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人類が宇宙中に広がった時代。宇宙開拓時代を経て、統合銀河帝国が樹立してから幾百年が過ぎ去り、科学がありとあらゆることを証明したとされている時代であっても根強く残るお伽噺があった。
お伽噺というのは少しばかり言い過ぎで、単にオカルトと言い直してもいい。科学が全てを証明したと言われていても証明できていないことはあった。
それがオカルト。その意味はずっと昔から変わらない。銀河中に人間の足跡が付いて、どこまでもどこまでも広がって様々な機械が開発されて人の多くが生の肉体を捨てたというのに、変わらずにずっと人間という種について回っている。
オカルト。それは不思議なこと。不可思議なこと。超常現象。心霊現象。多く、人の理解の追いつかぬもののことだ。それはこんな宇宙と機械と電子の時代になっても変わらずに人類について回っていた。
どうしてそんなことがわかるのか。それを聞かれてしまうとそういうものに関わる仕事しているからだ。オカルトについて話す前にまずわたしの仕事について説明せねばなるまい。
わたしの仕事はいわゆる回収屋と呼ばれる仕事になる。銀河中を飛び回り、航路の途上にあるデブリを回収するのが仕事だ。
宇宙のごみ回収屋、廃品回収屋とかいわれれば聞こえはいいだろうが、その実、あまりいい仕事でもない。なにせその実態は、死体漁りと言っても良いからだ。
いわゆるウェスト・ピッカーという奴だ。宇宙は広く、安全な航路なんてものは都市伝説なんていうレベルの代物だ。
宇宙は広大だ。ネット世界と同等以上に広く、その全てを監視することなどできるはずがない。だから、法の目が届かない場所がどうしても出てくる。
本当に安全なのは銀河帝国中央くらいで、辺境ともなれば宇宙海賊が出没する――旧世界的表現を使えば世紀末的な惨状が広がっているわけだ。
宇宙海賊の襲撃だけじゃなくとも宇宙には危険が多い。何が言いたいのかといえば、宇宙では何かあればすぐに死ぬということ。
死んでしまえばその所有物は見つけた者の総取りだ。わたしはそういうことをしている、つまり座礁し船員が死んだ宇宙船や、宇宙海賊との戦闘によって破壊されたステーション、放棄された宇宙港なんてものを漁り、資源を回収する企業に勤めている。
そこにどうやってオカルトが関わってくるかだが、簡単だ。オカルトが関わるのだこの仕事には。そう怨念という奴が関わる。死んだ人間のものを回収。奪うワケなのだからそこには必ずついて回るものがある。
それが怨念というわけだ。あるいは残留思念というもので、強い思いというものは変わらない。ありえないと一蹴することはできない。そうでなければわたしは呼び出されないし、面倒ごとを背負いこむこともなかっただろう。
死体から法に照らし合わせて回収した物品を保管していると必ず何かが起きるのだ。あるいは転売したり別途利用したりすると何かしらの不可思議な出来事が起きるという連絡がついてくる。
それが軽ければいいが、重いものはシャレにもならない事態を引き起こす。ステーションの工事中の事故など重度のものとしてはありふれていてシャレにならない事態の筆頭だ。
だから、今でもそういうオカルト的なものを祓う力を持った人たちが今もいる。特別保護対象として保護された人種。そのひとりにわたしは会いに来ていた。
予定されていたものではない。偶然だった。わたしがそういう人を探していて、数人の詐欺師に引っかかり、どうにかこうにか本物と呼べるような人のうわさを頼りにたどり着いた。
「すみませーん」
電脳グラスに表示されたマップ通りに歩いて銀河標準時間で半日。足が棒になるくらいステーションを歩いてようやくわたしは目的地にたどり着いたのだ。
ここまでしたのだから本物であってほしいと思う。数人の詐欺師に引っかかってようやくたどり着いたのだ。徒労だけは避けたい。
上役からの催促がひっきりなしにグラスの端にアイコンを浮かび上がらせてくれるためただでさえ狭い画面がさらに狭くなってしまうという実害を終わらせるためにもここで決めたいところだった。
しかし、期待してインターホンもならしたが返事がない。もう一度鳴らす。返事はない。留守だろうか。何度か呼び出してみたがやはり返事はない。
仕方がない、帰ろうとわたしが扉に背を向けた時だ。
「――ん、客さんかい。悪いね、今帰ったんだ」
わたしが帰ろうと肩を落として背を向けるとそこに女性がひとり立っていた。大荷物を持っているから顔まではわからないが、グラスが認識コードを識別して彼女の情報を表示する。
ミシェル・トードー。情報では三十代ではあるが、とても若い見た目の黒髪の女性だ。見た目と年齢が一致しないのは今時珍しくもない。
長い黒の髪を一つ結びにまとめ上げているのが特徴的で――いや、もっと特徴的なのはわたしと同じグラスをかけていることだろう。
当たりだとわたしは、その顔画像を見た瞬間に悟った。
「ちょい待ち、荷物を入れちまうからね。んー、鍵はどこやったかな。おっと、あったあった。よいしょっと――ふぅ、義体化できないのは不便で仕方ないね」
扉をわざわざ鍵を使って荷物を中に入れて、彼女はわたしに向き直る。画像よりも幾分若く見えるし美人だ。
豊満な胸を腕を組んで強調するように立つのは一種の視線誘導でもあるのだろうか。そう思いながらも視線を外せないのは男の性なのだろう。
だが、そんなぶしつけな視線など気にしてないとでも言わんばかりに、彼女はわたしを上から下まで舐めるように観察する。
値踏みされているような感覚は決して間違いではないだろう。彼女は現にわたしを値踏みしていた。
「……一見さんか、んー、普段は断るところなんだが、ずいぶんと待たせちゃったみたいだし、会っちまったんじゃあ仕方ない。それに――久しぶりにいい客のようだ。入んな話を聞いてやるよ」
「ありがとうございます」
「知っての通り、ミシェル・トードーだ。カスガネサン。母方の同郷さんだ。歓迎するよ」
わたしは、会釈しながら店の中へ入る。店の中は、外観と違い旧時代の日本風だ。今時、超がつくほど希少な自然木を使った廊下が広がっており、どこか懐かしさを感じさせる。
わたしは靴を脱いで上がる。軽くきしむ廊下。彼女がどこへ行くのか見ようとすると視線があった。
「なにか?」
「……いんや、さあ、こっちだ。とっちらかってて悪いけど、まあ気にしないでくれ」
応接室につく。イスとテーブルが置いてる。どちらも合成樹脂によってコーティングされた木材風。対面に座るように示されたので対面へと座る。
自動でお茶が供給され、茶菓子もそろったところで彼女が手を叩く。
「さて、単刀直入に行こう。あたしは面倒くさい話が嫌いでね。なにせ、他の連中と違ってあたしらの時間は短い」
「ええ、わかります」
「そいつは結構。さあ、どうぞ」
まずは前提情報として必要な情報をわざわざ指操作でグラスを操作し、テーブルに投影する。
「まずはこれを見ていただきたい」
「採掘船。それも大規模だ。こいつは?」
「わが社が所有している商品です。数か月前に無人、手つかずの大規模採掘船をわが社が発見しました。それがこれです」
船名はモビーディック。白鯨。採掘船としては最大級のものであり、惑星採掘などを行う大規模事業に用いられる船だ。
「無人、手つかず、廃品回収業者にとっちゃ、まさに宝の山ってところじゃないか。だが、あたしに話を持ってくるくらいなんだ。何かあったってわけだね」
「ええ、ご明察です。調査に赴いた社員のことごとくと連絡が取れなくなりました。それどころか、最近ではこの船に近づこうとするだけで、不可解な現象が起きるほどです」
「なるほど。あんたの企業のお偉方はそれがオカルトに属するもんだって思ってるわけだ」
「ええ」
発見された場所が主要航路だというのに今まで誰にも発見されたという話もないのだ。大規模採掘船はそれだけでも価値がある。
巨大な船というのはバラせばいくらでも売れる。採掘資源が残っており、それがレアメタルであればその価値は計り知れないものになるだろう。
つまりまさしく宝の山なのだ。だが、それが手つかずで誰かが見つけたという話も聞かない。明らかにおかしい話だ。
宇宙海賊たちに在らされていてもおかしくないというのに、発見した社員が送ってよこした情報にはまったく荒らされた形跡がないという。
だからこそ、お偉方はこれをオカルトの領域であると判断した。何より、社員や役員の間に怪奇現象が多発すれば嫌でもそう判断する。
そんな理由でわたしが専門家を探すべく派遣されたわけだ。そして、幾人もの詐欺師に騙されながらもようやく本物にたどり着いた。
だから絶対にこの取引は成功させなければならないのだ。
「んー、話はわかった。仕事の内容としては、その船に行って怪奇現象を起こしているナニカを祓えばいいわけだ」
「要約すれば」
「報酬は」
わたしは無言で指を五本立てた。
「五? 五百かい?」
「いいえ、桁が一つ違います」
「じゃあ、五十? 帰んな。その程度で――」
「勘違いしないでください」
「は? それじゃあ、五千万とでもいうのかい? たかだが、怪奇現象を鎮めるってだけで、誰がそんなに出すってんだ」
「正確に言うなら前金で五千万クレジット。成功報酬でさらに五千万です」
そう告げると、彼女はぽかんとした表情になった。当たり前だろう。こんな仕事に、一億も出す。わたしも正気を疑う。だが、本当なのだ。
わたしも聞いた時はおもわず彼女のように大口を開けてしばらくぽかんとしたままで固まってしまったほどだ。しかし、美人は、そんな顔でも似合うのだなとわたしは思った。
「――おい、おいおいおい、合計一億!? あんたんとこのお偉方は何を考えてるんだい?」
「下っ端がわかるはずがないでしょう」
「ふぅん、まあ、あんたたちにとってそんだけ価値があるってことか――んー、乗った!」
「ありがとうございます! ずっと探していたんですよ。それじゃあ、五千万クレジットを支払います。かかった必要経費なども全てこちらが持つことになっているので」
「ん、確かに入金を確認した。本当に、気前がいい。いいねえ、気前がいい客は大好きだ。さて、それじゃあ、さっそく行くかい?」
「ええ、必要な費用はすべてわたしに言っていただければお支払いしますので」
本当は休みたいところであったが、上司に見つけたと報告した途端に、そのままモビーディックに赴きさっさと問題を解決しろと辞令が来たので、このままいかなければならない。
移動するのは慣れているが、さすがに一度は帰りたいと思うが、上は何が何でも問題を解決したいらしい。休む暇すら与えてもらえない。下っ端の悲しいところだった。
「オーケー。それじゃ、行くとしようか。そうと決まったら早速だ。こういうのは早い方が良い。機は逃さないに限る」
「まずは、どちらに」
「そうだね。何人か同行させたいが良いかい?」
「ええ、構いませんよ」
「じゃあ、ついてきな」
彼女は立ち上がり、早々に出かける準備を整えた。慣れているのだろう。それからグラスの通信機能を使い、何人かに連絡を取っていた。
「よし、話はついた行くよ」
「あの、行く前に」
「ん?」
「誰を同行させるんです?」
彼女が必要だと思うのならば誰を同行させても良いのだが、一応聞いておくことにする。直前でどんな人物が来るのかといわれるよりも心構えができるだろうという判断だった。
「ああ、雇い主様に入っておいた方が良いね。船乗りと殺し屋だよ」
「は?」
「さあ、行くよ。まずは殺し屋だ。どうせ船乗りの方はいつも港にいるんだ。そのまま出られるから効率がいい。時間は有限で、時は金なりだ」
「ちょ――」
殺し屋ってどういうことなのか。そう質問するひますらなくわたしは彼女に連れられて自動運搬車に乗せられてステーション下部に存在する区画へと連れていかれてしまった。
ステーションの下部。そこは、いわゆるアウトローの集まるような場所だ。はぐれもの、犯罪者などといったような連中が大抵のステーションの下部領域に存在する区画にたむろしている。
このステーションにもそういったものがあったらしい。知りたくもない事実を知ってしまい憂鬱な気分になっているが彼女は気にせずそこに踏み込んでいく。
わたしは慌てて彼女について行った。こんなところにひとりではぐれてしまったらどうなるかなどわかりたくないほどに明確だ。
下卑た笑みを浮かべる屈強な全身義体が、こちらを見ている。わたしははぐれないように彼女を必死に追った。
生存報告も兼ねて、短編を。
実は続きが会ったりするが、書けてないので短編です。