(2)
約二ヶ月もあった長期休暇も過ぎ去れば一秒よりも短く思える。しかしその瞬間的にも感じられる時間とちゃんと向き合えば、その時間に起きたいろいろな出来事が頭の中に広がっていく。記憶の中にはいろんな級友の姿もいるが、その中には必ずと言っていい程小枝の姿があった。
学校が始まり、通常通り部活も再開。流華と小枝は久しい部室への道を歩いていた。
真横を歩く小枝のこんがり焼けた腕が視界の端にちらちらと入ってくる。
小枝、香澄先生の三人で行った一面真っ青な海の景色。
とても綺麗な海だった。
はしゃぎ回る小枝は相変わらずだったし、香澄先生の悩殺度は臨界点を突破していた。女性である流華や小枝でさえそのビキニ姿には、思わず鼻血が吹き出そうになった。どう生活していればここまで完璧な黄金比のボディを生み出す事が出来るのか。
まさしく美神。
浜辺に降り立った美の化身は、その抜群のプロポーションで人間達の視線を独り占めにしていた。この人がよもや学校の保健室の先生だなんて誰も想像出来ないだろう。
燦々と照らす太陽の下で、三人は夏を満喫した。
「いて、いて、いて、いて、いて」
そしてここに一名、女子として己の体への配慮を怠った故に、太陽の刻印をしっかりと持ち帰る事になった者がいる。先程から断続的な小さな嘆きが口から漏れ出ている。
「いて、いて、いて、いて、いて」
「……あのさ、小枝」
「いて、いて、え、何?」
「その、歩調に合わせて痛みを主張してくるのやめてくれない?」
「いて、いて。いやだって、痛いし。いて。いつまでものろのろと歩いている訳にもいかないしさ。でも普通のスピードで歩いたら擦れる擦れるわで痛いの痛いのよ」
「自業自得だけどね」
「つめたいもんだねー、るーさんは。いて」
そんな日焼けの痛みを抱える小枝と共に、いつもの扉の前に到着する。
となれば、次の行動は見えている。
「ざん!」
「させるかー!」
小枝の掛け声と流華の制止の声がハーモニーよろしく交わる。
それと共にドアを開こうとする小枝の手とそれを防ぐ流華の手が絡まる。
「バレバレだってのるーさんよー!」
「読んでやがったかこのトースターめ!」
「あたしゃトースターされた側だっつの!」
いつもフルパワーで扉をスライドさせる小枝に扉を任せ続ければいつかこの扉は壊れてしまう。静かに扉を開けられないのなら、流華が先に扉を開けてしまえばいいと思ったが、まさかの先読みをくらってしまった。
その結果二人の女子生徒が保健室の扉を取り合っているという滑稽な姿に仕上がっているというわけだ。
「ぐぎぎぎぎっ……!」
「……あのさ、小枝…」
「何さ!」
「……滑稽すぎない?」
「……言えてる……」
二人の力が自然と緩まっていく。
そしてその隙を流華は見逃さない。
「と、見せかけてガラリ」
「あー! るーちゃんー!」
「甘いね」
「……や、やられた……。ニンゲン、コワイ」
「急に種族を離れないで」
ようやく部室の扉を開ける。
保健室独特の薬品の匂いに交じって、人類を魅了する甘ったるい匂いが混ざり込んでくる。そしてその色香の主がこちらに微笑みかける。
「あら、いらっしゃい」
「どうもです」
「おひさー」
「あらあら、小枝ちゃん、すっかり健康的な色になっちゃって」
しっかりと日焼け対策を行った香澄先生は、自分の雪肌のような白い肌と小枝のガングロ肌を見比べて関心している。
「いやもう、すんごいヒリヒリなんだけどー」
「でも念願の小麦肌でしょ?」
「そうだけどさー、この代償は辛いよね正直」
「日サロにでもいけばその辺りは便利なんでしょうけどね」
「学生にそんな余裕ないっすよ」
しばらくは日焼けと同居という生活にうんざり顔の小枝を、香澄先生はふふっと微笑ましそうに眺めている。
「それにしても、こうやって活動するのは久しぶりですね」
「そうねえ。結局夏休みは活動出来なかったものね」
そうなのだ。
実際この夏休み、この3人で会ったのは先日の海水浴だけだった。この日はただただ海を満喫しオカルトトークは一切なしだったし、それ以外については香澄先生の想像以上に多忙なスケジュールの為、予定が合わなかったのだ。
その代りにというわけでもないが、友人達と肝試しに繰り出したり、流華の母である咲和とオカルト談義をしてみたりはあったが、ちゃんと3人揃ってというのは本当に久しぶりだった。
「ほんとほんと! さわでぃーさんがいてくれたからまだ良かったものの。正直この楽しみ方って誰といても出来そうで出来ないかんね」
小枝の言葉から流華は頭に日頃のクラスメートの顔を思い浮かべる。どれも日頃仲良く喋るメンバーではあるが、オカルト、都市伝説、しかもこんなひねくれた遊び方を共に楽しめるか、となるとその空気は想像出来ない。小枝もそれがあったから初めて香澄先生と会った後、流華だけに声を掛けたのだ。
適材適所、TPO。
だからこそ流華達はこの空間を最高の状態で楽しめているのだ。
「じゃあ早速だけど、始めちゃおうかしら?」
「いよっ! 待ってました、かすみん!」
「テンションが歌舞伎に近しいけど大丈夫?」
そう言って小枝を諌めながらも自然にテンションが上がってしまっているのは流華も一緒だった。
さてさて、今日はどんな話が飛び出すやら。
「”赤い目”の話にしましょうかね」




