(7)
「かすみんが言ったように、大家さんは嘘をついている。男なんていないし、実際住んでるのはグラサン女。じゃあ何故そんな嘘をついたか? それが女子大生を追い出そう大作戦に繋がるわけさ」
「その為の嘘なの?」
「そーそー。そもそも何で追い出そうと思ったか。ここは詳しく描写されてないし、あくまでこの話は女子大生側のsideAの視点で語られているから見えにくいけど、問題はおそらくよくある騒音トラブルね」
「え、そんな事どこで……」
――あっ……。
話を思い出していく過程で、騒音に繋がる描写が確かに僅かながらあった。
一人暮らしの大学生なら誰しもがするような事。この女子大生も多分に漏れずそれを実践していた。
「お泊り会だ」
「いえす。まあ一人暮らし始めたらあたしも多分やるだろうけどね。度々お泊り会と称して夜中もわいわい騒いでたんでしょうね。それを疎ましく思ったのが、隣のグラサン女」
「なるほど。でもそれがどう赤い目に繋がっていくの?」
「おそらくだけど、グラサン女も大家の婆ちゃんも直接的に言うとなると気が引けたんじゃないかな。大家さんは単純に住人同士のトラブルに巻き込まれるのが面倒だっただけだろうけどね。まあでもこっちは悪くなくてもさ、人に注意したりするのってエネルギー使うじゃん。なんだかこっちまで悪い事したみたいに」
「それは、なんとなく分かるかも」
「で、グラサン女も大家さんに言ってみたものの気付くわけよ。あ、この人に言っても無駄だってね。そんな時に自分の部屋の穴に気付くの」
なんとなく流華にも全体像が見え始めてきた。
この穴をきっかけとして思い付いたのだ。
赤い目というでっち上げの怪談話を。
「ちょうど女子大生の部屋側に向かって開いていたこの穴。これは使えるかもしれない。だからグラサン女はまずこの穴を目立ちすぎない程度に広げる事から始めた。そして女子大生に穴の存在を気付かせるの。そこまで出来たら赤いシールか何かを壁に貼り付ける。シンプルな仕掛けよ。後は大家に頼んでおくだけよ。”もう注意しろとは言わない。その代わり、あの女子大生が私の事を何か聞いてきたら一つ嘘をついてほしい”ってね」
「そこに繋がってくるのね」
「大家もわざわざ注意する面倒さに比べれば、安いもんだったんじゃないかな。かくして張り巡らせたグラサン女のトラップは見事に発動し、女子大生にはありもしない赤い目が擦りこまれる事になった。そしてただの赤い物体が、女子大生にはこちらを覗く目ん玉に見えちゃったわけ。嘘の中でありもしない男の存在を出したのは、自分を女子大生の視界から外すためね。あくまで私はその話に関係していないのよ、ってね」
こんな仮説がよくもあんな短時間で思い浮かぶなと思うと、呆れと尊敬を通り超え一周回って結局呆れそうになる。どんな頭の回し方をしているんだろか。
「なんだか回りくどいね。うるさーい! って私だったら壁でも蹴っ飛ばすけどね」
「だーかーら。それをやっちゃうと更なるトラブルを呼び起こすんじゃないかって不安があったからこんな面倒なやり方をしたのよ。まあまあ、近隣にはご迷惑をかけないようにって事さ。実際騒音が原因で命の取り合いみたいな事件もおこってっからね。あたしも大学入ったら気を付けなきゃ」
「え? あんた一人暮らしするつもりなの?」
「うん、だって自由でおもしろそうじゃん」
「家事とか出来ないじゃん、あんた。米もろくに炊けないでしょうに」
「な、何をー!? ライスぐらい炊けるわよ!」
「なんでずっと米をライスと呼ぶのよあんたは!」
馬鹿げた会話をしながら、一人暮らしか、とふと考えてみる。
いつかそんな日が来るのだろうか。流華にとってそれは全く想像すらしていなかった世界だ。小枝にはああ言ったものの、正直言ってちゃんと家事をこなせる自信はそれほどない。まあ小枝よりは絶対にましなのだが。
――とりあえず、お隣さんとは仲良くだな。
家事も大事だが、お隣さんも大事に。
するかも分からない一人暮らしに向け、そんな教訓を流華は胸に刻み込んだ。