(1)
「やーやー皆の衆、元気だったかな?」
がらりと教室の扉を開け入ってきた良く知る女生徒の顔に流華は目を向ける。無駄に胸を張り、脇を広げのしのし歩くその姿は、よく見るお笑い芸人の動きをマネしているとしか思えない。
「おはよ、さえ!」
「さー、焼けたねー」
小枝は多方向から投げかけられるクラスの声を、笑顔を湛えながら全て処理していく。
そして一通りのやり取りを終えた小枝の視線が私を捉える。にっと頬を上げ、更に胸を張りずんずんと流華の方へと歩み寄り、流華の机の前で足を止めた。
「おはようさん」
流華はあえて軽く挨拶を済ませようとさらっとした挨拶を努める。
目の前で何故かドヤ顔を決め込んでいるこの存在をイジってしまうのは負けだ。
絶対にイジってやらないし、ツッコんでやらない。
ひとまず様子見だ。
そう心に決め、流華は目の前の鳩胸女子と対峙する。
「るー君」
「何さ」
「君はきっと今、勘違いをしているよ」
「勘違い?」
「これはあの芸人のマネをしているわけではないのだよ」
「え? そうなの?」
「そう。これにはちゃんと理由があるのだよ」
「理由ねー。一体何さ?」
「あたし、焼けたでしょ」
「焼けたね、こんがり」
「焦げ目ばっちりでしょ」
「ばっちりね」
「痛いの」
「ん?」
「いや、痛いの」
「イタイ?」
「そう、アウチよ、アウチ」
「米国式に言うところの?」
「そう。アメリカナイズ的に言うと」
――まあ、つまりは。
「日焼けで全身やられて擦れると痛いからなるべく摩擦が起きないようにって事ね」
「いえす、うぃー、きゃん」
「大統領が出る幕じゃないわよ」
「いやともかく、いてーのなんの」
その辛さは流華にも分かる。何とも言えない全身のヒリヒリ感は何をしても常に付きまとってくるし、かと言って蚊にさされた時のように、患部の痒みに対して一時的な緩和を得る為にその部位をかくような事も出来ない。しばらくはその苦しみに耐え忍ぶしかないのだ。
「日焼け止めちゃんと塗らないからだよ」
「こんがり小麦ボディーに憧れたのです」
「その結果、見事なトーストボディと痛みの十字架を背負ったわけね」
「あたしはライス派よ!」
「どっちにしろ米国寄りじゃないのよ!」
はあと息をつきながら、流華の頬は思わずふっと緩んだ。
自分でも分からない、自分の体の中のどこかにある足りない部分。満足感を満たすパズルのピース。それを小枝はなぜだかいつも持っていて、どこにはめ込むかもなぜだか知っている。そしていつだってすっと自然とそこに入り込んでくる。
――変なヤツだけど、やっぱおもしろいんだよね。
夏の一大イベント、夏休みが終わりを告げ、義務教育が再び始まる。
周囲からはこれからまた毎日始まる授業への文句や不平が散布される。
確かに授業はうんざりだ。
でも、なんだかんだで小枝達と毎日会えるこの学校という場所が流華は嫌いじゃなかった。