控える冒険者は疲れ知らずなのよ? ふふふ」
「ガハハハ! 坊主も張り切ってるようじゃな!」
皆俺のことを心配してくれたがマリーだけは寂しそうな表情も浮かべていた。
「母さん、心配しなくても大丈夫だよ。父さん達もいるし、僕も気をつけるよ」
「うん。分かってるよ。でも今までルイと離れたとこがなかったからね・・・」
「はっはっは! 心配すんな! 何があっても俺たちがしっかりルイを守るぜ」
「そうよ。そもそも今回はダンジョン制覇が目的じゃないんだからね。安全ラインは私がしっかり見定めるからね」
「ガハハハ! 心配性だなマリーは!」
「分かってるわ。みんな、ルイを頼むね」
やっと意志が固まったのかマリーは俺に笑顔を浮かべる。
そして自分の顔を俺に近づけ、そっと唇が俺の頬に触れた。一瞬何が起きたのかわからなかったが漸くマリーにキスされたんだと気づく。
少し恥ずかしくなって周りを見たら、ロイスたちがニヤニヤ笑っていた。
「気をつけるのよ。母さんにとってルイが全てなんだからね。元気に帰ってこないと承知しないわよ?」
「うん。分かったよ!」
それだけ言ってマリーは再び俺に微笑み、朝食の準備を始める。昨晩皆が飲みすぎたせいか、今日の朝食は優しいスープが出された。
俺たちとロイスはしばらくこの朝食を食べられなくなるため、しっかりと味わい、最後の一滴までスープを飲み干した。
朝食を食べ終えてから俺たちは荷物をまとめ、マリーと別れの挨拶を交わす。相変わらずその顔には心配の色が浮かんでいたが、最後はしっかり笑顔で俺たちを送ってくれた。
そして皆が大きな荷物を背負い、家の玄関を抜けると――
「よし! じゃぁ行くか!」
「うん!」
そのロイスの言葉をきっかけにいよいよ俺たちは冒険への旅路に就いた。
お読み頂き有難うございます。
次話は明日17:00に投稿する予定です。




