ただ、豆腐を買いたかっただけなのに
・・・やっぱりオレは、疲れているんだろうか・・・
目の前で、ふよふよと浮かびながら口喧嘩を勃発させている存在を前に、少し遠い眼をしてして溜息をついてしまったオレは悪くないと思う。
「ちょっと!聞いてますの!?」
ちょっぴり高慢ちっく気味に叫ぶ、白い美肌の色白美人。・・・サイズが手のひら大で、浮いているけど。
「あかんあかん。きっとうちの方に天秤が傾いとんねん。はよ、諦めぇ~」
なぜか勝ち誇ったように笑う、八重歯の似合う健康美人。・・・こちらも手のひら大サイズで浮いている。
そもそもさかのぼること10分前。残業続きの日々がやっと終わって、定時に帰宅の途についたオレが帰り道でふらりと立ち寄ったお店に、ソレはいた。
コンビニというには少し下町風で、野菜なども置いてある小さな商店。繁盛しているとは言い難いが、ちょいちょい買い物にきている婆ちゃんとかの姿は見かけるから、地域に根ざしているといえば聞こえはいいだろう。なんにせよ、スーパーによるほど買い物が多くない時は便利だ。
そしてオレは、晩御飯用に豆腐を買って帰ろうと思っただけなんだが・・・ なんだ、この状況。
ちょっと疲れていた自覚があっただけに、晩御飯は『ゴーヤチャンプル』にするかいっそ『冷や奴』にしちゃうかと考えながら豆腐コーナーの前で立ち止まったら、左右からステレオのように囁かれたのだ。
「絹ごし豆腐になさいませ。喉ごし柔らかでつるんとしていて、お腹にも優しいですわよ」
「ここはしっかりした木綿豆腐にした方がいいんちゃう? たんぱく質、カルシウム、鉄分なんかも絹の奴よりは多く含まれてるで~」
思わずビクッとしたオレはおかしくない。さっきまでレジのおばちゃんしかいなかったはずの所から若い女性の声がしたんだから!
恐る恐る視線を向けて、今度は口がパカリ。
いやいやいやいや・・・ なんでちっさなお姉さんが空中に浮きながら話しかけてくるんだ!?
えっ 何コレ? オレの脳内花畑の創造ブツ!? 都市伝説と言われるちっさなおっさんの女性バージョン!? は!? いや、あれって酔っぱらった時に見えるんじゃなかったか? 呑んでねぇ、オレは呑んでねぇぞ!?
「あら? この方。わたくしたちの姿が見えてるみたいですわよ?」
「ほんまに!? や~? 声も聞こえてるみたいやん!!」
「まぁまぁ、久しぶりですわね~。最近見える人がほとんどいないものですから、なかなかわたくしたちも後押しがしづらくってストレスが溜まってましたのよ。こちらの方ともお友だちになりたいとは思ってますのに・・・ なかなか世はままならないものですわ」
ふよふよ浮きながら二人なのに姦しい存在に、ちらりとレジのおばちゃんの方を見やるが確かに無反応。
おばちゃんの目の前をすっと横切ってみたり、ふわふわとしたパーマの上に乗っかってみたり、と自由にちょっかいをかけている。
「それはそうとして。木綿さん、なんですの、先ほどのセリフ!自分ばっかり栄養分が詰まっているような言い方をして!」
「やって、そうやん。絹ごしと違って、うちら木綿豆腐は水分が絞られているから、栄養分がぎゅっと凝縮されてんもん。この兄さん、疲れてそうやから栄養は大切やでぇ」
「まぁ!わたくしたち絹ごし豆腐には、逆に水に溶けやすいビタミンB群やカリウムが多く含まれていますのよ! カロリーだってわたくしたちの方が低くてヘルシーですし!」
「はっ たかが、20キロカロリーやん。しかも兄さん、低カロリー選ぶ必要もなさそうやし」
「なんですって!!」
キャンキャンキャンキャンうるせぇ・・・
確かにオレにしか聞こえてないのかもしれないが、たかだか豆腐を買うだけでなぜこんな気苦労を・・・
ふぅ、と溜息を吐いて顔をあげると、レジのおばちゃんが憐れみを多分に含んだ眼差しを向けていた。
えっ オレ、不審な行動した!? 声には出してないし、ちょっと長く豆腐の前にいるだけだよな!?
「お兄さん、その子らに構っていないで早く買い物しなさいな。キリがないよ」
聞こえるか聞こえないかの小声でアドバイス!?
えっ おばちゃん、見えてるじゃん!!
なに、その達人のようなスルースキル! こいつら全然気づいてねぇよ!? 目のピントすら合わせないなんて、凄すぎる!
そして、オレの事はすでに眼中にないかのように口喧嘩を繰り広げている2人の隙を狙って、手に取ったのは・・・『たまご豆腐』。そっと控えめに顔を覗かせていた、卵を抱えた幼女にほだされたわけでは、ない。
「「あっ!」」
今頃気づいても時既に遅し。レジは終わったもん勝ちだ。
「ちょっと、その子には“大いなる豆様”の加護はないでえぇぇ!」
何か聞こえた気がする・・・ “大いなる豆”? あぁ、大豆か。 そうだな、『たまご豆腐』は『豆腐』と名はついているが、出汁と鶏卵でできていて、大豆やにがりは入ってないからな。
いいんだ。当初の目的とは変わってしまったが。
疲れているオレに必要なのは・・・何よりも『癒し』なのだ。