前章
四方を高山連峰に囲まれた「刻斗国」。
五万に満たないほどの民が王を戴くこの小国で、長きに渡る内乱にとうとう終止符が打たれた。
勝利した新体制派による「粛清」によって多くの貴族とともに今上の王が処分され、速やかに新たな王が擁立された。
それに伴い、前王の後宮も解体された。
内乱の混乱を象徴するのがこの後宮である。
内乱が起きる直前には、王家に取り入ろうとする名門貴族の娘たちがこれでもかと送り込まれ、規模が膨れ上がって混乱の極みにあった。
その数、五十人超。
さらにお付きの侍女が各令嬢につき最低二人は漏れなく家から付いてくる。大勢の女官や下働きも含めると、後宮の住人はじつに二百人にも達した。
その生活費のすべてを国庫から捻出しなければならない。
これで王が後宮に通い、“成果”を上げるならまだしも、王は後宮にはとんと興味が無かった。さらに言えば、政治にすら興味を持たなかった。
筆のかわりに彫刻刀を持ち、執務室に篭って一日中趣味の彫刻をしていた。
よって令嬢たちは放置されたまま後宮に居続けることになり、国家財政は瞬く間に圧迫され、後宮筆頭女官長の胃には穴が開いた。
不足を補う為に税金は上がり続け、街は疲弊していった。高騰する麺麭、横行する借金取りに失業者、捨て子に浮浪者...。
革命が起きる前に、時の宰相と大将軍が立ち上がった。
当初、主要貴族の与する旧体制派と宰相ら新体制派の勢力は拮抗の一途を辿り、長く硬直状態が続いていた。
しかしこの国に留学中であった帝国の末皇子が新体制派の支持を表明したことで、一気に情勢が動いた。
元々財政力に任せた装備と王を抱く王国軍という大義名分で内乱に対抗していた旧体制軍は、帝国の圧倒的財力の前に呆気なく瓦解した。
程なくして、後宮の一切の権力を握っていた正妃が亡命を試みたのだろう、侍女とともに滑落死体となって山腹の崖下で発見された。
こうして五年に渡る長き内乱が終わりを迎え、新たな世が始まった。
内と外から宮廷を掌握した若き宰相は、まず傾くにいいだけ傾いた財政の立て直しを図る。
最初に着手したのは膨れ上がった後宮の住人の縮小である。
宰相は非常に倹約家であった。
五十人もの妃達は次々に実家へ戻され、内乱で実家が没落した者は降嫁させられていった。
最終的に残されたのは五人の妃。
彼女らは殆どが、十歳にも満たない幼い娘であった。
その幼さが、残された最大の理由でもあった。
彼女らの夫となる新国王陛下が、まだ若干にして御年十一歳の若君だったからである。
そんな妃たちの中にひとりだけ、二十歳を越えた令嬢がいた。
なぜ歳の離れた彼女が残されたのか。
...まだあどけない妃たちが、
「行かないで媽媽ーーー!」
と泣き叫んだからである。
これは、
ある令嬢の子育て奮闘記。
ではなく、
宰相との手に汗握る予算争奪戦譚。
でもなく、
ひとりの女性が乱世を生きた小さな物語である。




