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Ability Deal

作者: 賦電 悠灯
掲載日:2015/01/09

 異能取引×現代異能バトルアクション!!

 ルビのズレはご了承くださいm(_)m

 誤字・脱字、疑問点があればコメントにて教えていただけると幸いです。

 何かを欲すれば何かを失うそれがこの世の定め……


 12月25日、世間ではクリスマスと呼ばれる日だ。そんな日に家の真っ白な天井を見つめている少年がいた。

彼の名は黒羽クロバ レイ。容姿は名を体現したかのように漆黒。闇色の長髪に深黒の瞳。零はその双眸でぼんやりと天井の一点を凝視していた。休日に、それもクリスマスの日に、青春真っ盛りの高校二年生の過ごし方とは思えない。

「レイッ!」

 窓の外から彼の名を呼ぶ少女の声がこちらに届いた。その次の瞬間、零の身体に途轍もない重力が圧し掛かった。

「うぐっ……」

「あたた……」

 その重力に思わず小さく呻く零の上で、少女が自身の腰を摩っていた。

「「………」」

 数秒間の水を打ったような静寂。見兼ねた零は自身の上に乗る少女に呼びかける。

「おい……」

「ん? ……!」

 零の呼びかけにより、彼の身体に圧し掛かっている重力の正体 ヒジリ 七架シチカはようやく自分の置かれている状況に気が付き、早々に零の上から退いた。

 ベットの反発力により、金髪に程近い茶髪のボブヘアーをふわふわさせた彼女は零の前に座った。

女子の平均より少し高い背丈に女の子らしい身体つき。それによって七架は異性からの注目を集めているらしい。

「ごっ、ごめん!」

 零は七架が退くや否や身体を起こして零は彼女に問いかける。

「で、何でお前は俺の部屋に来たんだ……?」

「え? 窓から暇そうな零が見えたから」

 平然と答える七架。彼女がこうして零の部屋に飛び込んでくるのは日常茶飯事だ。

 聖 七架。零の家の真隣に住んでいる幼馴染だ。彼女とは途轍もなく長い付き合いになる。幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと同じ学校同じクラス。そして驚くことに同じ病院で生まれたそうだ。そのため両親の仲も良く、家族ぐるみの交流が絶えない。殆どの時間を共に過ごしているということになる。

「……」

「な、なに……?」

 七架は零が見つめてきていることに気が付き顔を赤らめつつ問うてきた。それが可哀想なものを見る目だとも知らずに。

「お前も暇なんだな……」

「なッ!! 私は天井を見ているような暇人じゃないよ!!」

 七架は赤らめた顔を更に真っ赤にして零の言葉に反論してきた。この反応から見て図星だったらしい。

「じゃあ帰るんだな」

 零はベッドから立ち上がりつつ一言。

「う……」

 その一言に彼女は言葉を詰まらせた。七架は基本的にお人好しなのだ。だから毎日ボーっとしている零を構ってくる。

「じゃあ帰れ、暇じゃないんだろ?」

 だからこそあえて突き放す。七架は俺なんかと関わらなければもっと楽しい人生を歩めるはずだ。家が隣だから、親同士の仲が良いから、幼馴染だから。そんなことで彼女の大切な時間を奪っていいはずが無い。

 零はその意を込めた言葉を残し、部屋から出て行こうとする。

「待って……」

 七架は俯き呟く。

「折角のクリスマスなんだしさ…… 一緒にどこか行かない……?」

 そして恥ずかしそうに顔を赤らめ零に問うてきた。期待するような視線が零に突き刺さる。しかし―

「……悪い、今日は用事があるんだ」

「嘘! ずっとぼーっと、一時間ぐらい天井見てるだけだったのに!」

 零の一時間の過ごし方は確かにそう思われても仕方ないほどの無気力さが滲み出ていた。だが本当に零には用事があるのだ。この後、ある場所である人物の仕事を手伝わなければならないのだ。

「本当に今日は無理だ…… 悪い……」

「……分かった。じゃあ!」 

 そう言い残して七架はベッドから跳び、窓から自分の部屋へと渡ろうとした。黒羽家、聖家の距離はたった一メートルほどしかない。そのため毎回のように窓伝いに七架はやってくるのだ。

「うわっ!!」

 七架は慣れたはずの跳躍を失敗し、窓枠に足をとられた。そしてバランスを崩し転落、

「ッッ!」

 なんてことは絶対にさせない。

 零は心の中で呟き、目を見開いた。そして七架の影を凝視、すると影が揺らめき形を変え、一部が人間の手のようになって彼女の腕を掴んだ。直後、ほんのコンマ一秒遅れで零の手がその影の手に重なるようにして七架の腕を掴み、引き上げた。

「大丈夫か?」

「う……うん、走馬灯が見えたけど…」

 七架は息を切らせて真っ青な顔で小さく震えた声を発した。

「走馬灯ってお前な……」

「ありがと、レイ」

 零が七架の言葉に呆れていると、彼女は冷や汗をかきつつも満面の笑みを零に向けて礼を言った。

「あぁ…… 気をつけろよ」

 零の言葉に笑みで答えた七架は慎重に、ゆっくりと自身の部屋へと帰って行った。

「……」

 七架は気が付いていないだろう。零が腕を掴む直前に出現した影の手に。

これは今までずっと七架に隠し通してきた秘密だ。零達の忌まわしい過去につながってしまうものなのだから。

「さて、行くか……」

 準備を終えた零は家を出て待ち合わせの場所へと向かった。


◆◆◆


 三駅分、電車に揺られた後に十分程歩いて辿り着いたのはとあるコンビニの廃墟だった。今零が立っているのは都心から外れた場所に位置する東京の辺境《廃墟街》と呼ばれるゴーストタウンだ。

 ここ廃墟街では大規模な住民移動があった。その理由となったのがこの街を舞台にして起こった惨劇《新月の神隠し》だ。

 新月の神隠しとは十年程前に起こった神隠しで、犠牲となったのは五十人超の少年少女。帰ってきたのはたった八人。これは一般には知られていないが、そのうち七人は心身のどこかに異常をきたした状態であったが、ある人間達によって治療され自宅へと帰された。

「ッ……」

 この街に来るとそのことばかり思い出してしまう。

 そう零は、いや零と七架は新月の神隠しの帰還者なのだ。

「やーやークロくん」

 昏い記憶を思い出して、重々しい表情を浮かべている零の背後から軽い声での軽い挨拶が投げかけられた。

「カルラ……」

 気温が上がり始めて夏に差し掛かろうとしているこの時期に、眩いほどの純白のコートを羽織っている銀髪の変人の名は伽竜羅カルラ 数汰アマタ

彼はその風貌、雰囲気、話し方から全く年齢を窺うことができない。十代の学生と言われればそう見えるし、二十代三十代の成人といわれても頷けてしまう。十年前に初めて出会った時と全く容姿が変化していないのは本当に不気味だ。そんな長い付き合いの二人だがカルラについて零が知っていることは少ない。

「んじゃ、いつも通りよろしく~」

 笑みを湛えつつカルラはそう言い残し、コンビニの廃墟へと足を踏み入れた。零も黙ってその後に続く。 


         ◆◆◆


 零とカルラの足音が交錯して辺りに響き渡る。誰も、何もないからというのもあるが、この街は新月の神隠しによる大規模住民移動の後に全体がそのような造りへと変えられている。そのような造り、とはこれから分かる。

「ふんふんふ~ん♪」

 カルラは鼻歌交じりに従業員更衣室のドアを開き、更に歩を進める。

 入って右奥のロッカー、それがカルラの向かっている場所だ。正確にはロッカーではなくその裏が目的だ。

「ほらクロくん、手伝って」

 そう言われ零はカルラに協力し、ロッカーを退かした。するとそこには地下へと続く隠し階段が口を開いていた。今までに何度も見ているがそのたびに関心してしまう。

「よくもまぁこんなものを街全体に……」

これがコンビニ内で音が響きやすい構造の原因だ。

「まぁたまには上に出ないとならないときがあるから彼らにとって階段は必要なものなんだよ。さぁ、行くよ」

 零とカルラは闇が這い上がってくるように真っ暗な地下への階段を下っていった。


         ◆◆◆


廃墟街の真下に広がる《暗黒街》。ここにはならず者や裏社会の人間など、地上に住みにくくなった人間が多く住み着いている。街の中心にはコロシアムがあり、そこでは毎日のように賭けバトルが行われている。まぁこの賭けバトルについてはしらなくてもいい情報だ。

「今日も面白いぐらいに治安が悪いねぇ~」

 零は呑気に笑うカルラを睨みつける。その理由はこれまでの道中、十数回ならず者に絡まれそれを零が退けてきたからだ。その最中、傍観しているだけならまだしもカルラはならず者を煽るような事をしていたのだ。そのため零は武力行使で襲い掛かってくるならず者と戦わねばならなかった。

「ッ……」

「クロくん、そんな殺気立ってるとまた絡まれるよ?」

 笑いを堪えながら零に忠告するカルラ。彼の銀髪と雰囲気が人を引きよせているのだと思うのだが。

「着いたよ」

 そんなことを思いながらカルラの背を見つめていると、彼はある場所で立ち止まった。

彼の店に到着したのだ。何度来ても息を呑んでしまうような不気味な店構えだ。中に入ると水晶玉に手をかざした占い師がいる、というのは容易に想像できる。

 カルラが鍵のかかっていない木製のドアを開くと心地の好いベルの音が店内を反響し零の耳に届いた。それとほぼ同時に、店内の壁や天井に青い焔が灯って辺りを青白い光で照らし始めた。

石造りの店内には占い師どころか商品と思しきものが一つも陳列されていない。人を寄せ付けないような店構えに加えて商品が一つもない店内。こんなことで店が成り立つのか、と思うだろうがカルラの商売に物質的な商品は必要ない。その上カルラの店は事前に存在を知っておかなければそこに店があるということすら認識できない。

「さぁ、開店だよ! 今日もお客さんのスキャンよろしく頼むよ、クロくん」

「分かってる」


 リィィィン…… 


 そのやりとりの直後、先程と同じように扉に引っ掛けられたベルが鳴り響き、全身をローブに包み隠した不気味な客が入店してきた。

 商品の無い店で行われるカルラの仕事とは――

「ようこそ、《能力アビリティ売店ショップ 繊月クレセントパイク》へ」

 そう、能力の販売だ。

 一言に能力といっても種類は星の数ほどある。地上で稀に開く店では運動神経増強や記憶力向上など、日常生活をより有意義にするための能力を販売している。主な対象は噂を聞きつけてやってくる中高生だ。地上では店の認識特性は発動せず、誰でも入店できるようになっている。地上と地下での店の認識特性の有無は販売する能力の強さと対価が関係している。

「今日はどんな能力を?」

「最高ランク、γ《ガンマ》の能力を……」

「それはそれは…… 相当な対価と覚悟が必要ですが? それに最高ランクとなるとその対価は本当に選ばれた人間にしか支払えません。下手をすれば命を落とすことにもなりかねませんが、それでも…?」

「ッ…… あぁ、分かっている」

 能力取引での対価。地上のものならば一時的にマイナスになるもの。例えば記憶力向上であれば数日間頭痛がしたり頭がぼんやりするようなマイナスの後、脳が活性化し能力の向上が起こる。しかし地下での対価は取り返しのつかないような途轍もないもの、身体の一部や臓器、寿命や記憶などだ。

「俺が望むのはランクγ、かぜの能力だ」

 彼がいうランクγというのは能力の強大さによってつけられたものだ。能力にはランクがあり順にランクα《アルファ》、ランクβ《ベータ》、ランクγ《ガンマ》となっている。地上で販売できるのはランクαまででランクβとランクγは地下でのみの販売となっている。

「分かりました。まぁ相当の覚悟か天性の素質が無ければ最高ランクの能力は得られませんけどね」

 カルラは小馬鹿にするように付け足すとすっと零のほうに目を向けてきた。そういえば客のスキャンをするのを忘れていた。

「……」

 カルラの視線を受けた零はゆっくりと瞳を閉じた。ここからが零の仕事だ。零の能力を使用した零にだけ出来る仕事。

 零は二秒ほどですぐに瞼を持ち上げる。彼の双眸は白目部分が黒、黒目部分が赤に変化しており、今彼の目には色付いていたはずの世界が白と黒の単調な世界へと姿を変えて映っている。

 これが零の能力の一端、簡単に説明すれば悪意や敵意などの負の感情を見抜く目といったところだ。単純に悪意や敵意のあるものは黒、善良なものは白に映る。見たところこの客は白だ。悪用するために能力を得ようとしている訳ではないようだ。

 それを確認した零はカルラに向けて頷きを返した。

「……」

 この能力を会得してからずっと不気味に思っていることがある。それはカルラの色だ。悪は黒、善は白という絶対のルールの中、カルラはそのどちらにも属さない灰色なのだ。そんな中間のような色、カルラ以外では見たことがない。

「それでは、取引を開始します……」

 カルラの声が零の思考を断った。彼の色のことについては数年間考え続けているが未だにその答えは導き出せていない。零は諦めて能力を解除した。すると零の見る世界に失われた色が戻っていく。

「《貪欲ディザ封書スター》」

 カルラの言葉の直後、彼の影から一冊の分厚い本が跳ね上がってきた。待ち構えていたかのように、目を向けることなくそれをキャッチしたカルラはすぐさま本を開いた。

「対価を喰らい能力を授けよ……」

 その言葉に従うように本自体が闇色の光を放ち始めた。やがてページから同色の手のようなものが伸びていき、客の胸部へと吸い込まれていった。

「ッッ!!」

 客が全身を脈動させたような反応を示すと闇色の手が、発生する本側から消滅していった。これで取引は成立した。

「これで…… くッ、はぁはぁ…!」

 客は自身の胸を強く握り締め、苦しそうに肩で息をしていた。

今回彼が支払った対価は片方の肺だ。それは呼吸困難にもなるだろう。慣れるまで相当の時間がかかるし、慣れたとしても今までどおりに身体を動かしていたらすぐに酸欠を起こしてしまうだろう。

「クロくん、彼を店から出してあげて」

 カルラの言葉に準じ、零は自力で歩けない客に肩を貸してドア付近まで連れて行った。そしてドアを開けるとそこには店の前の通りではなく暗黒が広がっていた。この暗黒は暗黒街のどこかに繋がっているらしい。出るところはいつも変化するランダム方式。カルラ曰く店の前で苦しんだりされると面倒だから入店時とは別の場所へと転移させているらしい。零にはこの暗黒がどのような仕組みになっているのかは聞かされていない。

 零は客を店から出した後にカルラへと問う。

「さっきの客のランク、γだったのか?」

「そんなまさかぁ~ βだよ。 γなんてそうそう得られるものじゃない」

 カルラは零を笑みを浮かべつつ零に目をやりながら言った。皮肉のつもりなのだろうか。


         ◆◆◆


「やっと終わったか……」

「いいや… あと一人、いや二人いるよ」

 カルラが呟きつつ入り口を見つめているとドアが勢い良く開かれ、ベルが乱打された。

「……!」

 そこには見知った顔がおり、零を見て驚いていた。

「!? なんでてめぇがこんなとこにいんだよ、黒羽」

「ん? 知り合い?」

「あ、あぁ…… 少しな……」

 目の前の少年の名は王咲オウザキ 千里センリ。零と同じぐらいの身長で短めの灰髪を右側だけ掻き揚げている。彼は零と七架と同じ《新月の神隠し》の帰還者の一人、つまり零と同じ能力者ホルダーだ。

「……?」

 何故王咲は肩に人間を担いでいるのだろうか。こちら側からでは表情は窺えないが体格からして女だろう。

「まぁお前がいようが関係ねぇ…… 売却人ブローカー、お前の力を奪いにきた」

「ボクの力? どうやって?」

「そんなもん、」

 王咲が動いた。次の瞬間彼の姿が掻き消える。零はその時、信じられない光景を目にした。

「ッッ!!?」

 奴が肩に担いでいた人間、何故彼女がこんなところにいるのだ。

 そして零は文字通り目の色を赤と黒に変え、闇に消えた。

「殺して奪うに決まってんだろうが」

 王咲が一瞬にして背後を取り、光を纏った手刀でカルラの首を落としにかかる。

 だがそれはカルラと王咲の間に突如割って入った零によって受け止められた。

「黒羽てめぇ、こいつの影から……」

「クロくん、別にあのままでもボクは大丈夫だったのに」

「あぁ、わかっている。 ……けどな」

 零は王咲の手刀を握る手に力と同時に能力を込めた。

「くッ……」

 いつの間にか零の腕に生じていた黒いオーラ、いや闇というのが正しいだろう。それが王咲の腕に侵食を始めていた。

 それに気が付いた王咲はすぐさま零の拘束を振りほどいた。同時、彼の右腕が強烈な光を放ち、侵食を始めた闇を跡形も無く消し飛ばした。そして王咲は後方に飛び退き零から距離をとろうとする。

「逃がすか……」

 零は王咲に向けて手をかざし、そして握った。すると足元、部屋の隅などの影が鋭い槍のように変化して文字通りに伸び、王咲の身体を串刺しにしようとした。

「チッ……」

 しかし王咲は再び姿を消し、入り口付近に現れた。

「……」

 光の物質操作能力、ランクγ。それが王咲の能力とランクだ。

「……オレの光の力に相対する力。 闇の物質操作能力、ランクγ。 糞が… 厄介な能力持ちやがって……」

王咲が憎々しげに呟いているがそんなことはどうでもいい。

「何故……何故七架がこんなところにいるッッ!!」

 零は赤い双眸で王咲を睨みつけ、叫ぶように言った。零がここまで感情を表に出すことは非常に珍しい。七架は彼の中でそれほどまでに大切な存在なのだ。

「あ? あぁこいつか。 なんか暗黒街への階段の前で見つけたから連れてきたんだ」

暗黒街への階段の前、ということはもしかしたら七架は零のあとを付けてきたのかもしれない。

「何故気を失っている……」

「こいつはオレたちと同じ生還者だろ? だったらそこの売却人も知ってるだろうし良い交換材料になると思ってな。それにお前がいるとなればその効果は倍増する」

 確かにその通りだ。七架を盾にされたら零にはどうすることもできない。

 俺は誓ったんだ、あの新月の夜に。もう絶対に七架をこちら側に関わらせないと。傷つけさせないと。

 彼女はショックであの日のことを全て忘却してしまっている。だから神隠しの真実も能力についても一切知らない。だがそれでいいのだ。彼女はもうこちら側に関わることなく普通の人間としてこれからの人生を歩んでいけば良い。

「おい売却人ブローカー。 売却人ブローカーとしての能力、オレに寄越せ」

「ん~……」

 カルラは首を傾げて場違いな声を上げた。

「カルラ……」

 零は焦りを浮かべた表情でカルラに目を向けていた。それは半ば助けを乞うような目線であった。

「よし! じゃあこうしよう!」

「てめぇ、提案できる立場だと思ってんのか?」

確かに今この場で絶対的に有利なのは王咲のほうだ。この状況下での人質とはそれほどの力を持っている。

「いやいや、キミもこっちのほうが燃えるだろうし勝った時の優越感がすごいと思うよ?」

 王咲は黙ったままカルラの次の言葉を促した。

「暗黒街の中心、コロシアムを舞台にクロくんとキミが大決闘! キミが勝てばボクの力はキミのものだ」

「ハッ! 良いじゃねぇか、受けて立ってやるよ。てめぇもそれでいいよな、黒羽?」

「あぁ……」

 流石はカルラだ。二人の関係性を見抜いた上で、更に王咲の性格を踏まえて出した提案。穴だらけの脆い提案。良く考えてみれば王咲が負けた場合見返りが一つもないのだ。対して零が敗北したとしても七架は取り戻せる。

「なら今から一時間後、コロシアムで開戦だよ。遅刻しないようにね」

「あぁ、じゃあな黒羽……」

 王咲は言い残し、七架を抱えたままドアの先に広がる暗黒の中へと消えていった。

「ふぅ~……」

「おいカルラ」

「なんだいクロくん。ここで彼女を取り返さなかったことに怒っているのかい?」

 カルラは伸びをしながら問うた。

「いいや、あれが最善だった。だが……いいのか?」

「ん? 何が?」

「お前の売却人ブローカーとしての力を失うか否かを、俺に託しても……」

零は問うた。自分の大切なものを他人に託すなんて零には到底出来ない。

「キミは負けるのかい?」

「いや、絶対に勝って見せる。……だが可能性がゼロって訳じゃ」

「キミは勝つよ」

 零の言葉を切るように、その断言が店中に反響する。その反響音は暗示のように零の耳に何度も届く。

「大丈夫、ボクが信じるキミなら負けないさ。それに、大切なものを守るときのキミの力は誰よりも強い」

 大切なもの。零の脳裏には七架の顔が過ぎった。彼女を守るためなら俺は命でも何でも賭けてやる。

「クロくんの大切なもの…… ボク」

 カルラは恍惚の表情を浮かべながら小さく呟いた。

「気色悪いこと言うな……!!」


         ◆◆◆


 1時間後、という約束だが零とカルラはすぐにコロシアムへと向かっていた。

「さっきの彼、新月の神隠しの帰還者なんだよね?」

「あぁ、王咲千里。光の物質操作能力の能力者ホルダーだ」

「あ~、彼があの店に拾われた子か。まぁあの店じゃ善良な人間には育たないね」

 零、七架、王咲に加え、更にあと五人の帰還者がいる。七架以外は全員能力持ちとなって帰還した。

 カルラは独り言のように呟き、言葉を継ぐ。

「で、連れ去られた彼女がクロくんの幼馴染、無傷むしょうの帰還者かい?」

「あぁ……」

 零はそのことがずっと気がかりだった。何故七架だけ何事も無かったかのように記憶まで失って帰還したのだろうか。零はあの事件の中で最も不可解なのは七架についてだと考えている。

「あの事件ねぇ…… 神隠し、ということになってるけど実際はある能力の売店が起こした集団誘拐事件だったんだよね」

「あぁ……」

「「《常闇サイズ・オブ死鎌・ダークネス》……」」

 それが事件を起こした能力の売店の名だ。ただしその真実を知ったのはカルラと出会ってからだ。

「ホント彼らのすることは良く分からないね。頭のねじがとんでいるというかなんというか…… 五十人以上誘拐して能力者だけ返すなんて…… おかげでどれだけの店が迷惑したか……」

 カルラの視線が零に突き刺さる。

「あぁ、確かに相当な迷惑をかけたよ。だからこうしてバイトという形で恩を返しているんだろ」

零はあの日、闇の物質操作能力を得た対価として感情の大半を失った。能力者として生き長らえた零は解放され無感動に夜道を歩いていた。そこでカルラと出会い、彷徨っていた零は引き取られた。

それから3ヶ月間二人は共に暮らし、カルラは売却人ブローカーの力でこれまでに対価として得た感情を零に与えてくれた。そうしてほぼ感情が戻り、力の制御を覚えた後に家へと返された。

期間は違えど他のどの帰還者も失ったもの、力の制御を覚えてから元の生活に戻ったらしい。

「まぁ一生コキ使えるバイトが出来たからいいけどね」

「一生ってお前……」

能力者ホルダーである以上、一生ボクと関わることになると思うよ……?」

 振り返ったカルラの目は異様な雰囲気を放っていた。時折放つこのオーラが彼をただのお調子者ではないことを悟らせる。

「さぁ着いた 決戦の場所だよ」

 零達の前方にそびえるコロシアムはまるで壁のようであった。全景はイタリアのコロッセウムに酷似しており、製作者はそれを意識して作ったのだろう。

「……」

 コロシアムを見上げ、零は王咲に勝てるのかと考えていた。奴はきっと戦闘に慣れているだろう。だが零の実戦経験など数えるほどしかない。

「ほら、行った行った。ボクは準備があるから後から行くよ」

 カルラは零の背を叩き街の闇へと消えていった。

「準備……?」 

 決闘に何の準備が必要なんだ。しかも彼は街の方向へ。訳が分からない。

 零はそんなカルラと別れ、コロシアムに足を踏み入れた。


       ◆◆◆

 

 中は一条の光すら射さない暗闇。そんな闇の中でも零の目は全てを捉えることができる。

「……」

 コロシアムの地形を全て把握した後、ゆっくりと瞳を閉じる。そしてイメージする。王咲との戦いを、零の大切なものを賭けた決戦を。


ボッ ボッ ボッ


「!?」

 すると突如としてコロシアム内に赤と青の焔が灯った。

「準備は出来たかい? クロくん」

「あ、あぁ……」

 何らかの準備を終えたカルラはコロシアムに姿を現した。この焔もカルラの仕業であろう。

「こっちも準備完了。相当な数集まったよ」

「数……?」

 なんのことかと問う前にその答えが現れた。

「今日は能力者ホルダー同士の対戦だとよ!」

「おぉ! それは見物じゃねぇーか!」

 それは観客だ。ならず者達の大声での会話が客席から聞こえ、人一人いなかった観客席が見る見るうちに埋まっていく。

「観客がいたほうが盛り上がるでしょ?」

「カルラ、お前……」

 こんなときに盛り上がりなんて、と思った零だったがカルラの不敵な笑みを見てこれも策のうちだということを悟らされる。この笑みを浮かべているとき、彼は必ず何かを企んでいるのだ。

 そして零はこの大勢の観客の意味に気が付く。カルラはこの観客達に見届けさせるつもりなのだ。勝敗を、いやその後の顛末を。決闘の前に条件を提示し、どちらが勝利したとしてもその通りにする。幸い暗黒街のならず者達は決闘のルールに厳しい。それにより決闘後に力尽くで奪う、ということもなくせる。これで完璧なルールの完成だ。

 しかしそれもこれも零が勝利しなければ何の意味も成さない。

「彼も来たみたいだね」

 言葉の直後、カルラの視線の先、コロシアムの中心で爆発的な発光が起こり、

辺りを包み込んだ。

「……なんだよこの観客はよ? 雰囲気作ってくれたな売却人ブローカー

「まぁ決闘と言ったらこうじゃないとね」

 王咲とカルラは似たような不敵な笑みを浮かべた。そんな二人を見て、彼らは根本的に似ているのかもしれないと零は思った。

「王咲、早く七架を降ろせ……」

「あぁ、言われなくてもッ!」

 王咲は七架の身体を空中へと放り投げた。

「ッ!」

「そう気を立てんなよ、傷付けはしない」

 そう言って王咲は七架の方向に指を向け十字を切った。すると10m程の高所で七架が停止し、彼女の背後に光の十字架が出現してはりつけの形にした。まるでキリストの十字刑だ。

「あいつには勝敗がつくまであそこにいてもらう」

「くッ……! 早く始めるぞ、カルラ……」

 零は拳を握り締めカルラを急かした。

「はいはい。皆さんお待たせしました! 能力者ホルダー同士の決闘!」

 ならず者もとい観客達はカルラの司会進行に歓声を上げた。

「彼は幼馴染を救うために、はたまた彼は売却人ブローカーの力を欲して」

 先に零を指し、次に王咲を指して言ったカルラは指を鳴らした。するとコロシアムを照らす焔が中央側から左側が青、右側が赤となった。

「黒い彼なら青、灰色の彼なら赤の焔が灯っている方の席へ移動してください! ルールは通常の決闘と同様!」

 カルラの実況にコロシアムのボルテージはマックスとなった。

「てめぇを叩き潰すには最高の舞台だ。覚悟はいいな、黒羽ッ!!」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。勝つのは俺だ……」

 零と王咲は睨み合い、臨戦態勢に入った。零は双眸の色を変え、王咲は両腕に光を纏った。二人の気迫にコロシアムが静まり返る。

「レディ…… ファイトッ!!」

 まだカルラの声が木霊しているにも関わらず王咲の姿が掻き消えた。

 予想通り。奴は自身の光の力に絶対的な自信を持っている。故に必ず初撃を取りに来る。だから零はあえて前方へ踏み込む。

「ッ!?」

 踏み込んだ先に現れた王咲は驚きと焦りが入り混じったような表情を浮かべ、咄嗟に拳を放ってきた。その速度は光を纏っているため加速している。しかし苦し紛れの攻撃の上、零は完璧に予測していたため当たるはずがない。零は軽く拳をいなして王咲の懐に入り込んだ。チャンスがあれば決めにいく。

 零は全力の回し蹴りを放った。軌道には刃物のように鋭くなった自身の影が残留する。その一撃はドッという鈍い音を立てて王咲の、拳を突き出している方とは逆の手で受け流された。しかし刃と化した影が王咲の胸部を浅く掠め、玉の血を飛び散らせた。

「刺せ……」

 刹那、王咲の玉の血によって生じる小さな影が極細の槍となり、その切っ先を彼に向けて一瞬の内に伸びた。

「くッ……そ!」

 槍が届く直前、王咲は零の前方から姿を消した。光速の移動。厄介な能力だがこの眼を持つ零には通用しない。

この眼には敵意を持つ王咲は黒として映る。強すぎる敵意は先行してその場所を示してしまうのだ。それが次に現れるのは零の後方三十メートル地点。

「ちょこまかしてんじゃ! !?」

 予測通りの地点に現れた王咲の目に零はもう映らない。何故なら――

「重いのをくれてやる…」

 零は影から影へと伝い、完全に王咲の背後を取っているのだから。そして全体重と能力を上乗せした拳を放つ。

「……!」

 王咲は零の気配を感じ取り、再び光速回避。しかし影を経由して移動する零の能力も王咲と同等の速度を誇る。

「なん……!」

 王咲が別の場所に現れた瞬間、同時に零もその背後を取っていた。先程の場所と全く同じ構図。その上零は既に攻撃を放っている。辛うじて反応した王咲は左腕のみで防御体制に入った。

 バキャッッ、と骨の軋む厭な音。

 一見ただの打撃に見える零の拳だがその重さは想像を絶する。

 闇が持つ特性は重力。零の拳は速度、筋力に闇の重力が上乗せされる。そのため王咲の防御をいとも簡単に打ち砕き、彼を吹き飛ばしたのだ。

 王咲は地面を数回跳ね、コロシアムの内壁へと激突した。その勢いは石造りの壁を大きなクモの巣状に砕くほどのもの。王咲は決して小さくはないダメージを受けているはずだ。


         ◆◆◆


「……何かを守るときのキミはやっぱり強いね」

 カルラは掛け金の収集という自らの仕事を終え、客席の最前列に腰掛けながら小さく呟いた。その顔には小さな笑みが浮かんでいる。

「ん……」

そんな中、爆音に等しい激突音により意識が覚醒したのか、遥か上空で七架が小さく声を上げた。その声を聞き逃さなかったカルラはすぐさま手元に《貪欲ディザ封書スター》を出現させ一瞬にして姿を消した。


          ◆◆◆



 何……? 何か騒がしい…… 

 七架は瞼を持ち上げるや否や驚愕し、目を見開いた。

「ひゃっ! 何でわたし空中に…… それに、身体が動かない……!」

 可愛らしい声を上げた後、七架は身じろいでみた。しかし身体が空中に固定されているらしく固定を解くことは不可能だと判断した。 

 七架はこれまでのことを思い出してみた。零の後を追って廃墟街に辿り着き、そこで零は白いコートの人物と共にコンビニの廃墟へと入っていったので様子を見てからその後を追った。そこで従業員更衣室の奥に地下へと続く階段を見つけたところまでは覚えている。しかしそれが何故今このような状況になっているのだ。

 七架は少しでも情報を得るためあたりに目を向ける。

「……レイ?」

 すると七架は眼下に黒羽 零の姿を捉えた。だが確信を持てないのか目を細めてその姿を凝視していた。それもそのはず、今の零には普段の無気力な感じが微塵も無い。それどころか全く逆の闘志、いや殺意に近いものをその身に纏っている。加え、その雰囲気に見合う紅の瞳、禍々しい影のようなものを身体から放っている。それでも七架は確信を得たらしく零を呼び止めようとした。

「やっぱり……レッ!」

「静かに」

 零の名を呼ぼうとした七架の前方に何者かの手が現れそれを制した。

「クロくんは今キミとボクのために戦っているんだ。見守ってあげて」

「あなたはレイと一緒にいた……」

 七架は声の主の方に目を向けて呟いた。

「暗黒街までクロくんを尾行してくるなんて、キミどんだけ彼のこと好きなのさ?」

 カルラはからかうように言い、七架に怪しげな目線を送った。

「え!? いや、わたしは……そんな……」

 まんざらでもないのか七架はボッという音が聞えてきそうなほど一瞬にして顔を真っ赤に染めた。言葉もどんどん弱まっていき、最後には顔から立ち上る蒸気と共に消えていった。

「黒羽ァァッ!!」

「ッ!?」

 憎しみと怒りが入り混じった地を這うような低い声がした直後、コロシアムは目が潰れるのではないかと思うほどの強烈な閃光に包み込まれた。


        ◆◆◆


「くッ……」

 零はその発光から目を守るため右掌で咄嗟に両目を覆った。覆ってしまった。その一瞬の隙が命取りとなる。

「消えろよ……」

 ほんの一瞬の出来事だった。王咲の声が耳に届いた時には零の身体はすでに壁に叩き付けられていた。

「がはッ……」

 爆発のような衝撃に、零は吐血した。骨の数本、どこかの臓器はやられてしまているっだろう。

「はっ! あの一瞬で反応しやがったのか!」

 確かに零はあの瞬間王咲の殺意を感知し、攻撃に対する影の防御壁を展開した。しかしそれでもこの有り様だ。もし一瞬でも遅れていたら今頃零の身体はバラバラに吹き飛んでいただろう。

「ッ……」

 全身の痛みに耐え、ゆっくりと立ち上がる。出し惜しみしている場合ではない。王咲の物理的戦闘能力は零を遥かに凌いでいる。

 だったら俺は特質的な力で捻じ伏せる。

「王咲…… お前はまだ全力じゃないな……?」

 零は瞼を閉じ、呟くように問う。

「あぁ、まぁこの程度じゃ全力なんて出すまでもねぇけどな」

「そうか…… ならお前はこの後全力を出さなかったことを後悔する……」

 水面の波紋が静かに収まっていくように、禍々しい影が胸の中心へと収束していく。

「なんだ……」

 王咲は零の静けさを不気味に思ったのか身構えた。零はそんな王咲に右掌を向けつつ瞼を持ち上げた。

「ッッ!」

 王咲はこの攻撃が危険だと理解したのか足元で爆発的な発光を起こし零に接近してきた。

 だがもう遅い。王咲が零に到達する前にこの戦いは終わる。

「《重力グラビティアル心臓ハーツ》……」

 次の瞬間、地面が黒一色に染まりコロシアムに集まっている人間の殆どが何かに押し潰されたように平伏した。標的以外でもこうなってしまうのだ。この力を一点に受けた王咲はひとたまりもないはずだ。

「くッ……ぁ……」

 だが王咲は耐えていた。膝をついてはいるが通常の数倍の重力に押し潰されることなくその場で留まっていた。

「重力……操作だとッ!?」

「あぁ、闇の特性だ。だがこの力は俺への負担が大きい。さっさと終わらせる……」

 呟き、零は王咲に向け突き出した掌を強く握った。

 ドッッッッ!!!!

 瞬間、膝を着く王咲を中心に地面がクモの巣状に大きくひび割れた。

「ぐあッ……! ……ハッ!! そうだよな…… 能力者には奥の手ってもんがあるよな……」

 王咲は額に玉の汗を浮かべながらも妖しげな笑みを湛えながら呟いた。

「オレにだってあんだよ 奥の手……」

 呟いた王咲の両掌が強く発光した。その光はだんだんと強烈になっていき、それにつれて王咲への加重が弱まっているのか、彼は立ち上がり始めていた。

「《断罪ジャッジメントレグルス》」

「……ッ!?」

 零は何故か弱まってしまった王咲への加重を強めようとした。しかし全くもって重力が強まる気配がない。

「てめぇの重力は闇があってこそのもんだろ? オレの光は闇を掻っ消す。足元見てみろ」

 零はその言葉に従い自身の足元に目をやった。そして戦慄する。どんな時でも共にあった自らの分身とも呼べる存在である影が消え去っていたのだ。

「これでてめぇは終わりだな」

 気が付くと王咲は零の懐に入ってきていた。

「さぁ、これがオレの奥の奥の手だ」

 光を纏った王咲の光速の拳が接近してきているのがわかる。しかし反射ですら間に合わない速度だ。そのため物理的な防御は捨て、能力での防御に徹することにした。自分の影は消されて使用できない。なら他のものの影を利用させてもらう。

「ッ!?」

 しかし闇の防御壁を造形することができない。そもそも闇を操作している感覚すらない。

 まさか、あの光によってこの場の全ての影が消されたというのか。

「《並行時空パラレルディメンション》」

 王咲は何故か零の寸前のところで拳を停止させる。そのため拳が伴った風だけが零の頬を撫でる。戦いをやめたのか、とも思ったが王咲がそんなことするわけがない。

 ドンッッ!! 様々な思考をしていた零の背に途轍もない衝撃が走った。

「ぐッッ……」


 ドンッドッドッドッドドドドドドド!!!!!!


「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」

 前後左右上下、四方八方。零の身体をありとあらゆる方向から衝撃の雨が襲う。その連撃は零を吹き飛ばすことなく、少しずつ上空へと打ち上げていった。

「どうだ 黒羽ぁ? 光速を超えた俺の力はよ!」

 その声は途轍もない衝撃の乱打を受けている零にもかすかに届いた。

光速を越えただと。光より速いものなどこの世界には存在しないはずだ。

「光速を超えたそれはあったかもしれない可能性の攻撃、並行世界からの無限の攻撃だ!!」

「!!??」

 零は戦慄した。そんなものどうすればいいのだ。

 衝撃を受け続け打ち上げられていた零の先にはいつの間にか王咲が待ち構えており、輝く両拳を合わせて振り上げていた。

「終わりだ、黒羽ァァ!!」

 王咲が祈りにも似た、合わせたその拳を振り下ろすと激しい衝撃とともに光の柱のようなものが零の身体を貫いた。その一撃によって零は物凄い勢いで鋭角に地面へと吹き飛ばされていった。


 ガガガガガガッッ、ドォォォン!!!! 


 そして零はコロシアムの地面を抉り、壁にクレーターのような大穴を穿った。

「レイ……? レイ―――!!!」

 七架の悲痛な叫びがコロシアム中に木霊する。

 それとともに観客席から「よっしゃオレの勝ち!」だの「くっそあのガキ、オレが金を賭けてやったのによ!」などという歓声や罵声が上がり始めた。

「うぅ……」

 コロシアムが歓喜とブーイングの嵐に包まれ始めた頃、七架は水晶のように美しい双眸に涙を浮かべていた。

「あらら……」

 カルラは困ったような表情で七架を見て、小さく声を漏らした。

売却人ブローカー! さっさと降りてこいよ!」

「ん? なんで?」

 カルラは王咲の命令に心底不思議そうな表情を浮かべつつ返答した。

 直後、一瞬にしてあたりの空気が禍々しく、重苦しいものへと変化した。

「ッッッ!!」

 王咲は背後から放たれるおぞましいほどの殺気に死の気配を感じ取り、光速でコロシアムの端まで間合いをとった。

「嘘だろ…… てめぇの胸には大穴があいてんだぞ……」

 王咲、七架ともに背筋に冷たいものが伝ったのを感じた。きっとこの場にいる観客全員もそれを感じただろう。その証拠に騒がしかった観客は誰一人、一切口を開かずに零の方に目を向けていた。

「あれが…… レイなの……?」

 もともと長めだった黒髪は腰辺りまで伸び、全身に複雑な紋様が浮かび上がっている。

「まずいね…… 暴走状態だ……」

 零の瞳は光がなく虚ろで、そこに意思があるとは到底思えなかった。カルラの言う通り暴走しているのかもしれない。そんな零が右手をゆっくりと横に広げた。対する王咲は身構え、カルラまでもが《貪欲ディザ封書スター》を出現させて零を止めようとしていた。


「……《夜空ナイトの…………祓衣ローブ》」 


 だが零の呟きの直後、夜空のような色彩のローブが出現し彼の身体の紋様を覆い隠した。それと同時に悍ましいほどの殺気が弱まった。

「自分で暴走を止めたのか…… さすがはクロくん」

 零は過去の暴走を悔い、自身の力の制御を試みていた。しかし未だ制御することはできず、力を弱めることが精一杯だ。それでもその術を自ら編み出したのは相当な努力の結果だ。

「……綺麗」

 カルラは感心し、七架は頭に思い浮かんだ言葉をこぼした。今の零は誰が見てもそう思うほど美しい姿だった。

 腰まである指通りの良さそうな長い黒髪、漆黒と紅蓮が調和した両の瞳、夜空を思わせる美しいローブ。今の零は言わば夜の擬人化だ。

「王咲…… 俺はまだ自分の全力を制御することができない。だから手加減は難しい…… 自分でどうにかしてくれ」

 零は紋様が頬に浮かび上がっている状態で表情一つ変えることなく忠告した。

「ハッ! ざけんじゃねぇよ、何が手加減だ。てめぇは胸に大穴があいててロクに動けねぇだろーが!」

 確かに零の胸には王咲によってあけられたであろう大穴があるように見える。しかし目を凝らして良く見てみるとその穴は向こう側を見通すことが出来ない。その上、円の外側が小さく揺らめいている。

「あぁ、これは穴じゃない。闇の物質操作能力者である俺が瀕死のときに発動する、外傷を精神ダメージへと変換する能力によって出来たマイナスの塊だ」

「は……? 死ぬほどの外傷が精神ダメージに変換されればてめぇの精神は壊れんだろ。なんでピンピンしてやがる」

「今はまだダメージが俺に届いていないだけだ。時間がたてばダメージが俺の精神に届き、心を壊していくだろう」

 そう、十年前感情を失ったときと同じように。

「だからすぐに終わらせる……」

 零は胸の闇の塊を掴み、その手を大きく横に振るった。刹那、零の手中に禍々しく巨大な漆黒の鎌が出現していた。

「精神ダメージはいわば心の闇。全ての闇は――」

 零は言葉の途中、大鎌を振るった。すると突如として観客のほぼ全員が一斉に倒れた。

「俺の力となる……」

鎌の一振りによって倒れた観客からは黒いモヤのようなものが発生し、それが零の鎌へと収束されていく。その過程で灯火が飲み込まれ、コロシアムは闇に包まれた。

「何なんだ、その能力はよ…… けどな」

 暗闇が一転、王咲を中心に強烈な発光が起き辺りを照らし始めた。それによりコロシアム全域が再び照らされた。

「オレの力《断罪ジャッジメントレグルス》の前じゃ闇は無力なんだよ!!」

 王咲は狂気に満ちた笑みを浮かべ、嘲るように言葉を放った。

「いいや……」

 零は静かに、水面に細波すら立たぬのではないかと思うほど静かに鎌を振り上げ、その切っ先を王咲へと向けた。すると一瞬にして景色が黒一色に染まった。

 完全なる暗黒の空間。それでも零と王咲は互いを認識し合っていた。

「ッッ!!」

「お前の強欲な光じゃ、深淵の闇には届かない……」

 驚愕の色をその顔に浮かべている王咲に、零は冷徹に言い放った。


「《影闇ヘルヘイム》》」


一振り。

 振り下ろされた大鎌が斬り裂いた空間から無数の黒いかいなが発生し、王咲へと向かって伸びていく。

「う…… ぁぁ!! ッ!」

 迫り来る漆黒のかいなに根源的な恐怖を抱いた王咲は地を蹴り光速移動、零の元へと姿を現した。

 使用者の周囲は安全圏と踏んでのことだろう。だが――

「無駄だ。この《影闇の国》は標的以外には絶対不干渉。対象を飲み込むまで消えることはない」

 無数の腕は零を通り抜けて王咲を追随を続けた。

「くッッ!!」

 全てが闇の世界だ。どこからが空中でどこからが地面なのかは分からない。しかし王咲は跳躍し、腕を空中で待ち受けた。腕も進行方向を変えすぐさま追尾する。


「《並行時空パラレルディメンション》 《七色星光ビフレスト》!!!」


 叫びにも近い王咲の言葉の直後、ありとあらゆる方向から七色の光の柱が放たれ無数の黒い腕を消し飛ばした。

「ハハハ!! これでてめぇの切り札は消し……飛ばして……」

 高笑いしていた王咲は声を上げるのを止め、言葉もどんどん尻すぼみになっていった。その代わり背筋と額に途轍もない量の冷や汗が伝う。それこそが王咲の恐怖の表れ。彼の心には恐怖のみが存在し、他のものは何も無かった。

「何で……何でだッ!!」

「だから言っただろ」

 何で、という問いに王咲は自分で答えを導き出した。《影闇の国》の特性は攻撃ですら例外ではなかったのだ。

「標的以外は絶対不干渉だと……」

「黒羽ァァァ!!!」

 まるで断末魔のような叫びも虚しく、王咲の身体は黒のかいなに埋め尽くされてしまった。重なった腕は漆黒の球体を形成し、それを空中に留まらせた。

「ッ! はぁ……はぁ……」

 力を使い果たした零はその場に倒れ込みそうになるのを大鎌を支えとして踏みとどまった。それと同時に暗黒に包まれた黒の世界に亀裂が生じやがて崩壊する。

「《解呪ディスペル》……」

 言葉の直後、零の頬から紋様が消えていき、伸びた黒髪も元通りになった。続いて夜空色のローブも黒煙のように上空へ立ち上っていき消滅した。


 パリィィィン!!


 そして最後に身体の支えとしていた大鎌が盛大な破砕音を伴って砕け散る。

「くッ……ぁ……」

 支えを失った零はその場に倒れ込む――

「レイッッ!!」

 ところを一人の少女によって抱きとめられた。

「バカ……バカ… 無茶して…… 死んじゃったかと……ひっく、思ったんだから……」

 少女、聖 七架は真珠のような大粒の涙を零しながら零の身体を強く抱きしめた。

「あぁ……悪かった……」

 零は七架に対して囁くように返答。その顔には珍しく小さな笑みを湛えていた。感情表現の後遺症が多少残る零がここまで感情を表に出せるのは七架が本当に大切な存在だと如実に示している。

「いやー危なっかしいことするねぇ。後数秒遅かったらまた心を失っていたよ……?」

「あぁ、だが勝った…… これで少しだがお前に借りを返せた……」

「まだまだ、半分以上残ってるけどね」

 カルラはそう言いながら不敵に笑う。本当に嫌味な奴だ。

「キヒヒッ!!」


「「!?」」


 突如響いた不気味な笑い声に、零と七架は驚愕した。

「感動のところ失礼しまぁ~す」

 次の瞬間、王咲を覆っていた漆黒の球体が音を立てて砕け散った。球体の欠片が飛び散る中、姿を現したのは一人のピエロと、彼に首根っこを掴まれた王咲だった。ピエロといってもスイカでも仕込んでいるようにでっぷりと出た腹と顔にギトギトの脂汗をかいている。見ている側が嫌悪感を隠せないような醜悪なピエロであった。

「コンニチハ、アマタくん」

「やっぱりあなたでしたか…… 《道化師クラウン御手玉スピリッツ売却人ブローカー ジャック・ホワイト

 カルラとピエロ、二人は旧知の仲なのか互いの名を言い当てた。

「やっぱりって何カナ? 別にボクがコイツをけしかけたわけじゃないヨ?」

「どうだが……」

「ホントウだって。今回の件はコイツの独断専行。何をしようとしてたのかは知らないケド今死なれると困るからボクが出てきたって訳ダヨ」

 ジャック・Wという醜悪なピエロはピエロらしく大きな身振り手振りを織り交ぜつつ説明した。

「ボク達に関わってきたということは他に何かあるんでしょう……?」

 カルラは冷徹に、鋭い目線をジャックに向けて問うた。こんな威圧感を放つカルラは始めて見た。

「まずは彼に拍手ダ。八人の帰還者の中で最凶と謳われている王咲クンを倒すなんてすばらしい能力ダネ」

 ジャックはわざとらしい笑顔にわざとらしい拍手で零を祝福した。

「彼に匹敵する力、キミは最後の帰還者なんダネ?」

「!!……あ、あぁ…… 俺は新月の神隠しの帰還者だ……」

 この心を読まれているような感覚。カルラのそれは見透かす、という感じだがジャックの方は覗き込む、というような厭な感じだ。

 零の言葉を聞くや否や、ジャックはにたにたと気色の悪い笑みを浮かべて零を観察していた。

「なんなんですか、あなたは!」

 そんな零を庇うように七架がジャックに物を言う。

「ん? キミはもしや八人の中の無傷イレギュラーの子? ンホォォォ!! これはこれはとんでもないものを二つ同時に見つけてしまっタ」

 ジャックは表情を驚嘆から恍惚へと移行させ、目を零と七架でいったり着たりさせていた。

「だから……一体何の用だと聞いているんですが……」

 背筋が凍りつく。いや、刃物で刺されたような感覚が全身に伝わる。これが普段あんなお調子者のカルラが放つオーラなのか。零は冷や汗をかきつつことの行く末を待った。

「お知らせデスヨ。キミの店には今まで店員がいなかっタ、いやいないと思わせるために隠していタ。だから今までは無縁のことだったけど彼が公になった以上無視は許されないヨ」

「ッ! まさか! でもあなた一人が知ったところでなんになるんです?」

「ボクだけじゃないサ。観客の中に何人か他の店の人間が混じっていたヨ? 今頃はそのことを上に知らされているでしょうネ」

「くッ……」

「だからあなたは参加しなければならナイ」

「あの戦いに……ですか……」


「「《代理戦争アビリティ・ストラグル》…………」」


 二人は声を揃えて全く同じ単語を口にした。零も七架もなんのことか分からず、カルラに目を向けていた。

「まぁそういうことです。場所は廃墟街全域。開戦日時は追って《貪欲ディザ封書スター》にて通達されますヨ。デワ……」

 そう言い残して道化師 ジャック・Wと王咲は光となってコロシアムから姿を消した。

「クロくん、ごめんね。キミがボクの駒になってしまう……」

「代理戦争って一体……」

 零は率直な疑問をカルラにぶつけた。それと同時に零と七架の右手の甲に《繊月クレセントパイク》の紋章が浮かび上がり、うっすらと輝いた。

「そんな……なんで…… ! 代理戦争についてだったね」

 カルラはその目に驚愕の色を浮かべた後、零の質問に答えていなかったことに気が付き代理戦争の概要を語り始めた。

「代理戦争っていうのは《能力アビリティ売店ショップ》の利権や覇権を賭け、それぞれの店の店員、要するに能力者ホルダー売却人ブローカーの代理として戦争をするんだ クロくんもバイトって扱いだけど店員だ」

「レイはまた戦わなくちゃいけないんですか!?」

 七架はカルラの説明で浮かんだ疑問をすぐに問うた。

「そうだね…… 右手の甲に紋章が浮かび上がった以上、参加は絶対だ」

「ちょっと待てよ、カルラ…… 紋章って……」

 今度は零がカルラの言葉に驚愕した。右手の甲に紋章。

「うん、クロくんの言いたいことはわかるよ。理由は分からないけど彼女も代理に選ばれてしまったんだよ……」

 零とカルラは七架の右手の甲を見つめつつ言葉を交わした。

「なんで七架が代理に……!」

「分からないよ。けどもう選ばれてしまった以上断ることも逃げることもできない すべての店員が代理戦争へ参加することは絶対条件だ」

「ッ……」

 絶望的な宣告だった。もう二度とこちら側に関わらせまいとした七架が代理戦争に参加しなければならないだと。何故ただの女子高生がこんなことに巻き込まれなければいけないのだ。

「分かった……」

「?」

「もう逃げられないのなら受けて立つ……」

 零はコロシアムの遥か上空、廃墟街を睨むように見つめ、呟く。

 今は進む道が暗闇に覆われ光一つ差さないとしても、闇の中から道を見つけ出して彼女の手を引いて突き進んでやる。


「代理戦争中、七架は俺が必ず守り抜く!!」


 そう心に誓った零は七架と共に代理戦争へと身を投じていくのであった。

 中学2年生の時に執筆、高校二年生夏休みに大幅に設定、ストーリーを変更して作り替えられた本作。

 零や王咲の能力がチートというのは突っ込まないでください(笑

 読み切りのような作りなので後々続きを連載するかもしれません!

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[良い点] 登場人物の能力が細かく設定されているのにごちゃごちゃしていないので、複雑すぎず単純すぎずな感じでした。 キャラクターの容姿や能力を発動した時の様子がイメージしやすくて、物語に引き込まれまし…
[良い点] 設定が細かくて、矛盾をあまり感じないのが良いと思いました。 せっかくの細かい設定。短編じゃ語りきれないこともあるかもしれません。 推敲して引き延ばして、連載にしてもいいんじゃないかと思いま…
[良い点] 表現力とストーリー構成に学ぶ点が多く、楽しんで読ませていただきました。 設定がしっかりしており、読者を引き込める展開が素晴らしいと思います。 [気になる点] 誤字と言うよりは、打ち間違いか…
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