2 吸血乱舞
「アア~、フワぁ~」
「おいクソ爺、てめえ、いつになったら借金払うつもりだよ!」
人相の悪い男ども6人が、目の前の老人に詰め寄っている。
そのうちの一人が、小型の拳銃を出し、老人のこめかみに近づけた。
しかし、彼はひるむどころか、にやにや笑いつつよだれを垂らしている。
その両眼は上向きで、完全に別世界にイッている。
「おはじき食らいたいんかぁ?」
ならず者は芝居がかったしぐさで、目の前の薬物中毒者を脅した。
「チャーリー、脅したって無駄だ。
もう殺っちまおうぜ」
浅黒い肌に金髪パンチパーマの男が、だるそうに言った。
「ボスにゃ、事故でくたばってたって報告しとくからよ。
だいたい、こんな老いぼれクズ、これまで生きてたのが不思議だ」
「そりゃ、こいつの利用価値が・・・。
ああっ!」
小柄な男は皆まで言う前に、後ろ側に倒れた。
首が、あらぬ方向に曲がり折れている。
チンピラどもは、一斉に色めきたった。
「誰だ!
おれらホワイトタイガー団のシマで、好き勝手やるなんぞ!
ハチの巣にしてくれるワ!」
血の気の多い、黒モヒカンの男がわめき散らした。
その目は細くつり上がり、切りこみのように鋭い。
「ヒ~ヒ、フォラ・・・」
老人は白目をむき、楽しげに笑っている。
小太りのチャーリーが、彼を蹴飛ばした。
「静かにしろ!
おまえはじっくりいたぶってから、殺してやる」
たいまつが消え、周囲は暗闇となった。
後に響き渡るのは、ならず者の狂乱の声と、悲痛な叫び。
最後にそれは、断末魔の音へと変わった。
血の、鉄めいたにおいがたちこめる。
「うううっ、頭が痛い」
老人は正気を取り戻し、ライターを点灯させた。
こわばった体を伸ばし、たいまつに点火する。
「おお、これは・・・!
神よ、あわれみたまえ!」
目の前には、ちょっとした地獄が広がっていた。
かつて6人の男だった肉の塊。
それらは血まみれで、ある者ははみ出た内臓を抑えつつ死に、ある者は4分割されている。
皆、彼らの所持武器で死んでいるのだった。
つまり、旧型の拳銃やごついナイフ、チェーンソーなどで・・・。
そして恐ろしいことに、死骸の中心には、一人の少年がうずくまっていた。
ならず者の一人、チャーリーの首筋に、口をつけたまま。
(バカな・・・。
これはきっと、カフェインが見せる幻覚だ!)
老人は目をこすり、頭を壁にぶつけた。
少年は驚いたように顔を上げた。
口元は真っ赤で、白いシャツを深紅に染め上げている。
その目を見た老人は、金玉が縮みあがった。
(邪腐だ!)
ヤク中は腰が抜けたようにはいずりつつ、出口へと移動しようとした。
少年が静かに、立ちはだかり、それを拒む。
「見たのか・・・」
少年はしわがれた声で話し、顔を近づけた。
彼の目は真っ赤で、白目も黒目もなかった。
老人は気絶した。
気がつくと、彼は低めの寝台に寝ていた。
寝台、というより、大きめのテーブル上に敷物を置いただけの代物のようだ。
老人は上体を起こし、再び気を失いそうになった。
あの少年が、彼の隣にいたからだ。
「ば・・・、化け物!」
老人は声を振り絞り、少年から逃れようとした。
しかし、足を押さえて倒れ込む。
「ムリしないほうがいいっすよ」
邪腐族の少年が声を出した。
なめらかで感じのよい声だった。
「やつら、あんたにマヒ毒を盛ってたみたいだ。
歩けるまで、あと2時間くらいかかるだろう」
老人は、まじまじと少年を見つめた。
彼の年のころは、15歳くらいだろうか。
東洋人らしく小柄で、身長は170センチもないだろう。
非常にほっそりして、若い柳の木のようだ。
淡い黄褐色の肌。
漆黒の髪。
くっきりした二重の目は、さっきと違い、濃い茶色の瞳になっている。
「なるほど、邪腐族の人間擬態だな」
「ジャップとは失礼な。
日本人と呼んでくれ、ギルフォード博士」
老人はあわてた。
「どうして自分のことを・・・?」
少年はフンと笑い、肩をそびやかした。
「調査済みだよ、そんなことは。
あんたは昔、東洋研究、それも日本研究の第一人者だった。
今はカフェイン中毒になって、落ちぶれたみたいだけどね。
あんたがこの街にいると聞いて、ちょっと会ってみたく・・・」
「やめろ、その話は!」
老人は鋭くさえぎった。
緑色の目が、危険に燃えている。
「わしはもはや、二度とあんな研究に手を染めるつもりはない!
誤った学問の道で、わしはすべてを失った・・・」
少年は黙り、じっと怒りに震える男を見ている。
その東洋風の目は、とても不思議で、気味悪かった。
「そうか。
まあいいさ。
ちょっと聞きたいことがあったんだけどな」
少年はゆっくりと歩き始めた。
「あんた、日本がどうして消滅したのか、知ってるだろう?」
老人はかぶりを振り、否定した。
「残念ながら、答えはノーだ。
結論に行きつく前に、超国家連盟に邪魔された」
「やっぱりな。
で、研究の資料等は?」
「連盟のスパイが家に押し入ってきてな。
家は焼かれ、家族はみな射殺された。
わしはあらぬ罪をかぶせられ、20年近くブタ箱に入った」
少年はニヤッと笑った。
犬歯が長く尖っている。
「連盟のやつを襲ったほうがよかったなあ。
じゃ、あんたはもう何も知らないんだ。
そんな役立たずを探してたとは、おれもバカをみた。
じゃあな、ヤク中爺!」
ギルフォード、かつて、ハーバード一の歴史学者として知られた男の目に、光が宿った。
「待て、黄色い小僧!
わしを侮辱するとは、聞き捨てならん。
後悔させてやる!」
「後悔?
爺さん、どうやって、おれを後悔させてくれるんだ?
警察か?
ここ、エヴランド・シティの警察に、おれのことをいうのか?
あんたも知ってるだろ、デコスケが飲んだっくれのブタで、税金泥棒だってのを・・・」
「お前の目的は、何だ?
血か?
おれの血がほしいのか?」
少年はうんざりしたように、否定した。
「博士、それならとっくに、ドライフルーツみたくカサついてるはずだぜ。
しかも、ジャンキーの血なんて、欲しくもねえ。
おれの目的は・・・。
日本の古地図が欲しかった。
それだけだ。
これから、先祖の土地に行くためにさ」
そう言い、部屋から出て行こうとする。
「待て!」
ギルフォード『元』博士は、声を張り上げた。
「それなら、わしの小屋にある。
しかし、黄色いの・・・。
お前、名はなんという?」
少年はまたもやにやりと笑った。
その表情は、人間らしさのない、魔物のような魅力をたたえている。
「リヒト・キョーザキ。
和名は、鏡崎理人。
最後の日本人だ」




