らあめんの日
2013年6月執筆
店主の「らっしゃい!」という威勢の良い声とともに、スープのにおいがやってきた。ぼくは「塩ラーメン」と返事する。「へい!」店主はやはり威勢が良い。
「あんちゃんもそのクチかい?」カウンター席に座ると、近くに座っていたおじいさんが、そう話しかけてきた。
「えっと、そのクチ……とは」思い当たるふしがなかったので、曖昧な返事しかできない。
「知らんのか。今日は『らあめんの日』だに」
「らあめんの日?」
なにかこの店で特典でもあるのだろうか。常連のつもりだったが裏メニューでもあるのかもしれない。
「今日はなにかあるんですか」
おじいさんはぼくの言葉にニヤッとして、「教えてやってもいいがなァ。タダというわけにゃなぁ」
なんて狡賢いジジイなのだろう。ぼくは迷うそぶりをした。しかし、自称常連であるぼくにとっては、「らあめんの日」という言葉を知らなかったことに、なんともいえない恥ずかしさを感じてしまう。ここでひとつ、常連を名乗るためにも知っておくべきではないか。
「じゃあ、おごりますよ」
「よしきた」
「教えてください」
「食ってからだ。聞き逃げされても困るかんな」
ちょうどおじいさんのところにラーメンがきた。店主がなにか微妙な面持ちでぼくを見ている。ぼくが今まで「らあめんの日」を知らなかったことに、失望しているのかもしれない。もっと恥ずかしくなった。
おじいさんが美味しそうにスープを飲む。ぼくも遅れてやってきた塩ラーメンの風味を、心行くまで楽しんだ。
「じゃあ、教えてくださいよ」
食べ終えた頃合に、ぼくは追加注文した焼き飯を食べながら問いかける。
「よし、教えてやろう。『らあめんの日』っちゅうのはな――そんなものはねぇんだ」
「は?」
「勉強になったろ」
勉強になった。
初出:時空モノガタリ
第三十二回コンテスト提出作品。指定テーマ「ラーメン」。




